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3月はお別れの月
3月‐4
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伝統的な日本家屋に見える綾小路家も、セキュリティはかなり入念に張り巡らされている。随所に仕掛けられている監視カメラをモニターしているのが監視室だ。ずらりと並べられたモニターは、常時二人の人間の目で異常がないか見張られていた。
息せき切って恭介がその監視室に跳び込むと、すでに到着した元が肩越しに振り返る。彼の他に、勤務中の警備員二人と警備主任である高部がいて、モニターの一つを覗き込んでいた。
「おう、来たか」
「申し訳ありません……」
喰いしばった歯の間から絞り出すようにして、恭介は辛うじてそれだけ言う。どんなに言葉を尽くしても、彼の失態は取り戻せないのだ。
そんな彼に、元が苦笑する。
「いや、ワシも油断していた。今朝、また奴が動いたってぇ報告は受け取ったんだがな、また大したことはするまいよと、高を括っちまった。五度目の正直だったな。これも奴の企んだことならちと評価を変えてやるが、ただ単に、ようやくふん切れたってだけだろうな。クソ忌々しい」
「それでも、俺が気を付けていたら良かったんです」
その言葉と共に、恭介は強く拳を握り込む。それで自分の横っ面を殴り飛ばしたくてたまらなかったが、今は解決策を探すのが何よりも先決だった。
「警察には?」
「いや、ウチの奴らで片を着ける」
確かに、警察を呼べば洩れなくマスコミもついてくる。
静香の容姿はさぞや衆目を集めることだろう。誘拐されたとなれば、妙な醜聞で彼女を中傷するような輩も出てくるかもしれない。
そんなのはゴメンだ。
恭介は警備員たちの視線が集まるモニターを覗き込む。
映し出されているのは、屋敷の中ではなかった。それは、走り去った車内の様子である。
普段は使われることがないが、いざという時の為に、静香や元が使う車にはカメラとマイク、そしてグローバル・ポジショニング・システム――いわゆるGPSが仕掛けられている。恭介がここで働き始めてから稼働しているところを見るのは初めてだが、備えあれば憂いなしという言葉が今ほど身に染みたことはない。
左右に分割された画面の左には運転席に座る男の顔。右には後部座席に座る静香とその両側に一人ずつ男の姿。そのうちの一方は、あのパンクした車の傍にいた初老の男だった。
「こいつか……」
恭介は、後部座席の男を食い入るように見つめる。
最初――五月に注意するようにと指示された時に写真を見せられたのだが、言われてみると、そこにあった男の面影がある。
だが、それよりも随分とやつれ、少なくとも十歳は年を取っているように見えた。
「まったく、ケチな横領だったから警察には突き出さないでやったものを……変な情けはかけるもんじゃねぇな」
恭介の隣で、元が苦々しい声でぼやいた。
事の始まりは、五月。
綾小路グループのメイン分野である不動産会社の重役だったこの男――鈴木三郎が横領をしたことが発端である。
額は数百万であり、手口も甚だお粗末なものだった。本来ならば警察を介入させて処罰するところを、変に騒がれるのも面倒だと元は解雇しただけで済ませてしまった。
逮捕されれば数年は食らい込むところを免れたというのに、どうやら鈴木は逆恨みをしたようで、以降チョロチョロと綾小路の周辺をうろついていたのだ。
もっと深刻に受け止めておくべきだったと、恭介は臍を噛む。
「あの車、遠隔操作でエンジン停められるんでしょう?」
他のモニターに映し出されている地図上を動く点は、どんどん屋敷から遠ざかっていく。GPSが見失うことはないだろうが、恭介は気が気ではない。
