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悪役貴族のニューゲーム!
【sideテレサ】許されざる愛を
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最初にテレサがネイト様とお会いした日のことを、まだ鮮明に憶えております。
『お前がテレサか! 俺はネイトだ、よろしくな!』
魔法が使えて従順である点だけが取り柄のテレサを、ゴールディング家がお迎えしてくださった日、見習いメイドとなったテレサに、ネイト様は微笑みかけてくださいました。
『失敗なんて誰にでもあるんだ、気にすんなよ!』
『忙しそうだな。俺に何かできることがあったら、何でも言ってくれ』
『父上がカンカンなんだよ、隠れるのを手伝ってくれ!』
あの頃から不愛想で、感情を表すのが苦手なテレサを気にかけてくださるネイト様。
あなたに仕えたい、と旦那様にお願いするのは、あの日から当然の如く決まっていました。
テレサは変わらないまま、そのまま成長しました。
――ですが、ネイト様。あなたは違いました。
ドミニク様と比べられる日々の中で、あなたは誰よりも苦しい思いをされました。
たぐいまれな魔法の才覚。
あらゆる人を、旦那様や奥様すらも黙らせる、領土の主たりえるカリスマ。
人々から認められ、覇者の街道をひた走っていくドミニク様を後ろでただ見つめているだけのネイト様の心境は、あのお方にしか分かりません。
ただひとつだけ確かなことは、何をどれだけ努力しようとも追いつかないと悟ったネイト様の心が、少しずつ腐っていったという事実だけ。
ほどなくしてネイト様は、心を閉ざしました。
暴力を振るうようになりました。
自分から離れてゆく人を、嘲笑うようになりました。
気づけばネイト様のお傍にいるのはこのテレサだけになりましたが、あの方は最後に残った者すら侮蔑し、殴り、蹴り、唾を吐きかけるのです。
ですが、テレサは知っています。
暴虐はすべて強がりであり、心の奥にはきっと、あの日のネイト様がいると。
いつか一輪の花をくださったネイト様の優しさが芽生えると信じ、テレサは自分に投げつけられる置時計の痛みに耐えました――。
――次の日、奇跡は起きました。
「俺は、俺はキミを死なせない! 絶対に、死なせないから!」
ネイト様がテレサの手を握り、潤んだ瞳でそうおっしゃいました。
「……ごめん。怪我は、なかった?」
テレサの額を見て、傷がないかと心配してくださいました。
その時――テレサの心は弾けました。
主人と従者の垣根を遥かに超えた、紛れもない愛情として。
ずっとそばにいたい、いつ何時でも支えたいなどという些末なものではなく、願わくば永遠の時を過ごしたい――異性へ向ける、確かな愛がテレサの胸から解き放たれたのです。
もちろん、許されるはずがありません。
ゴールディング家が、ドミニク様がお許しになるはずがありません。
だからテレサは、ネイト様にばれないよう、想いを心の奥にもう一度しまい込みました。
「ワン、ツー、ワン、ツー……っと、結構難しいな」
今もこうして、テレサはネイト様にダンスをお教えしています。
しっかりと体力のついたネイト様は、乾いた大地のように、お教えしたステップをたちまち覚えてゆきます。
「いえ、ネイト様の上達は十分早いです」
「そうか? さっきから鏡を見ながら踊ってるけど、舞踏会に行ってもこれじゃあ赤っ恥をかきそうだぞ」
「そうはなりません。テレサがおりますので」
ドミニク様からの指示を名目に、テレサはネイト様の手を取ります。
「ああ、そうだな。頼りにしてるぜ、テレサ」
この手を引き、ネイト様に想いを伝えられれば、どれほど幸せか。
あなたを世界中の誰よりもお慕いしているのが誰かと告げ、他の馬の骨に奪われるより先に唇を重ねられれば、どれほど幸せか。
どちらも叶わぬ夢だからこそ、テレサはただ静かに、踊りをお教えするだけでございます。
「オライオン家の舞踏会か、どんなのだろうな……」
そしてステップを踏むネイト様の目に、テレサが映っていないのも知っております。
強くなりたいと願われたのも、舞踏会に出向くとお決めになられたのも、きっとテレサの知らないどこかのどなたかの為なのでしょう。
――それでいいのです。
――今は、まだ。
「ワン、ツー、ワン……おっとと」
「息を合わせるのを意識してください。テレサと呼吸を合わせてくださいませ」
「呼吸、呼吸ね。じゃあ、もうちょっとだけ近寄ってもいいか?」
「……どうぞ」
ああ、あなたはずるい。
テレサの胸の内も知らずに、引き寄せるのですから。
「……? テレサ、なんだか耳が赤いけど、熱でもあるのか?」
「いえ、問題ございません。続けましょう」
少しだけ早い足取りを教えながら、テレサは想います。
伝えたい言葉のすべてを箱に閉じ込め、鍵をかけ、いつかを待つのです。
「……ネイト様、今度はテレサの方から近くに寄ってもよろしいでしょうか」
「いいけど……あんまり近すぎると、な」
おや、相手からぐいと迫られたなら、ネイト様は及び腰になるのでございますね。
「近すぎると、どうなるのでしょうか」
「そりゃあ、あの……」
「ネイト様からテレサを抱き寄せるのは、よいのですか?」
「えっと、その……意地悪なこと聞くなよ」
一度意識すると――異性に不慣れならこうなると、テレサは知っています。
今はこれで十分。
あなたの愛らしいお顔を独り占めするので、十分。
ですがネイト様、箱を開けた時にはお答えくださいませ。
メイドとの道ならぬ恋を――あなたは、受け入れてくださいますか?
