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贈りもの⑥

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 クリスティーナと目を合わせたまま、マクシミリアンの唇が下りてくる。
 それは静かにクリスティーナのこめかみを伝う滴を優しく拭い、離れていくことなく、また新たにこぼれてくるものを堰き止めようとするかのように彼女の目尻に押し当てられた。

「泣かないでくれ。貴女に泣かれると、俺は死にそうになる」

 彼女をきつく抱き締めたマクシミリアンがほとんど唸り声といってもいいような声でそう囁くから、クリスティーナはびっくりして涙なんて引っ込んでしまう。

「いやです」
 とっさに、クリスティーナはそう答えていた。
 マクシミリアンが死んでしまうだなんて、考えることすらできなかったから。

 けれど、彼は、クリスティーナのその返事に眉を下げる。

「何故だ? 俺が傍にいるからか?」
 その表情は、見るからに、『打ちひしがれた』と言わんばかりで。

 マクシミリアンの言葉の意味が掴めずポカンと彼を見上げてしまったクリスティーナに、彼はうなだれ、小さく息をついた。大きな身体が離れていこうとして、彼女の目の前をがっしりした腕が横切る。マクシミリアンの言動は訳が解からなったけれど、今彼を行かせてしまったらまたこじれてしまうだろうということだけは判って、思わずクリスティーナははっしと彼の腕を掴み、勢い余って爪を立ててしまった。

 マクシミリアンは眉をひそめて自分の腕を掴んでいるクリスティーナの手を見つめ、次いで彼女の目を見つめた。

「ティナ」

 彼女の名を呼ぶその声に含まれるのは、懇願だ。
 言葉では、彼は、彼女に、手を放してもらいたがっている。

(でも、本当に?)

 本当に、マクシミリアンは自分から離れたいと思っているのだろうか。
 クリスティーナは懸命に頭を働かせ、今の遣り取りについて考えた。

(マクシミリアンさまは、わたくしに、泣かないで欲しい――死にそうになる、とおっしゃった。わたくしは、死んではいやだと、お答えした。マクシミリアンさまはがっかりされて、離れようとされた)
 ――つながっていない気がする。

 どこがおかしいのかと考えて、クリスティーナは思い至った。

(「泣かないで」に対して「いやだ」と申し上げたと思われたのね)

 悟ったとたん、彼女は、つい、気の抜けた笑いを漏らしてしまった。
 何故、いつもこんなに言葉が通い合わないのだろう。とても簡単なことしか言っていないのに。

「ティナ?」
 今度は憮然とした声。

 クリスティーナは微笑み、マクシミリアンを見上げた。

「『いや』はマクシミリアンさまが死にそうになる、とおっしゃったことに対してのお返事です。わたくしは……マクシミリアンさまにお傍にいて欲しいです。行ってしまわれたら、独りで泣きます」

 間違いのないように、はっきりと、明確に、クリスティーナは自分の気持ちを口にした。そうして、マクシミリアンの腕をしっかりと握り締めたまま、彼を見つめる。これでもちゃんと伝わらないのだとしたら、今度こそ、どうしたら良いのかわからなくなる。

 まっすぐにマクシミリアンを見つめるクリスティーナの眼差しを受け止め、彼の顎にグッと力がこもった。
 唸り声が続く。

「そんなことを言ったらどういう目に遭うか、判っているのか……?」

 不自然なままの姿勢で全身に緊張をみなぎらせているマクシミリアンに、クリスティーナは柔らかな笑みを返した。

「マクシミリアンさまは酷いことを為さらないということだけは、判っています」

 マクシミリアンの大きな手が、固い拳になる。筋が浮くほどきつく両手を握り締めた直後、パッと彼が動いた。
 あ、と思ったときには、もう、クリスティーナの唇は塞がれていて、小さな驚きの声はそのままマクシミリアンの口の中へと溶けていく。
 クリスティーナの両耳を塞ぐように彼女の頭を掴んで、彼は、喰らい尽さんばかりに唇を貪ってくる。すぐさま歯列をこじ開け侵入してきた温かな舌を、クリスティーナは懸命に受け入れた。
 マクシミリアンはクリスティーナの口内を余すところなくまさぐり、奥に引っ込みがちな彼女の舌を絡めとる。耳を塞がれているせいか口腔の中での水音が頭の中に響くようで、くらくらした。

 苦しい息でマクシミリアンに追い付こうとしているクリスティーナの両膝を、彼の骨張った膝が割り開いた。彼はそのまま彼女を抱き締め、グッと腰を引き寄せる。
 途端、クリスティーナの下腹に、硬く昂ったものが押し付けられた。その熱さに、彼女はハッと息を呑む。
 その気配が伝わったのか、刹那マクシミリアンが肩を強張らせ、弾かれたように唇を放した。