「いえ、そうしたら車を捨てて逃げられてしまうでしょう。ある程度泳がせて、目的地まで行かせてしまった方がいい。もうじき救出部隊のメンバーが揃いますから、到着し次第出発します」
画面から目を放さず、高部が冷静な口調で言う。だが、鈴木三郎はともかく、他の二人の風体は明らかにゴロツキだ。彼らが何か良からぬことを考えたら、鈴木に抑えられるとは思えない。
もしも奴らが静香に擦り傷一つ付けようものなら――
軋むほどに奥歯を噛み締めた恭介を、高部の声が現実に引き戻した。
「あ、話し始めましたよ」
そう言って、高部がスピーカーの音量を上げる。
恭介は頭の中に立ち込めたどす黒いものを振り払って、スピーカーに集中した。
『鈴木様とおっしゃいましたかしら?』
そう切り出した静香の声に、怯えは微塵もない。まるでパーティーか何かで話しているかのように朗らかだ。
『ええ、よく御存じで。お父さんにクビにされましてね。一文無しになってしまったので、ちょっと退職金をいただこうかと思ってるんですよ』
『まあ……それはお気の毒ですこと』
『そうでしょう? この年になったら、再就職も難しいですからね』
痛ましげな静香の声と、それに気を良くしたような鈴木の返事。
そうやって宥めていてくれれば、救出まで穏便に過ごせそうだ。
恭介が少し安堵したのも束の間のことだった。
続いた静香の台詞に悲鳴を上げたくなる。
『父も、甘いところがおありですから。きちんと相応の罰則をお与えになっていらっしゃったら、鈴木様がこのように血迷うことはありませんでしたのに』
『は?』
『あるいは鈴木様がもっと父を感嘆させられるようなことをなさってらっしゃれば、今頃はまだ同じ地位におられたかもしれません』
『え?』
『確か、事務用品の代金を水増しして、その差額を着服されたとか。なんとも、お小さいこと。それでは、とてもとても……』
のんびりおっとりした静香の口調でごまかされているが、鈴木を貶していることに間違いない。
チンピラ二人のせせら笑いが、BGMに入る。
ここまできて、ようやく彼もけっして自分が同情されているわけではない、ということに気が付いたようだ。
『な、何不自由のないお嬢様のあんたに、何が解かるというんだ! あんたの父親の所為で、あんたの父親がクビにした所為で、妻と子は出て行ったんだ! 文無しに用はないとばかりにな! 俺の気持ちが解かるか!? 解からんだろう!?』
激昂する鈴木など、静香はどこ吹く風という風情だ。ニッコリと微笑んで彼の怒りに応じる。
『ええ、そうですわね。申し訳ありませんが、鈴木様のお気持ちは解かりかねます。ですが、奥様方のお気持ちは解かる気がします』
『何?』
『わたくしにもお慕い申し上げる殿方がおりますの。相手の方を尊敬する気持ちがあれば、お金の有無は大きな問題ではありません。その方がたとえ一円もお持ちでなかったとしても、わたくしは一生お傍に居させていただきたいと願いますわ』
それは即ち、鈴木が尊敬するに値しない男だということで。
『クソ、この……!』
鈴木の肩がブルブルと震えているのが見て取れる。今にも拳を振り上げそうな彼の隣で、静香は真っ直ぐに背を伸ばし、柔らかく微笑んだままだ。
「怒ってんなぁ、あいつ……」
隣で漏れた元の呟きが示す『あいつ』がスズキのことでないのは明らかだ。
呑気すぎる元に、恭介はそんな場合じゃないだろう、と彼の胸倉をつかんで揺さぶりたくなった。
辛うじてその衝動を抑え込み、高部へ向き直る。
「まだですか」
恭介が尋ねたのは、救出部隊のことだ。高部はチラリと腕時計に目を走らせる。
「そうですね。そろそろ到着する頃です。では、皆さんはこちらでお待ちになっていてください。必ず静香さんは取り戻しますから」
そう言って部屋を出て行こうとする彼を恭介は追いかける。
