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悪役貴族のスクールライフ!
腰巾着だった男
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ダンカン・メイジャー。
『フュージョンライズ・サーガ』ではCVもついていないモブキャラで、本来のネイトにいつでもついて回る、金魚のフンのような少年だ。
ネイトの言うことやることにすべてイエスで答える、都合のいいパシリ君。
どれほど横柄な目に遭っても反論のひとつもしない、丸眼鏡のガリ勉君。
で、最後にはネイトに『紫の石』を使わされ、魔力が枯渇して病院送り。
それがダンカンだ。
「……ああ、お前があのネイト・ヴィクター・ゴールディングですか」
だけど、今俺の前にいるダンカンはまるで違う。
べたついた黒髪はワックスで固めたように立ち上がり、耳にはピアスだらけで、目つきは鋭くて眼鏡なんてかけていないし、シルバーアクセサリーを全身にじゃらじゃら。
もっとも、丁寧さの残る口調で、ダンカンだって俺は確信できたんだけれども。
「何やら揉め事のようですね、ネイト様」
さて、テレサの言う通り、現状はかなり厄介な事態だ。
ダンカンとソフィーの言い合いだけなら収めるのはそう難しくなかったけど、他の生徒も巻き込んでるなら、まずは事情を聴くところから始めないとな。
「ひとまずお前ら、冷静になったらどうだ。ソフィーも含めて、な」
学園で騒ぎを起こせば先生も来るし、ましてや初日なら印象最悪だ。
だからできるなら説得で落ち着いてくれればよかったんだけど、そううまくはいかない。
「なんだ、なんだぁ!? お前、そいつらの肩を持つのか!?」
「ダンカンさんに歯向かった、そこの平民女が悪いに決まってるだろォ!」
……しまった、こいつら『貴族主義』か。
貴族主義ってのは、トライスフィア魔導学園に根付いている悪しき文化で、要約すると「魔法は選ばれた人間に与えられた権利だから、位の高いやつだけが使おうね」だ。
魔法は才能次第で誰にでも芽生えるし、努力でどれだけでも強くなるからまったく的外れなんだけど、ここにはその主義を提唱するバカが相当数いる。
家族を攻撃しないで、平民出身ばかりねめつけるのもそれが理由だ。
だったら多少の荒事は覚悟して、ソフィーを守るのを優先するか。
「ソフィー、何があったんだ?」
彼女の隣まで駆け寄ると、ソフィーはダンカン達をじろりと睨んだ。
「あの人達、いきなり私達のところに来て、わけわかんないことを言ってきたの! 貴族主義の派閥に加え入れたいとか、仲間になれば学園の頂点になれるとか、イミフメーだよ!」
なるほど、オライオン侯爵家の美人の一人娘を貴族主義に取り入れようとしたのか。
つまりダンカンはあの時、俺を見ていたんじゃない。
気色の悪い話だが、俺の隣にいるソフィーを値踏みしてたんだ。
「私が何度断っても誘ってくるし……それで、この子が間に入ってくれたら、いきなり突き飛ばしたんだよ! 私の友達に乱暴するなんて、絶対に許せない!」
『ぐぉーうっ!』
で、スカウトしたが失敗して、邪魔な平民に暴力を振るった、と。
正義感の強いソフィーとパフが怒るのも分かるくらい、理不尽なやり方だ。
しかも他の女の子に慰められてる少女は、特殊魔法科で彼女と仲良くなって、学校を散策しに行った子だ。そりゃあ、ソフィーの困りごとは見過ごせないよな。
「……あんた達、ソフィーの言い分が正しいなら非はそっちにあるぜ」
「こっちは貴族だぞ!? 平民を蹴飛ばして、何が悪いってんだ!」
「僕はエルオーネ家の生まれ、この人はコトリンゴ子爵家の長男だぞ! 逆らった奴らは全員魔法で叩きのめしてやったんだ、そうなりたくないなら黙ってるんだな!」
「はぁ……?」
こりゃ思っているよりもずっと、話しは通じなさそうだ。
ゲームじゃあ、ザコ敵として身勝手な生徒や乱暴者が冗談みたいにわらわらと出てきたけど、いざリアルに遭遇するとここまでげんなりするんだな。
「それを言うなら、俺は一応公爵家の生まれだぞ? 言いたくないが、歯向かうのもどうかと思うがなぁ」
沈黙。
「……そ、それはそれだ!」
「お前はだいたい、ろくでなしと言われるような男だろう! 貴族失格の輩にとやかく言われる筋合いはない!」
あ、そこは気にするんだな。
実際、ダンカンも俺が公爵家ってところだけは気にしてるみたいだ。あいつは確か、侯爵家の生まれだし……公だか候だか、なんだか分からなくなってきた。
とにかく、もうちょい詰めれば、諦める可能性もあるんじゃないか?
