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悪役貴族のスクールライフ!
【sideソフィー】凶竜
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「う……ぐ……!」
心臓が不快なほど早く鳴り響く。
全身に行き渡る衝撃が、吐きそうなくらい頭に集中し始める。
でも、それよりも何よりも、私には理解できなかった。あのパフが放った風を丸呑みして私達まで届く風魔法を、魔法学園の新入生が使えるの?
「あはははは! 無様ですねえ、滑稽ですねえ!」
ダンカンと取り巻きが、勝ち誇った顔でこっちに近寄ってくる。
どうにかして立ち上がらないと、と頭は思ってるのに、体がちっともいうことを聞かない。
「まあ、確かに竜の魔法の力は認めますよ。我々もこれを使わないと、はっきり言って太刀打ちは難しかったでしょうしね」
「……それ、は……?」
「ああ、説明をしていませんでしたか。これは――『紫の石』ですよ」
紫の、石?
取り巻きの手の中で鈍く光るあの宝石が、魔法をここまで強くしたの?
「紫の石はとてつもない魔力増幅装置でしてね、握りしめるだけで魔法の威力を底上げしてくれるのですよ。どれくらい強いかは……先ほど、あなたが体感した通りです」
「く……」
「それだけではありませんよ、発動と同時に石は自ら無属性の転移魔法を発動させるのです! 見なさい、反転したこの世界では誰も助けに来ない! 秘密裏に人を打ちのめすのにうってつけの環境を与えてくれるのです!」
転移魔法といえば、物質や人を他の場所に移動させる魔法。ダンカンは自慢げにそう言ったけど、こんなのは絶対に転移魔法じゃない。
だって、体育館の景色は変わらないのに、色合いだけが紫色に澱んでる!
間違いなく、これはもっと危険な、別の場所を創り出す魔法だ!
「そんな、もの……なんで、持ってるの……」
「ある筋からいただいた、とだけ言っておきましょう。あなたも欲しいのなら、後でいくらでも差し上げますよ――あなたを痛めつけ、屈服させた後でね!」
私が動けるようになるより先に、ダンカンの取り巻きが一斉に魔法を放った。
魔法学園に入学する前に一応勉強していた私だから理解る。あれだけの風、炎、雷の魔法が直撃すれば、ただじゃすまない。
避けなきゃ、避けなきゃ、だめだ、動けない。
ようやく足に力が入るくらいになった程度じゃ、どうしようもない。
それでもなんとかしようと足掻く私の視界が、急に塞がった。
『ぎゅううううううっ!』
鋭い声と魔法が炸裂する音、鱗越しに伝わる嫌な振動。
信じたくないけど、何が起きたか悟ってしまった。
パフが――私をかばって、魔法を受けてるんだ。
「パフ! だめ、だめだよっ!」
私が叫んでもパフはどかないし、魔法の手もやまない。
こんな時にどうして、私自身が何の力も使えないのか。
今更後悔しても、どうにかしたいってぼろぼろ涙を流しながら願っても、奇跡なんて起きやしない。
だから私は、パフが苦しむ声を聞きながら、魔法を止めるよう懇願するしかなかった。
「もうやめて、やめてぇーっ!」
喉が潰れるくらいの声で叫ぶと、やっと魔法の発動が止まった。
パフはぐぅ、と唸ると、私のそばにどさりと倒れ込んだ。
「ククク……やはり、竜は強くても本体は無防備なようですね。防御の魔法すら使おうとしなかったあたり、あなたは魔法が使えないのでは?」
「くっ……!」
私が強く睨んでもダンカン達は怖がりもしない。
悔しいけど、その通りだ。私ひとりじゃ、石を持った彼らに何の抵抗もできない。
「図星ですか。とにかく、これで邪魔な竜は黙らせました」
とにかく何とかしなきゃと思って、私はパフを引きずって逃げようとするけど、竜の体重は小さくても人間の何倍もある。とても、女ひとりじゃ引きずれやしない。
そうこうしているうち、ダンカンの取り巻きがパフの首を掴んで、私から引きはがした。
