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追放、川の底

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 俺が小御門の豹変ひょうへんぶりに絶句する一方で、モルバ神官はあいつを褒め称える。

「いやはや、リョウマ様やアイナ様が話の通じるお方で助かりました。こんな邪魔な転移者を置いておくわけがないと、私は信じておりましたよ」
「モルバ……神官……ぐっ!」

 どんな神経をしてるんだ、と言おうとするより先に、小御門が俺を突き飛ばした。
 仰向けに倒れ込んだ俺の上に馬乗りになるのは、乱暴者の坂崎だ。

「おい、【武器生成】とかいうスキルが使えただろ? ナイフとか、出せるか?」
「あ、うん……坂崎、これでいいか?」

 子分のひとりが手のひらから光を出すと、そこに1本のナイフが生まれる。
 スキルの力に驚いた俺だけど、そんな暇はもう残されちゃいない。

「おう、サンキューな、っと!」

 坂崎はナイフを掴み、俺の胸元に突き立ててきた。
 正気かコイツ、俺を殺す気か!

「そういやお前さ、【生命付与】とかいうスキルが使えるんだろよな?」
「坂崎、こいつが死んだらよォ、自分の命をどうにかできるか試すとかどうだ!」

 信じられないほど残酷な提案を聞いて、坂崎の顔に悪魔のような笑みが浮かぶ。
 服を突き抜けて、肌に切っ先が当たり、わずかに血があふれ出す。

「バーカ、抵抗してんじゃねえよ!」
「銀城が来るなんて期待すんなよ、コラ!」
「ぐ、うぐぐ……!」

 スキルで抵抗してやりたいのに、使い方も分からない。
 そもそも最低ランクの【生命付与】がどんな力を発揮するかさっぱりだ。
 こいつらはどうやってスキルを自分のものにしたんだ、人を死なせるだけの力を。

 というかなんで――ここまで躊躇ちゅうちょせずに、人を殺せるんだ!

「君達、やりすぎちゃダメだよ」

 坂崎の手を掴み、俺が必死に抵抗していると、小御門がいつもの声で忠告した。

「は、はい!」
「ケッ、命令してんじゃねえよ。世間知らずのボンボンが」

 坂崎は不満げに、子分達は焦った様子で俺から離れてゆく。

「はぁ、はぁ……!」

 じくじくと痛む腹を押さえていると、小御門と近江が俺のそばに来て言った。

「天羽君、僕は殺してまで君を排除したいとは思わない。ただ、僕とアイナの輝かしい未来を害するカビが紛れ込んでいるのが、許せないだけなんだよ」

 悪魔のように笑う小御門に、腕を絡ませる近江。
 どうやら知らない間に、ふたりは付き合ってたらしい。
 お似合いのカップルだ……外道同士、って意味で。

「……坂崎達は、カビじゃないのかよ……」
「彼らは使い道のあるカビさ。君は存在するだけで周りを毒する、吐き気をもよおすカビだ」

 人をカビと称して見下すこいつは、自分を神様だと思ってるのか。

「最後のチャンスだ。君自身の口から、追放してください、と言ってくれ」

 いや、思っているんじゃなく、確信してるんだ。
 そうじゃなきゃ、自分の頼みを断るわけがないって、自信に満ちた顔になんかなるもんか。
 ここがもしも学校だとか、誰もが小御門の肩を持つ場所なら、俺もきっと諦めて「出ていく」って宣言してたよ。
 でも、異世界に放り出されて死ぬくらいなら、ここで抵抗してやる!

「お前の言うことなんて……死んでも、聞いてやるかよ、バーカ……!」

 俺がぜいぜいと息を荒げながら言い放つと、明らかに小御門の顔つきが変わった。

「テメェ、まだナメた口ききやがって……」
「待ってくれ、坂崎君」

 坂崎が拳を鳴らしながら俺を起き上がらせると、小御門が彼をどかせた。
 ぱき、ぽき、と指の骨を鳴らした彼が、俺の首を掴んだ瞬間。

「――スキル【神剣】」

 小御門の手からほとばしる『光の剣』が、俺の腹を貫いた。

「がはっ……」

 何のためらいもなく、使ったこともないはずのスキルで、あいつは俺を刺した。
 口から漏れる血を押さえる俺を見る小御門の目は、もう品行方正な優等生じゃない。

「便器にこびりついたクソ以下の無能が、この僕に盾突くなよ……!」

 気に入らないものすべてを排除しないと気が済まない――バケモノの目だ。

「あらあら、リョウマの本性が出たみたいね」

 とんでもない凶行きょうこうに出た小御門を見て、さすがの坂崎達も驚愕きょうがくしてるってのに、モルバ神官と近江だけはにやにやと笑っている。
 人が死ぬさまを……剣を抜かれ、血が噴き出すさまを笑っている。
 これが、異世界の望んだ人間か?
 こんなのが世界を良くするのか?

「さあ、君達も見ておくといい。この異世界で君達が何をしようが自由だ、誰を殺しても犯しても、僕に手を貸してくれるなら何も言わない……ただし!」

 誰も俺の問いに答えない。
 血走った瞳で、荒い息で、血管を浮かせた男は聖なる剣を掲げて――。

「僕の目的を邪魔する奴は、こうなるからなァッ!」

 俺の体に、思い切り振り下ろした。
 袈裟懸けさがけに斬られ、足に力が入らず、体がゆっくりと後ろに倒れてゆく。
 坂崎と子分が、近江が、モルバ神官が、小御門が俺を射殺すような視線をぶつけるのを最後に、俺は崖から落ちていった。
 体が宙に浮き、重力に惹かれるのを感じているうち、音を立てて川に激突する。
 暗い水に血がにじんで、赤く染まる。
 全身がきしむように痛いのに、声が出ない。

(……血が、止まらない……全身が痛い……死ぬ、かも……)

 もうじき死ぬと分かっていても、俺には後悔はなかった。

(銀城、カノンさん……あの子だけが、味方だったんだ……嬉しかったな……)

 最後まで銀城さんが、俺を信じていてくれたと確信できたから。

(あいつらの言いなりにならなかったぞ……ざまあみろ……)

 しかも、向こうの世界でやられっぱなしだったけど、一矢むくいることができた。
 だからもう、俺は満足してあの世に行く心構えでいた。

(……ん? あれ、は……)

 はず、だった。ぐるり、と水中で俺の体が半回転して、底に視線が向く。
 岩や瓦礫、水草の奥に見えるのはだ。
 肌がよどんだ色になって、頬はこけているけど、間違いなく人間だ。

(……人間の、死体? なんであんなところに――)

 死体だと察した俺の、身動きの取れない体が沈み、とうとうそれと鼻がぶつかった。



 ――その時だった。
 ――死体の目が、くわっと見開いて、俺と目が合った!



「~~~~っ!?」

 驚きのあまり口から空気の泡を吐き出す俺の頭に、死体の頭がぶつかる。

(ずっと信じていたよ、以外の人間が来るのを!)

 すると、脳みそに文字を殴り書きするかのように、死体の言葉が聞こえてきた。
 男の声、しかも俺よりずっと年上の人の声だ。

(この人、直接頭に話しかけてる!?)

 痛みや死をすっかり忘れた俺に、死体の男は響き渡る声で言った。

(頼む、100年待ち望んだチャンスなんだ! あいつらの代わりに使ってくれ、私の――【異能強化】のスキルを!)

 迫真の顔つきで語る男の口が開き、俺がガボガボと吐き出す空気と混ざり合う。
 どうなっているのか、何が起きているのか、理解できない。

 そのうち、意識を失うように、俺の視界は真っ白に染まっていった――。
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