「周りを見てみろよ、貴族の生まれならいくらでもいるぜ。貴族主義なんて考え直した方が……」
そこまで言って、俺は口を閉じた。
騒動を見つめる皆の視線に含まれているのは、厄介ごとに関わりたくないという気持ちと――ダンカンを肯定するふざけた嘲りの意志だ。
俺が思っているよりもずっと、貴族主義はここの根深い問題なんだろうな。
なんせ、この状況でダンカンに肩入れする大バカ野郎が一定数いるって証拠なんだから。
「……お前は相当なドラ息子と聞いていたのですが、随分と印象が違うようですね」
呆れて肩をすくめる俺の前に、ダンカンが出てきた。
ヤンキーらしい格好と礼儀正しい口調の不揃いさは、かえって気味が悪い。
「彼女は入学する前から僕が目を付けていたんです、ここにいる同胞と同じようにね。公爵家の人間なら取り入れたいのはやまやまですが、後にさせてもらえませんかね?」
「そうはいかないな。第一、こんな暴れ方をして、先生に怒鳴られても知らないぜ?」
「先生が来るのを待って会話を引き延ばそうとしているのなら、無駄ですよ。トライスフィア魔導学園では、生徒同士のトラブルに先生は基本的に介入しませんから」
「あー……そんな気もするな。だけど、熱血マッコール先生なら……」
「彼なら可能性はあるでしょうが、青春と叫びながら学園の外をランニングしていますよ」
先生連中も貴族の厄介ごとに関わりたくない、ってわけか。
予想よりもはるかにどうしようもないな、こりゃ。
「では、予定とは少し違いますが、こういうのはどうでしょう? お前はそこのオライオンと仲が良いみたいですし、一緒に貴族主義を掲げませんか?」
「……どうだ、ソフィー?」
「ないよっ! ネイト君も、もちろんないよね!」
俺は小さく頷き、軽く首を鳴らした。
「当然だ。そもそも、なんでそこまでしてソフィーを狙うんだ?」
俺の問いかけを聞いて、初めてダンカンがニタァ、と笑った。
「彼女の素質を知っていますか? オライオン家は竜と魂を共鳴し、魔力を共有する伝説の竜人族の末裔なのですよ?」
ああ、知ってる。ゲームにまったく活かされなかった設定だけどな。
「そんな素晴らしい才覚を持ち――しかも、男の目を引くほど美しい女性をアクセサリーとして加え入れたいと思うのは、男として当然ではありませんか?」
「……人をアクセサリーとは、随分な言い方だな」
「アクセサリーが嫌なら、僕の女とでも言い換えましょう」
よし分かった、情けはかけなくてもいい。
ソフィーを利用する気満々だし、いつか必ず乱暴するに違いない。
流石の俺も、視姦するような汚らしい目つきとゲスな欲望を許すわけにはいかないな。どこからソフィーを自分のものにできる自信が湧いてくるんだか。
「……サイテー」
ソフィーの目が細くなり、パフが唸る。
こいつは彼女が舞踏会で嫌いだって言ってた男の特徴全部乗せ、だな。
世の中にそんな奴なんてそうそういないと思ってたけど、いるところにはいるもんだ。
(無茶苦茶な屁理屈にシモの欲望丸出しなんて、ダンカンとは思えないな。これじゃあまるで、ゲームの中のネイトみたいな――)
――そこまで言って、俺ははっと気づいた。
さっきからこいつの発言だけじゃない、このシチュエーションに覚えていた不快な既視感の正体が、やっと分かった。
こいつのような人間と、俺は一度だけ対峙した経験がある。
(おいおいおい、ネイトみたいじゃない! こいつの立場は、ネイトそのものだ!)
思い返せば、シチュエーションこそ大きく違ってるけど、トラブルの本筋としてはゲームの最序盤で起きるイベントとそっくりだ。
ネイトがノアの前に現れ、ヒロインをアクセサリーとして欲しがった。
ノアはヒロインを庇って、ネイトが魔法を使って襲いかかってくる。
そして、学園で初めてのイベントバトルが起きる。
まさに、今の状況だ。
俺の嫌な予感が当たっているなら、ダンカンは、まさか――。
(もしかして――ダンカンが、俺の役割を担ってるのか!?)
