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悪役貴族のニューゲーム!
誇らしい兄へ
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口から心臓が飛び出そうなほど、俺の息は荒くなっていた。
ドミニクがまさか、俺以外が知らない事実――ドミニク自身が死ぬことを、どうして知ってるんだ。
「死ぬって……何言ってんだよ!?」
「お前には分かるんじゃないのか? 私が、いや、この国がどうなるか?」
「そ、そんなこと……」
動揺を隠せていない俺の前で、ドミニクはわざとらしくため息をついた。
「では、なぜオライオン侯爵家で令嬢が誘拐されていると分かった? あの暗闇の中で人の顔までわかるというなら、猛禽類か、もともとその人物がさらわれると知っているかのどちらかだ」
そうだ。俺はあの時、ソフィーがさらわれると知っていた。
だから彼女が馬車に押し込められているんだと判断したけど、よくよく考えてみれば、あんな暗がりで顔なんて判別できない。
あの時は必死だったから、そこまで考えなんて回らなかった。
ドミニクはきっと、俺を茶化している中で、真意まで探っていたんだ。
「未来が読めるか、あるいは物事の道筋を知っているか。いずれにせよ、私の死に動揺して否定しないあたり、私は……お前が生きている間に死ぬのだろう?」
兄の言葉は、ほぼすべてが当たっている。
彼は死ぬ。利用され、惨いさまで死ぬ。
そうさせないために頑張っていると言いたくても、とても言えるはずがない。
「……ドム……」
「言えないということは、よほど惨めな末路なのだな。覚悟はしていたが……」
「違う! ドム、俺は未来なんて……」
俺はつい、目を見開いて叫んだ。
ドミニクは少し驚いたようだったけど、しばらく俺を見つめていた。
「……ハッ、冗談だ」
そうして、肩をすくめてこう言った。
「冗談?」
「本当に未来が分かるなら、もっとスマートに動いているはずだ。少なくとも、何かを必死に変えたがっているようなやつは、オライオン嬢にうつつなどぬかさん」
「……耳が痛いな」
本当に冗談で言った、とは俺はちっとも思ってない。
きっとドミニクは、俺が未来を知っていると確信して聞いていた。
けど、俺が色々と答えに詰まっているのを見て、これ以上問い詰めるのをやめただけだ。だから、多分俺が言わなかった真相や結末を、真実として捉えている。
自分が死ぬんだって受け入れて、話すのをやめたんだ。
「仮にそうだとしても、お前に聞くのはつまらん。未来とは、己の行動で決まるのだからな」
「…………」
「私は下らん死に方などしない。ゴールディング領地に生きるすべての人々を、すべての幸福を守る――死ぬのは、それだけの力を手に入れた後だ」
そう告げて背中を向けるドミニクを、俺はそのまま見送るなんてできなかった。
「ドム!」
すべては話せない。
けど、俺にとってドミニクがどんな人かを伝えることはできる。
「力を求めなくたって……あなたは、あなたは立派な人で、俺の誇らしい兄だ!」
だから――お願いだ。
力への渇望で、身を滅ぼさないでくれ。
口に出せなかった想いを言葉に乗せて、どうにか俺は言った。
「……そうか」
彼はただ、静かに立っていた。
「王都に行っても、たまには連絡をよこせ。話し相手がいないのは、退屈だからな」
しばらくして、無言の空気を裂き、ドミニクが歩き出した。
「――励めよ。お前は俺にとって、誇らしい弟になった」
「……!」
今まで一度だってくれなかった、誇りという言葉。
結局俺の方を見ては言ってくれなかったけれど、ドミニクは確かにネイトという人間が、自分の誇りだと教えてくれた。
――いや、違う。
――きっと、ずっと、俺を気にかけてくれていた。
今日だって、無理に魔法の訓練を続ける俺の身を案じてきてくれたのかもしれない。仮に気まぐれだったとしても、結果として俺は気づけた。
テレサにも、他の皆にもちょっぴり心配をかけたな、って。
そうだな。心配をかけるなんて、俺らしくない。
俺はひとりで大袈裟に頷いてから、すっかりあたりが暗くなった庭を離れて、屋敷の中へと戻っていった。
