上 下
6 / 41

牛の角

しおりを挟む
「……また、知らないところか……」

 ――人生で3回もワープした人間なんて、俺くらいだよな。
 なんてくだらないことが思いつくくらい、もうすっかり景色の変化に慣れてた。
 今度は見知らぬ天井、しかも俺はふかふかのベッドの中のおまけつき。
 しかも直感的に、俺の傷には包帯が巻かれているのを感じられた。

(あの人の言ってた通り、川の中じゃない。ここはどこだ?)

 ひとまず軋む体をゆっくりと起こすと、視界の端に何かが映った。

「きゃっ」
 ついでに、小さな悲鳴付き。

「……?」

 誰だろうと思いながら視線を向けると、そこには女の子がいた。
 ウェーブのかかった茶色のロングヘアーと太い眉、いかにもファンタジー世界って雰囲気の素朴そぼくな衣服。
 背丈は俺より頭ひとつか、もう少し低いくらい。
 だけど、何より目立つのは――頭から生えてる、一対のねじれた角だ。
 俺の腕よりも太い腕が、立派にこめかみあたりから生えてるんだ。

 ……もちろん、服を押し上げるくらい大きな胸部よりも目立ってるぞ、うん。

 そんな子が恥ずかしそうに身を縮こまらせてるなんてのは、自分が異世界転移したって理解してなきゃ、夢でも見てるのかと思うだろ。
 彼女と俺がしばらく黙ったまま目を合わせていると、部屋のドアが開いた。

「――目が覚めたか」

 入ってきたのは、野太い声の男だ。
 濃い茶色のソフトモヒカンと鷹のような鋭い目、青黒いニッカーボッカーと腰に下げた金槌や工具、少女と同じくらい太くて長い角。
 だがこっちの場合は、2メートルを超える巨躯きょくの方がずっと目立つ。

(でっか!)

 思わず出てきたツッコミが、視線にも表れてたっぽい。
 男は怪訝けげんな顔をしながら、近くの椅子にどっかりと座った。

「なんだ、人の頭をじろじろ見て。牛角族ぎゅうかくぞくがそんなに珍しいか?」

 牛角族、エルフとかドワーフとか、獣人とかみたいな、人間とは違う種族なのかも。
 何であれ、助けてくれたのならお礼のひとつは言わないと。

「い、いえ、すいません……その、助けてくれて、ありがとうございます」
「気にすんな。困ってる人がいたら助けるってのが、俺っちの信条だ」

 がっはっは、と男が笑っただけで、部屋がちょっぴり揺れた。

「俺っちはブランドン・グラント。こっちは娘のキャロルだ。お前さんは?」
「え? えっと……天羽イオリ、です」
「アモウ・イオリ? 変な名前だな、転移者か?」

 転移者なんてワードが出てくると思ってなくて、俺は目を丸くした。
 この世界には、異世界からの来た人間って文化が根付いてるみたいだ――右腕の紋章を見ればまるわかりなんだろうけど。

「あ、あの……ここはどこですか?」

 だったら、とばかりに俺はブランドンさんに質問してみた。

「ここはカンタヴェール。イグリス大帝国でも東端の町だ」
「……カンタヴェール?」

 で、その質問に意味がないのを悟った。
 そりゃそうだ、異世界の地名を聞いてもピンとくるはずがないだろ、俺のバカ!

「ああ、こんな田舎町は知らなくても無理はねえな。転移者でも、港町ドーバンは分かるだろ? あそこから北に進んだ先にある町だよ」

 参った……全部が全部、ちんぷんかんぷんだ。
 でも当然、俺が知っているのを前提にしてるから、ブランドンさんは話を続ける。

「お前さんはな、ピンヒルの町に行く途中にある、ヨーカー渓谷沿いの川辺に倒れてたんだ。俺っちとキャロルが見つけてなけりゃ、今頃魔物の腹に収まってただろうな」
「ぴ、ピンヒル? ヨーカー?」
「おいおい、どこかで頭でも打ったのか? ヨーカー渓谷くらい……」

 そしてやっと、彼も違和感に気付いたみたいだ。
 会話の齟齬そごの原因を、ブランドンさんはあっさりと見抜いた。

「……転移して、まだ間もないんだな?」

 俺は頷くほかなかった。
 精神世界で1千年努力してても、こっちの常識は皆無なんだから。

「……ここはイグリス大王国っつってな、ユーリニア大陸のそばにあるでっけえ島国だ。転移者はだいたい王都ロンディニアに行くんだが、お前さんはそうじゃねえな」
「イグリス、ロンディニア……イギリスとロンドン、じゃなくて?」
「イグリスとロンディニアだよ。転移者には、馴染みが薄いか?」

