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街灯
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うちの近くに、一本だけ点かない街灯がある。
何度か土木事務所に連絡しているんだけど、いつまで経っても点かないまま。
あっちの言い分は、「え、直ってますよ」なんだよね。でも、実際は夜になっても真っ暗。それって、確認しに来た昼には点くけど、肝心の夜はダメってことなの?
そんなの全然意味ないよね。
あの通りは街灯がまばらで、一本点かないと結構暗いんだ。
どうにかならないのかなぁ。
そんなふうに困りながら過ごしていた、ある日。
友達とカラオケに行ったらいつの間にか時間が過ぎてて、気付いたら終電ギリギリ。何とか間に合って、ネットカフェで朝まで時間を潰す羽目にはならずに済んだのだけど。
いつものように、暗い道を、俯きがちにセカセカと急ぎ足で帰っている時だった。
ふっと、頭の上を何かがよぎった気がして何気なく顔を上げたら、目の前にあの街灯があった。
何の変哲もない、ただ、点かないというだけの、街灯。その電球の部分に、二、三個の何か光を放つものがフワフワと集まっている。光っているのに、辺りを照らしはしない。思わず立ち止まって目を凝らしたら、街灯の上、傘の部分に、何か黒いものが蠢いた。
――何だろう。
それは、今まで見たことのないものだった。
暗闇で動くものと言ったら、まず思いつくのは蝙蝠だけど、全然違う。蝙蝠なんかよりも、遥かに大きい。どんなに大きな種類の奴だって、あんなに大きい筈がない――それは、人の子どもほどもあったから。
正体不明のそいつは、光る何かにヌッと手を伸ばして、掴み取った。仄かな光に照らされて、その腕に、離れていても一本一本が数えられるようなゴワゴワした毛が生えているのが見える。
目が離せずにいた私に、不意に、それがギョロリと目を剥いた。ずらりと並んだ、黄色く光る、たくさんの目。まるで、蜘蛛の目みたい。
思わず息を呑んだら、それがパチリと瞬きをした。八つの目が一度に。
そして、ばさりと羽音を響かせると暗い空へと舞い上がり、あっという間にその中に溶けていく。月もない、真っ暗な闇空に。
――何だったんだろう……
私は、しばらくそこから動けなかった。気付けば、壊れた街灯はまた光を失って、私は真っ暗な道路に独りで佇んでいた。
日にちが経てば現実感はどんどん薄れていって、あれは何かの見間違い――たとえば、何か勘違いして夜に飛んでしまったカラスだとか、そんなものだったのだと思うようになっていった。
それから、一ヶ月以上が過ぎた、ある日のこと。
私は、いつかのように、暗くなった道を歩いていた。と、前の方からざわめきが漂ってくる。
一軒の家の前に停まった救急車。サイレンは消えているけれど、グルグルと赤色灯が回っていて、暗闇に慣れた目がちかちかする。
病人かな、と思いながら近付くと、門からストレッチャーが出てきた。その上に乗せられているのは、かなりのおばあさん。大往生じゃないの? というのが正直な感想だった。
その脇を通り過ぎようとした時、そのおばあさんから何かがふわりと浮きだしたんだ。
いつか見た、不思議な光。あれとそっくりなヤツ。それはしばらくおばあさんの上を漂っていたけれど、じきに一方向に動き出した。
私は思わず走り出していて、フワフワと、でも明らかにどこかを目指しているその光を追い掛けた。そんなことをするべきではないのはわかっていたけれど、足が勝手に動いてしまう。
どこに向かっているのかは予想がついていて、それは、間違っていなかった。
あの、街灯。
また、仄かに光を帯びている。
私は立ち止まって、固まった。呼吸すら、ままならない。
やがてバサリ、と羽音がして、暗い街灯の上に黒い何かが降り立った。それはいつかのように腕を伸ばし、街頭に群がる光の珠を掴み取る。
そして。
耳の下まで裂ける口を大きく開けて、その珠に喰らい付いた。
ピチャピチャと、咀嚼する音。いかにも美味しそうに、何度も何度も。
――食べている。アレは人から出てきた何かを、食べている。
そう思った途端、呪縛は解けて、街灯の下を走り抜けて、一目散に家へと逃げ帰った。
それっきり、あの街灯の下は通っていない。
……あの時救急車の中に運ばれたおばあさんは、病院に着く前に息を引き取っていたと、風の噂で聞いた。
おばあさんから抜け出して、あの『何か』に喰われたもの。
あれは……
いつか私が最期の息を吐き出した時、私からもあれが出て行くのだろうか。そして、あの闇よりも暗い色をした『何か』に喰われるのだろうか――喰われたら、どうなるのだろう……
何度か土木事務所に連絡しているんだけど、いつまで経っても点かないまま。
あっちの言い分は、「え、直ってますよ」なんだよね。でも、実際は夜になっても真っ暗。それって、確認しに来た昼には点くけど、肝心の夜はダメってことなの?