主人公がいない世界で、こいつは金魚のフンじゃない――本物の悪役になったんだ。
『フュージョンライズ・サーガ』ではCVもついていないモブキャラで、本来のネイトにいつでもついて回る、金魚のフンのような少年だ。
ネイトの言うことやることにすべてイエスで答える、都合のいいパシリ君。
どれほど横柄な目に遭っても反論のひとつもしない、丸眼鏡のガリ勉君。
で、最後にはネイトに『紫の石』を使わされ、魔力が枯渇して病院送り。
それがダンカンだ。
「……ああ、お前があのネイト・ヴィクター・ゴールディングですか」
だけど、今俺の前にいるダンカンはまるで違う。
べたついた黒髪はワックスで固めたように立ち上がり、耳にはピアスだらけで、目つきは鋭くて眼鏡なんてかけていないし、シルバーアクセサリーを全身にじゃらじゃら。
もっとも、丁寧さの残る口調で、ダンカンだって俺は確信できたんだけれども。
「何やら揉め事のようですね、ネイト様」
さて、テレサの言う通り、現状はかなり厄介な事態だ。
ダンカンとソフィーの言い合いだけなら収めるのはそう難しくなかったけど、他の生徒も巻き込んでるなら、まずは事情を聴くところから始めないとな。
「ひとまずお前ら、冷静になったらどうだ。ソフィーも含めて、な」
学園で騒ぎを起こせば先生も来るし、ましてや初日なら印象最悪だ。
だからできるなら説得で落ち着いてくれればよかったんだけど、そううまくはいかない。
「なんだ、なんだぁ!? お前、そいつらの肩を持つのか!?」
「ダンカンさんに歯向かった、そこの平民女が悪いに決まってるだろォ!」
……しまった、こいつら『貴族主義』か。
貴族主義ってのは、トライスフィア魔導学園に根付いている悪しき文化で、要約すると「魔法は選ばれた人間に与えられた権利だから、位の高いやつだけが使おうね」だ。
魔法は才能次第で誰にでも芽生えるし、努力でどれだけでも強くなるからまったく的外れなんだけど、ここにはその主義を提唱するバカが相当数いる。
家族を攻撃しないで、平民出身ばかりねめつけるのもそれが理由だ。
だったら多少の荒事は覚悟して、ソフィーを守るのを優先するか。
「ソフィー、何があったんだ?」
彼女の隣まで駆け寄ると、ソフィーはダンカン達をじろりと睨んだ。
「あの人達、いきなり私達のところに来て、わけわかんないことを言ってきたの! 貴族主義の派閥に加え入れたいとか、仲間になれば学園の頂点になれるとか、イミフメーだよ!」
なるほど、オライオン侯爵家の美人の一人娘を貴族主義に取り入れようとしたのか。
つまりダンカンはあの時、俺を見ていたんじゃない。
気色の悪い話だが、俺の隣にいるソフィーを値踏みしてたんだ。
「私が何度断っても誘ってくるし……それで、この子が間に入ってくれたら、いきなり突き飛ばしたんだよ! 私の友達に乱暴するなんて、絶対に許せない!」
『ぐぉーうっ!』
で、スカウトしたが失敗して、邪魔な平民に暴力を振るった、と。
正義感の強いソフィーとパフが怒るのも分かるくらい、理不尽なやり方だ。
しかも他の女の子に慰められてる少女は、特殊魔法科で彼女と仲良くなって、学校を散策しに行った子だ。そりゃあ、ソフィーの困りごとは見過ごせないよな。
「……あんた達、ソフィーの言い分が正しいなら非はそっちにあるぜ」
「こっちは貴族だぞ!? 平民を蹴飛ばして、何が悪いってんだ!」
「僕はエルオーネ家の生まれ、この人はコトリンゴ子爵家の長男だぞ! 逆らった奴らは全員魔法で叩きのめしてやったんだ、そうなりたくないなら黙ってるんだな!」
「はぁ……?」
こりゃ思っているよりもずっと、話しは通じなさそうだ。
ゲームじゃあ、ザコ敵として身勝手な生徒や乱暴者が冗談みたいにわらわらと出てきたけど、いざリアルに遭遇するとここまでげんなりするんだな。
「それを言うなら、俺は一応公爵家の生まれだぞ? 言いたくないが、歯向かうのもどうかと思うがなぁ」
沈黙。
「……そ、それはそれだ!」
「お前はだいたい、ろくでなしと言われるような男だろう! 貴族失格の輩にとやかく言われる筋合いはない!」
あ、そこは気にするんだな。
実際、ダンカンも俺が公爵家ってところだけは気にしてるみたいだ。あいつは確か、侯爵家の生まれだし……公だか候だか、なんだか分からなくなってきた。
とにかく、もうちょい詰めれば、諦める可能性もあるんじゃないか?
