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2月の事変
2月-3
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外は吹雪に近いが、未だ視界は保たれていた。吹き付ける風雪に恭介はダウンジャケットの襟を立て、しっかりとフードを被る。
薪小屋は、本邸から少し離れた風通しの良い場所にしつらえられていた。敷地面積にしたら、三、四畳分はあるだろう。
恭介は袋の口を広げて、薪をその中に入れていく。単純作業に没頭し、頭の中からは余計なことを消し去った。背後からは風の唸りが聞こえ、時折恭介の背中にも突風が吹き付けてくる。
袋の中を一杯にし終え、恭介はさて戻ろうかと本邸に向けて踵を返した。
が、そこで目にしたものに足が止まる。いや、見えなかったものに、か。
視界は、真っ白だった。間断なく降り続ける粉雪が全てを純白に染め上げている。
なまじパウダースノウなだけに一度地面に降り積もった雪も風に舞い上げられ、まるで下からも雪が降っているかのようだ。まさに一寸先は白い闇、だった。
本邸までの距離はたいしてないから、視界が奪われていたとしても辿り着けないわけではない。
だが、この状況で敢えて動くこともないだろう。どうせじきに止むだろうから、少し待ってからでもいい筈だ。書置きを残してきたから、静香もおとなしく待っていてくれるだろう。聡い彼女がこの雪の中、彼を探して外に出るという愚挙を冒す筈がない。
言い訳がましくそんなふうに考え、恭介は袋を足元に置くと積み上げられている薪に寄り掛かった。
そうして、真っ白な空を見上げる。
こんなふうにぼんやりとできるのは、ずいぶんと久しぶりな気がする。
静香の隣にいると、どうしても色々と考えてしまうのだ。彼女の指先の動き、視線の一つ一つに、いちいち心が反応してしまう。
女性と付き合ったことは今までにも何度かあったが、思えば、自分から心が動いて相手を求めたくなったのは、これが初めてかもしれない。
彼の場合、たいてい、相手の方からの「武藤君って、見た目と違って優しいのね」という言葉から始まって、何となく付き合うようになり、そして「恭介って、優しいんだけど、物足りないの」という台詞と共に終わっていた。
彼女たちと共に過ごしている間はそれなりに楽しかったが、別れを切り出されたからといって恭介に惜しむ気持ちはなかった。彼女たちが新しい相手を見つけてそれぞれ幸せになって行く姿を、半分ホッとしたような気分で見送ったものだ。
だが、同じように静香が誰かと共に生きていく姿を想像すると、恭介の胸の中には何とも言えない不快なものが込み上げてくる――彼女が他の誰かの隣にいたり、他の誰かのことを想っていたりする姿を想像すると。
そう、それは、確かに不快なものだった。
腹の底が焼けるような、時には吐き気さえもよおしそうな不快な感覚。
だが、決して心地の良いものではないのに、恭介は何故かそれを捨て去ってしまいたいとは思えなかった。
きっと、これが『独占欲』というものなのだろう。
幼い頃まで振り返ってみても、彼は今まで何かに執着するということのない性質だった。
何が何でも欲しいと熱望するものもなく、失って惜しいと思うものもなく。
恭介の胸の中に渦巻く感覚は確かに不快なのだが、同時に、一種の心地良さをも覚えさせるものだった。
それは即ち、自分の中が大きく揺れ動くほどに強く想う気持ちを知ったということでもあるからだ。
自分の手には入らないものなのかも知れなくても、そんなふうに想える相手ができたということそのものが、ある意味、悦びであるのだ。
恭介は、ふと目を上げた。
いつしか風は和らぎ、視界がひらけている。静香のいる本邸も、今はくっきりと見えていた。
「戻る、か」
呟き、彼は薪の詰まった麻袋を持ち上げた。
薪小屋は、本邸から少し離れた風通しの良い場所にしつらえられていた。敷地面積にしたら、三、四畳分はあるだろう。
恭介は袋の口を広げて、薪をその中に入れていく。単純作業に没頭し、頭の中からは余計なことを消し去った。背後からは風の唸りが聞こえ、時折恭介の背中にも突風が吹き付けてくる。
袋の中を一杯にし終え、恭介はさて戻ろうかと本邸に向けて踵を返した。
が、そこで目にしたものに足が止まる。いや、見えなかったものに、か。
視界は、真っ白だった。間断なく降り続ける粉雪が全てを純白に染め上げている。
なまじパウダースノウなだけに一度地面に降り積もった雪も風に舞い上げられ、まるで下からも雪が降っているかのようだ。まさに一寸先は白い闇、だった。
本邸までの距離はたいしてないから、視界が奪われていたとしても辿り着けないわけではない。
だが、この状況で敢えて動くこともないだろう。どうせじきに止むだろうから、少し待ってからでもいい筈だ。書置きを残してきたから、静香もおとなしく待っていてくれるだろう。聡い彼女がこの雪の中、彼を探して外に出るという愚挙を冒す筈がない。
言い訳がましくそんなふうに考え、恭介は袋を足元に置くと積み上げられている薪に寄り掛かった。
そうして、真っ白な空を見上げる。
こんなふうにぼんやりとできるのは、ずいぶんと久しぶりな気がする。
静香の隣にいると、どうしても色々と考えてしまうのだ。彼女の指先の動き、視線の一つ一つに、いちいち心が反応してしまう。
女性と付き合ったことは今までにも何度かあったが、思えば、自分から心が動いて相手を求めたくなったのは、これが初めてかもしれない。
彼の場合、たいてい、相手の方からの「武藤君って、見た目と違って優しいのね」という言葉から始まって、何となく付き合うようになり、そして「恭介って、優しいんだけど、物足りないの」という台詞と共に終わっていた。
彼女たちと共に過ごしている間はそれなりに楽しかったが、別れを切り出されたからといって恭介に惜しむ気持ちはなかった。彼女たちが新しい相手を見つけてそれぞれ幸せになって行く姿を、半分ホッとしたような気分で見送ったものだ。
だが、同じように静香が誰かと共に生きていく姿を想像すると、恭介の胸の中には何とも言えない不快なものが込み上げてくる――彼女が他の誰かの隣にいたり、他の誰かのことを想っていたりする姿を想像すると。
そう、それは、確かに不快なものだった。
腹の底が焼けるような、時には吐き気さえもよおしそうな不快な感覚。
だが、決して心地の良いものではないのに、恭介は何故かそれを捨て去ってしまいたいとは思えなかった。
きっと、これが『独占欲』というものなのだろう。
幼い頃まで振り返ってみても、彼は今まで何かに執着するということのない性質だった。
何が何でも欲しいと熱望するものもなく、失って惜しいと思うものもなく。
恭介の胸の中に渦巻く感覚は確かに不快なのだが、同時に、一種の心地良さをも覚えさせるものだった。
それは即ち、自分の中が大きく揺れ動くほどに強く想う気持ちを知ったということでもあるからだ。
自分の手には入らないものなのかも知れなくても、そんなふうに想える相手ができたということそのものが、ある意味、悦びであるのだ。
恭介は、ふと目を上げた。
いつしか風は和らぎ、視界がひらけている。静香のいる本邸も、今はくっきりと見えていた。
「戻る、か」
呟き、彼は薪の詰まった麻袋を持ち上げた。
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