13 / 63
悪役貴族のニューゲーム!
魔法学園、入学前夜
しおりを挟む
オライオン侯爵家での舞踏会の一件から、さらに2か月が経った。
俺はソフィーとの出会いをばねにして、一層鍛錬に励んだ。
貴族の世界ってのは、思ってるよりもずっと危険だ。親が恨みを持たれていたら、その子供に危険が迫るし、ましてやこれから向かうのは悪の巣窟なんだから。
主人公がいない世界と考えただけで、俺の覚悟というか、気持ちはずっと引き締まる。
「テレサ、もっと、もっとだ!」
「一度休憩を挟みましょう、ネイト様。焦ってはなりません」
大斧を担いだテレサに諭されて、やっと俺は休憩を選んだ。
だけど、その後にはすぐ訓練を再開した。兵士がすっかりへばっても、メイド達が「魔力不足でーす」なんて言ってさっさと帰っても、俺は融合魔法を発動し続けた。
ここまで追い込むのには、もちろん理由がある。
もう数日ほどで、俺はトライスフィア魔導学園に出発するからだ。
ここでできることをひとつでもサボって、その末にヒロインが死んでしまったら、俺はきっと一生悔やんでも悔やみきれない。
転生という機会を得たんだから、俺は限界まで自分を高めたい一心だった。
「……ネイト様、まだお続けに?」
とうとうテレサも魔力を消耗しきったようで、いつもの無表情に汗が垂れていた。
俺もあまり魔力量が多くないから、実を言うと相当へとへとだ。
こんな時に、ステータス画面で体力をチェックできればいいんだけど、相変わらず浮かんでいるのは名前と魔法しか表示しない、役立たずの画面。
しかもテレサには見えていない――だったらなおさら、数字を知りたいんだが。
「魔法の長時間維持が、今日の訓練の目的だからな。テレサは先に戻っててくれ、もうちょっとしたら俺も部屋に戻るからさ」
「ですが……」
「気持ちだけ受け取っとくよ、テレサ……ああ、だったら、寝る前にホットミルクを準備してくれると嬉しいな。あれ1杯で、ぐっすり眠れるんだ」
俺がそう言うと、テレサが小さく頷いた。
「……かしこまりました」
ちょっぴり納得していないながらも、背を向けて屋敷に歩いてゆくテレサの後ろ姿を眺めて、少し悪いことをしたかな、と俺は思う。
でも、ここが俺の追込み時だ。
もっと強い融合魔法は、頭の中にいくらでも浮かんでくる。
それを形にして、強大な敵を倒せるだけの力にしておかないと。
「火魔法レベル4、水魔法レベル5……」
レベル5。俺が今、発動できる属性魔法の最大値。
これをコントロールした融合魔法を、俺が発動しようとした時だった。
「随分と精が出るな、ネイト」
不意に、ドミニクの声が聞こえた。
振り返ってみると、いつの間にか彼が、俺の正面に立っていた。
「ドム! 何してるんだよ、そんなところで!」
「それは私のセリフだ。もう使用人達も寝る時間だぞ」
ドミニクがすたすたと俺のところに歩いてきて、手のひらをぽん、と叩くと、たちまち俺の魔力は霧散していった。
レベル5クラスの魔法を制御するには、まだ集中力が足りないみたいだ。
はあ、とため息をつく俺の額を、ドミニクは軽く小突いた。
「何を焦っているかは知らんが、入学式の前に過労で倒れたら本末転倒だぞ。せっかくの晴れ舞台を屋敷のベッドで迎えたいのなら、好きにするといい」
「そんなつもりはないけど……まだ、強くなれると思ってるから。こんなところで止まってる場合じゃないんだ」
「半年前からそうだったな。お前は何かに駆り立てられるように、いきなり力を欲した」
俺の周りをうろうろと歩きながら、ドミニクが話を続ける。
「お前を変えたものはなんだ? ただ見返したい、だけではないのだろう?」
じっとドミニクに見つめられて、俺は言葉を詰まらせた。
今ここで、俺がゲームの外から転生してきた人間で、バッドエンドを迎える人を全員助けるために戦う力を身に着けようとしていると言えれば、どれほど楽か。
ただ、その一言だけで何かが変わる可能性は十分にある。
良い方向ならまだしも、最悪の方向に舵取りされるかもしれないんだ。
「…………」
だから俺は、何も言えずにいた。
わずかな沈黙の後に、ドミニクが先に口を開いた。
「……私がもし、この国そのものに暗雲が立ち込めていると勘付いていて、それを変えようとしていると聞いたら驚くか?」
「えっ?」
「多くは話してやれんが、ミトガルド王国には今、何かが起きている。魔物の数が急激に増え、犯罪者の脱獄も多くなり、国王や領地を統べる者に反旗を翻す連中が現れつつある。国そのものが、混迷に向かおうとしている」
淡々と話すドミニクの目には、いつになく燃えるような意志が宿っていた。
「王国や他の領地をどうこうしてやるつもりはないが、私の領土だけは話が別だ。こんな時までのんきに方々をふらついているあの両親に、この土地の民を守れるはずがない」
「ドム……」
「ネイト、お前にだけは話しておく。私は神聖騎士団の外部顧問となり、さらなる権力を得る。そしてもっと強い力を手に入れる……領地の民に安寧を与えるに足る、力をな」
神妙な顔つきのドミニクから、俺は目を離せなかった。