「俺も連れて行ってください」
「しかし、荒事になるかもしれません。相手の数もはっきりしませんし」
「黙って待っているなんてできないんです。頼みます」
恭介は懇願と共に深く頭を下げた。
彼が行っても何もできないだろうが、少しでも静香の傍に行きたいのだ。遠く離れた場所でただ待つだけだなんて、とてもではないが我慢できない。
顔を上げて高部を見ると、困惑した眼差しで恭介を見、そして元を見た。
「いいさ、連れてってやってくれよ。相手が鉄砲でも持ってたらヤバいだろうが、そこまでのヤツをあいつが仲間にできるとも思えんしな。まあ、怪我をしたら自己責任ってやつだ」
「綾小路さん……」
元の後押しがあってもまだ少し迷いがあったようだが、やがて高部は小さく息をついて頷いた。
「まあ、いいでしょう。助け出した時に、あなたがいた方が静香さんも安心するかもしれませんね。その代り、指示には従ってくださいよ?」
「はい、ありがとうございます」
恭介は再び頭を下げる。今度は感謝の意を込めて。
「では行きましょう」
先に立って監視室を出た高部に続き、恭介も玄関へと向かう。と、部屋を出てすぐに雅と行き合った。
「武藤さん」
「雅様」
娘を案じる彼女は両手を胸の前で固く握り合わせている。その顔も手も血の気を失っていた。
「静香さんをお願いね? 早く連れて帰ってあげてね?」
「もちろんです」
「あの子はきっと武藤さんをお待ちしていてよ」
恭介は、今度は無言で頷いた。静香は彼を信じて待っているだろう。あの吹雪の時に、蒼白になりながらもじっと待っていたように。
「雅」
彼女の声を聞き付けたのか、監視室から元が顔を出した。
「旦那様」
小走りで駆け寄りそっと彼に寄り添った雅の肩に、元が腕を回す。出会った当初は何と不釣り合いな夫婦だろうと思ったものだが、そうやってピタリとくっついている姿は、これ以上はない似合いの夫婦に見えた。
「頼んだぞ、武藤」
元が彼の名を呼ぶことは、滅多にない。それだけに、その一言に元の強い気持ちが込められていることがヒシヒシと伝わってくる。
「すぐ、戻ります」
短くそれだけ言って、恭介は高部の後を追いかけた。
息せき切って恭介がその監視室に跳び込むと、すでに到着した元が肩越しに振り返る。彼の他に、勤務中の警備員二人と警備主任である高部がいて、モニターの一つを覗き込んでいた。
「おう、来たか」
「申し訳ありません……」
喰いしばった歯の間から絞り出すようにして、恭介は辛うじてそれだけ言う。どんなに言葉を尽くしても、彼の失態は取り戻せないのだ。
そんな彼に、元が苦笑する。
「いや、ワシも油断していた。今朝、また奴が動いたってぇ報告は受け取ったんだがな、また大したことはするまいよと、高を括っちまった。五度目の正直だったな。これも奴の企んだことならちと評価を変えてやるが、ただ単に、ようやくふん切れたってだけだろうな。クソ忌々しい」
「それでも、俺が気を付けていたら良かったんです」
その言葉と共に、恭介は強く拳を握り込む。それで自分の横っ面を殴り飛ばしたくてたまらなかったが、今は解決策を探すのが何よりも先決だった。
「警察には?」
「いや、ウチの奴らで片を着ける」
確かに、警察を呼べば洩れなくマスコミもついてくる。
静香の容姿はさぞや衆目を集めることだろう。誘拐されたとなれば、妙な醜聞で彼女を中傷するような輩も出てくるかもしれない。
そんなのはゴメンだ。
恭介は警備員たちの視線が集まるモニターを覗き込む。
映し出されているのは、屋敷の中ではなかった。それは、走り去った車内の様子である。
普段は使われることがないが、いざという時の為に、静香や元が使う車にはカメラとマイク、そしてグローバル・ポジショニング・システム――いわゆるGPSが仕掛けられている。恭介がここで働き始めてから稼働しているところを見るのは初めてだが、備えあれば憂いなしという言葉が今ほど身に染みたことはない。