額や首元を伝う汗を服の裾で拭いながら廊下を歩いていると、俺の部屋の前にテレサがぽつん、と立っているのが見えた。
「テレサ……」
彼女は俺に気付くと、くるりと顔を向けた。
「お疲れ様です、ネイト様。ホットミルクは、湯浴みの後にお持ちいたします」
ぺこりと頭を下げるテレサ。
彼女は俺が帰ってくるまで、ここで待っていたんだ。
そう思うと、俺はこらえきれなくなってた。
「……ちょっと、いいかな」
咄嗟にテレサに声をかけても、彼女はこっちを見てはくれない。
ただ、ぴたりと足を止めてくれた。
「はい、何でございましょう」
わずかに言葉をのどに詰まらせた俺は、どうにかそれを絞り出した。
「テレサさえよければなんだけど、俺が眠くなるまで、そばにいてほしい」
そうだ。俺はきっと、寂しかったんだ。
自分だけが真相を知る世界で、ひとりだって勝手に思い込んでたんだ。
心配をかけた身で何を言っているんだと怒鳴られたとしても、わがままだとしても、俺はどうしてもテレサに傍にいてほしかった。
「あと三日ほどで、俺はもう王都に行くから。皆にお礼を言ってここを発つつもりだけど、俺はずっとテレサの世話になったし、話し足りないこともあって、その……」
次第にまごつき始めた俺に、テレサが振り向いた。
「もちろんです。ネイト様、お眠りになるまで、テレサとお話いたしましょうか」
――笑っていた。
戦闘訓練の時に見た気のせい、なんかじゃない。
いつも無表情で、眉ひとつ動かさないテレサが初めて微笑んだ。
「ご安心ください。テレサはずっと、ネイト様のおそばで、あなたをお守りいたします」
「……ありがとな」
「では、ホットミルクの準備をしてまいります」
くるり、と踵を返して廊下を歩いてゆくテレサは、珍しくつかつかと歩みを止めないまま言った。
テレサの姿が見えなくなるまで、俺はずっと彼女を見つめていた。
――もうじき、俺はトライスフィア魔導学園に入学する。
テレサも、ドミニクも、ヒロイン達も死なせないために。
俺はぐっと拳を握り締め、もう一度決意を固めた。
安心してくれ、ドミニク、テレサ。
もう二度と、俺は俺を蔑ろにしないからさ。
でも、誓うよ。
この俺を――ネイトを信じて、愛してくれる人のために、絶対に最高のハッピーエンドを掴み取ってみせるって。
絶対に、皆の幸せを守ってみせるって!
ドミニクがまさか、俺以外が知らない事実――ドミニク自身が死ぬことを、どうして知ってるんだ。
「死ぬって……何言ってんだよ!?」
「お前には分かるんじゃないのか? 私が、いや、この国がどうなるか?」
「そ、そんなこと……」
動揺を隠せていない俺の前で、ドミニクはわざとらしくため息をついた。
「では、なぜオライオン侯爵家で令嬢が誘拐されていると分かった? あの暗闇の中で人の顔までわかるというなら、猛禽類か、もともとその人物がさらわれると知っているかのどちらかだ」
そうだ。俺はあの時、ソフィーがさらわれると知っていた。
だから彼女が馬車に押し込められているんだと判断したけど、よくよく考えてみれば、あんな暗がりで顔なんて判別できない。
あの時は必死だったから、そこまで考えなんて回らなかった。
ドミニクはきっと、俺を茶化している中で、真意まで探っていたんだ。
「未来が読めるか、あるいは物事の道筋を知っているか。いずれにせよ、私の死に動揺して否定しないあたり、私は……お前が生きている間に死ぬのだろう?」
兄の言葉は、ほぼすべてが当たっている。
彼は死ぬ。利用され、惨いさまで死ぬ。
そうさせないために頑張っていると言いたくても、とても言えるはずがない。
「……ドム……」
「言えないということは、よほど惨めな末路なのだな。覚悟はしていたが……」
「違う! ドム、俺は未来なんて……」
俺はつい、目を見開いて叫んだ。
ドミニクは少し驚いたようだったけど、しばらく俺を見つめていた。
「……ハッ、冗談だ」
そうして、肩をすくめてこう言った。
「冗談?」
「本当に未来が分かるなら、もっとスマートに動いているはずだ。少なくとも、何かを必死に変えたがっているようなやつは、オライオン嬢にうつつなどぬかさん」
「……耳が痛いな」
本当に冗談で言った、とは俺はちっとも思ってない。
きっとドミニクは、俺が未来を知っていると確信して聞いていた。
