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おっさん、ドラゴンを討伐する

騎士団駐屯所にて

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「――こちらへどうぞ」

 冒険者ギルドを騒がせたトラブルから少し経って、ここは王国騎士団西部駐屯ちゅうとん所。
 大人しく拘束されるほかなかったダンテ達は、不思議なことに投獄とうごくもされず、代わりに静かな客室へと連れてこられた。
 しかもギルド近くの駐屯所ではなく、わざわざ馬車を経由して遠くまで来たのだ。
 先ほどまでセレナ達を囲っていた物々しい騎士も、今はどこかうやうやしい態度である。

「ねえ、あたし達を王国騎士団の本部まで拘束してさ、捕まえるかと思ったら客室に連れて来るって、どーゆーわけ?」

 もっとも、こちらの問いかけにはまるで応じないのだが。

「シカトすんな、こんにゃろ!」
「よせ、セレナ。ここに案内したってことは、少なくとも俺達を投獄する気はないさ。それに、武器だって没収されてないしな」

 牙を剥いて飛び掛かろうとするセレナをダンテが制すると、騎士が深く頷いた。

「しばらくお待ちください。隊長をお呼びします」

 そして数人の騎士は、早々に部屋を去ってしまった。
 残されたのは静かな一室と、『セレナ団』の面々だけだ。

「……私達、どうなるのでしょうか……」
「ダンテ、真っ白な騎士とお話ししてたよね。知り合いなの?」
「俺に騎士の知り合いはいねえよ。いたとしても、こんな乱暴なやり方で本部まで連れてくるようなやつは、そもそも知り合いじゃないな」

 ソファーにどっかりと腰かけたダンテのそばでは、まだセレナが頬を膨らませていた。

「もー、だから騎士なんてキライなのっ! こういうの、なんて言うんだっけ、そう、ケンリョクのランヨーだーっ!」
権力の乱用、だね」
「どっちでもいいよ、ムカムカしてたらお腹減ってきた!」

 彼女はテーブルの上の皿に積まれたクッキーを鷲掴みにして、むしゃむしゃとほおばる。

「せ、セレナさん! 許可ももらっていないのに、お菓子を食べてはいけませんよ!」
「ふーんだ! こんなところに、おいしそーなクッキーを置きっぱなしにしてる方が悪いんだもんね!」

 げっ類みたくクッキーを食べるセレナを見て、リンが呟いた。

「騎士の所有物を勝手に食べたら、犯罪になるのかな」
「むぐっ!?」
「どうなの、ダンテ?」

 喉にものを詰まらせたような顔になるセレナを見て、ダンテが意地悪そうに言った。

「結論から言うと、なる。少し前に、騎士がテーブルに置いてた籠手こてひとつを盗んだバカが投獄されたって、新聞に載ってたしな」
「だってさ、セレナ」

 3人の視線を集めるセレナの顔は、いまや真っ青だ。
 恐らく頭の中では、檻の中で暮らす自分でも想像しているのだろう。

「……ご、5枚くらいなら、ばれないでしょ……」
「どう少なく見積もっても10枚は食べてますね」
「うわーんっ! あたしがもし騎士に捕まったら、皆で弁護してよーっ! クッキー食べたくらいで牢屋暮らしなんて絶対ヤダーッ!」

 セレナはクッキーを投げ捨て、わんわんと泣きだした。
 怒ったり泣いたり、感情が留まる時がないのか、とダンテは思う。

「怖がらせすぎちゃったかも」
「セレナのことだ、喉元過ぎれば忘れるさ」

 自分もクッキーを1枚指でつまみ、口に運んでから、ダンテは天井をあおいだ。

「ま、セレナが苛立いらだつ気持ちも分からなくないな」

 実際のところ、不安が心によぎるのはリンもオフィーリアも同じだ。

「……確かにそうですね。私達は何の説明もないのに、騎士団に取り囲まれて、ここまで連れてこられました。ギルドに戻っても、事情が伝わるまでは心象も悪いままのはずです」
「どうして?」
「私が外にいた頃の話ですが、騎士団に連行されるのはほとんどが悪人でしたから。今もそこは変わっていないのでしょう?」
「安心してくれ、そこは変わってねえよ。騎士が捕まえるのは、いつだって悪人だ――」

 ならば安心だ、自分達は悪事を――ちょっとしか働いてない。
 そう思った一行が、ひとまず安堵あんどの息を吐いた時だった。

「――ですが、いつでも例外はあります」

 部屋の扉ががちゃりと開き、騎士が入ってきた。
 しかも他の有象無象の、鈍色にびいろの鎧ではない。
 ダンテに純白の剣を突きつけた、あの白い鎧の騎士だ。

「皆さん、乱暴な手段で連れてきてしまって、申し訳ありません。ですが、急を要する事態ですので……なにとぞ、ご理解いただければと思います」

 物腰柔らかそうな声を聞いて、セレナはとっさにクッキーの入った皿を指さした。

「え、えっと、騎士さん! このクッキー、最初からこれだけしかなかったよ!」
「はい?」
「気にしなくていい。それよりも、どうして俺達をここに連れてきた?」

 呆れた調子でセレナの頭を小突きながら、ダンテがソファーから立ち上がる。
 仲間を騎士に囲ませたことをまだ許していないのか、あるいは自分も横暴な連行に苛立っているのか、ダンテはずいずいと白い騎士の眼前まで歩いてくる。
 元特級冒険者の鋭い眼光が間近に来ても、騎士はまるで動じなかった。

「その前に、自己紹介をさせてください」

 騎士が静かに、かぶとを脱いだ。
 現れたのは白くなびく髪と、宝石のように蒼い瞳。
 街を歩くだけで世の女性達が振り返ると言っても過言でもない、絶世ぜっせいの美男子。
 『セレナ団』の誰よりも長いまつ毛と潤った唇ではにかみ、彼は言った。

「私はアルフォンス・グライスナー。ダンテさん、ずっとあなたに会う日を夢見てました」

 その途端、ダンテの目が見開いた。

「……お前は……!」

 全員の視線が、ダンテと、アルフォンスと名乗る男に集中する。
 未知の実力を有するおっさん冒険者、ダンテ・ウォーレンのこんな顔を、セレナもリンも、オフィーリアも一度だって見たことがなかった。

 この若い謎の騎士は、果たして彼とどのような関係があるのか。
 そしてダンテは、自分達が駐屯所まで連れてこられた理由を察したのか。
 重々しい空気が部屋に流れる中、ダンテはやっと口を開いた。



「……誰だ?」

 間の抜けた声で、ふたり以外の全員がすってんころりとこけてしまった。
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