まだ苦しそうにもがくパフを、取り巻きが全員で抑え込む。
「人や獣を従えるのに最も効率の良い手段を知っていますか? 痛みを覚えさせるんですよ、寝ても覚めても消えない痛みをね。今回は……そうですね、僕の魔法で竜の翼を切り落とすとしましょうか」
ダンカンがズボンのポケットから取り出したのは、皆のそれより一回り大きい紫の石だ。
あれで何をするかを聞いてしまい、ぞっと背筋に悪寒が奔る。
『ぎゅうう……』
うなだれるパフの白い翼に、ダンカンの指先が触れる。
「やめて、お願い! いうことなら聞くから、パフには何もしないで!」
「もう遅いんですよ! 安心しなさい、あなたもすぐに痛みで支配してあげますからね!」
ダンカンが勢いよく手を掲げて、鈍色の魔力を指先に溜めた時。
やめて、と叫ぶことしかできない私の声が響いた時――。
『ぎゃぐぉっ!?』
「えっ」
紫の石が――パフの体に吸い付いて、取り込まれた。
彼らの狙い通りかと思ったけど、違う。
ダンカンどころか、取り巻きが握ってた紫の石も、まるで吸い込まれるようにパフの体にくっついて、ずぶずぶと沈み込んでゆく。
「何を……したの? ねえ、パフに何をしたの!?」
私が吼えても、連中は戸惑うばかりだ。
「分かりませんよ! 私はただ、石の力を使おうとしただけで……!?」
ダンカンの声が、ぴたりとやんだ。
パフの体がびくりと跳ねて、目がかっと見開いたからだ。
『オオオオオオオォォォッ!』
だけど――その声はもう、パフの声じゃなかった。
地の底を這うような唸り声と共に、パフは取り巻き達の手を弾き飛ばした。
「な……なんですか、これは……!?」
息を呑むダンカンと、取り巻きと私の前で、パフが大きくなってゆく。
紫の紋様が体中に迸り、手足も腹も、翼も牙も、何もかもがミシミシと嫌な音を立てて大きくなる。
どう見ても普通の成長じゃない――ぎょろりと見開いた目は恐ろしいほど紫色に輝いていて、体育館の天井に頭がつきそうなくらい、大きくなるなんて!
「ありえない、紫の石はただの魔力増幅装置なのに、どうしてあの竜が巨大化して……」
足をがくがく震わせるダンカン達を、とうとう変化が済んだらしいパフが睨んだ。
「ひっ……お、お前達! ぼさっとしていないで竜を倒し……」
ダンカンが命令を終えるより先に、パフが動いた。
尻尾をぶん、と振るうだけだったけど、取り巻き達の姿が一瞬で見えなくなった。
「あぼッ」
「おぎゃあッ」
「ひぎ」
断末魔すら上げられずに、全員が体育館の壁に激突した。
さっきの私やパフよりずっとひどい。
体がおかしな方向に曲がって、血が噴き出してて、びくびくと痙攣してる。
そんなさまを見せつけられて、ダンカンはがくがくと足を震わせるばかりだ。
「……こ、こ、こんなはずじゃ……ぼ、僕はただ、強くなって、僕をバカにしたやつらを見返したかっただけなのに……!」
本当なら彼にどうにかする手段を聞きたいけど、あんな様子じゃ、絶対に何も知らない。
自分が紫の石を使ったのに、もう逃げだすことしか考えてないもの。
「とにかく逃げないと、竜の飼い主はあなたでしょう、後は任せますよ――ばぎゃあ!?」
だけど、身勝手なことを喚いて体育館の外に出ようとした彼の体が、急に吹き飛んだ。
誰かに殴られたみたいに2、3回床を転がって仰向けに倒れ込んだ彼に私が驚いていると、紫の空間の一部がみしり、と音を立てて崩れ落ちた。
元の世界が見える向こう側から、誰かがすとん、とこっちの世界に入ってくる。
ううん、誰かなんて、入ってくる前から分かってる。
「――どうなってんだよ、この状況は」
「入学初日にしてはハードすぎるアクシデントですね、ネイト様」
ネイト君と、テレサちゃん。
大きな割れ目の間から出てきたのは、私とパフのヒーローだった。
心臓が不快なほど早く鳴り響く。
全身に行き渡る衝撃が、吐きそうなくらい頭に集中し始める。
でも、それよりも何よりも、私には理解できなかった。あのパフが放った風を丸呑みして私達まで届く風魔法を、魔法学園の新入生が使えるの?
