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おっさん、A級冒険者の闇を暴く

宿の町、タウラン

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 武器とアイテムを整えて、王都を出て数日後。

「――着いたぞ。ここが『宿の街』タウランだ」

 ダンテと『セレナ団』のメンバーは、とある谷間に広がる街の門前に立っていた。
 高くそびえたつ山々のふもとだというのに、信じられないほど家屋が立ち並び、人々や馬、台車が行き交う光景は、セレナ達からすれば目新しすぎた。
 まるで旅先の街というより、王都の一部にいるように錯覚してしまうほどだ。

「ダンテ、まさか、ここから見える建物が全部宿なの!?」
「そこまで極端じゃないが、半分以上は宿だと思っていいぞ」

 アイボリーのマントを羽織る4人の中でも、リンはどこかそわそわしていて、口元をマフラーの内側に押し隠してしまっている。

「王都みたいに、すっごく人が多い。ボク、なんだか落ち着かないな」

 一方でオフィーリアは、幽霊屋敷にいた頃との世界の変わりように驚いているようだ。

「宿の街……30年前にはありませんでしたね」
「もとは街じゃなくて、宿屋の集まりだったからな」

 人々が宿の中に入っていくさまを見ながら、ダンテが言った。

「このコーティン山脈地帯の麓は、昔から行商人や国の端に行く冒険者が中継する場所でもあったんだ。そこに目を付けた商人が、5年ほど前に宿屋や居酒屋、アイテム屋を集めて街を作ったのが、このタウランってわけだ」

 言われてみれば確かに、王都で見られるような施設のほとんどがここにはある。
 人がいない未開の地で人探しをするよりは、よっぽど簡単だろう。

「それじゃあ、聞き込みから始めていくとするか」
「よーし! 『竜王の冠ドラゴンクラウン』の皆がどこに行ったか、じっくりしっかり聞いてきまーすっ!」

 言うが早いか、セレナは意気揚々いきようようと駆け出そうとした。
 クエスト達成のためにいの一番に動くのは、リーダーとして立派な姿であるといえる。

「おい待て。さらっと賭場に入ろうとしてんじゃねえよ」

 ――入ろうとしたところが、賭場でなければの話だが。
 どうやらセレナのギャンブル癖は、いまだに治っていないようだ。

「な、何のことやら……あたしはただ、お話をしに行くだけだよ?」

 ダンテに尻尾を掴まれたセレナは、剥かれた栗のような口でどうにか誤魔化そうとするが、ダンテにそんな言い訳が通用するはずがない。

「そこでちょっとだけ、ちょ~っとだけ、お金を増やすかもしれないけど……あ、あーっ!」

 彼女はぐいっと引っ張られ、ポーチの中の財布をダンテに取り上げられてしまった。
 口を尖らせて無言の非難をするセレナだが、クエスト中に賭場に行く方が問題だ。

「最近反省したと思って、財布を持たせたのが間違いだな」

 リーダーがこんな調子なら、他の面々にしっかりしてもらうしかない。

「いいか、ここはアポロスやエヴリンがやられた街だ。いつどこから敵が出てきてもおかしくないし、基本的には団体行動……オフィーリア、リンを連れ戻してくれ」

 そう考えていた矢先、今度はオフィーリアがリンのマントの裾を掴んでいた。
 死んだ魚の目を輝かせてリンが入ろうとしたのは、プリンの看板が目立つ甘味処だ。

「リンさん、今は甘いものは我慢しましょうね」
「ちょ、ちょっとだけ……ちょ~っとだけ、休憩すると思って……!」

 スイーツに目がないリンは、いつものやる気のない顔つきが嘘のように、必死の形相でオフィーリアから逃げようとしている。
 このやる気を普段のクエストでも出してくれればいいのに、とダンテは思った。

「幼馴染だからって、言い訳まで似せなくていいんだよ」

 呆れた顔でリンの頭を小突きながら、ダンテが店に入っていった。

「まあ、せっかくだしここで話を聞いておくか。店主、ちょっといいか?」

 中にいるのは数人の客と、彼らにプリンを出す老夫婦だ。
 ふたりとも、ダンテ達を見るとにっこりと微笑む。

「おやおや、家族でタウランに来るなんて珍しいねえ」
「家族?」
「違うのかい? あんたと灰色の髪のべっぴんさんが夫婦で、後ろの子は養子かと思ったんだけどねえ」

 そして、とんでもない爆弾発言を一行に叩きつけた。

「ふ、夫婦ですか!? 私とダンテさんが!?」

 セレナやリンは何とも思っていないが、オフィーリアは頬に手を当てて赤面した。

「うわ、顔真っ赤じゃん!」
「オフィーリア、照れてるの?」

 ふたりに問い詰められ、オフィーリアの顔が茹でだこのように、一層赤くなる。

「い、いえいえ、まさか! 確かに30年ほどふさぎ込んでいた私に光を見せてくれた方ですし、困った時に助けてくれますが、夫婦だなんて……!」

 どうやら彼女はダンテに対して、少しだけではあるが特別な感情を抱いているらしい。
 実際のところ、彼は幽霊屋敷に食べられ、師匠を見捨てて絶望の淵にいた彼女の心を助け、新たな居場所を作った張本人だ。
 しかも実を言うと――オフィーリアの趣味は、恋愛小説を読むことだ。
 ロマンチックな展開や、白馬の王子様に憧れるところもあるのだ。

(もしかして、オフィーリアってダンテに……?)
(かもね。ダンテのどこがいいのか、あたしにはさっぱり分かんないけど)

 ひそひそと話すセレナ達のそばで、オフィーリアは照れた様子を隠そうともしない。

「ですが、その、あなた、じゃなかった……ダンテさんも……」

 彼女がつんつんとダンテの背中をつつくと、彼はさらりと言った。



「俺とオフィーリアが夫婦って、そんなわけないだろ」
「…………」

 その瞬間、オフィーリアの表情から赤みが消えた。
 いかに彼女の一方的な想いであるとしても、もうちょっとくらいは察してやったらどうだと、セレナ達だけでなく、店内の全員が言いたかった。
 一瞬だけ店内に冷たい風が吹いたが、察していないのはダンテだけだ。

「冗談言ってないで、この男をどこかで見てないか……どうした、オフィーリア?」
「いいえ、何でもありません。どうぞ聞き込みを続けてください」

 ぷいっとそっぽを向き、オフィーリアは鼻を鳴らした。

「ええ、ええ、そうですよね。50を超えたなんて、興味はありませんよね。勝手に盛り上がったこっちがわるうございました」

 そうして彼女は、どかどかと大股で甘味処の外に出てしまった。
 呆然とするダンテの隣で、セレナとリンが肩をすくめる。

「うーん、ダンテには乙女心の理解は難しかったかぁ~」
「にぶちんだね」

 瀟洒しょうしゃな聖霊術師とは思えない態度に、ダンテは首を傾げた。

「……何だか知らんが、俺が悪いのか?」

 どうやら特級冒険者といえど、こういうトラブルには弱いようだ。
 結局、オフィーリアの機嫌が直るのは、ここからさらに3件ほど情報を聞き回ってからだった。
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