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贈りもの③

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 結局マクシミリアンは広間には戻ってこなくて、それどころか、夕食の席にも現れなかったのだ。

 別れ際の様子が気になって、しばらく待ってからマクシミリアンを探しに出たクリスティーナは、アルマンから彼が出かけたことを教えられた。

「街の事務所に行かれましたよ」

 話をしたいと思いつつも、実際に顔を合わせたら何を言ったらいいのだろうと気を揉んでいたクリスティーナは、アルマンからあっさりとそんな答えが返された時、安堵と落胆の間でふら付いた。

「そう、ですか……」

 肩を落としたクリスティーナは、夕食になれば会えるだろうと、また顔を上げたのだったけれど。

 そろそろ夜の帳も下り始めようという頃、ストレイフ家に使いがあって、アシュレイ・バートンと会うので遅くなる、というマクシミリアンの伝言がもたらされたのだ。

「なんだか、取引の話をした後でお酒に誘われたそうなんですけどね」

 すでにテーブルに着いていつもよりもだいぶ遅れていたマクシミリアンの帰りを待っていたクリスティーナにアルマンがプリプリした様子でそう言ったけれど、彼女は返す言葉を見つけられなかった。

 マクシミリアンがクリスティーナと食事を共にしないのは、彼女が嫁いできてから初めてのことだ。

(避けられた……?)
 そうとしか思えなくて、クリスティーナは膝の上で冷たくなった両手を固く握り合わせる。

「じゃあ、お食事の用意をしますね」
 そう言って動き始めたアルマンには、生返事しかできなかった。

 料理は次々と運ばれてきたけれど、いつもはとても美味しい食事もまるで砂を噛んでいるように感じられる。気を遣ってアルマンが色々と話しかけてきてくれても、固い笑顔しか返せなかった。
 一通りの料理が終わって、デザートが運ばれてくる。結局、クリスティーナは、最初から最後まで独りだった。

 クリームがたっぷりのふわふわのケーキも、もそもそに感じる。

 食事をするときに誰か一人がいるかいないかでこんなに料理の味が変わってしまうだなんて、クリスティーナは思ってもみなかった。

 口は進まないけれど、残すのは料理人に申し訳なくて、何とか一口一口咀嚼していく。
 時々、「おいしいです」とアルマンに微笑みかけながら。

 そんなクリスティーナのいかにも不自然な笑顔に気付いたのだろう。

「まったく、何考えてるんですかね、あの人は」

 給仕をしながら呟いたアルマンのその口から舌打ちが聞こえたような気がしたのは、きっと彼女の気のせいだ。見れば、彼は苦々しげ――というよりも怒ったような、顔をしている。

「お仕事なら仕方がありません」
 と宥める側に回ったクリスティーナに、アルマンはいかにも不満そうな眼差しを返してきた。
「いいえ、そもそも、新婚だというのに朝から晩まで仕事なんかしているのが間違ってます。半年くらい何もかも放り出してクリスティーナ様とイチャイチャしてればいいんですよ。それを、あの人はらしくもなく尻込みして。独り身の頃はあんなにブイブイ言わしてたってのに、いざ本気の相手ができたらこんなに甲斐性なしになるとは……情けない。まったく、陰で天使だなんだとうっとりしてたって、相手には全然伝わらないんですけどね」
 最後の方はブツブツとアルマンの口の中に消えていく。

 その遠慮も会釈もない言い方に、ついついクリスティーナはクスリと笑いを漏らしてしまった。途端に、アルマンの仏頂面が笑顔になる。

「あ、今笑いましたね? まったくね、あの人も、『俺の前では全然笑わないんだ……』とかしょぼくれてないで、もっと一緒にいる時間を増やしたらいいんですよ」
 そうでしょう? と、同意を求める眼差しがクリスティーナに向けられる。

 彼の言葉を受け止めた時、彼女の頭の中にあったのは、マクシミリアンのことではなく、自分自身のことだった。

(わたくしだって、同じ)

 夫のことが良く解らない、と話しかけるのをためらっていないで、もっと彼のことを知ろうとしなければ。いつものようにここで怯んでしまっていては、結局何も変わらないではないか。

 アルマンの言葉は、そのままクリスティーナにも跳ね返ってくるものだった。

「ええ、そうですね」
「そうなんですよ」

 アルマンは満足そうにそう言うと、空になったクリスティーナのカップに紅茶を注いでくれる。彼の手付きは流れるように優雅だ。

 その所作に見とれながら、クリスティーナは尋ねる。
「マクシミリアンさまは、今晩、お帰りにはなるのでしょう?」
「もちろんです。クリスティーナ様がいるこのお屋敷を、丸一日以上空けるということはあり得ませんよ。ただ、何時になるのかは、ちょっと……」
「でしたら、お戻りになるのを書斎でお待ちしていても良いでしょうか」
「書斎で?」
 目を丸くして繰り返したアルマンに、クリスティーナはこくりと頷いた。

 マクシミリアンと、ちゃんと話をしたいと思う。
 話して、彼が何を考えているのかを、知りたい。

 それには、寝室よりもちゃんとした部屋の方が良いような気がする。

「マクシミリアンさまは、お戻りなると必ず書斎で過ごされるでしょう?」
「そうですね」
 頷き、アルマンはにっこりと微笑む。
「じゃあ、帰ってきたら問答無用で書斎に叩き込みますから、クリスティーナ様は怖い顔をして待っていてください。新妻を放っておいて夜遊びなんて何事だ! ってね」

 冗談めかした彼の台詞に、クリスティーナの気負いも和らいでしまう。

「はい。鏡で練習しておきます」

 自然な笑顔で、彼女は頷いた。
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