「あはははは! 無様ですねえ、滑稽ですねえ!」
ダンカンと取り巻きが、勝ち誇った顔でこっちに近寄ってくる。
どうにかして立ち上がらないと、と頭は思ってるのに、体がちっともいうことを聞かない。
「まあ、確かに竜の魔法の力は認めますよ。我々もこれを使わないと、はっきり言って太刀打ちは難しかったでしょうしね」
「……それ、は……?」
「ああ、説明をしていませんでしたか。これは――『紫の石』ですよ」
紫の、石?
取り巻きの手の中で鈍く光るあの宝石が、魔法をここまで強くしたの?
「紫の石はとてつもない魔力増幅装置でしてね、握りしめるだけで魔法の威力を底上げしてくれるのですよ。どれくらい強いかは……先ほど、あなたが体感した通りです」
「く……」
「それだけではありませんよ、発動と同時に石は自ら無属性の転移魔法を発動させるのです! 見なさい、反転したこの世界では誰も助けに来ない! 秘密裏に人を打ちのめすのにうってつけの環境を与えてくれるのです!」
転移魔法といえば、物質や人を他の場所に移動させる魔法。ダンカンは自慢げにそう言ったけど、こんなのは絶対に転移魔法じゃない。
だって、体育館の景色は変わらないのに、色合いだけが紫色に澱んでる!
間違いなく、これはもっと危険な、別の場所を創り出す魔法だ!
「そんな、もの……なんで、持ってるの……」
「ある筋からいただいた、とだけ言っておきましょう。あなたも欲しいのなら、後でいくらでも差し上げますよ――あなたを痛めつけ、屈服させた後でね!」
私が動けるようになるより先に、ダンカンの取り巻きが一斉に魔法を放った。
魔法学園に入学する前に一応勉強していた私だから理解る。あれだけの風、炎、雷の魔法が直撃すれば、ただじゃすまない。
避けなきゃ、避けなきゃ、だめだ、動けない。
ようやく足に力が入るくらいになった程度じゃ、どうしようもない。
それでもなんとかしようと足掻く私の視界が、急に塞がった。
『ぎゅううううううっ!』
鋭い声と魔法が炸裂する音、鱗越しに伝わる嫌な振動。
信じたくないけど、何が起きたか悟ってしまった。
パフが――私をかばって、魔法を受けてるんだ。
「パフ! だめ、だめだよっ!」
私が叫んでもパフはどかないし、魔法の手もやまない。
こんな時にどうして、私自身が何の力も使えないのか。
今更後悔しても、どうにかしたいってぼろぼろ涙を流しながら願っても、奇跡なんて起きやしない。
だから私は、パフが苦しむ声を聞きながら、魔法を止めるよう懇願するしかなかった。
「もうやめて、やめてぇーっ!」
喉が潰れるくらいの声で叫ぶと、やっと魔法の発動が止まった。
パフはぐぅ、と唸ると、私のそばにどさりと倒れ込んだ。
「ククク……やはり、竜は強くても本体は無防備なようですね。防御の魔法すら使おうとしなかったあたり、あなたは魔法が使えないのでは?」
「くっ……!」
私が強く睨んでもダンカン達は怖がりもしない。
悔しいけど、その通りだ。私ひとりじゃ、石を持った彼らに何の抵抗もできない。
「図星ですか。とにかく、これで邪魔な竜は黙らせました」
とにかく何とかしなきゃと思って、私はパフを引きずって逃げようとするけど、竜の体重は小さくても人間の何倍もある。とても、女ひとりじゃ引きずれやしない。
そうこうしているうち、ダンカンの取り巻きがパフの首を掴んで、私から引きはがした。
まだ苦しそうにもがくパフを、取り巻きが全員で抑え込む。
「人や獣を従えるのに最も効率の良い手段を知っていますか? 痛みを覚えさせるんですよ、寝ても覚めても消えない痛みをね。今回は……そうですね、僕の魔法で竜の翼を切り落とすとしましょうか」