「周りを見てみろよ、貴族の生まれならいくらでもいるぜ。貴族主義なんて考え直した方が……」
そこまで言って、俺は口を閉じた。
騒動を見つめる皆の視線に含まれているのは、厄介ごとに関わりたくないという気持ちと――ダンカンを肯定するふざけた嘲りの意志だ。
俺が思っているよりもずっと、貴族主義はここの根深い問題なんだろうな。
なんせ、この状況でダンカンに肩入れする大バカ野郎が一定数いるって証拠なんだから。
「……お前は相当なドラ息子と聞いていたのですが、随分と印象が違うようですね」
呆れて肩をすくめる俺の前に、ダンカンが出てきた。
ヤンキーらしい格好と礼儀正しい口調の不揃いさは、かえって気味が悪い。
「彼女は入学する前から僕が目を付けていたんです、ここにいる同胞と同じようにね。公爵家の人間なら取り入れたいのはやまやまですが、後にさせてもらえませんかね?」
「そうはいかないな。第一、こんな暴れ方をして、先生に怒鳴られても知らないぜ?」
「先生が来るのを待って会話を引き延ばそうとしているのなら、無駄ですよ。トライスフィア魔導学園では、生徒同士のトラブルに先生は基本的に介入しませんから」
「あー……そんな気もするな。だけど、熱血マッコール先生なら……」
「彼なら可能性はあるでしょうが、青春と叫びながら学園の外をランニングしていますよ」
先生連中も貴族の厄介ごとに関わりたくない、ってわけか。
予想よりもはるかにどうしようもないな、こりゃ。
「では、予定とは少し違いますが、こういうのはどうでしょう? お前はそこのオライオンと仲が良いみたいですし、一緒に貴族主義を掲げませんか?」
「……どうだ、ソフィー?」
「ないよっ! ネイト君も、もちろんないよね!」
俺は小さく頷き、軽く首を鳴らした。
「当然だ。そもそも、なんでそこまでしてソフィーを狙うんだ?」
俺の問いかけを聞いて、初めてダンカンがニタァ、と笑った。
「彼女の素質を知っていますか? オライオン家は竜と魂を共鳴し、魔力を共有する伝説の竜人族の末裔なのですよ?」
ああ、知ってる。ゲームにまったく活かされなかった設定だけどな。
「そんな素晴らしい才覚を持ち――しかも、男の目を引くほど美しい女性をアクセサリーとして加え入れたいと思うのは、男として当然ではありませんか?」
「……人をアクセサリーとは、随分な言い方だな」
「アクセサリーが嫌なら、僕の女とでも言い換えましょう」
よし分かった、情けはかけなくてもいい。
ソフィーを利用する気満々だし、いつか必ず乱暴するに違いない。
流石の俺も、視姦するような汚らしい目つきとゲスな欲望を許すわけにはいかないな。どこからソフィーを自分のものにできる自信が湧いてくるんだか。
「……サイテー」
ソフィーの目が細くなり、パフが唸る。
こいつは彼女が舞踏会で嫌いだって言ってた男の特徴全部乗せ、だな。
世の中にそんな奴なんてそうそういないと思ってたけど、いるところにはいるもんだ。
(無茶苦茶な屁理屈にシモの欲望丸出しなんて、ダンカンとは思えないな。これじゃあまるで、ゲームの中のネイトみたいな――)
――そこまで言って、俺ははっと気づいた。
さっきからこいつの発言だけじゃない、このシチュエーションに覚えていた不快な既視感の正体が、やっと分かった。
こいつのような人間と、俺は一度だけ対峙した経験がある。
(おいおいおい、ネイトみたいじゃない! こいつの立場は、ネイトそのものだ!)
思い返せば、シチュエーションこそ大きく違ってるけど、トラブルの本筋としてはゲームの最序盤で起きるイベントとそっくりだ。
ネイトがノアの前に現れ、ヒロインをアクセサリーとして欲しがった。
ノアはヒロインを庇って、ネイトが魔法を使って襲いかかってくる。
そして、学園で初めてのイベントバトルが起きる。
まさに、今の状況だ。
俺の嫌な予感が当たっているなら、ダンカンは、まさか――。
(もしかして――ダンカンが、俺の役割を担ってるのか!?)
主人公がいない世界で、こいつは金魚のフンじゃない――本物の悪役になったんだ。
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