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悪役貴族のスクールライフ!

入学初日の夜

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「……疲れたァ~……」

 トライスフィア魔導学園の最初の夜。
 寮の一室で椅子にもたれかかった俺は、つい本音を漏らした。
 学園の生徒寮は部屋だけじゃなく全体がかなり広くて、寮の中に生活に必要な施設があるくらいだ。元の世界のグランドホテルにも負けず劣らずの規模は、さすがの一言に尽きる。
 こんな優遇は貴族の子や、王族まで入学してくるトライスフィアだからこそかもな。

「ネイト様。コーヒーをどうぞ」
「お、サンキューな」

 テレサがれたコーヒーを受け取り、少し飲んでテーブルに置く。
 ちなみに彼女にも、メイド専用の共用寮が与えられてる。至れり尽くせりだな。
 ゴールディング家の屋敷にいたころとさほど変わらない快適さに安心する一方で、あっちじゃあ決してありえなかったトラブルに頭を悩ませてるのも事実だ。

「それにしても……初日から悩みの種がふたつとはなあ」

 色んな事件が巻き起こる学校だとは分かってたつもりだけど、想定外の事態だった。

「悩みの種とは、ソフィー様のことでございますか?」
「ああ、まあ、それもあるかな」
「ふむ。悩みの種とは、ネイト様は随分とお喜びになっていたような気がしますが」
「よ、喜んでなんかないっつーの!」

 テレサがじとっと見つめながら追及してきたのは、カフェでの一件が落ち着いて、怪我した生徒を医務室に連れて行ってからの出来事だ。

『ほんとーにありがとうね、ネイト君! お礼のハグだよ、ぎゅーっ♪』

 公衆の面前で、またもソフィーが感極まったのか、俺に抱き着いてきたんだ。
 感謝の気持ちは嬉しいけど、毎回こうしてハグされたんじゃ俺の理性がもたない。

『ちょ、ちょっと待て待て! 公衆の面前で、じゃなくて、気持ちは伝わったから!』
『まだまだ伝え足りないもん! もっともーっと、ぎゅぎゅーっ♪』
『あ、だめ、だめ、テレサが見てる、すげえ顔で見てるんだよーっ!』

 チベットスナギツネみたいな顔でテレサや道行く他の生徒が睨む中、俺は結局ソフィーを抱きかかえるようにして、校舎を移動するしかなかった。
 はたから聞こえてくるのは「令嬢を手籠てごめにした」「洗脳してるんじゃないか」とかそんなのばっかり。
 俺がそんな悪党に見えるのかよ……いや、見えるか。
 そんでもって、彼女が満足するまで俺にべったりだったのは、言うまでもない。

「ネイト様は胸部が豊満なお方が好み、と。メモしておきましょう」
「するなって! いつ活用するんだよ、そんな情報!?」

 テレサはソフィーと俺のことになると、やや攻撃的になる。
 確かに貴族間の交友は問題の種になりやすいし、ピリピリするのも分かるけどさ。

「ソフィーはまだいいよ、なにかとすぐハグしてくるだけだから……問題はダンカンの方だ、あいつの件はシャレになってねえよ」

 目下、最大の悩みはダンカンが悪役ネイトの役割を担ってしまった点だ。
 ダンカンについてはあまり覚えてない、というか掘り下げられるほどの設定もないからほぼ知らないんだけど、あれだけ豹変するのは何かしらの事情があるに違いない。

 昔から気弱だったらしいし、学園デビューも兼ねてイメチェンした可能性もある。
 それだけならイメチェン失敗野郎をぶっ飛ばすだけで話は完結するんだけど、もしもあいつがもう『紫の石』を持っているなら話は別だ。

(あの石は、持ち主の凶暴な人格を浮き彫りにする能力がある、って俺は予想してたよな)

 石を一度受け取れば、本人の意志に関係なく欲望を叶えたいと願うようになる。
 それが、ゲームを途中まで進めた俺の予想だ。

(ダンカンの欲望が、もしも力を誇示こじしたいってものだったとして……いや、都合がよすぎるか)

 あまりにできすぎた話だけど、少しずつ頭の中で仮定が組み上がってゆく。

(でも……あいつがあんな風になったのがいつからかは聞いてない。取り巻きとの付き合いも最近からかもしれないし、強気になった理由が石のせいなら……)