「すまない、抑えが利かない」

 クリスティーナと同じくらい息を切らしたマクシミリアンが、呟いた。彼は震えていて、あまりに苦しそうで、彼女の胸が締め付けられる。

 自分よりもはるかに大きな身体をした彼を、慰めたい。
 クリスティーナのことになるといつも謝ってばかりの彼が、愛おしい。

「大丈夫、大丈夫、ですから……」

 宥めるように囁きながら、彼女は目の前にある彼の顔に何度も口付ける。それがキスという行為だという意識もなく、ただ、こみ上げる衝動に駆られて繰り返した。

 マクシミリアンは黙ってそれを受け入れていたけれど、クリスティーナが逞しい首筋に唇を寄せたとたん、一際大きく身震いする。
 嫌だったのだろうかと動きを止めると、食い入るように見つめてきていた彼の眼差しに、気が付いた。

「マクシミリアンさま?」
 そっと呼びかけると、唸るような声だけが返ってくる。

 マクシミリアンが感じていること、考えていることを読み取りたくて眉をひそめてクリスティーナが彼を見上げていると、ふわりと唇が重ねられた。
 じきにそれは彼女の奥を探る深いものになったけれども、さっきまでのような貪欲で飢えたものではなく、穏やかでゆったりとしたものだった。

 時々、マクシミリアンは唇を浮かせて、クリスティーナに息を継ぐ猶予を与えてくれる。
 クリスティーナが呼吸を整えている間も彼の手は彼女の肌を辿り、ひと撫でするごとに快楽の火を灯していく。
 首筋や脇腹――皮膚の薄いところをくすぐるように触れられると、そのたびに身体の奥がズクリと疼いた。

 やがてマクシミリアンの唇はクリスティーナの唇から離れ、顎に、首に、鎖骨にと移っていく。彼は唇で触れるだけでなく、舌を這わせ、時に優しく歯を立てた。
 彼が動くたび、指先まで甘くしびれる。

「マクシミリアン、さま……」
 吐息で彼の名を呼ぶと、それに応えるように、唇にキスが戻ってくる。
(この方との、キスが好き)
 とりわけ、こういう、優しいキスが。
 蕩けた頭で、クリスティーナはそんなことを考える。

 うっとりとマクシミリアンの唇を受け止めていたクリスティーナの胸が、大きな掌で包み込まれた。マクシミリアンもアルマンも、屋敷中の者がこぞって食べろ食べろと言うせいで、華奢さはそのままに、彼女の肢体は徐々に丸みを増しつつある。とは言えまだまだ『豊満』とは程遠いそれを、武骨な手がやわりと揉んだ。

「は、ぅ……」
 思わず吐息が漏れた。
 普段意識したこともない先端が、疼く。

 もどかしい。

 マクシミリアンの唇も手も震えるほどの快楽をもたらしてくれるのに、何かが足りない気がする。あるいは、わざと、焦点をずらされているような、気が。

 もっと、触れて欲しい。
 もっと――

 クリスティーナは縋りついていたマクシミリアンの厚い肩に爪を立てる。
 と、まるでクリスティーナのその心の声が届いたかのようにマクシミリアンがチラリと彼女の目に視線をよこしてから、その頭をさらに下げた。

 右の胸の、疼いて仕方がなかったその場所が、彼の口に包まれる。

「ゃあ、ぁん」

 強く吸われた瞬間、クリスティーナは身体の中心がキュッと縮こまった気がした。硬くなった先端を舌で転がされれば、その場所がジンジンと痺れる。
 クリスティーナは満ちてくる快感を散らそうと、背を反らせ、身をよじった。けれど、効果がない。
 震え始めた彼女のもう一方の胸の蕾を、マクシミリアンの指がからかった。
 ツンと立ち上がった先端を少しがさつく彼の親指の腹が優しくこねる。思わずクリスティーナが固く目をつむると、今度はその場所に爪を立てられた。
 刹那、クリスティーナの身体を刺すような快感が走り抜ける。
 そっと引っ掻かれるたびに、何度も何度も、それは現れた。

