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カワセミ
終
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「あんたがついてくるなら、うるさくなるよなぁ」
「何よ、嫌ならあんたがどっか行けばいいでしょ!? あんたみたいな気持ち悪いやつを巴の傍に置いておくなんて、カラスの気が知れないわよ」
取り敢えず野営の場所まで戻ろうと歩く巴とカラスの後方で、喧々囂々とやかましいやり取りが繰り広げられている。トビはともかく、甲高いカワセミの声は木々の間をキンキンと木霊していく。
「うるせぇな……」
苦々しくこぼしたカラスを、隣を歩く巴が申し訳なさそうに見上げてきた。
「すみません」
「お前が謝っても仕方ねぇだろ。でもな、なんだってあんな女連れてくんだ?」
トビに加えてカワセミまでもとは、邪魔もいいところだ。
カラスの台詞に、巴は肩越しにちらりとカワセミに目を走らせる。
「何となく、放っておいてはいけないような気がして」
「そうしても死にゃしねぇよ」
なんだかんだ言って、『伏せ籠』の鳥の一羽だ。自分の食い扶持くらいはどうにかできる。追手もかかろうが、それこそ、南の果てまで逃げおおせればどうにかなる。そもそも、一緒に行動したとしても、カラスにはカワセミを守るつもりはさらさらなかった。彼が守るのは、巴だけだ。カワセミもそれが解かっているに違いない。
チッと舌打ちをしたカラスをしばし見つめてから、巴が告げる。
「あの人が、小さな子どものように見えたのです」
「はぁ? あいつ、もうとうに二十は超えてる年増だぞ?」
「身体の年齢ではなくて、中身のことです。わたくしを責めるあの人は、寂しくて駄々をこねる子どものように、思われました」
「子ども? あれが?」
呆れたように返すと、巴はこくりと頷いた。
「はい。……わたくしが両親を亡くして寂しがっていた時は、祖父母が頭を撫でてくださいました。あの人にも、そうする者が必要だと――泣いておられるあの人を見て、わたくしがそうして差し上げたいと、思ったのです」
カラスだって、巴がそうしていれば、頭の一つも撫でてやるだろう。だが、彼には、巴とカワセミを同じに扱うことなどとうていできやしない。
カラスは、はぁ、とため息をついた。と、巴が顔を曇らせる。
「カラスは、お嫌でしたか? ご迷惑でしたか?」
眉根を寄せた巴を、カラスは横目で見下ろす。
嫌かどうかと訊かれたら、まあ、嫌だ。
元々、カラスは独りで行動することを好む。仕事をするときも、食べる時も、寝る時も。
誰かがいると不快だ、というよりも、他者のことを気にする頭が彼にはなかった。
だから、トビやカワセミが『彼に』くっついてくること自体は、正直、どうでもいいことなのだ。
そのことに気づいて、また、カラスは舌打ちをこぼす。
自分が不快に思っているのは、この旅に――巴との旅に、二人がついてくることなのだということに、気が付いて。
巴の傍に誰かが近寄ることが、自分は気に食わないのだ。
ましてや、巴の方から手を差し伸べるなど。
だが、どうしてそれが不快なのかが解からない。
今まで、カラスは他人がどうしようと、他人がどうなろうと、気にも留めたことがなかったから。
なのに、このちっぽけな小娘に関わることは、いちいち気にかかる。
カラスの視線を感じてか、先の問いに答えを求めてか、巴がふと顔を上げて彼を見返してきた。
目が合って、彼女はコテンと微かに首をかしげる。
小鳥のようなその仕草に、カラスは再び息をついた。
先ほどよりも、大きなものを。
そこに含まれているものが何なのか、彼自身にもよく解からなかった。
「何よ、嫌ならあんたがどっか行けばいいでしょ!? あんたみたいな気持ち悪いやつを巴の傍に置いておくなんて、カラスの気が知れないわよ」
取り敢えず野営の場所まで戻ろうと歩く巴とカラスの後方で、喧々囂々とやかましいやり取りが繰り広げられている。トビはともかく、甲高いカワセミの声は木々の間をキンキンと木霊していく。
「うるせぇな……」
苦々しくこぼしたカラスを、隣を歩く巴が申し訳なさそうに見上げてきた。
「すみません」
「お前が謝っても仕方ねぇだろ。でもな、なんだってあんな女連れてくんだ?」
トビに加えてカワセミまでもとは、邪魔もいいところだ。
カラスの台詞に、巴は肩越しにちらりとカワセミに目を走らせる。
「何となく、放っておいてはいけないような気がして」
「そうしても死にゃしねぇよ」
なんだかんだ言って、『伏せ籠』の鳥の一羽だ。自分の食い扶持くらいはどうにかできる。追手もかかろうが、それこそ、南の果てまで逃げおおせればどうにかなる。そもそも、一緒に行動したとしても、カラスにはカワセミを守るつもりはさらさらなかった。彼が守るのは、巴だけだ。カワセミもそれが解かっているに違いない。
チッと舌打ちをしたカラスをしばし見つめてから、巴が告げる。
「あの人が、小さな子どものように見えたのです」
「はぁ? あいつ、もうとうに二十は超えてる年増だぞ?」
「身体の年齢ではなくて、中身のことです。わたくしを責めるあの人は、寂しくて駄々をこねる子どものように、思われました」
「子ども? あれが?」
呆れたように返すと、巴はこくりと頷いた。
「はい。……わたくしが両親を亡くして寂しがっていた時は、祖父母が頭を撫でてくださいました。あの人にも、そうする者が必要だと――泣いておられるあの人を見て、わたくしがそうして差し上げたいと、思ったのです」
カラスだって、巴がそうしていれば、頭の一つも撫でてやるだろう。だが、彼には、巴とカワセミを同じに扱うことなどとうていできやしない。
カラスは、はぁ、とため息をついた。と、巴が顔を曇らせる。
「カラスは、お嫌でしたか? ご迷惑でしたか?」
眉根を寄せた巴を、カラスは横目で見下ろす。
嫌かどうかと訊かれたら、まあ、嫌だ。
元々、カラスは独りで行動することを好む。仕事をするときも、食べる時も、寝る時も。
誰かがいると不快だ、というよりも、他者のことを気にする頭が彼にはなかった。
だから、トビやカワセミが『彼に』くっついてくること自体は、正直、どうでもいいことなのだ。
そのことに気づいて、また、カラスは舌打ちをこぼす。
自分が不快に思っているのは、この旅に――巴との旅に、二人がついてくることなのだということに、気が付いて。
巴の傍に誰かが近寄ることが、自分は気に食わないのだ。
ましてや、巴の方から手を差し伸べるなど。
だが、どうしてそれが不快なのかが解からない。
今まで、カラスは他人がどうしようと、他人がどうなろうと、気にも留めたことがなかったから。
なのに、このちっぽけな小娘に関わることは、いちいち気にかかる。
カラスの視線を感じてか、先の問いに答えを求めてか、巴がふと顔を上げて彼を見返してきた。
目が合って、彼女はコテンと微かに首をかしげる。
小鳥のようなその仕草に、カラスは再び息をついた。
先ほどよりも、大きなものを。
そこに含まれているものが何なのか、彼自身にもよく解からなかった。
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