左右に分割された画面の左には運転席に座る男の顔。右には後部座席に座る静香とその両側に一人ずつ男の姿。そのうちの一方は、あのパンクした車の傍にいた初老の男だった。
「こいつか……」
恭介は、後部座席の男を食い入るように見つめる。
最初――五月に注意するようにと指示された時に写真を見せられたのだが、言われてみると、そこにあった男の面影がある。
だが、それよりも随分とやつれ、少なくとも十歳は年を取っているように見えた。
「まったく、ケチな横領だったから警察には突き出さないでやったものを……変な情けはかけるもんじゃねぇな」
恭介の隣で、元が苦々しい声でぼやいた。
事の始まりは、五月。
綾小路グループのメイン分野である不動産会社の重役だったこの男――鈴木三郎が横領をしたことが発端である。
額は数百万であり、手口も甚だお粗末なものだった。本来ならば警察を介入させて処罰するところを、変に騒がれるのも面倒だと元は解雇しただけで済ませてしまった。
逮捕されれば数年は食らい込むところを免れたというのに、どうやら鈴木は逆恨みをしたようで、以降チョロチョロと綾小路の周辺をうろついていたのだ。
もっと深刻に受け止めておくべきだったと、恭介は臍を噛む。
「あの車、遠隔操作でエンジン停められるんでしょう?」
他のモニターに映し出されている地図上を動く点は、どんどん屋敷から遠ざかっていく。GPSが見失うことはないだろうが、恭介は気が気ではない。
「いえ、そうしたら車を捨てて逃げられてしまうでしょう。ある程度泳がせて、目的地まで行かせてしまった方がいい。もうじき救出部隊のメンバーが揃いますから、到着し次第出発します」
画面から目を放さず、高部が冷静な口調で言う。だが、鈴木三郎はともかく、他の二人の風体は明らかにゴロツキだ。彼らが何か良からぬことを考えたら、鈴木に抑えられるとは思えない。
もしも奴らが静香に擦り傷一つ付けようものなら――
軋むほどに奥歯を噛み締めた恭介を、高部の声が現実に引き戻した。
「あ、話し始めましたよ」
そう言って、高部がスピーカーの音量を上げる。
恭介は頭の中に立ち込めたどす黒いものを振り払って、スピーカーに集中した。
『鈴木様とおっしゃいましたかしら?』
そう切り出した静香の声に、怯えは微塵もない。まるでパーティーか何かで話しているかのように朗らかだ。
『ええ、よく御存じで。お父さんにクビにされましてね。一文無しになってしまったので、ちょっと退職金をいただこうかと思ってるんですよ』
『まあ……それはお気の毒ですこと』
『そうでしょう? この年になったら、再就職も難しいですからね』
痛ましげな静香の声と、それに気を良くしたような鈴木の返事。
そうやって宥めていてくれれば、救出まで穏便に過ごせそうだ。
恭介が少し安堵したのも束の間のことだった。
続いた静香の台詞に悲鳴を上げたくなる。
『父も、甘いところがおありですから。きちんと相応の罰則をお与えになっていらっしゃったら、鈴木様がこのように血迷うことはありませんでしたのに』
『は?』
『あるいは鈴木様がもっと父を感嘆させられるようなことをなさってらっしゃれば、今頃はまだ同じ地位におられたかもしれません』
『え?』
『確か、事務用品の代金を水増しして、その差額を着服されたとか。なんとも、お小さいこと。それでは、とてもとても……』
のんびりおっとりした静香の口調でごまかされているが、鈴木を貶していることに間違いない。
チンピラ二人のせせら笑いが、BGMに入る。
ここまできて、ようやく彼もけっして自分が同情されているわけではない、ということに気が付いたようだ。