けど、俺が色々と答えに詰まっているのを見て、これ以上問い詰めるのをやめただけだ。だから、多分俺が言わなかった真相や結末を、真実として捉えている。
自分が死ぬんだって受け入れて、話すのをやめたんだ。
「仮にそうだとしても、お前に聞くのはつまらん。未来とは、己の行動で決まるのだからな」
「…………」
「私は下らん死に方などしない。ゴールディング領地に生きるすべての人々を、すべての幸福を守る――死ぬのは、それだけの力を手に入れた後だ」
そう告げて背中を向けるドミニクを、俺はそのまま見送るなんてできなかった。
「ドム!」
すべては話せない。
けど、俺にとってドミニクがどんな人かを伝えることはできる。
「力を求めなくたって……あなたは、あなたは立派な人で、俺の誇らしい兄だ!」
だから――お願いだ。
力への渇望で、身を滅ぼさないでくれ。
口に出せなかった想いを言葉に乗せて、どうにか俺は言った。
「……そうか」
彼はただ、静かに立っていた。
「王都に行っても、たまには連絡をよこせ。話し相手がいないのは、退屈だからな」
しばらくして、無言の空気を裂き、ドミニクが歩き出した。
「――励めよ。お前は俺にとって、誇らしい弟になった」
「……!」
今まで一度だってくれなかった、誇りという言葉。
結局俺の方を見ては言ってくれなかったけれど、ドミニクは確かにネイトという人間が、自分の誇りだと教えてくれた。
――いや、違う。
――きっと、ずっと、俺を気にかけてくれていた。
今日だって、無理に魔法の訓練を続ける俺の身を案じてきてくれたのかもしれない。仮に気まぐれだったとしても、結果として俺は気づけた。
テレサにも、他の皆にもちょっぴり心配をかけたな、って。
そうだな。心配をかけるなんて、俺らしくない。
俺はひとりで大袈裟に頷いてから、すっかりあたりが暗くなった庭を離れて、屋敷の中へと戻っていった。
額や首元を伝う汗を服の裾で拭いながら廊下を歩いていると、俺の部屋の前にテレサがぽつん、と立っているのが見えた。
「テレサ……」
彼女は俺に気付くと、くるりと顔を向けた。
「お疲れ様です、ネイト様。ホットミルクは、湯浴みの後にお持ちいたします」
ぺこりと頭を下げるテレサ。
彼女は俺が帰ってくるまで、ここで待っていたんだ。
そう思うと、俺はこらえきれなくなってた。
「……ちょっと、いいかな」
咄嗟にテレサに声をかけても、彼女はこっちを見てはくれない。
ただ、ぴたりと足を止めてくれた。
「はい、何でございましょう」
わずかに言葉をのどに詰まらせた俺は、どうにかそれを絞り出した。
「テレサさえよければなんだけど、俺が眠くなるまで、そばにいてほしい」
そうだ。俺はきっと、寂しかったんだ。
自分だけが真相を知る世界で、ひとりだって勝手に思い込んでたんだ。
心配をかけた身で何を言っているんだと怒鳴られたとしても、わがままだとしても、俺はどうしてもテレサに傍にいてほしかった。
「あと三日ほどで、俺はもう王都に行くから。皆にお礼を言ってここを発つつもりだけど、俺はずっとテレサの世話になったし、話し足りないこともあって、その……」
次第にまごつき始めた俺に、テレサが振り向いた。
「もちろんです。ネイト様、お眠りになるまで、テレサとお話いたしましょうか」
――笑っていた。
戦闘訓練の時に見た気のせい、なんかじゃない。
いつも無表情で、眉ひとつ動かさないテレサが初めて微笑んだ。
「ご安心ください。テレサはずっと、ネイト様のおそばで、あなたをお守りいたします」
「……ありがとな」
「では、ホットミルクの準備をしてまいります」
くるり、と踵を返して廊下を歩いてゆくテレサは、珍しくつかつかと歩みを止めないまま言った。
テレサの姿が見えなくなるまで、俺はずっと彼女を見つめていた。
――もうじき、俺はトライスフィア魔導学園に入学する。
テレサも、ドミニクも、ヒロイン達も死なせないために。
俺はぐっと拳を握り締め、もう一度決意を固めた。
安心してくれ、ドミニク、テレサ。
もう二度と、俺は俺を蔑ろにしないからさ。
でも、誓うよ。
この俺を――ネイトを信じて、愛してくれる人のために、絶対に最高のハッピーエンドを掴み取ってみせるって。
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