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第二章:おみやげを探しに
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――見つけた!
待ち続けてようやく得た感触に、ギーベルグラントは歓喜する。この数時間、まさに全身を火で炙られているかのような苦痛に苛まれていたのだ。
ギーベルグラントはその気配の元に、即座に跳ぶ。
着いた先は甘い芳香が漂う、ペルチという果物の生る木が群生する場所だった。目の前にワイバーンがおり、面食らった表情で突然現れたギーベルグラントを見ている。だが、その背には誰も乗っていなかった。
マリーシアの気配は確かにここにあるし、そもそも、このワイバーンが彼女をどこかに落としてそのままにするわけがない。きっと近くにいる筈だ。
いったい、彼女は何処に……と周囲を見回したが、いない。場所は寸分違わず合っている筈なのに、と焦るギーベルグラントの目の前に、薄紅色の木の葉が幾つか舞い降りる。
何の気なしに見上げると、「そこ」に彼女がいた。そして彼が気付いた瞬間に、降ってくる。
ギーベルグラントはとっさに受け止め、自分の腕の中に大事な温もりがあることを実感する。安堵のあまり、その場にへたり込みそうな脱力感に襲われた。が、数瞬遅れて、それは凄まじい怒りにとって代わる。
その感情はあまりに激しく、言葉を発することができない。
マリーシアの空色の瞳がゆっくりと開かれ、ギーベルグラントと眼が合った途端に、再び閉じられる。
「マリーシア」
固く目を閉じて身を縮めている少女に、声を掛けた。しかし、彼女はより一層目蓋に力を込める。
「マリーシア、目を開けて私を見なさい」
彼が低い声で繰り返すと、観念したようにそろそろと、目蓋が上がり始めた。マリーシアはその目で「怒ってる?」と問い掛けている。自分が彼女を怯えさせていることがわかったが、全く制御できなかった。
いったい、どうすべきだというのか。
大声で怒鳴るべきか。
それとも、頬を張るべきか。
普段であれば、絶対に有り得ない選択肢である。だが、この、自分の存在を千々にかき乱す事態に、ギーベルグラントの思考は停止していた。
どちらか一方、あるいは両方の行動を取りそうになった時、彼の耳に「ギイ」と小さな声が届く。
その瞬間、ギーベルグラントの両腕は、頭が命令を下すよりも先に、マリーシアの小さな身体を渾身の力で抱き締めていた。固く目を閉じ、額を彼女の身体に押し付ける。
――このままでは彼女が壊れてしまう。
そんな思考が頭の隅をよぎったが、腕の力を緩めることができない。
――何故、あの時、このちっぽけな存在に手を伸ばしてしまったのか。
ギーベルグラントは自問する。
初めて彼女に会った時、そのまま捨て置いてさえいたら、こんな激情は知らずに済んだ。
だが、そうしなかった自分は、想像できなかった。きっと、何度やり直しても、同じことを繰り返すに違いない。
不意に、ギーベルグラントの額に、温かく、柔らかいものが触れる。目を開けると、小さな手のひらがあった。
「ごめんね、ギイ……ごめんね?」
おずおずとした、けれども心の底からの言葉。
刹那嵐は消え去り、代わって、ギーベルグラントの胸の中に狂おしい想いが満ち溢れる。
ギーベルグラントが顔を上げてしまうと、マリーシアの手は届かない。宙に浮かんだその手を取り、彼は頬に押し付ける。
「お願いです、マリーシア。あなたに何かあったら、私は……」
「うん、……ごめんね」
彼の耳をくすぐる、いつもの甘くまろやかなものよりも、わずかに大人びた声。繰り返した謝罪と共に、マリーシアは両腕を伸ばしてギーベルグラントの頭を抱き締めた。
待ち続けてようやく得た感触に、ギーベルグラントは歓喜する。この数時間、まさに全身を火で炙られているかのような苦痛に苛まれていたのだ。
ギーベルグラントはその気配の元に、即座に跳ぶ。
着いた先は甘い芳香が漂う、ペルチという果物の生る木が群生する場所だった。目の前にワイバーンがおり、面食らった表情で突然現れたギーベルグラントを見ている。だが、その背には誰も乗っていなかった。
マリーシアの気配は確かにここにあるし、そもそも、このワイバーンが彼女をどこかに落としてそのままにするわけがない。きっと近くにいる筈だ。
いったい、彼女は何処に……と周囲を見回したが、いない。場所は寸分違わず合っている筈なのに、と焦るギーベルグラントの目の前に、薄紅色の木の葉が幾つか舞い降りる。
何の気なしに見上げると、「そこ」に彼女がいた。そして彼が気付いた瞬間に、降ってくる。
ギーベルグラントはとっさに受け止め、自分の腕の中に大事な温もりがあることを実感する。安堵のあまり、その場にへたり込みそうな脱力感に襲われた。が、数瞬遅れて、それは凄まじい怒りにとって代わる。
その感情はあまりに激しく、言葉を発することができない。
マリーシアの空色の瞳がゆっくりと開かれ、ギーベルグラントと眼が合った途端に、再び閉じられる。
「マリーシア」
固く目を閉じて身を縮めている少女に、声を掛けた。しかし、彼女はより一層目蓋に力を込める。
「マリーシア、目を開けて私を見なさい」
彼が低い声で繰り返すと、観念したようにそろそろと、目蓋が上がり始めた。マリーシアはその目で「怒ってる?」と問い掛けている。自分が彼女を怯えさせていることがわかったが、全く制御できなかった。
いったい、どうすべきだというのか。
大声で怒鳴るべきか。
それとも、頬を張るべきか。
普段であれば、絶対に有り得ない選択肢である。だが、この、自分の存在を千々にかき乱す事態に、ギーベルグラントの思考は停止していた。
どちらか一方、あるいは両方の行動を取りそうになった時、彼の耳に「ギイ」と小さな声が届く。
その瞬間、ギーベルグラントの両腕は、頭が命令を下すよりも先に、マリーシアの小さな身体を渾身の力で抱き締めていた。固く目を閉じ、額を彼女の身体に押し付ける。
――このままでは彼女が壊れてしまう。
そんな思考が頭の隅をよぎったが、腕の力を緩めることができない。
――何故、あの時、このちっぽけな存在に手を伸ばしてしまったのか。
ギーベルグラントは自問する。
初めて彼女に会った時、そのまま捨て置いてさえいたら、こんな激情は知らずに済んだ。
だが、そうしなかった自分は、想像できなかった。きっと、何度やり直しても、同じことを繰り返すに違いない。
不意に、ギーベルグラントの額に、温かく、柔らかいものが触れる。目を開けると、小さな手のひらがあった。
「ごめんね、ギイ……ごめんね?」
おずおずとした、けれども心の底からの言葉。
刹那嵐は消え去り、代わって、ギーベルグラントの胸の中に狂おしい想いが満ち溢れる。
ギーベルグラントが顔を上げてしまうと、マリーシアの手は届かない。宙に浮かんだその手を取り、彼は頬に押し付ける。
「お願いです、マリーシア。あなたに何かあったら、私は……」
「うん、……ごめんね」
彼の耳をくすぐる、いつもの甘くまろやかなものよりも、わずかに大人びた声。繰り返した謝罪と共に、マリーシアは両腕を伸ばしてギーベルグラントの頭を抱き締めた。
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