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おっさん、新人冒険者の面倒を見る
A級冒険者への制裁
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冒険者ギルドの一角に、とあるパーティーが常に占領しているテーブルがある。
そのパーティーというのは、多大な成果を上げたA級冒険者アポロスと、サブリーダーのエヴリンが率いる『竜王の冠』だ。
クエストを受ける予定がない日は、彼らはだらだらとギルドで過ごしている時が多い。
「アポロス、あのふたりがクエストをクリアできると思う?」
今日もいつものようにたわいもない会話をしていると、急にエヴリンがアポロスに聞いた。
「んだよ、急に?」
「私、実はちょっと期待してるのよ。火事場の何とやら、でヤヴァンを捕らえて帰って来たら……貴方、靴を舐めてあげるのかしら?」
「ハッ! ありえねえよ、あいつらがヤヴァンを倒せるわけがねえ!」
楽しそうな笑顔を見せるエヴリンとは逆に、アポロスは心底つまらなさそうな顔だ。
「あのガキ共よりずっと手練れの冒険者が捕えに行って、素っ裸にひん剥かれて来たんだぜ! 乳くせぇ子供なんざ、バラバラにされて土に埋められるのがオチだ!」
彼の仲間も、アポロスに同意するように頷いている。
どうやらこの場で、セレナやリンに可能性を見出しているのはエヴリンだけらしい。
「つーかエヴリン、テメェはどっちの味方なんだ――」
いや、ひとりだけいた。
「――アポロス、立て」
A級冒険者の後ろに立つ、ダンテだ。
ざわめく『竜王の冠』のメンバーの中で、アポロスだけがぎろりとダンテを睨んだ。
「……あァ? 誰に向かって命令してんだ、おっさん」
苛立った様子で、椅子を蹴飛ばして立ち上がるアポロス。
一方でダンテはというと、ずっと貼り付けたような無表情のままだ。
「昨日、酒場でセレナ達を焚きつけてクエストに向かわせたのはお前だな?」
「知らねえよ、そんな話。お前ら、誰か知ってるか?」
仲間にアポロスが問うと、エヴリン以外の全員が首を横に振るか、くすくすと笑った。
「だとさ。まだ酔っぱらってんじゃねえのか、俺様が冷まさせてやるよ!」
アポロスはテーブルに置かれたコップの水を、思い切りダンテの顔にぶちまけた。
ここまでされてもなお、感情をひとつも剥き出しにしないダンテを、『竜王の冠』のメンバー達は「情けない」「おっさん風情が」とバカにしている。
「ぎゃははは! ここまでやっても何も言えねえなんて、本当にブザマで情けねえおっさんだな! あのチビ共と同じで、どうしようもねえ才能ナシのカス共だ!」
それはアポロスも同様だが、エヴリンだけは気づいていた。
水をかけられた瞬間、ダンテがまばたきひとつしていなかったことに。
彼女は恋人を止めようとしたが、先にダンテが口を開いた。
「才能を見抜けないひよっこが、よくもまあピーピー喚くもんだ」
下品な笑い声が、ダンテの一言でたちまちやんだ。
ギルド中が静かになる最中、アポロスの歯軋りだけが響いた。
「……誰も手ェ出すな。雑魚のC級冒険者に、現実を理解させてやるからよ」
アポロスはもう、背負っている大剣でダンテを一刀両断するつもりだ。
仮に犯罪だ、殺人だと糾弾されようとも、アポロスは剣を振るうのを止めないだろう。
「エヴリン、止めんなよ。他の冒険者も、受付の連中もだ! 自警団や騎士にチクってみろ、ギルドにいられなくしてやるからな!」
しかも彼には、ギルドを黙らせるだけの権力があるようだ。
確かに冒険者ギルド内での決闘は、基本的にギルドや当事者の冒険者だけで物事を収めるという暗黙のルールがある。
騎士や自警団は「厄介事だ」と突っぱねるだけで、関わろうともしない。
アポロスが何度か、喧嘩で冒険者を黙らせたところも見てきたから間違いない。
