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おっさん、ドラゴンを討伐する

メルカビス山を登れ

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「……メルカビス山、決着の地、か」

 ユドノーからしばらく離れたところに、その山はあった。
 ここに来るまでは空も晴れていたのだが、メルカビス山に到着した頃には、恐ろしいほど天候が崩れ始め、雲も灰色にしまっている。
 まるで、想像を絶する恐怖が待ち構えていると言わんばかりに。
 そんな山の入り口に、ダンテ、アルフォンス、ハイデマリーは立っていた。
 ダンテがここを『決着の地』と言ったのは、昔ばなしに所以ゆえんする。

「伝承をご存じなのですね」
「かつて人間に災厄をもたらした蛇の邪竜ハンザウと、それを討伐した勇者クラークの話だろ? この地方じゃあ、爺さん婆さんしか話さない与太話だ」
「事実であるとも、貴方は知っているのでしょう?」
「まあな。伝承なんてもんは、大抵真実を元にしてるもんさ」

 黒いマントを羽織ったダンテは、山に足を踏み入れた。
 兄妹も後ろに続くと、肌を嫌な風が撫でる。

「ところで、俺が何度か任務に来た時は、こんなまっすぐにならされた道はなかったがな」
「大方、あのけだもの共が作った道ですわ」

 アルフォンスだけでなく、ハイデマリーも、自分たちに突き刺さる視線に気づいている。
 二人が察しているのならば、ダンテも当然、敵意のまなざしを察しているのだ。

「分かりやすい待ち伏せですわ。大口を叩いた割には、なんとも陰湿な連中ですわね」
「無理にここを通る理由もない、か」
「兄様、おじ様。この周辺地域を迂回して、裏から回りましょう」

 明らかにモンスターが山ほどいるようなシチュエーションで、わざわざ突っ込むのに、普通ならばメリットなどないだろう。
 だが、この状況は普通ではない。
 ならばダンテの判断も、普通とは少し変わってくるのだ。

「……いや、まっすぐ行くぞ」

 ダンテの決断を聞いて、グライスナー兄妹は驚いた。

「おじ様!?」
「ダンテさん。本当に、この道を進むつもりですか?」

 目を丸くする二人を置いて、ダンテはどんどんと均された道を歩いてゆく。

「あいつらがわざわざ作ってくれた道だ。獣道を進むよりは楽だろ」
「危険ですわ、おじ様! あの野蛮な怪物どもが、待ち伏せているに決まっていますわ!」
「それこそ、百も承知だ」

 ハイデマリーは彼の意図を理解できていなかったが、アルフォンスはというと何かを察したようで、ダンテの後ろをついて行く。

「……逆に、ギラヴィをおびき寄せるつもりですね」

 こうなれば、ハイデマリーもついて行かざるを得ない。
 アヒルの親子のように後ろを歩くハイデマリーは、兄とダンテにどうしても、彼らの行動の理由を聞いてみたくなった。

「どういうことですか、兄様?」
「マリーの言う通り、あのドラゴンは、ダンテさんが罠と思しき道を進んできても、罠を避けて進んでも、どちらでも迎撃できるよう、モンスターを配置しているはずです」

 前に進むにつれて増えてゆく視線の量に対し、アルフォンスは剣の柄に手をかける。
 その気になれば、彼は瞬間的に剣を抜き、モンスターを斬り伏せられるだろう。

「こそこそ隠れていては、ドラゴンは増長して玉座に座ったまま降りてきません。ですが、拓けた道でできる限り暴れてやれば、ドラゴンは人間より劣っているというこちら側のアピールに勘付き、払拭するべく下りてくるでしょう」
「つまり……最初から、山のてっぺんまで登るつもりはない、と?」

 ダンテが足を止めて、二人を見ずに頷いた。

「ああ。ギラヴィの野郎を、引きずり出してやる」
「ま、その方が貴方らしいですよ」

 二人も同様にぴたりと止まり、少しだけ剣を鞘から抜く。

「……来るぞ」

 ほんのわずかな静寂と、しとしとと降りだした雨の最中――。

『『ギィヤアアアアアーッ!』』

 木々の隙間から、谷の奥から、土の中から、モンスターが飛び出してきた。
 しかも空から飛んでくるワイバーンだけでなく、ゴブリン、オーク、ワーム、ジャッカロープ、スライム、リザードマン――とんでもない種類のモンスターが、襲いかかってくる。

「前の襲撃より、ずっと数が多いですわ!」
「しかも、山のモンスターも従えています……文字通りの総力戦か!」

 群れを成して襲いかかってくるゴブリンの頭を、ダンテはナイフで刎ねた。
 彼が翻したマントの内側には、何かがびっしりと装着されている。

「上に進みつつ、ギラヴィの気を引くくらい暴れてやれ! あいつは大物ぶってるが、中身は復讐心に囚われたガキみたいなもんだ!」
「だったら、子供心をくすぐる、私の力を使うとしましょう!」

 だが、それらを用いるよりも先に、アルフォンスが動いた。

「白銀剣――『白の裁きヴァイスクリンガー』!」

 彼が勢いよく剣を抜くと、白い刃が宙を舞い、モンスターを切り刻む。
 二十は下らない刃が煌めき、ゴブリンの首を斬り落とし、オークの体に無数の傷痕をつけて、倒してしまったのだ。

「それは……!」
「私が持つ魔力を、剣そのものの形に変換しました。直線的な動きしかできませんが、超高速で飛翔して敵を仕留めます……このようにッ!」

 アルフォンスが剣を指揮棒のように振るうと、刃は彼に従い、モンスターに突き刺さる。

『アギャ!?』
『ガウ、ウギイイ!?』

 彼が真の力を使うだけでも、モンスターからすれば脅威なのだが、ここにはもう一人、国が誇る強力な騎士がいる。

「だったらわたくしも、おじ様に修行の成果を披露しますわ!」

 ハイデマリーが剣を抜けば、今度は刀身から赤い鞭のようなエネルギー波が迸った。

赤鞭せきべん剣――『赤の裁きロータパイツァ』!」

 彼女が勢いよく振るった鞭は、掠めただけでもモンスターを真っ二つにしてしまう。
 しかも鞭の長さは変幻自在で、ここまで届かないだろうとたかを括っていたワイバーンの首に巻き付き、斬り落とせるのだ。

「わたくしの視界に入ったものをすべて斬り伏せる鞭! どんな鱗も、皮も、防御壁も、この攻撃の前には無意味ですわ!」

 事実、ハイデマリーの攻撃を防げているモンスターは一匹もいない。
 木々も、岩も、地面ですら防壁にならず、近づく敵はことごとく裂かれてゆくのだ。
 こんな味方がいれば、ダンテも自分の力を見せるまでもないだろう。

「ユドノーで使わなかったのは、さしずめ見せた相手を生かして返さないってとこか」
「貴方にもあるのでしょう、そういう力が?」
「ははは、心当たりしかねえな。なんせ――」

 ただ、ずっと黙ってふたりに戦いを任せているほど、ダンテも大人しい人格ではない。

「――隠してる力が、多すぎるんだ」

 彼もまた、マントの内側に隠していた武器を、静かに取り出した。
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