そんなの全然意味ないよね。
あの通りは街灯がまばらで、一本点かないと結構暗いんだ。
どうにかならないのかなぁ。
そんなふうに困りながら過ごしていた、ある日。
友達とカラオケに行ったらいつの間にか時間が過ぎてて、気付いたら終電ギリギリ。何とか間に合って、ネットカフェで朝まで時間を潰す羽目にはならずに済んだのだけど。
いつものように、暗い道を、俯きがちにセカセカと急ぎ足で帰っている時だった。
ふっと、頭の上を何かがよぎった気がして何気なく顔を上げたら、目の前にあの街灯があった。
何の変哲もない、ただ、点かないというだけの、街灯。その電球の部分に、二、三個の何か光を放つものがフワフワと集まっている。光っているのに、辺りを照らしはしない。思わず立ち止まって目を凝らしたら、街灯の上、傘の部分に、何か黒いものが蠢いた。
――何だろう。
それは、今まで見たことのないものだった。
暗闇で動くものと言ったら、まず思いつくのは蝙蝠だけど、全然違う。蝙蝠なんかよりも、遥かに大きい。どんなに大きな種類の奴だって、あんなに大きい筈がない――それは、人の子どもほどもあったから。
正体不明のそいつは、光る何かにヌッと手を伸ばして、掴み取った。仄かな光に照らされて、その腕に、離れていても一本一本が数えられるようなゴワゴワした毛が生えているのが見える。
目が離せずにいた私に、不意に、それがギョロリと目を剥いた。ずらりと並んだ、黄色く光る、たくさんの目。まるで、蜘蛛の目みたい。
思わず息を呑んだら、それがパチリと瞬きをした。八つの目が一度に。
そして、ばさりと羽音を響かせると暗い空へと舞い上がり、あっという間にその中に溶けていく。月もない、真っ暗な闇空に。
――何だったんだろう……
私は、しばらくそこから動けなかった。気付けば、壊れた街灯はまた光を失って、私は真っ暗な道路に独りで佇んでいた。
日にちが経てば現実感はどんどん薄れていって、あれは何かの見間違い――たとえば、何か勘違いして夜に飛んでしまったカラスだとか、そんなものだったのだと思うようになっていった。
それから、一ヶ月以上が過ぎた、ある日のこと。
私は、いつかのように、暗くなった道を歩いていた。と、前の方からざわめきが漂ってくる。
一軒の家の前に停まった救急車。サイレンは消えているけれど、グルグルと赤色灯が回っていて、暗闇に慣れた目がちかちかする。
病人かな、と思いながら近付くと、門からストレッチャーが出てきた。その上に乗せられているのは、かなりのおばあさん。大往生じゃないの? というのが正直な感想だった。
その脇を通り過ぎようとした時、そのおばあさんから何かがふわりと浮きだしたんだ。
いつか見た、不思議な光。あれとそっくりなヤツ。それはしばらくおばあさんの上を漂っていたけれど、じきに一方向に動き出した。
私は思わず走り出していて、フワフワと、でも明らかにどこかを目指しているその光を追い掛けた。そんなことをするべきではないのはわかっていたけれど、足が勝手に動いてしまう。
どこに向かっているのかは予想がついていて、それは、間違っていなかった。
あの、街灯。
また、仄かに光を帯びている。
私は立ち止まって、固まった。呼吸すら、ままならない。
やがてバサリ、と羽音がして、暗い街灯の上に黒い何かが降り立った。それはいつかのように腕を伸ばし、街頭に群がる光の珠を掴み取る。
そして。
耳の下まで裂ける口を大きく開けて、その珠に喰らい付いた。
ピチャピチャと、咀嚼する音。いかにも美味しそうに、何度も何度も。
――食べている。アレは人から出てきた何かを、食べている。
そう思った途端、呪縛は解けて、街灯の下を走り抜けて、一目散に家へと逃げ帰った。
それっきり、あの街灯の下は通っていない。
……あの時救急車の中に運ばれたおばあさんは、病院に着く前に息を引き取っていたと、風の噂で聞いた。
おばあさんから抜け出して、あの『何か』に喰われたもの。
あれは……
いつか私が最期の息を吐き出した時、私からもあれが出て行くのだろうか。そして、あの闇よりも暗い色をした『何か』に喰われるのだろうか――喰われたら、どうなるのだろう……
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