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クラスメートと異世界へ

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 その瞬間、俺達の日常は崩壊した。
 いつものように学校に行って、朝礼の時間が迫る8時30分。
 俺――天羽あもうイオリが席に着いた瞬間、視界はまばゆい光に覆われた。
 皆の悲鳴が聞こえたかと思った時、俺達はもう、にいたんだ。

「おめでとうございます――皆様は、この世界に召喚されました」

 教室にいたクラスメート達と一緒に、冷たい大理石でできた床に寝そべる俺の耳に聞こえてきたのは、しゃがれた声。
 むくり、と皆が起き上がって、声の主に視線を向ける。
 そこには長い帽子を被り、ローブと豪華な装飾品を身にまとった、白髪はくはつの老人がいた。

「えっと、あなたは……」
「失礼しました、自己紹介が遅れまして。私はモルバ、転移者様を呼び出すこの『大神殿』の神官を務めさせていただいております」

 何かしら説明してくれたが、はっきり言って何を言っているのかさっぱりだ。
 おまけに老人は外人らしいのに、俺達と日本語で意思疎通ができている。
 自分で言っといてなんだけど、訳が分からない。
 中には泣き出している女子もいるのに、モルバ神官と名乗る老人はまるで気にも留めず、護衛らしい鎧をまとった衛兵を連れて俺達の前に来た。

「そして、この世界での皆様の役割はひとつ。世界に変革をもたらしてください」

 どこか嬉しそうなモルバ神官の話を要約すると、こうなる。

 ①俺達は爆発に巻き込まれて死んだ。
 ②モルバ神官には、死の運命にある人間を、こちらの世界に連れてくる能力がある。
 ③それらの人間は『転移者』と呼ばれ、世界そのものに益をもたらす。

 説明を聞いて、クラス中が一層ざわつく中、俺の頭をある言葉がよぎった。
 ……ひょっとして、これが『異世界転移』?
 死んだ人間が、ファンタジー世界に行っちゃう、あれなのか?

「ふざけんなよ、この野郎!」
「わけわかんねーこと言ってないで、元の世界に戻せ!」

 クラスの不良達がわめいても、モルバ神官は動じない。

「残念ながら、戻すことはできません。元居た世界では、皆様はガス、爆発……とやらで、もう死んでいます。最期に何が起きたのか、忘れてはいないでしょう?」

 こう言われてしまうと、誰もが押し黙ってしまった。
 いよいよ誰もが悲嘆し、泣き声も大きくなる中、モルバ神官はなぜか笑っていた。

「それに、異世界より召喚された皆様には、偉大なる力があるのです」

 彼は近江おうみアイナ――黒髪をなびかせる眉目秀麗びもくしゅうれいなクラスの高嶺たかねの花のそばに寄ってきて、手を頭にかざす。

「な、なにを……」

 すると、近江の右腕に紋章のようなタトゥーが浮かび上がった。

「……近江アイナ様、あなたには【精霊召喚】のスキルが備わっていますね。こちらの世界の人間では到底持ちえない、世界を変えるほど稀有なスキルですよ」
「スキル……?」
「異世界からの転移者なら誰もが持っている、潜在的な異能の力です。転移者である曽祖父そうそふの力を引き継ぐ私は、それを引き出すことができます。こちらの人間もスキルを持っていますが、転移者のスキルはずっと強く、素晴らしいものなのです!」

 モルバ神官が近江の手を握り、天に向けさせる。

「さあ、どうぞ強く念じてください。己のスキルを、目覚めさせてください!」

 半信半疑のまま、クラスメートの視線を集める彼女が目をつむって念じると、信じられないことが起きた。
 近江の手から光がほとばしり――輝く鳥が、何羽も飛び出したんだ。

「……すごいわ……これが、私に眠っていたチカラ……!」
「素晴らしい! 手の甲の紋章が示す通り、Sランクのスキルを発現させましたね!」

 ランクが何なのか、スキルって何なのか、モルバ神官以外は誰も分からない。
 ただ、皆の不安や恐れを取り除き、興味を抱かせるには十分すぎた。

「モルバさん、僕のスキルはどうかな?」

 自発先に名乗りを上げたのは、小御門こみかどリョウマ――茶髪が目立つ、ハンサムでスポーツも勉学も優秀な万能人だ。
 彼が静かに突き出した手にモルバ神官が触れると、老人の目に驚きが満ちた。

「小御門リョウマ様は……な、なんと……光の剣を操り、闇を裂く【神剣】のSSランクスキルです!」

 SSランクの【神剣】スキルが、スゴイというのだけは分かる。
 なんせ、彼の右腕の紋章は、近江のものより倍近く大きく、長く刻まれてるんだ。

「信じられません! 過去の歴史をたどっても、これを持っていたのは……かつて魔王を倒した、伝説の勇者だけです! あなたはきっと、世界の救世主になれます!」
「勇者、か。僕はそんな器じゃあないけど……」
「そんなことないわよ、リョウマくんはいい人だもの!」
「俺達のリーダーだしな!」

 小御門が謙遜けんそんしたように微笑むと、皆が彼を持ち上げる。
 こんな光景も見慣れたものだ。
 なんせ小御門は、天に二物を与えられた人間だし。

「ありがとう。僕を信じてくれる皆のために、この力を使うって約束するよ」

 皆を勇気づける小御門の言葉を皮切りに、クラスメートの恐怖は完全に晴れた。

「……お、俺もスキルが欲しい!」
「あたしも! どんなのか知りたいな!」
「オラ、さっさとスキルを教えろよ!」
「ではどうぞ、列になってお並びください! ひとりずつ、スキルを目覚めさせてゆきましょう! あなた達のスキルが、この世界をより良いものにするのです!」

 祭壇さいだんのようなところに並んだクラスメートが、モルバに触れられてゆくたび、紋章を浮かび上がらせてスキルを目覚めさせてゆく。
 水を生み出し、分身し、中には巨大化するやつまでいる。

「やった! カノン、Aランクの【蒼炎そうえん魔法】の使い手なんだって!」

 次にスキルを覚醒させたのは、ムードメーカーの銀城ぎんじょうカノンさん。
 白い髪に青のインナーカラー、長いまつ毛に大きな目と派手な制服がチャームポイントの、底抜けに明るくて優しい皆の人気者だ。
 言うまでもないが、超かわいい。
 友人とはしゃぐ彼女と目が合うと、銀城さんが俺の肩を叩いた。

「次は天羽君の番だよ! いいスキルが出るといいね!」
「あ、うん……ありがと」

 誰にでも明るい笑顔を見せてくれる銀城さんの声が、俺の背中を押してくれる。
 でも、言っちゃ悪いんだが、この神官が俺はどうにも信用できないんだよな。

「お待たせしました、天羽イオリ様。こちらでスキルを【鑑定】させていただきます」

 荘厳そうごんな祭壇を背にした老人が、俺の頭に手をかざす。
 頭のてっぺんが温かくなり、全身に熱が行き渡ると、俺の手にも紋章が現れた。

「ふうむ、なるほど……チッ」

 モルバ神官が舌打ちをした。
 クラスメートの視線が、一斉に俺とモルバ神官の方に集まる。

「天羽イオリ。お前のスキルは【生命付与せいめいふよ】――ランクは最低のEだな」

 そして老人は、ゴミを見るような目で俺を睨みながら言った。
 俺の右手の甲に浮かび上がった紋章は――たった一画の、しょぼくれたものだった。
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