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眠り姫の起こし方
四
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店内は狭いながらも温かく落ち着いた雰囲気で、寛いで食事をすることができた。
「おいしかったねぇ」
「そうですね。今度、是非作ってください」
「うん、チャレンジしてみる。上手に作れるようになったら、ごちそうするね」
結構ボリュームのあった料理を全て食べ終えて満足そうにしている弥生を見て、一輝が目を細める。そして彼は、ふと思い出したように胸ポケットから小さな包みを取り出した。
「弥生さん、こちらを……」
「何?」
弥生の誕生日は三月二十五日で、誕生日祝いは、その日にもらった――数え切れないほどのピンクの薔薇の花束と、コメでもパンが焼けるという、ホームベーカリーを。
一輝の手のひらの上の包みをジッと見つめている弥生に、彼が付け加える。
「進級のお祝いですよ。ちょっと店を覗いていたら、弥生さんに似合いそうなものを見つけたので……」
進級と言っても、一年生から二年生に上がるのは難しいことではない。受け取ることを躊躇している弥生に、一輝がゆるく笑いかけた。
「高価なものではありません。デザインが気に入ったので、買ったんです」
そう言われ、弥生は包みを受け取り、開封する。
確かに、中から出てきたのは、宝石などは使われていない、花をモチーフとした意匠の可愛らしいネックレスだった。それは弥生の好みにピッタリと合うもので、一輝が彼女のことを考えて選んでくれたのであろうことが伝わってくる。
――これなら、いいかな。
「ありがとう。可愛い」
弥生が笑顔を向けると、心なしか、一輝もホッとしたようだった。
――そうだよね。せっかく選んだのに『いらない』って言われたら、悲しいよね。
自分だって、一輝のために選んだものを拒否されたら、悲しくなる。
「大事にするね」
言いながらさっそく着けようとすると、一輝が立ち上がり、弥生の背後に回った。
「僕がやりましょう」
一輝は弥生の返事を待たずにネックレスを彼女の手の中から取り上げると、肩を少し越すほどの柔らかな髪をかき分ける。彼の指先が項を掠り、弥生の心臓がドキリと強く打った。一輝の器用な指がネックレスの金具を止めるまでの短い間、彼女の全神経は首筋に集中する。
一輝はネックレスをつけ終えると、身体を固くして身構えている弥生のつむじを見下ろした。ふと思いついて身を屈めると、彼女の毛先をすくって軽く口付ける。身じろぎ一つできない弥生は、彼のそんな悪戯にも気付いていなかった。
「いいですよ」
「あ……ありがとう」
「よくお似合いです。いつも着けておいてくださいね」
嬉しそうな一輝を見ると、弥生も嬉しくなってくる。
「うん……あ、ねえ、一輝君も何か欲しい物ない? 何かお返ししたいな」
昔同じことを訊いて、彼は答えられなかった。だが、今の一輝には何かある筈だ。
しかし、弥生のその問いに、一輝は一瞬沈黙し、ジッと彼女を見つめる。
――あれ?
何か変なことを言っただろうかと弥生が怪訝な顔をすると、ふと一輝は笑顔を取り戻し、首を振った。
「今、本当に欲しいもののために努力しているところなんです。それを手に入れるまでは、個人的に何かを欲しがるのはやめているので。成し遂げられたら、その時にまとめていただきますよ」
「ふうん?」
解るような、解らないような彼の説明に、弥生は曖昧に相槌を打つ。一輝は何かを含んでいる眼差しを彼女に注いだ後、席を立った。
「さあ、そろそろ帰りましょうか。お送りします」
何となく尻切れトンボで終わった会話だったけれど、一輝には仕事があることだし、と弥生も立ち上がった。
「おいしかったねぇ」
「そうですね。今度、是非作ってください」
「うん、チャレンジしてみる。上手に作れるようになったら、ごちそうするね」
結構ボリュームのあった料理を全て食べ終えて満足そうにしている弥生を見て、一輝が目を細める。そして彼は、ふと思い出したように胸ポケットから小さな包みを取り出した。
「弥生さん、こちらを……」
「何?」
弥生の誕生日は三月二十五日で、誕生日祝いは、その日にもらった――数え切れないほどのピンクの薔薇の花束と、コメでもパンが焼けるという、ホームベーカリーを。
一輝の手のひらの上の包みをジッと見つめている弥生に、彼が付け加える。
「進級のお祝いですよ。ちょっと店を覗いていたら、弥生さんに似合いそうなものを見つけたので……」
進級と言っても、一年生から二年生に上がるのは難しいことではない。受け取ることを躊躇している弥生に、一輝がゆるく笑いかけた。
「高価なものではありません。デザインが気に入ったので、買ったんです」
そう言われ、弥生は包みを受け取り、開封する。
確かに、中から出てきたのは、宝石などは使われていない、花をモチーフとした意匠の可愛らしいネックレスだった。それは弥生の好みにピッタリと合うもので、一輝が彼女のことを考えて選んでくれたのであろうことが伝わってくる。
――これなら、いいかな。
「ありがとう。可愛い」
弥生が笑顔を向けると、心なしか、一輝もホッとしたようだった。
――そうだよね。せっかく選んだのに『いらない』って言われたら、悲しいよね。
自分だって、一輝のために選んだものを拒否されたら、悲しくなる。
「大事にするね」
言いながらさっそく着けようとすると、一輝が立ち上がり、弥生の背後に回った。
「僕がやりましょう」
一輝は弥生の返事を待たずにネックレスを彼女の手の中から取り上げると、肩を少し越すほどの柔らかな髪をかき分ける。彼の指先が項を掠り、弥生の心臓がドキリと強く打った。一輝の器用な指がネックレスの金具を止めるまでの短い間、彼女の全神経は首筋に集中する。
一輝はネックレスをつけ終えると、身体を固くして身構えている弥生のつむじを見下ろした。ふと思いついて身を屈めると、彼女の毛先をすくって軽く口付ける。身じろぎ一つできない弥生は、彼のそんな悪戯にも気付いていなかった。
「いいですよ」
「あ……ありがとう」
「よくお似合いです。いつも着けておいてくださいね」
嬉しそうな一輝を見ると、弥生も嬉しくなってくる。
「うん……あ、ねえ、一輝君も何か欲しい物ない? 何かお返ししたいな」
昔同じことを訊いて、彼は答えられなかった。だが、今の一輝には何かある筈だ。
しかし、弥生のその問いに、一輝は一瞬沈黙し、ジッと彼女を見つめる。
――あれ?
何か変なことを言っただろうかと弥生が怪訝な顔をすると、ふと一輝は笑顔を取り戻し、首を振った。
「今、本当に欲しいもののために努力しているところなんです。それを手に入れるまでは、個人的に何かを欲しがるのはやめているので。成し遂げられたら、その時にまとめていただきますよ」
「ふうん?」
解るような、解らないような彼の説明に、弥生は曖昧に相槌を打つ。一輝は何かを含んでいる眼差しを彼女に注いだ後、席を立った。
「さあ、そろそろ帰りましょうか。お送りします」
何となく尻切れトンボで終わった会話だったけれど、一輝には仕事があることだし、と弥生も立ち上がった。
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