神聖騎士団は、国の治安を守る最大の組織だ。少し前からスカウトされてたのは知ってたけど、領土の安全を条件に、提案を呑んだみたいだな。
領土の安全を守ることを考えているのはとても素晴らしいことだけど、俺にとってはそんな意志そのものが不安材料だった。
だって、ドミニクが黒幕に操られる理由は、その気持ちを利用されたからなんだ。
物語の中盤、ちょっとした事情で学園に来たドミニクは、何者かと交渉する。彼は言葉巧みな挑発に乗ってしまい、黒幕の操り人形になってしまう。
普段のドミニクを知っていれば、簡単に騙されるはずがないとは思うけど、きっと何か怪しい魔法を使われてしまうんだ。
そして彼は、感情を制御できなくなり、暴走して――死ぬ。
最期まで領地の人々を愛しながら、灰になって死んでしまう。
そんな結末を知っているからこそ、俺はつい口を開いた。
「ドム、俺は……」
だけど、俺の声は遮られた。
「――ネイト、私はどんな風に死ぬ?」
すべてを見透かすような、ドミニクの一言で。
俺はソフィーとの出会いをばねにして、一層鍛錬に励んだ。
貴族の世界ってのは、思ってるよりもずっと危険だ。親が恨みを持たれていたら、その子供に危険が迫るし、ましてやこれから向かうのは悪の巣窟なんだから。
主人公がいない世界と考えただけで、俺の覚悟というか、気持ちはずっと引き締まる。
「テレサ、もっと、もっとだ!」
「一度休憩を挟みましょう、ネイト様。焦ってはなりません」
大斧を担いだテレサに諭されて、やっと俺は休憩を選んだ。
だけど、その後にはすぐ訓練を再開した。兵士がすっかりへばっても、メイド達が「魔力不足でーす」なんて言ってさっさと帰っても、俺は融合魔法を発動し続けた。
ここまで追い込むのには、もちろん理由がある。
もう数日ほどで、俺はトライスフィア魔導学園に出発するからだ。
ここでできることをひとつでもサボって、その末にヒロインが死んでしまったら、俺はきっと一生悔やんでも悔やみきれない。
転生という機会を得たんだから、俺は限界まで自分を高めたい一心だった。
「……ネイト様、まだお続けに?」
とうとうテレサも魔力を消耗しきったようで、いつもの無表情に汗が垂れていた。
俺もあまり魔力量が多くないから、実を言うと相当へとへとだ。
こんな時に、ステータス画面で体力をチェックできればいいんだけど、相変わらず浮かんでいるのは名前と魔法しか表示しない、役立たずの画面。
しかもテレサには見えていない――だったらなおさら、数字を知りたいんだが。
「魔法の長時間維持が、今日の訓練の目的だからな。テレサは先に戻っててくれ、もうちょっとしたら俺も部屋に戻るからさ」
「ですが……」
「気持ちだけ受け取っとくよ、テレサ……ああ、だったら、寝る前にホットミルクを準備してくれると嬉しいな。あれ1杯で、ぐっすり眠れるんだ」
俺がそう言うと、テレサが小さく頷いた。
「……かしこまりました」
ちょっぴり納得していないながらも、背を向けて屋敷に歩いてゆくテレサの後ろ姿を眺めて、少し悪いことをしたかな、と俺は思う。
でも、ここが俺の追込み時だ。
もっと強い融合魔法は、頭の中にいくらでも浮かんでくる。
それを形にして、強大な敵を倒せるだけの力にしておかないと。
「火魔法レベル4、水魔法レベル5……」
レベル5。俺が今、発動できる属性魔法の最大値。
これをコントロールした融合魔法を、俺が発動しようとした時だった。
「随分と精が出るな、ネイト」
不意に、ドミニクの声が聞こえた。
振り返ってみると、いつの間にか彼が、俺の正面に立っていた。
「ドム! 何してるんだよ、そんなところで!」
「それは私のセリフだ。もう使用人達も寝る時間だぞ」
ドミニクがすたすたと俺のところに歩いてきて、手のひらをぽん、と叩くと、たちまち俺の魔力は霧散していった。
レベル5クラスの魔法を制御するには、まだ集中力が足りないみたいだ。
はあ、とため息をつく俺の額を、ドミニクは軽く小突いた。
「何を焦っているかは知らんが、入学式の前に過労で倒れたら本末転倒だぞ。せっかくの晴れ舞台を屋敷のベッドで迎えたいのなら、好きにするといい」
「そんなつもりはないけど……まだ、強くなれると思ってるから。こんなところで止まってる場合じゃないんだ」
「半年前からそうだったな。お前は何かに駆り立てられるように、いきなり力を欲した」
俺の周りをうろうろと歩きながら、ドミニクが話を続ける。
「お前を変えたものはなんだ? ただ見返したい、だけではないのだろう?」
じっとドミニクに見つめられて、俺は言葉を詰まらせた。
今ここで、俺がゲームの外から転生してきた人間で、バッドエンドを迎える人を全員助けるために戦う力を身に着けようとしていると言えれば、どれほど楽か。
ただ、その一言だけで何かが変わる可能性は十分にある。
良い方向ならまだしも、最悪の方向に舵取りされるかもしれないんだ。
「…………」
だから俺は、何も言えずにいた。
わずかな沈黙の後に、ドミニクが先に口を開いた。
「……私がもし、この国そのものに暗雲が立ち込めていると勘付いていて、それを変えようとしていると聞いたら驚くか?」
「えっ?」