ダンカンがズボンのポケットから取り出したのは、皆のそれより一回り大きい紫の石だ。
あれで何をするかを聞いてしまい、ぞっと背筋に悪寒が奔る。
『ぎゅうう……』
うなだれるパフの白い翼に、ダンカンの指先が触れる。
「やめて、お願い! いうことなら聞くから、パフには何もしないで!」
「もう遅いんですよ! 安心しなさい、あなたもすぐに痛みで支配してあげますからね!」
ダンカンが勢いよく手を掲げて、鈍色の魔力を指先に溜めた時。
やめて、と叫ぶことしかできない私の声が響いた時――。
『ぎゃぐぉっ!?』
「えっ」
紫の石が――パフの体に吸い付いて、取り込まれた。
彼らの狙い通りかと思ったけど、違う。
ダンカンどころか、取り巻きが握ってた紫の石も、まるで吸い込まれるようにパフの体にくっついて、ずぶずぶと沈み込んでゆく。
「何を……したの? ねえ、パフに何をしたの!?」
私が吼えても、連中は戸惑うばかりだ。
「分かりませんよ! 私はただ、石の力を使おうとしただけで……!?」
ダンカンの声が、ぴたりとやんだ。
パフの体がびくりと跳ねて、目がかっと見開いたからだ。
『オオオオオオオォォォッ!』
だけど――その声はもう、パフの声じゃなかった。
地の底を這うような唸り声と共に、パフは取り巻き達の手を弾き飛ばした。
「な……なんですか、これは……!?」
息を呑むダンカンと、取り巻きと私の前で、パフが大きくなってゆく。
紫の紋様が体中に迸り、手足も腹も、翼も牙も、何もかもがミシミシと嫌な音を立てて大きくなる。
どう見ても普通の成長じゃない――ぎょろりと見開いた目は恐ろしいほど紫色に輝いていて、体育館の天井に頭がつきそうなくらい、大きくなるなんて!
「ありえない、紫の石はただの魔力増幅装置なのに、どうしてあの竜が巨大化して……」
足をがくがく震わせるダンカン達を、とうとう変化が済んだらしいパフが睨んだ。
「ひっ……お、お前達! ぼさっとしていないで竜を倒し……」
ダンカンが命令を終えるより先に、パフが動いた。
尻尾をぶん、と振るうだけだったけど、取り巻き達の姿が一瞬で見えなくなった。
「あぼッ」
「おぎゃあッ」
「ひぎ」
断末魔すら上げられずに、全員が体育館の壁に激突した。
さっきの私やパフよりずっとひどい。
体がおかしな方向に曲がって、血が噴き出してて、びくびくと痙攣してる。
そんなさまを見せつけられて、ダンカンはがくがくと足を震わせるばかりだ。
「……こ、こ、こんなはずじゃ……ぼ、僕はただ、強くなって、僕をバカにしたやつらを見返したかっただけなのに……!」
本当なら彼にどうにかする手段を聞きたいけど、あんな様子じゃ、絶対に何も知らない。
自分が紫の石を使ったのに、もう逃げだすことしか考えてないもの。
「とにかく逃げないと、竜の飼い主はあなたでしょう、後は任せますよ――ばぎゃあ!?」
だけど、身勝手なことを喚いて体育館の外に出ようとした彼の体が、急に吹き飛んだ。
誰かに殴られたみたいに2、3回床を転がって仰向けに倒れ込んだ彼に私が驚いていると、紫の空間の一部がみしり、と音を立てて崩れ落ちた。
元の世界が見える向こう側から、誰かがすとん、とこっちの世界に入ってくる。
ううん、誰かなんて、入ってくる前から分かってる。
「――どうなってんだよ、この状況は」
「入学初日にしてはハードすぎるアクシデントですね、ネイト様」
ネイト君と、テレサちゃん。
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