上 下
64 / 95
おっさん、ドラゴンを討伐する

アルフォンスと赤い騎士

しおりを挟む
「ちょいちょーい、ダンテ!? そこは知ってるところじゃないの!?」

 顔を上げてツッコむセレナと同じくらい、ダンテも戸惑っている。

「俺もそうだと思ってたっつーの! 兜を脱いだら知人が出てくるって踏んでたのに、マジでまったく知らないやつが出て来るなんて、想像してないんだよ!」
「ははは、そう言うと思ってましたよ」

 一方で白い髪の騎士は、くすくすと笑った。
 まるでダンテのリアクションすら、予定調和だったと言わんばかりの態度だ。

「無理もありませんね、私と貴方が最後に出会ったのは10年も前でしたから。それに、一緒にいたのも半月に満たないくらいでした」
「……10年前?」
「まだ思い出せませんか? 北の大国からの難民の中にいた兄妹を?」

 しかし、アルフォンスと名乗る騎士の言葉で、ダンテの目に変化が現れた。
 困惑がひとつの確信へと変わってゆく目だ。
 そしてやっと、彼の記憶は、10年以上前に埋もれた思い出を浮かび上がらせた。
 確か、で助けた難民の中に、今にも死にそうな子供が――ちょうどアルフォンスのような白髪の少年が混じっていたのだ。

「……アルフォンス……お前、騎士に預けた兄妹の……あの小さい兄貴の方か!?」

 ダンテが思わず声を上ずらせると、アルフォンスはにっこりと笑った。

「そうです、その小さい兄の方ですよ」

 とうとう、ダンテは眼前の青年が誰なのかを完全に理解した。

「いや、驚いた……大きくなったというか、まさか騎士になるなんてな」
「強くなる道を選んだんです。もう、私達みたいな悲しい想いをする人を増やさないように」

 彼のはっきりとした言葉遣いに、ダンテは半ば安心感のようなものを覚えた。
 アルフォンスを最後に見た時、彼は獣のように飢えていて、隙あらば自分を助けたダンテの持ち物、武器、果ては命まで奪いかねない貪欲どんよくさを秘めていたからだ。
 少なくとも、騎士になると言い出す性格ではなかった。
 それが、まさかここまでの高潔こうけつさと爽やかさを兼ね備えた好青年になるとは。

「……そうか。とにかく、元気そうで何よりだ」

 我が子の成長したさまを見たかのように、ダンテの口端が上がった。
 さて、彼とアルフォンスに置いていかれたセレナ達は、事情も聞かされていないので、やや不満げな表情をしていた。

「ダンテ? さっき、こんな騎士の知り合いはいないって言ってなかったっけ?」
「俺の知ってるアルフォンス、いや、アルは騎士じゃなかったんだよ。そもそも最後に会った時から、もう10年近く経ってるしな」
「10年って……ねえ、10年前は何をしてたの?」
「……ま、色々とな」

 いつものようにはぐらかすダンテを見て、アルフォンスが首を傾げる。

「ダンテさん、彼女達には何も話してないのですか?」
「お前は知ってるのか、アル? 俺がなのかを?」
「ええ、王国大宰相さいしょうのクロード様からお聞きしました。どこまでが真実かは分かりませんが、貴方のことです。きっとすべて、本当なのでしょう」

 クロードの名前を聞いた途端、ダンテは露骨に顔をしかめた。
 謎の多い男だが、よもや国のまつりごとにまで関与できるようになっていたとは。

「あいつ、知らないうちに宰相にまでなってやがったのか……」

 説明すると長くなるので詳細は省くが、ダンテが特級冒険者だった頃から、クロードという男は何かと読めない男だった。
 そんな人間がどうして政治の場にいられるかなど、今は考えても無駄だろう。
 それよりも気になるのは、アルフォンスのことだ。

「ところでアル、はどうした?」

 正確に言うと、アルフォンスといつも一緒にいたはずの妹のことだ。
 10年前に見た時はいつでもべったりとくっついていた彼女が、兄から離れているとは、ダンテにはちょっぴり考えづらかった。
 彼が妹の所在を聞くと、アルフォンスがまたも笑った。
 ただし、さっきまでと違う、挑戦心をはらんだ笑みだ。

「ああ、マリーの話をする前に、少し手合わせなどいかがでしょうか――」

 アルフォンスが言葉をつむぎ終えるか、終えないかのはざま。

「――ッ!」

 突如として部屋の扉が乱暴に破かれ、何者かがダンテめがけて突進してきた。
 しかも真紅の鎧を身にまとった誰かが突き出しているのは、幅広い刃を伴う剣だ。
 咄嗟の出来事にセレナもリンも、オフィーリアですら反応できないさなか、ダンテだけはナイフを引き抜き、鋭い斬撃を防いだ。