「ぁ……」

 強過ぎる刺激に、クリスティーナの喉の奥から勝手にか細い声が漏れる。息をしようとしてもうまく吸えなくて、はくはくと喘いだ。

「ティナ……クリスティーナ」

 呼ばれて目蓋に力を込めて持ち上げると、マクシミリアンが真っ直ぐに彼女を見つめていた。はしたない姿を見られて恥ずかしいと思うのに、同時に、その眼差しが心地良い。

 無性に彼を抱き締めたくなって、そうする代わりに、クリスティーナは彼の肩に置いていた手を滑らせ頬を包み込んだ。

 いつも寝る前に剃っているのに、今日はまだなのか、ザラついている。
 自分とは違うその肌触りが、クリスティーナには不思議な感じだ。不思議で、手放しがたい。

 そうやってクリスティーナに自分を触れさせたまま、マクシミリアンが手を滑らせた。
 胸から脇腹、そしてさらにその下へ。

 普段は慎ましく閉じている膝の間に今は彼の大きな身体が割り込んでいるから、彼女はとても無防備だった。

 マクシミリアンの指先が、くすぐるように柔らかな茂みを探る。
 すぐに見つけ出されてしまった敏感な蕾は、彼に触れられた瞬間、執拗にその存在を主張してきた。

「ひ、ぁ」
 ビリ、と痺れが走って、思わずがっしりしたマクシミリアンの首にしがみ付いた。
 クリスティーナが打ち震えていても彼の手は止まることなく一層彼女を掻き立てる。
 暴かれた花芯をゆっくりとこねられ、クリスティーナの身体の奥ではすさまじい勢いで疼きが高まっていく。

「やぁ」

 勝手に下腹に力がこもって、波打った。
 頭の天辺から爪の先までマクシミリアンが与えてくれる感覚でいっぱいになってしまって、何も考えられない。とにかくギュウギュウ彼にしがみ付くと、小さな笑い声が聞こえた気がした。

「マク……マクシ、……ァン、さま……」
「ティナ、力を抜け」
 彼の声で聴いた自分の名前に、背筋がゾクゾクする。
「名前、名前を……」
「呼んで欲しいのか?」
 声が出せずにマクシミリアンの首筋に顔を埋めたままこくこくと何度も頷いた。

「ティナ――ティナ」
「んん」
 呼ばれるたび、ズクンとクリスティーナの全身が疼く。
 何かが欲しい。
 欲しくてたまらない。
 多分、きっと、マクシミリアンが与えてくれるもの。
 でも、それはいったい何なのだろう。
 真っ白になってしまった頭では、ろくに考えることなどできない。
 だから、唯一思い浮かんだものだけを、繰り返し口にした。

「マクシ、さま……マクシミリアン、さま……」
 と、しがみ付いている大きな身体が、ブルリと震える。
「マクシミリアン、さま?」
「貴女に触れたい……いいか?」

 低くこもった、唸るような声。
 今でもこれ以上ないというほど触れているというのに、それは奇妙な問いかけだった。
 いぶかしく思いながらも、クリスティーナは頷く。
「わたくしも、マクシミリアンさまに触れて欲しいです」

 そう答えれば、ほ、とマクシミリアンが小さく息をつき、強張っていた肩から少し力が抜けたのが感じられた。

「痛かったら、言ってくれ」
 そう言い置いて、彼の手が動く。
 更に、奥へ、マクシミリアンを受け止める、その場所へと。
 そっと、彼の指が彼女をなぞった。
 ぬるりと、潤んだ感触。

「もう、溢れている」

 自覚していたことを言葉にされて、クリスティーナの頬にカッと血が上った。
 マクシミリアンは真っ赤になっているに違いない彼女の頬に軽くキスをする。そうして潤う場所に置いていた指を二、三度行き来させ、充分過ぎるほどに蜜が溢れていることを確かめてから、中心でその手を止めた。

 ツプリ、とクリスティーナの中にマクシミリアンの指が沈み込んでくる。
 クリスティーナを見下ろしてくるマクシミリアンの表情は真剣で、ほんの少しでも彼女が眉をしかめるようなことがあればすぐさまその動きを止めようというのがありありと伝わってくる。
 これ以上はないというほど慎重な動きで、マクシミリアンの指がクリスティーナの中を数度行ったり来たりした。

「痛くはないか?」
 案ずる眼差しで尋ねられて、クリスティーナはこくりと頷く。

「……増やすから、少しきついかもしれない」
「大丈夫、です」

 言葉だけでは足りない気がして、クリスティーナは微笑んだ。彼の為すことに対して、不安は一切覚えない。強過ぎる快楽は自分がおかしくなってしまった気がして少し怖くなるけれど、それさえも、彼が与えてくれるものなのだから、と、いつしか受け入れつつあった。

 マクシミリアンは頭を下げて唇を重ねると、宣言通りに、彼女の中を探る指を追加する。

 確かに、段違いに圧迫感が増した。
 けれど、痛くはない。
 この上なく親密な行為が、少し恥ずかしてくて、とても嬉しい。

 マクシミリアンの二本の指は奥へ奥へと進んできて、クリスティーナを知り尽くそうとするかのように、彼女の中を隈なくまさぐる。

 その先端が、クリスティーナの奥深くの一点をこすった時だった。

「ふぁ!?」
 それまではなかった強い刺激に、彼女はビクリと身体を跳ねさせる。
「……ここか?」
「え?」

 なんのことか判らず覚束ない眼差しで見上げると、マクシミリアンの目は暗く陰っていた。彼は無言で、さっきと同じ場所を、さっきよりも強く、こする。

「ん、ん」

 マクシミリアンの動きに合わせてキュウッとクリスティーナの身体の奥が縮こまり、彼女の中にある彼の指を締め付ける。
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