上 下
20 / 63
悪役貴族のスクールライフ!

開戦!

しおりを挟む
 信じられない話だった。
 なのに、『フュージョンライズ・サーガ』のいち登場人物であるネイトの体が、俺の予想を紛れもない真実だと告げていた。
 白い髪が逆立ち、心臓がバクバクと嫌な音を鳴らして、現実を教えてくれた。
 ネイトの破滅の運命を、腰巾着だったダンカンが背負っている、と。

(俺が悪役じゃなくなったから、ダンカンが代わりに選ばれたのか……なら……!)

 このまま物語が何事もなく進行するのなら、ネイトの役割をおっ被ったダンカンがどうなるかなんて、言うまでもない。

(ダンカンがネイトと同じ立場なら……利用されて、最後は死ぬ!)

 こいつは黒幕の手駒になって死ぬ。
 誰よりも惨めに、泣きじゃくり、喚き散らしながら死ぬんだ。

「ゴールディング? 何をぼんやりとしているのですか?」

 ダンカンの声を聞いて、俺ははっと我に返った。
 とにかく、悪役の立場を捨てた俺の責任があるなら、忠告だけはしておいてやらないと。

「……ダンカン、悪いことは言わないからここは退け。後悔するぞ」
「はぁ……どうやら一度、痛い目に遭わないと貴族主義の力が理解できないようですね」

 案の定、ダンカンもあいつの取巻きもこの場を離れる様子はない。
 むしろ貴族主義の連中の苛立ちを一層つのらせるのに、貢献してしまったみたいだ。

「お前達、少し遊んであげなさい」

 とうとうダンカンの後ろにいた取り巻きが、利き手に魔力を溜めて俺に近寄ってきた。

「よせ、魔法なんか使えば今度こそシャレにならない事態になるぞ! 他の生徒を巻き込めば退学どころじゃねえ、王都警邏けいら隊だって飛んでくる!」
「いいや、誰も止めません。我関せずが一番安全だと、皆知っているのですよ」

 言いたくはないけど、見れば分かる。
 心配そうな女子生徒にただ傍観してるだけの男子生徒、悲鳴を上げる子、貴族の強さを見たいと目を輝かせてるやつ。学園の誰が来ても、きっと同じだ。
 山ほどいるけど、先生を呼ばない野次馬モブばかりだからな。

「それに乱暴なんてしない――僕達は、ただ魔法の見せ合いをして、不運な事故を起こしてしまうだけなんですからね!」

 こうなればもう、こっちも無抵抗とはいかない。
 イカレた学園のゲーム世界らしい現実に呆れながら、俺がソフィーの隣で構えた瞬間。

「――おや、こんなところに溝鼠どぶねずみが」

 鋭く冷たい声とともに、俺とダンカン達の間に物凄い衝撃が奔った。
 カフェ全体が揺らぐほどの勢いで床に叩きつけられ、割れ目に突き刺さっていたのは、俺の身の丈ほどもある大斧、ベノムバイト。
 だったら誰がこんな派手な攻撃をしてのけたのかは、明白だ。

「申し訳ございません、ネイト様。に失敗いたしました」

 テレサだ。
 細い腕に血管を迸らせて、常軌じょうきいっした筋力で斧を振るうテレサだ。

「どうやら先ほどから、主に向かって唾をまき散らす害獣がうろついているようですので。少しの間お待ちください、テレサがしっかりと処分し、庭に捨ててまいります」

 ああ、こりゃまずい。
 ソフィーといた時より、どんな時よりずっと、テレサが無表情でキレてるぞ。

「害獣……まさか、僕達のことか? メイド風情が、僕達を害獣と?」
「近頃の鼠は人の言葉を発するのですね。テレサ、驚きでございます」
「な、ナメやがってっ!」
「公爵家のメイドだろうが、魔導学園じゃあボコボコにされたって文句は言えないぞ! よその家の長男に盾突いたなら、なおさらだ!」

 ダンカンのしもべがぴーぴー喚いてるが、そりゃこっちも同じ理屈だ。

「だったら俺からも言わせてもらうぜ。うちのメイドに少しでも触れてみろ、入学初日から王都の医療所のベッドに叩き込んでやるぞ」

 テレサの前に立つ俺に、もう容赦してやる気持ちはひとつもない。
 悪事を働かせない手段は説得だけじゃない――恐怖で改心させるってのも、ありだろ。

「自分で言うのもなんだけど、俺はかなり強いぞ。特に、俺の命よりずっと大事な人が危ない目に遭いそうなときにはな」

 俺がはっきりそう言ってやると、後ろから「はひゅ」とか変な声が聞こえた。

「……ネイト様。テレサが、命より大事でございますか」
「そりゃそうだろ? どうしたんだよ、急におかしな声出すなよな」
「も、申し訳ありません。ですがネイト様、まずはあなた様のお命を最優先にお考え下さいませ。テレサはネイト様にそう想っていただけるだけで夜も眠れないほど喜びに満ちますがメイドとして主の命以上に大事なものはございませんのでご理解くださいますよう」
「どうしたどうした、なんだその早口は」