「多くは話してやれんが、ミトガルド王国には今、何かが起きている。魔物の数が急激に増え、犯罪者の脱獄も多くなり、国王や領地を統べる者に反旗を翻す連中が現れつつある。国そのものが、混迷に向かおうとしている」
淡々と話すドミニクの目には、いつになく燃えるような意志が宿っていた。
「王国や他の領地をどうこうしてやるつもりはないが、私の領土だけは話が別だ。こんな時までのんきに方々をふらついているあの両親に、この土地の民を守れるはずがない」
「ドム……」
「ネイト、お前にだけは話しておく。私は神聖騎士団の外部顧問となり、さらなる権力を得る。そしてもっと強い力を手に入れる……領地の民に安寧を与えるに足る、力をな」
神妙な顔つきのドミニクから、俺は目を離せなかった。
神聖騎士団は、国の治安を守る最大の組織だ。少し前からスカウトされてたのは知ってたけど、領土の安全を条件に、提案を呑んだみたいだな。
領土の安全を守ることを考えているのはとても素晴らしいことだけど、俺にとってはそんな意志そのものが不安材料だった。
だって、ドミニクが黒幕に操られる理由は、その気持ちを利用されたからなんだ。
物語の中盤、ちょっとした事情で学園に来たドミニクは、何者かと交渉する。彼は言葉巧みな挑発に乗ってしまい、黒幕の操り人形になってしまう。
普段のドミニクを知っていれば、簡単に騙されるはずがないとは思うけど、きっと何か怪しい魔法を使われてしまうんだ。
そして彼は、感情を制御できなくなり、暴走して――死ぬ。
最期まで領地の人々を愛しながら、灰になって死んでしまう。
そんな結末を知っているからこそ、俺はつい口を開いた。
「ドム、俺は……」
だけど、俺の声は遮られた。
「――ネイト、私はどんな風に死ぬ?」
すべてを見透かすような、ドミニクの一言で。
171
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説
理想とは違うけど魔法の収納庫は稼げるから良しとします
水野忍舞
ファンタジー
英雄になるのを誓い合った幼馴染たちがそれぞれ戦闘向きのスキルを身に付けるなか、俺は魔法の収納庫を手に入れた。
わりと便利なスキルで喜んでいたのだが幼馴染たちは不満だったらしく色々言ってきたのでその場から立ち去った。
お金を稼ぐならとても便利なスキルじゃないかと今は思っています。
*****
ざまぁ要素はないです
思わず呆れる婚約破棄
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある国のとある夜会、その場にて、その国の王子が婚約破棄を言い渡した。
だがしかし、その内容がずさんというか、あまりにもひどいというか……呆れるしかない。
余りにもひどい内容に、思わず誰もが呆れてしまうのであった。
……ネタバレのような気がする。しかし、良い紹介分が思いつかなかった。
よくあるざまぁ系婚約破棄物ですが、第3者視点よりお送りいたします。
傍観している方が面白いのになぁ。
志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」
とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。
その彼らの様子はまるで……
「茶番というか、喜劇ですね兄さま」
「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」
思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。
これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。
「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話
Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」
「よっしゃー!! ありがとうございます!!」
婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。
果たして国王との賭けの内容とは――
お姉さまに挑むなんて、あなた正気でいらっしゃるの?
中崎実
ファンタジー
若き伯爵家当主リオネーラには、異母妹が二人いる。
殊にかわいがっている末妹で気鋭の若手画家・リファと、市中で生きるしっかり者のサーラだ。
入り婿だったのに母を裏切って庶子を作った父や、母の死後に父の正妻に収まった継母とは仲良くする気もないが、妹たちとはうまくやっている。
そんな日々の中、暗愚な父が連れてきた自称「婚約者」が突然、『婚約破棄』を申し出てきたが……
※第2章の投稿開始後にタイトル変更の予定です
※カクヨムにも同タイトル作品を掲載しています(アルファポリスでの公開は数時間~半日ほど早めです)
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる