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最低ランクのスキル

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 ――Eランク?【生命付与】はともかく、最低のランクだって?

「……え、ええと、そのEランクっていうのは……」
「スキルを持っていないのと同じ、名ばかりのランクだ」

 S、A、どれだけ低くてもBランクのスキルが発現する中、俺だけがEランク。
 30人ほどクラスメートがいるのに、俺ひとりが最底辺なんて、悪い冗談だ。

「最低、ランク……痛たっ!」

 半ば呆けていた俺の思考は、頭を小突かれて、やっと戻ってきた。
 膝をついた俺の背中を蹴るのは、クラスでも一番の乱暴者の坂崎コウスケ。
 子分を率いて俺にしょっちゅう暴力を振るう、スキンヘッドとピアスが目立つ典型的な乱暴者だ。

「わははははは! クソの役にも立たねえスキルなんてお前らしいじゃねえか、天羽!」

 しかも今は、無能の烙印らくいんを押されたんだから、嬉々ききとして俺の肩を殴ってくる。
 子分の生徒――友田とか五十嵐も一緒になって殴ってきても、誰も止めない。

「ちょっと、何してるの!」

 ただひとりだけ、銀城さんが坂崎を引き離してくれた。

「銀城、こんな無能のカスなんてかばってんじゃねえよ!」
「そうそう、こいつ、あっちにいた頃からマジで使えなかったんだよな!」
「ふむ、それは本当ですか?」

 坂崎の言葉にモルバ神官が関心を示すと、あいつはにやりと笑って語りだす。

「ああ、間違いねえよ。何をやらせても失敗ばかり、どんくさくてセンコーにもバカにされてた、俺達にボコられるくらいしか価値のねえ奴だよ!」

 そう、元いた世界じゃ、俺はいじめられてた。
 いじめるのに深い理由なんてない。
 抵抗しなさそう、というだけでやられる。
 そんな関係性を察したのか、モルバ神官が冷たく言い放った。

「……では、追放してしまいましょうか」

 俺を追放する、と。

「なっ……!?」

 どこからかなんて聞くまでもない。
 この神殿から、クラスメートの中からだ。
 つまり俺は、これから未知の世界に放り出されようとしてるんだ!

 ファンタジー小説で何度も読んだ展開だけど、自分がこの立場になれば話は別だ!
 はっきり言って、追放なんて受け入れられるわけがない!
 魔物がいるかもしれない、何が起きるかも分からない世界にひとりで置き去りにされるなんて、死ねって言ってるようなもんだろ!

「我々が異世界から転移者を呼び出すのは、そのたぐいまれなスキルでこちらの世界に貢献してもらうためだ。それができないのなら、はっきり言ってお前など不要だ」
「そんな……!」

 冷徹なモルバ神官の決定がクラスメートに伝播でんぱしていくのが、俺の目にも分かる。

「確かに、ずっと面倒見てられないし……」
「いてもいなくても変わらないよ」
「いっそ、自分の意志で出て行ってもらった方が助かるわね」

 おまけに近江を含め、皆が俺を指さして、出ていった方がいいとか話してる。
 おいおい、春先のクラス会で「団結力を大事にしよう」なんて標語を立ててたよな。

「いい加減にしなよ! イオリ君を追放するなんて、どうかしてるよ!」

 ただ、こんな状況でも、銀城さんは俺をかばってくれた。

「そうだ、近江君まで彼をのけ者にするなんて! 僕らはクラスメートじゃないか!」
「……まあ、小御門君がそう言うなら……」
「銀城のやつ、甘いんだよ……」
「……フン」

 小御門も反論してくれると、マドンナを含めたクラスメートはやっと納得してくれる。
 彼は皆の前に出て、モルバ神官にも同じように、毅然とした態度で言った。

「大神官さん、僕達は仲間です。スキルがない無能だからといって、追放はしません」
「……そうですか」

 SSランクのスキル持ちにこう言われると、神官も納得するしかないみたいだ。
 というかこの神官、スキルの有無でしか人を見てないのか。

「とにかく、神殿には部屋を用意しております。皆様、しばらくはこの神殿でスキルとこちらの世界について学んで行かれてはいかがでしょうか?」

 話を逸らすように、モルバ神官は神殿の奥へと皆を案内する。
 クラスメートは顔を見合わせ、小さく頷く。

「では、こちらへどうぞ」

 坂崎や子分、近江に続いて、皆が神殿の奥の部屋に入ってゆく。

「イオリ君、立てる?」
「う、うん、ありがと……」

 残された俺に、銀城さんが手を差し伸べてくれる。
 彼女の明るい笑顔は嬉しいけど、なんだか自分が情けない。
 異世界転移を漫画で読んだ時は、俺もこうなれたら、なんて思ってた。

 でもリアルで待っていたのは、最低ランクのスキルと、変わらない現状だ。
 いいや、変わらないんじゃない。

 俺を待っていたのは――もっと最悪の未来だった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 その日の夜、皆が寝静まった頃、俺は神殿の外へと連れてこられた。
 ホテルのような一室で寝ていた俺を叩き起こしたのは、坂崎とその子分だ。

「――オラ、オラァッ!」

 連中はいきなり俺を地面に転がすと、有無を言わさず暴力を振るってきた。
 しかもいつもみたいな、先生に指摘されると「遊んでただけでーす」と言い訳できる範囲のものじゃない。
 明らかに度を超えた、本気の暴力だ。

「銀城に助けてもらえたからって、調子乗ってんじゃねえぞ!」
「死ねコラ、カスが!」

 俺がうずくまると、今度は4、5人ほどで寄ってたかって踏みつける。

「げほ、ごほ……」

 うめく俺の胸倉むなぐらを掴み、坂崎が無理矢理起き上がらせる。
 崖のように切り立った広間の下に流れる、川のごうごうとした音が聞こえる。

「オラ、天羽! さっさとの前で言っちまえよ、ここを出ていきますってな!」

 ここまで連中が強気に出られるのは、先生がいないとか、自分達がスキルを手に入れたからとか、それだけじゃない。

「まったく、随分と強情ごうじょうなのね」

 ひとつは、彼らの後ろにクラスのマドンナの近江がいること。
 もうひとつの理由は、俺も信じられないことだ。

「な、なんで……小御門、どうして……!」

 俺をかばってくれたはずの小御門が――モルバ神官と一緒にいるんだ。

「簡単さ。僕がずっと求めていた世界に、君のような存在は不要なんだ。だから消えてほしいって、それだけのことなんだよ」

 肩で息をする俺の前に来て、かがんだ小御門がため息をつく。
 彼の目には、いつもの優しさも温かさもない。

「そんなに難しいことを言っているつもりはないんだけどね――無能の天羽くん?」

 あるのはただ、暴君にも似た残酷さだけだ。
 俺は悟った――これこそが、小御門の本性だと。
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