「不意打ちのつもりだろうが、殺気剥き出しじゃあ意味ないだろ」

 ちりちりと火花を散らしてぶつかり合う刃を弾き、赤い騎士が猛攻を仕掛ける。
 テーブルがひっくり返り、剣劇の余波で椅子が真っ二つになってもお構いなしだ。

「カタール剣か、珍しい武器を使ってやがる!」

 おまけに赤い騎士の剣さばきといったら、ダンテが2振り目のナイフを抜くほど素早い。
 剣士のセレナが、獣人特有の目の良さで凝視しても、ダンテと赤い騎士が振るう刃の残像しか見えないくらい、ふたりの動きは速いのだ。
 ついでにアルフォンスはというと、突然部外者が襲い掛かってきたというのに、腕を組んで見守ってるだけである。

「ちょっと、何してんのさ!」
「いくら王国騎士とはいえ、いきなり斬りかかるなど無法でしょう!」
「落ち着いてください。に敵意はありません……ただ、ダンテさんの力を確かめるのと、自分の実力を見せつけたいだけです」

 王国につかえる騎士が問題ないと言っても、まるで信用ならない。
 赤い騎士は背丈が低く、女性というのも察せるが、止めない理由にもならない。

「わけわからないこと言わないで。ボク、あいつを止めるからね」
「必要ありません。もうじき、決着がつきますので」

 リンが魔導書を開こうとしたが、アルフォンスが制した。
 理由は簡単で――もう、決着はついたも同然だった。

「太刀筋は鋭いがな、わきが甘いッ!」
「……ッ!?」

 カタール剣が乱暴に弾き飛ばされ、壁に突き刺さる。
 赤い騎士が武器を取りに行くのを当然許すはずもなく、ダンテのナイフが騎士の首にあてがわれた――動けば斬る、という意思表示だ。

「実戦なら首が飛んでたな。さて、俺に挑んできた命知らずの顔を拝ませてもらうとするか」

 勝利を確信したダンテは、赤い兜に手をかけ、勢いよく脱がせた。
 そして、他の誰でもない、自分自身が一番驚く羽目になった。

「……お前……!」

 なんせ兜の中から出てきたのは、赤い髪の美少女だったのだ。
 真っ赤なショートのポニーテール、ぱっちりと開いた瞳、竜のようなギザギザの歯。
 活発さの中に、令嬢のようなおしとやかさが垣間見える少女が誰であるか。
 ダンテはアルフォンスの時と同様に、脳の奥から記憶を掘り起こされた。

「……嬉しいです、

 だが、先に口を開き、動いたのは少女の方だった。

「わたくしと兄様を思い出してくださって……まだ、心の中にわたくしを留めていてくださっていたなんて!」

 頬を赤らめた彼女は、歓喜に瞳をうるわせ、想いを溢れさせ、ずい、とダンテに近づいた。

「10年待ち続けたわたくしの想い、受け取ってくださいな!」
「んむっ!?」

 そして――なんと、ダンテと唇を重ねたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~

きょろ
ファンタジー
この世界では冒険者として適性を受けた瞬間に、自身の魔力の強さによってランクが定められる。 それ以降は鍛錬や経験値によって少しは魔力値が伸びるものの、全ては最初の適性で冒険者としての運命が大きく左右される――。 主人公ルカ・リルガーデンは冒険者の中で最も低いFランクであり、召喚士の適性を受けたものの下級モンスターのスライム1体召喚出来ない無能冒険者であった。 幼馴染のグレイにパーティに入れてもらっていたルカであったが、念願のSランクパーティに上がった途端「役立たずのお前はもう要らない」と遂にパーティから追放されてしまった。 ランクはF。おまけに召喚士なのにモンスターを何も召喚出来ないと信じていた仲間達から馬鹿にされ虐げられたルカであったが、彼が伝説のモンスター……“竜神王ジークリート”を召喚していた事を誰も知らなかったのだ――。 「そっちがその気ならもういい。お前らがSランクまで上がれたのは、俺が徹底して後方からサポートしてあげていたからだけどな――」 こうして、追放されたルカはその身に宿るジークリートの力で自由に生き抜く事を決めた――。

「おっさんはいらない」とパーティーを追放された魔導師は若返り、最強の大賢者となる~今更戻ってこいと言われてももう遅い~

平山和人
ファンタジー
かつては伝説の魔法使いと謳われたアークは中年となり、衰えた存在になった。 ある日、所属していたパーティーのリーダーから「老いさらばえたおっさんは必要ない」とパーティーを追い出される。 身も心も疲弊したアークは、辺境の地と拠点を移し、自給自足のスローライフを送っていた。 そんなある日、森の中で呪いをかけられた瀕死のフェニックスを発見し、これを助ける。 フェニックスはお礼に、アークを若返らせてくれるのだった。若返ったおかげで、全盛期以上の力を手に入れたアークは、史上最強の大賢者となる。 一方アークを追放したパーティーはアークを失ったことで、没落の道を辿ることになる。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

処理中です...