ともかく、彼の言葉はダンテにとってありがたかった。
「あー、つまり、ここで何が起きてもお前は人を呼ばないんだな?」
「当たり前だろうが! これからテメェを、この大剣で二度と刃向かえないように……」
なぜなら、後のことを心配する必要がなくなったからだ――。
「――べぎょおァッ!?」
――アポロスの頭を掴み、テーブルに叩きつけた後のことを。
木製の家具が砕け、木の破片がアポロスの顔面をずたずたに裂いた。
アポロスの体が何度か痙攣しているところを見るに、凄まじい衝撃だったに違いない。
そしてもちろん、ダンテは本気など微塵も出していない。
「脆いな。セレナ達なら、こんな攻撃は避けてたぞ」
蚊を払った程度の反応を見せるダンテのまわりでは、誰もが唖然としていた。
「ウソ……アポロスが、一撃で……?」
「おいおい、どうなってんだ!?」
「あのおっさんが、アポロスをやっちまうなんて!」
信じられない、と言いたげな冒険者達を無視して、ダンテはエヴリンを見た。
彼の瞳は変わらず、どろどろに濁った闇のようだ。
「お前の方が話が通じそうだ、エヴリン。セレナ達を煽って危険なクエストに向かわせたのは、お前らで間違いないな」
「……そうよ。彼が、自分よりも弱いのに目立つ奴が邪魔だと言い出したの」
「止めなかったのか」
「私も確かめたかったのよ。あの子達が本当に強いのかどうかをね」
自分も頭を潰されるのではないかと、エヴリンはごくりと息を呑んだ。
しかし、ダンテは「そうか」としか言わず、彼女を攻撃もしなかった。
「まあいい、俺は事実を確かめに来ただけだ。もう行く」
ダンテはくるりと背を向け、驚く冒険者達が飛び退いてできた道を歩いてゆく。
「行くって、どこへ……」
「まだ終わってねえぞ、おっさんがあぁッ!」
エヴリンが行き先を聞こうとしたが、アポロスが彼女の声を遮った。
顔中傷だらけで、頭には木片が刺さっているが、大剣を振るだけの力は残っているようだ。
「俺様を誰だと思ってやがるッ! A級冒険者にして『竜王の冠』のリーダー、ギルドいちの美女を侍らせる最強の……」
ただ、ダンテはもう、アポロスに興味を抱いていなかった。
「よく喋るな、お前」
いつの間にか抜かれていた鉤状のナイフが、アポロスの眼前で煌めいた。
「……あ、れ?」
「しばらく黙ってろ。その方が、世の中のためだ」
ダンテがナイフをしまうと――アポロスの口端が、耳まで裂けた。
目にも留まらぬ速さで、彼の両頬が斬られたのだ。
「あ、あ、あひゅ、はひぃいいいい!?」
ごぼごぼと噴き出す血を必死に抑え、悲鳴を上げるアポロスを、パーティーメンバー達が信じられないものを見る目をしながら介抱する。
その中にはエヴリンもいたが、彼女だけはじっとダンテを見つめていた。
まるで彼女だけは、どちらが本当に強いのかを知っていたかのように。
「俺がふたりを連れ戻す、誰も邪魔してくれるなよ。エヴリン、そいつの手綱を握っとけ」
「……分かったわ」
ダンテにとって彼女は、『竜王の冠』で話が通じる唯一の相手というだけだ。
悲鳴や叫び声が方々から上がる中、ダンテはギルドを出た。
声の中に「せいせいした」とか「あいつは嫌いだった」とかの個人的な感想が混ざるのも、今のダンテにとってはどうでもいい。
大事なのは、マスターにもらった紙に記された、アジトの場所と仲間の安否だけだ。
「イスモアの町……ヤヴァン盗賊団の根城まで、そう遠くないな」
印がつけられたのは、王都の中でも北西に位置する小さな町。
仲間を想うダンテは、気づけば紙の端を握り潰していた。
目を合わせただけで死を覚悟するほどの激情が、彼の瞳から迸っていた。
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彼の仲間も、アポロスに同意するように頷いている。