『な、何不自由のないお嬢様のあんたに、何が解かるというんだ! あんたの父親の所為で、あんたの父親がクビにした所為で、妻と子は出て行ったんだ! 文無しに用はないとばかりにな! 俺の気持ちが解かるか!? 解からんだろう!?』
激昂する鈴木など、静香はどこ吹く風という風情だ。ニッコリと微笑んで彼の怒りに応じる。
『ええ、そうですわね。申し訳ありませんが、鈴木様のお気持ちは解かりかねます。ですが、奥様方のお気持ちは解かる気がします』
『何?』
『わたくしにもお慕い申し上げる殿方がおりますの。相手の方を尊敬する気持ちがあれば、お金の有無は大きな問題ではありません。その方がたとえ一円もお持ちでなかったとしても、わたくしは一生お傍に居させていただきたいと願いますわ』
それは即ち、鈴木が尊敬するに値しない男だということで。
『クソ、この……!』
鈴木の肩がブルブルと震えているのが見て取れる。今にも拳を振り上げそうな彼の隣で、静香は真っ直ぐに背を伸ばし、柔らかく微笑んだままだ。
「怒ってんなぁ、あいつ……」
隣で漏れた元の呟きが示す『あいつ』がスズキのことでないのは明らかだ。
呑気すぎる元に、恭介はそんな場合じゃないだろう、と彼の胸倉をつかんで揺さぶりたくなった。
辛うじてその衝動を抑え込み、高部へ向き直る。
「まだですか」
恭介が尋ねたのは、救出部隊のことだ。高部はチラリと腕時計に目を走らせる。
「そうですね。そろそろ到着する頃です。では、皆さんはこちらでお待ちになっていてください。必ず静香さんは取り戻しますから」
そう言って部屋を出て行こうとする彼を恭介は追いかける。
「俺も連れて行ってください」
「しかし、荒事になるかもしれません。相手の数もはっきりしませんし」
「黙って待っているなんてできないんです。頼みます」
恭介は懇願と共に深く頭を下げた。
彼が行っても何もできないだろうが、少しでも静香の傍に行きたいのだ。遠く離れた場所でただ待つだけだなんて、とてもではないが我慢できない。
顔を上げて高部を見ると、困惑した眼差しで恭介を見、そして元を見た。
「いいさ、連れてってやってくれよ。相手が鉄砲でも持ってたらヤバいだろうが、そこまでのヤツをあいつが仲間にできるとも思えんしな。まあ、怪我をしたら自己責任ってやつだ」
「綾小路さん……」
元の後押しがあってもまだ少し迷いがあったようだが、やがて高部は小さく息をついて頷いた。
「まあ、いいでしょう。助け出した時に、あなたがいた方が静香さんも安心するかもしれませんね。その代り、指示には従ってくださいよ?」
「はい、ありがとうございます」
恭介は再び頭を下げる。今度は感謝の意を込めて。
「では行きましょう」
先に立って監視室を出た高部に続き、恭介も玄関へと向かう。と、部屋を出てすぐに雅と行き合った。
「武藤さん」
「雅様」
娘を案じる彼女は両手を胸の前で固く握り合わせている。その顔も手も血の気を失っていた。
「静香さんをお願いね? 早く連れて帰ってあげてね?」
「もちろんです」
「あの子はきっと武藤さんをお待ちしていてよ」
恭介は、今度は無言で頷いた。静香は彼を信じて待っているだろう。あの吹雪の時に、蒼白になりながらもじっと待っていたように。
「雅」
彼女の声を聞き付けたのか、監視室から元が顔を出した。
「旦那様」
小走りで駆け寄りそっと彼に寄り添った雅の肩に、元が腕を回す。出会った当初は何と不釣り合いな夫婦だろうと思ったものだが、そうやってピタリとくっついている姿は、これ以上はない似合いの夫婦に見えた。
「頼んだぞ、武藤」
元が彼の名を呼ぶことは、滅多にない。それだけに、その一言に元の強い気持ちが込められていることがヒシヒシと伝わってくる。
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