『お前がテレサか! 俺はネイトだ、よろしくな!』
魔法が使えて従順である点だけが取り柄のテレサを、ゴールディング家がお迎えしてくださった日、見習いメイドとなったテレサに、ネイト様は微笑みかけてくださいました。
『失敗なんて誰にでもあるんだ、気にすんなよ!』
『忙しそうだな。俺に何かできることがあったら、何でも言ってくれ』
『父上がカンカンなんだよ、隠れるのを手伝ってくれ!』
あの頃から不愛想で、感情を表すのが苦手なテレサを気にかけてくださるネイト様。
あなたに仕えたい、と旦那様にお願いするのは、あの日から当然の如く決まっていました。
テレサは変わらないまま、そのまま成長しました。
――ですが、ネイト様。あなたは違いました。
ドミニク様と比べられる日々の中で、あなたは誰よりも苦しい思いをされました。
たぐいまれな魔法の才覚。
あらゆる人を、旦那様や奥様すらも黙らせる、領土の主たりえるカリスマ。
人々から認められ、覇者の街道をひた走っていくドミニク様を後ろでただ見つめているだけのネイト様の心境は、あのお方にしか分かりません。
ただひとつだけ確かなことは、何をどれだけ努力しようとも追いつかないと悟ったネイト様の心が、少しずつ腐っていったという事実だけ。
ほどなくしてネイト様は、心を閉ざしました。
暴力を振るうようになりました。
自分から離れてゆく人を、嘲笑うようになりました。
気づけばネイト様のお傍にいるのはこのテレサだけになりましたが、あの方は最後に残った者すら侮蔑し、殴り、蹴り、唾を吐きかけるのです。
ですが、テレサは知っています。
暴虐はすべて強がりであり、心の奥にはきっと、あの日のネイト様がいると。
いつか一輪の花をくださったネイト様の優しさが芽生えると信じ、テレサは自分に投げつけられる置時計の痛みに耐えました――。
――次の日、奇跡は起きました。
「俺は、俺はキミを死なせない! 絶対に、死なせないから!」
ネイト様がテレサの手を握り、潤んだ瞳でそうおっしゃいました。
「……ごめん。怪我は、なかった?」
テレサの額を見て、傷がないかと心配してくださいました。
その時――テレサの心は弾けました。
主人と従者の垣根を遥かに超えた、紛れもない愛情として。
ずっとそばにいたい、いつ何時でも支えたいなどという些末なものではなく、願わくば永遠の時を過ごしたい――異性へ向ける、確かな愛がテレサの胸から解き放たれたのです。
もちろん、許されるはずがありません。
ゴールディング家が、ドミニク様がお許しになるはずがありません。
だからテレサは、ネイト様にばれないよう、想いを心の奥にもう一度しまい込みました。
「ワン、ツー、ワン、ツー……っと、結構難しいな」
今もこうして、テレサはネイト様にダンスをお教えしています。
しっかりと体力のついたネイト様は、乾いた大地のように、お教えしたステップをたちまち覚えてゆきます。
「いえ、ネイト様の上達は十分早いです」
「そうか? さっきから鏡を見ながら踊ってるけど、舞踏会に行ってもこれじゃあ赤っ恥をかきそうだぞ」
「そうはなりません。テレサがおりますので」
ドミニク様からの指示を名目に、テレサはネイト様の手を取ります。
「ああ、そうだな。頼りにしてるぜ、テレサ」
この手を引き、ネイト様に想いを伝えられれば、どれほど幸せか。
あなたを世界中の誰よりもお慕いしているのが誰かと告げ、他の馬の骨に奪われるより先に唇を重ねられれば、どれほど幸せか。
どちらも叶わぬ夢だからこそ、テレサはただ静かに、踊りをお教えするだけでございます。
「オライオン家の舞踏会か、どんなのだろうな……」
そしてステップを踏むネイト様の目に、テレサが映っていないのも知っております。
強くなりたいと願われたのも、舞踏会に出向くとお決めになられたのも、きっとテレサの知らないどこかのどなたかの為なのでしょう。
――それでいいのです。
――今は、まだ。
「ワン、ツー、ワン……おっとと」
「息を合わせるのを意識してください。テレサと呼吸を合わせてくださいませ」
「呼吸、呼吸ね。じゃあ、もうちょっとだけ近寄ってもいいか?」
「……どうぞ」
ああ、あなたはずるい。
テレサの胸の内も知らずに、引き寄せるのですから。
「……? テレサ、なんだか耳が赤いけど、熱でもあるのか?」
「いえ、問題ございません。続けましょう」
少しだけ早い足取りを教えながら、テレサは想います。
伝えたい言葉のすべてを箱に閉じ込め、鍵をかけ、いつかを待つのです。
「……ネイト様、今度はテレサの方から近くに寄ってもよろしいでしょうか」
「いいけど……あんまり近すぎると、な」
おや、相手からぐいと迫られたなら、ネイト様は及び腰になるのでございますね。
「近すぎると、どうなるのでしょうか」
「そりゃあ、あの……」
「ネイト様からテレサを抱き寄せるのは、よいのですか?」
「えっと、その……意地悪なこと聞くなよ」
一度意識すると――異性に不慣れならこうなると、テレサは知っています。
今はこれで十分。
あなたの愛らしいお顔を独り占めするので、十分。
ですがネイト様、箱を開けた時にはお答えくださいませ。
メイドとの道ならぬ恋を――あなたは、受け入れてくださいますか?
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