どうやらこの場で、セレナやリンに可能性を見出しているのはエヴリンだけらしい。
「つーかエヴリン、テメェはどっちの味方なんだ――」
いや、ひとりだけいた。
「――アポロス、立て」
A級冒険者の後ろに立つ、ダンテだ。
ざわめく『竜王の冠』のメンバーの中で、アポロスだけがぎろりとダンテを睨んだ。
「……あァ? 誰に向かって命令してんだ、おっさん」
苛立った様子で、椅子を蹴飛ばして立ち上がるアポロス。
一方でダンテはというと、ずっと貼り付けたような無表情のままだ。
「昨日、酒場でセレナ達を焚きつけてクエストに向かわせたのはお前だな?」
「知らねえよ、そんな話。お前ら、誰か知ってるか?」
仲間にアポロスが問うと、エヴリン以外の全員が首を横に振るか、くすくすと笑った。
「だとさ。まだ酔っぱらってんじゃねえのか、俺様が冷まさせてやるよ!」
アポロスはテーブルに置かれたコップの水を、思い切りダンテの顔にぶちまけた。
ここまでされてもなお、感情をひとつも剥き出しにしないダンテを、『竜王の冠』のメンバー達は「情けない」「おっさん風情が」とバカにしている。
「ぎゃははは! ここまでやっても何も言えねえなんて、本当にブザマで情けねえおっさんだな! あのチビ共と同じで、どうしようもねえ才能ナシのカス共だ!」
それはアポロスも同様だが、エヴリンだけは気づいていた。
水をかけられた瞬間、ダンテがまばたきひとつしていなかったことに。
彼女は恋人を止めようとしたが、先にダンテが口を開いた。
「才能を見抜けないひよっこが、よくもまあピーピー喚くもんだ」
下品な笑い声が、ダンテの一言でたちまちやんだ。
ギルド中が静かになる最中、アポロスの歯軋りだけが響いた。
「……誰も手ェ出すな。雑魚のC級冒険者に、現実を理解させてやるからよ」
アポロスはもう、背負っている大剣でダンテを一刀両断するつもりだ。
仮に犯罪だ、殺人だと糾弾されようとも、アポロスは剣を振るうのを止めないだろう。
「エヴリン、止めんなよ。他の冒険者も、受付の連中もだ! 自警団や騎士にチクってみろ、ギルドにいられなくしてやるからな!」
しかも彼には、ギルドを黙らせるだけの権力があるようだ。
確かに冒険者ギルド内での決闘は、基本的にギルドや当事者の冒険者だけで物事を収めるという暗黙のルールがある。
騎士や自警団は「厄介事だ」と突っぱねるだけで、関わろうともしない。
アポロスが何度か、喧嘩で冒険者を黙らせたところも見てきたから間違いない。
ともかく、彼の言葉はダンテにとってありがたかった。
「あー、つまり、ここで何が起きてもお前は人を呼ばないんだな?」
「当たり前だろうが! これからテメェを、この大剣で二度と刃向かえないように……」
なぜなら、後のことを心配する必要がなくなったからだ――。
「――べぎょおァッ!?」
――アポロスの頭を掴み、テーブルに叩きつけた後のことを。
木製の家具が砕け、木の破片がアポロスの顔面をずたずたに裂いた。
アポロスの体が何度か痙攣しているところを見るに、凄まじい衝撃だったに違いない。
そしてもちろん、ダンテは本気など微塵も出していない。
「脆いな。セレナ達なら、こんな攻撃は避けてたぞ」
蚊を払った程度の反応を見せるダンテのまわりでは、誰もが唖然としていた。
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しかし、ダンテは「そうか」としか言わず、彼女を攻撃もしなかった。
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大事なのは、マスターにもらった紙に記された、アジトの場所と仲間の安否だけだ。
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