 いやいや、イギリスとロンドンの方がよく聞きますけど。

「ストーア川は、大神殿のそばにも通っていたはずだ。あそこから流されてきてヨーカー渓谷までってのは、大層な距離だが、おかしくもないか」

 ふむふむ、と少し考えこんでから、ブランドンさんはキャロルと顔を見合わせて言った。

「怪我が治ったら、神殿まで連れてってやる。あいつらに引き取ってもらって……」

 俺を――あの神殿に返すと。

「ダメだ、神官や皆のところには戻れない!」

 前のめりになって、俺は叫んだ。
 モルバ神官や小御門に俺が生きていると知られれば、連中が何をしでかすか。

「……どうやら、事情があるみたいだな」

 よほど迫真の顔つきをしてたのか、ブランドンさんの目が細くなった。

「話してみな。困りごとってのは、吐き出すとすっきりするもんだ」

 彼にうながされるまま、俺はここまで流されてきた経緯を話した。
 モルバ神官によって転移されたこと、スキルのランクを理由に追放されかけたこと、他の転移者の企みで殺されかけたこと。
 川底の男とスキルを強化する訓練以外のすべてを、ブランドンさんに話した。

「……というわけです。迂闊うかつに戻れば、他の人に危害が及ぶかも……」

 話を聞き終えたブランドンさんは、腕を組んで神妙な顔を見せた。
 キャロルも同情してくれたのか、どこか悲しそうな目をしてる。

「ふうむ、だったら、お前さんを神官どもや転移者に会わせるわけにゃあいかねえ。安心しな、転移者はだいたい王都に行っちまって、こんなところには来ねえさ」

 俺はひとまずほっとした。
 部屋の外に出て、厄介な連中と鉢合わせる心配はなさそうだな。

「確かに転移者といやあ、近頃はろくな奴がいねえがな。スキルを手に入れて、神様にでもなったつもりか知らねえが、犯罪まがいのことをするやからばかりだ」
「そうなんですか?」
「おまけに神官どもは、転移者が世の中を良くするんだとかなんとか言って、王様を騙して好き勝手してやがる。まったく、ろくでもねえ連中だよ」

 なるほど、横暴なのは今回の転移者や、モルバ神官だけじゃないらしい。
 こうなると、老人の言ってた「スキルで世の中を良くする」ってのも怪しいな。

「……でも、俺は拾ってくれたんですね」
「キャロルが言い出したのさ。悪い人じゃない気がするって……おっと」

 不意に、ブランドンさんが腰に下げた金槌を落とした。
 訓練中の癖が出て、ほとんど反射的に俺はその金槌に触れた。

『ちゅーっ』

 すると、金槌はたちまち変身して、鉄製の体と木製の尻尾を持つネズミになった。
 しばらく床を這い回っていたネズミが俺を見つけて、ベッドを這いあがって肩に乗るさまを見て、ブランドンさんもキャロルもぽかんとする。

「……それが、お前さんのスキルか?」
「はい、俺のスキル……【生命付与】です」

 俺の黒い髪にひげを寄せるネズミを撫でながら、俺は答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】偽物聖女として追放される予定ですが、続編の知識を活かして仕返しします

ユユ
ファンタジー
聖女と認定され 王子妃になったのに 11年後、もう一人 聖女認定された。 王子は同じ聖女なら美人がいいと 元の聖女を偽物として追放した。 後に二人に天罰が降る。 これが この体に入る前の世界で読んだ Web小説の本編。 だけど、読者からの激しいクレームに遭い 救済続編が書かれた。 その激しいクレームを入れた 読者の一人が私だった。 異世界の追放予定の聖女の中に 入り込んだ私は小説の知識を 活用して対策をした。 大人しく追放なんてさせない! * 作り話です。 * 長くはしないつもりなのでサクサクいきます。 * 短編にしましたが、うっかり長くなったらごめんなさい。 * 掲載は3日に一度。

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットの悪評を広げた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも解放されずに国王の命令で次の婚約者を選ぶことになる。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

ありふれた不遇職の倉庫キャラで異世界に転生!?

プラントキング
ファンタジー
倉庫キャラ、それは複数のキャラクターを作れるオンラインゲームにて、自分の所持できるアイテムの総量を増やす為に用意するキャラである。 大抵のゲームにおいてインベントリと倉庫とは有限であり、入れられるアイテムの数には限りがある。 それをどうにか増やそうとした結果が、インベントリの広いキャラやアイテムなどを使ってアイテムの保管庫として使用する事であり…。 そうして生まれる存在こそが、倉庫キャラなのである。 この物語は、ひょんな事からゲームで作った倉庫キャラ単体で異世界に転生した男の物語である。 なお”単体”で”転生”したので当然ながらインベントリの中はカラである。 『倉庫』しかない男の冒険が今、幕を開ける!? ※9月7日から9月14日まで『決戦!星の古戦場』なので更新できません。ご了承ください。

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ
ファンタジー
 2020.9.6.完結いたしました。  2020.9.28. 追補を入れました。  2021.4. 2. 追補を追加しました。  人が精霊と袂を分かった世界。  魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。  幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。  ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。  人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。  そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。  オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

処理中です...