 何より俺の頭をよぎって仕方なかったのは、しきりにポケットの中をまさぐる行為だ。
 落ち着かない様子ってだけならいいんだけど、もしも中にあるものが紫の石だったなら。

「ネイト様、コーヒーのおかわりはいかがですか」
「……ん。いや、もういいよ」

 おっと、ちょっぴり考えこみすぎたかな。
 情報量の少ない現状で仮定を立てても、何にもならない。
 窓から外を見るともうすっかり暗いし、テレサにも休んでもらわないと。

「そろそろ俺も寝るよ。テレサはもう、寮に戻って……」

 マグカップを置いて俺が椅子から立ち上がった、その時だった。



 ドンドンドンッ!
 誰かが、部屋のドアをノックした。

「……おや、こんな時間に来客とは」

 互いに顔を見合わせ、肩をすくめてから、テレサがドアをがちゃりと開けた。
 そこにいたのは、ぜいぜいと息を切らした女子生徒ふたりだ。
 よく見れば、どちらもカフェでソフィーに助けられた、彼女の友達じゃないか。

「あんた達、昼間の……?」

 こんな時間に、しかも男子寮と女子寮は場所が離れているというのに、わざわざ俺のところまで来たのには相当な理由があるんだろう。
 しかもふたりとも、見るからに慌ててるんだからなおさらだ。

「あ、あ、あの! 私達、大変で、でも先生がもう教室にいなくて!」
「宿直室の警備員さんも休憩してて、追い返されて、ええと、あの……!」
「落ち着けよ、とりあえずコーヒーでも……」

 男子が女子ふたりを部屋に入れるなんてとんでもないな、と思いながら彼女達を落ち着かせようとしたけど、それよりも先に、片方の子が叫んだ。

「ち、違うんです! ソフィーさんが……ソフィーさんが、寮に帰って来てないんです!」

 何だって?
 俺とテレサがまた顔を見合わせたけど、今度はどっちも神妙な面持ちだ。

「どこかをうろついてるとかじゃないよな?」
「いえ、私達、ソフィーさんと校舎で待ち合わせて、一緒に帰ろうって誘われて……でも、お手洗いから戻ってきたら、私は用事があるから先に帰ってって言われたんです!」
「あの時は何とも思わなかったんですけど、今になっても寮に戻ってこないから、きっと何かトラブルに……もしかしたら、またあの貴族主義の怖い人達に何かされてるかも……!」

 あいつら、まだソフィーを諦めてなかったのか。
 まだ確定したわけじゃないけど、今のところソフィーが巻き込まれる可能性のある要素は、ダンカン一味しかない。
 それでも妙だ。
 彼女はヒロインの中で唯一、石絡みの事件に巻き込まれないはずだ。

(……いや、石の事件に関係なく、ダンカンがソフィーを欲しがっただけなら話は別だ! 第一、こんなにストーリーが変わってるのに、あらすじ通りにことが運ぶかよっ!)

 自分の考えの浅さに頭を掻きながら、俺はテレサと一緒に部屋を出た。

「俺がソフィーを探してくるよ。ふたりは部屋に戻って……できれば、先生を見つけて声をかけてほしい。オライオン家の令嬢が姿を消したって言えば、先生連中も動き出すからさ」
「……は、はい……!」
「あの、ソフィーさんを……お願いします……!」
「任せとけ。絶対に連れ帰るって約束するよ」

 ふたりは不安げに、でも俺を信じてくれたみたいで、廊下を駆けて行った。
 残された俺は、テレサの肩に手を乗せる。

「そんじゃ、行くとするか。俺の入学初日は、まだ終わりそうにないみたいだ」
「あてはございますか、ネイト様?」

 俺は首を横に振った。

「手当たり次第に探してもキリがないし、勘に賭けるしかないな」

 コキ、と首を鳴らした俺が寮の外に出るべく走り出すと、テレサもついてくる。
 こんな広い学園をすべて探索しようと思ったら、はっきり言って数日でも足りやしない。でも、俺にはゲームをしていた知識というか、経験則がある。
 ゲーム内で起きるトラブルの多くの現場になる、校舎から離れた建物。

 いるとすれば――きっと、『第2体育館』だ!
 今ばっかりは当たっててくれよ、俺の勘っ!
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