 暴走するテレサの話を軽く聞き流していると、ダンカンが鼻で笑った。

「ははは、これはおかしな冗談ですね。メイド如きが、主である自分より大事だと?」
「当たり前だろ。理解しなくていいぞ、するだけの脳みそもないだろうからな」

 俺が挑発すると、ダンカンの嘲るような顔つきに怒りが満ちた。
 自分は人に好き勝手言うくせに、言われるとキレるなんてのは都合がよすぎるな。

「……ここでちんたらと話すのも、時間の無駄でしょう。マッコール先生がここに来ても厄介ですし、本来の目的を果たすべく、ここはといきましょうか?」

 『決闘』。
 ダンカンが口にした途端、辺りが一層ざわめいた。

「魔導士の決闘……まさか貴族が、知らないはずはないですよね?」

 知ってるさ。ゲームシステムとして、だけどな。
 ゲーム内じゃあ経験値をゲットするために生徒同士で戦う『魔法訓練』と同様の戦闘に入る前のシステムのひとつで、こっちはゲームオーバーに直結するイベントのようなものだ。
 この世界にももちろん導入されていて、魔法学園じゃあ「なにかあったら決闘なり魔法のぶつけ合いなりで解決しろ」なんて言われてるとか、いないとか。

 ……いや、今更ながらかなり物騒だな。
 理屈としては分かるが、いきなり決闘なんて普通に考えてかなりおかしいだろ。
 まるで、自分に都合のいいように話を無理矢理矯正してるみたいだ。

「言うことをコロコロ変えやがって……」
「魔法の見せ合いによる事故なら、罰則がありえます。しかし、そこのメイドが攻撃を仕掛けて来たなら、こちらは決闘として受けましょう。双方合意のもと、参ったと言うまで魔法をぶつける決闘です。立会人は必要ないですね?」
「まるでこっちが、先に危害を加えたみたいな言い方だな」
「勝者が結果を決めるのですよ」

 どれほどの実力者かは知らないが、ダンカンは負ける未来なんて微塵も想像してない。

「そちらはテレサゴミソフィーアクセサリーを含めて3人。こちらは……おや、たまたま僕に従う生徒が4人いますので、5人でどうでしょうか?」

 ――そしてこいつは、この期に及んで、まだ言うのか。

「……いい加減にしろよ」

 俺はもう、ダンカンとまともに話してやる気はなかった。
 並び立つソフィー、パフ、テレサも同じだ。

「魔法の見せ合いでも決闘でも、どっちでもいい。やるなら外に出るぞ」
「決めるのはこちらですよ」
「周りに迷惑がかかるだろ」
「決めるのは! こっちだと! 言っているでしょう!」

 喚き散らすダンカンの後ろから、4人の男子生徒がずんずんと近寄ってくる。

「そら、決闘はもう始まっていますよ! ぼんやりしていたら、魔法で顔を焼き……」

 ていを成していない決闘。
 宣言よりも先に炎属性の魔法を使おうとした連中。
 痛い目に遭わないと分からないなら、骨の髄まで理解させてやる。

「――やるぞ」
「はい」
「うんっ!」
『ぎゃう!』

 俺の一言をきっかけに、もう十分我慢した方だと言わんばかりに――。



竜魔法ドラゴ・マギ! 『ているくらっしゅ』っ!」

 ソフィーの指示を受けたパフの尻尾。

「カティム流斧闘ふとう術、『彗星打すいせいうち』」

 テレサの斧による殴打。

融合魔法フュージョン・マギ――『電風拳サンダーシャウト』!」

 そして風と雷をまとった俺の拳が、見事に生徒の体を『く』の字に曲げ。

「「「――ごっぎゃあああああああーッ!?」」」

 敵を一撃で、窓からカフェの外に叩き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

理想とは違うけど魔法の収納庫は稼げるから良しとします

水野忍舞
ファンタジー
英雄になるのを誓い合った幼馴染たちがそれぞれ戦闘向きのスキルを身に付けるなか、俺は魔法の収納庫を手に入れた。 わりと便利なスキルで喜んでいたのだが幼馴染たちは不満だったらしく色々言ってきたのでその場から立ち去った。 お金を稼ぐならとても便利なスキルじゃないかと今は思っています。 ***** ざまぁ要素はないです

思わず呆れる婚約破棄

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある国のとある夜会、その場にて、その国の王子が婚約破棄を言い渡した。 だがしかし、その内容がずさんというか、あまりにもひどいというか……呆れるしかない。 余りにもひどい内容に、思わず誰もが呆れてしまうのであった。 ……ネタバレのような気がする。しかし、良い紹介分が思いつかなかった。 よくあるざまぁ系婚約破棄物ですが、第3者視点よりお送りいたします。

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話

Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」 「よっしゃー!! ありがとうございます!!」 婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。 果たして国王との賭けの内容とは――

お姉さまに挑むなんて、あなた正気でいらっしゃるの?

中崎実
ファンタジー
若き伯爵家当主リオネーラには、異母妹が二人いる。 殊にかわいがっている末妹で気鋭の若手画家・リファと、市中で生きるしっかり者のサーラだ。 入り婿だったのに母を裏切って庶子を作った父や、母の死後に父の正妻に収まった継母とは仲良くする気もないが、妹たちとはうまくやっている。 そんな日々の中、暗愚な父が連れてきた自称「婚約者」が突然、『婚約破棄』を申し出てきたが…… ※第2章の投稿開始後にタイトル変更の予定です ※カクヨムにも同タイトル作品を掲載しています(アルファポリスでの公開は数時間~半日ほど早めです)

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...