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おっさん、ドラゴンを討伐する

男風呂、ふたり

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 ずっと遠くのゴドス山まで続くとある渓谷、その真下に広がる街――ユドノー。
 いくつもの街が合体した、宿の町タウランと同じような出自を持ちながら、それよりもずっと大きな規模の宿泊地である。
 多くの酒場に宿、カフェに地元原産の食料などを含めた産業が盛んで、中でも人気なのは街の各所から湧き出す『温泉』。
 体力回復や健康に高い効果があるとされる温泉にかる冒険者や貴族、富裕層のゆったりとした声で、夜は静かな街が満たされる。

 ……はず、なのだが。

「――嫌ですわ嫌ですわ、い~や~で~す~わ~っ!」

 とある宿の温泉の入り口では、みっともない声が響いていた。
 ジタバタとわめいているのは、曲者揃いの冒険者『セレナ団』ではなく、品行方正を良しとする騎士団の一員。
 しかも名誉ある赤騎士のひとり――『ユカタ』をまとったハイデマリーだ。

「いつまでわがままを言ってるんだ、マリー」
「だってだってぇ~! わたくし、おじ様と一緒にお風呂に入れると思ってたんですもの! 何でですの、いつの間に混浴禁止になりましたの!?」

 おまけに彼女がごねているのは、ダンテと一緒に入浴したいという、マヌケな理由である。
 これにはアルフォンスも、さっきからずっと顔をしかめている。

「宿のおかみさんが言ってたよ。トラブルが多いから、混浴はなしになったって」
「へへーん! きっと、マリーみたいなのが悪いことばっかりしたからだね!」

 セレナが口を手で隠して笑うと、ハイデマリーの悲しみはたちまち怒りへと変わっただけでなく、矛先が彼女に向けられた。

「むっきーっ! 貴方達みたいな野蛮人に言われる筋合いはありませんわ!」

 跳び上がって指をさす彼女に、今度はリンが眉をひそめる。

「ちょっと待って。貴方って、ボクも入ってるの?」
「そりゃあそうでしょう! 飼い主なら飼い主らしく、そこのけだものに首輪でもつけて飼い慣らしておきなさいな! それもできないなら、チビの獣が増えるだけですわ!」
「誰がチビだ、バーカ」
「ば、ば、バカ!? このハイデマリー・グライスナーをバカとおっしゃいましてェ!?」

 こうなるともう、頬を引っ張り、膝を蹴る大乱闘の始まりだ。
 周りに他の客がいなかったのが幸いだが、宿の従業員はげんなりしている。

「すみません、ダンテさん。ふたりとも、さっきまでは仲良くしてたんですが……」
「ああ、俺も知ってるよ」

 そんな中、ダンテはなぜか、くだらない喧嘩を楽しそうに見つめていた。

「ま、喧嘩するほど仲がいいって言うしな。風呂に入る頃には、きっと仲直りしてるさ」

 アルフォンスの肩を叩いてから、ダンテは3人を仲裁した。
 彼が間に入ると、なぜかあっさりと彼女達が手を止めるのは、きっと戦いを治める技術に熟達しているからだろう。

「風呂に入れる時間も決まってるみたいだし、マリーもいい加減諦めろ。男は男湯、女は女湯で疲れをとって、明日に備えようぜ」
「ちぇーですわ」

 ハイデマリーはちょっぴり頬を膨らませて、それからわざとらしく胸元を広げた。

「……おじ様? わたくしの柔肌を味わいたいなら、いつでもこちらに……」

 もっとも、猪口才ちょこざいな技がダンテに通用するわけがない。

「オフィーリア」
「お任せください。聖霊『ガヴリール』」

 ずい、と出てきたオフィーリアが指を振ると、山羊の聖霊が現れた。

「わ、ちょっ! なんなんですの、この山羊はっ!?」

 ぐいぐいとハイデマリーのお尻を押す聖霊を操り、オフィーリアがうふふ、と笑う。

「私がお仕置き係を任命されたんです。ハイデマリーさんがことを言うたびに、聖霊がやってきますので、そのつもりで♪」
「こ、こんなの、わたくしも兄様も許しませんわよ!」
「任命したのは私だよ、マリー」
「そ、そんなぁ……いたた、お、押さないでくださいまし!」

 ぐいぐいと女湯に押し込まれるハイデマリーを、猫耳族のふたりはけらけらと笑っていたが、彼女達もすぐに同じ目に遭う。

「ちょっと待って、オフィーリア!? なんであたし達も押されてるの!?」
「刺さってる、刺さってる! 角がボクのお尻に刺さってるよ!」

 1頭の山羊に押されて、3人はたちまち『女』と書かれた扉の向こうに消えた。
 温泉発祥の極東きょくとうの言葉で、『女』というのは『女性』を意味するらしい。

「それではお二方、こちらはお任せください」
「頼んだぜ、オフィーリア」

 オフィーリアも女湯に入っていくのを見届けてから、ダンテとアルフォンスは、青い字で『男(極東語で男性の意)』と書かれた扉を開けた。

「本当に面白い仲間ですね」
「俺のパーティーメンバーと、リーダーだからな。さてと、俺達も風呂に入るとするか」

 ユドノーではかごに衣服を入れて、付属するタオルを腰に巻くのがマナーである。
 ダンテもそれに従って服を脱いでいると、後ろから感嘆かんたんの声が聞こえてきた。

「……すごいですね、その傷」
「ん、ああ」

 アルフォンスが指さしたのは、ダンテの背中と筋肉質な体つきだ。
 無駄な肉が一切そぎ落とされたかわりに、岩よりも固そうな筋肉によって引き締められた体には、信じられないほどの傷が残っていた。
 まるで、四方八方から剣で切り刻まれたような傷だ。
 セレナ達がもしもこんな傷を見れば、恐怖で呼吸すら忘れてしまうだろう。

「騎士の間では、無傷の背中は臆病者、傷だらけの背中は英雄の証だと言われています。私の部下に貴方の背中を見せれば、誰もが尊敬するでしょうね」
「冗談言うな。本当に強いやつは、お前みたいに傷を負わないもんだ」

 小さく笑ってから、ふたりは奥の扉を開け、風呂場に入ってゆく。
 岩をいくつも重ねてつくられたそこには、温かい湯気が満ちている。
 王都ではとても見られないようなミステリアスな光景を楽しみながら、ダンテとアルフォンスはタオルを腰に巻いたまま、湯の中に浸かった。

「お、いい湯だな。溜まってた疲れが、スーッと抜けてくみたいだぜ」
「そうですね……本当に、夢の中にいるような気分です」

 ポコポコと浮かぶ泡に疲れを溶け込ませて、ダンテは空を仰ぐ。
 夕焼け雲が流れる空を、アルフォンスも同じように見つめながら、ぽつりとつぶやく。

「……ダンテさん。マリー以上に、私は嬉しいんです。私と妹を助けてくれた、生きる理由を与えてくれた貴方と再び会えたことが、何よりも嬉しいんですよ」
「ははは、大袈裟なやつだな」
「大袈裟なんかじゃありませんよ。私は今にも夢に見るんです、あの日の光景を――」

 静かにアルフォンスが目を閉じると、上下の白いまつ毛がくっつく。
 まぶたの裏に浮かぶ思い出は、いつも同じだ。

 ――あの時もそうだった。
 ――目をつむり、妹を殺さないでくれと、ただ懇願するばかりだった。
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