お嬢様の12ヶ月

トウリン

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揺れる気持ち①

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「……は?」

 梅雨が明け、夏本番となった今日この頃。
 榎本総合研究所、略して榎本総研所長の榎本えのもとの口から出た台詞に、恭介きょうすけは眉間に深いしわを刻んだ。
 そんな彼へ向けて、榎本はにこやかに繰り返す。

「だからね、今度ちょっとしたパーティーがあるんだけど、恭介君、行ってきてよ」
「パーティーって、何ですか、それ」
 静香しずかの付き人だった頃ならいざ知らず、一般人となった恭介は、そんな単語とは縁が切れたものだと思っていた。

「毎年、この時期に開かれてるんだけどね、経済界の有名どころが集まるからコネ作りにいいんだよ。何、大丈夫大丈夫。メインは香奈かなちゃんだから。あの子が動いてくれるよ。君は彼女のおまけ、飾りみたいなもんだよ。こういうのは、カップルで行くものだからね。今までは直也なおや君にお願いしてたんだけど、彼はもう嫌だって言うからさ。新人が入ってきたんだから僕が行く必要はないでしょうって」

 佐野香奈と高嶋直也はどちらも榎本総研のスタッフだ。
 香奈は姉御肌の美人で、三十を二つばかり越している今も独身である。いつも「顔が良くてスタイルが良くて金持ちのシルバーグレイのおじ様と結婚したい」と言っているのに、仕事中毒だ。この上なく有能で、いくつもの案件を同時進行でこなしている。
 一方の直也は割とドライでオンオフがはっきりしており、毎日きっかり定時に帰る。それでも仕事が滞ることがないのは、やはり能力があるからなのだろう。確かに直也なら、時間外の『仕事』は嫌がりそうだ。
 他に人もおらず、一番の新入り、下っ端の恭介に白羽の矢が立つのは、当然と言えば当然なのだが。

「俺も、そういうのはちょっと……それに、この顔ですよ?」
 眉をひそめて言ってみた。
 はっきり言って、恭介の顔は怖い。そこらのヤクザなど可愛く見える目付きなのだ。
 どう考えても『看板』の役には立たないと思う。営業にマイナスになりこそすれプラスにはなりそうもない。
 しかし、榎本はそんな彼の抵抗を笑い飛ばす。

「平気だって。そんなので左右される人なんて来ないような会だから」
 にこやかにあっさりとそう言われ、恭介はそれ以上抗う術を持たなかった。そのげんなりした顔に、彼が諦めの境地に至ったことが解かったのだろう。
「じゃ、お願いね。ああ、別にタキシードとかは必要ないよ。普通にスーツでオッケーだから」
「はあ……」

 そんなこんなで、まさかのパーティーに出る羽目になった恭介だった。
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