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大借金顛末

章の二 何処まで続く、泥濘ぞ

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章の二 何処まで続く、泥濘ぞ

 今更になるが、この世界の事を少し紹介しよう。
 太陽系第三惑星、俗に『地球』と呼称される惑星から人類が生活圏の拡大を求めて宇宙に進出して早一六〇〇年。
 銀河には幾つかの星系間国家が樹立し、それぞれ争っているのが現状である。
 『銀河帝国』と称している国も幾つかあり、ルードヴィッヒ・オーウェンとランドルフ・リヒターが暮らす此処も、ドルフシュタイン朝銀河帝国と他国では称されている。
 まあ、すぐ隣の逃亡奴隷の建てた国を相手取って泥沼の戦争を起こした別の銀河帝国は置いておいて、ドルフシュタイン朝銀河帝国は、つい近年まで社会制度は元より色んな物が破綻し、何れ全てが崩壊するのではないかと危惧されていた国であった。
 その、最大の原因は『大貴族』と呼称された人外の存在である。
 嘗て、地球上で『怪物』、『夜族』、『吸血鬼』、『食人鬼』などと呼称されていた存在が七〇〇年近い歴史の中で帝国貴族の上層部に取って代わり、それぞれの領地である星系を餌場に、首都星ユグドラシルを社交場として帝国を支配していたのだ。
 そんな惨状にあって、この国が他の星系国家に攻撃されたり人間がいなくならなかった理由は、帝国最辺境に位置する星系を領地とする俗に『辺境伯』と呼ばれた者達が、茶々を入れようとする外部勢力を抑えつつ大貴族の人間狩りに抵抗して来たからである。
 特に、現在『辺境七伯』と称されるシュタインベルク、アデナウアー、ベッケンバウワー、ラーナー、メレンドルフ、ティッセン、フーバーの七家は、元々帝国と揉めた挙句に宇宙海賊として帝国軍と何十回と戦闘し、挙句に辺境伯として召抱えられたと言う過去がある。
 戦闘集団としての地力とプライドで、何とか持ち堪えていた辺境伯の中から幾つかの家が大貴族に殲滅され、或いは取り込まれ、だんだん戦況がジリ貧になってきたところで、帝国に救世主――大貴族にとっては死刑執行人が現れた。
 ヘルベルト・フォン・レンツ。元は辺境星系の男爵だとの事だが、時の皇帝ゲオルグ二世からの勅令により侯爵となり、大貴族の殲滅と帝国臣民の安寧を命じられたこの男は、二〇年の時間を掛けて皇帝特務連隊、通称『レンツ隊』を結成した。
 その後一〇年足らずの内に、帝国中枢から大貴族と名乗った人外達を駆逐してのけたレンツ隊は、現在最辺境部に逃げ延びた吸血鬼を追って転戦を続けている。
 これが、僅か三〇年前の事柄である。
 ゲオルグ二世と初代レンツ候が相次いで亡くなり、レンツ隊が辺境での戦闘に従事するようになって、俄然勢力を伸ばして来たのが新興貴族達、通称『門閥貴族』である。
 彼らはこれまで、大貴族に媚び諂い定期的に上納金として領民を引き渡す事でお目溢しを貰い、生きて来た連中である。
 そんな連中が権力を得たのは、一応人間であった事とレンツ候が遺勅に従い掃討作戦に従事してしまった為に、中央で政治を取り仕切る者が減った為である。
 辺境伯達も、元の外部勢力との戦闘と領地経営の為に三々五々戻ってしまった事で、門閥貴族達を抑える者がいなくなった為に彼らの暴走を抑えられなくなったのだ。
 結果として、まるで帝国開闢からの名家でございと嘯く者が増えて――まあ、男爵や帝国騎士としてなら続いていたらしいが、伯爵、侯爵、剰え公爵位を持っていた家など疾うの昔に『大貴族』に乗っ取られ、レンツ隊に勅令の下取り潰されてしまっている――、平民に向かって横柄な態度を取るようになっていた。
 ……尤も、そうやって調子に乗っている門閥貴族の子弟達は、帝都星の平民達は冷ややかな視線を向けられている事に気付いていないようだが。
 そして現在。
 門閥貴族同士の内輪揉めで、帝国内は再び内乱状態に陥りつつある。
 その状況に乗じて、新たに権勢争いに飛び込んで来たのが没落貴族の跡取りであるマンフレート・フォン・リーフェンシュタールである。
 皇帝寵姫の弟と言う、何処かで聞いたような身の上の彼は、だが生まれた時からの乳兄弟であるクリスティン・シェンカーを副官に、宇宙海賊掃討――嘗て大貴族と取引していた人買いや、飼われていた愚連隊が賊と化した連中である――によって戦功を上げた彼は、門閥貴族同士の内輪揉めに起因する反乱貴族の掃討戦を幾つもこなした人物である。
 その功績によって、元帥位についた彼は侯爵位と共に新たな元帥府を開く事になったのである。


 二日目、その日は朝十時にルードヴィッヒ・オーウェンの地上車が、フェルナンド・フォン・アイスフェルトが暮らす事になったアパートの玄関先に停まった。
 窓から目ざとくそれを見付けたのは、珍しげに外を見ていた下の妹だった。
「兄さん、弁護士の先生いらっしゃったわよ」
「早く早く!」
 末の妹の声に、フェルナンドは慌てて食卓に乗っていた丸パンを口に押し込み、コーヒーで喉の奥へと流し込んだ。
 まだしもマシなワイシャツと、まだ仕事に使っている方のトラウザースを穿いて革靴を突っ掛けるようにして駆け下りると、車に凭れて煙草をふかしていたルードヴィッヒの「遅いっ!」と言う一喝が飛んで来た。
「すみませんっ」
 その怒声に、学生のように頭を下げるフェルナンドに、ルードヴィッヒはぱっと背中を見せた。
「今日は回る場所が多いからな、さっさと乗れっ!」
「はいぃっ!」
 わたわたと、フェルナンドが後部座席に乗り込むと、ルードヴィッヒはそのまま運転席に滑り込み地上車を走らせた。


 既製品ではあるがスーツ一式を買い込み、着替えさせたフェルナンドを引き連れてルードヴィッヒが走り回る事四時間。
 銀行を立て続けに三ヶ所を回ると、ちょうど昼食の刻限になった。幾ばくかの空腹と疲労感で座席に転がり込んだフェルナンドは、先ほどまで無かったバスケットを見付けてぎくりとなった。
 一瞬、すわ爆発物と思った彼だったが、運転席に座ったルードヴィッヒの言葉で力が抜けた。
「まあ、飯を食え。昼からまだまだ移動だ、体が持たんぞ」
 そう言ったルードヴィッヒの言葉に頷いて、改めて見たランチボックスの中身にフェルナンドは絶句した。
「すみません……あ、あの、これ……」
 おずおずと聞き返したフェルナンドに、地上車を運転しながらルードヴィッヒは少々不機嫌そうに答える。
 わざわざ彼の為に届けさせた物だからだ。
「ホテル・ハイデクラオトの昼食セットだ。家に寄る暇が無かったからな」
「あ、あの」
「だからなんだ」
「す、凄いんですけど、これ」
 フェルナンドにしてみれば、下手な門閥貴族のパーティ会場に並んでいた料理よりも豪勢で且つ食欲をそそる料理が詰まったそれに、冷や汗が止まらない。
 だが、ルードヴィッヒはごく当たり前の事としてすらりと言い切る。
「あそこのレストランは、帝都で唯一まともなオーストリア料理を作るからな。仕事以外でこれだけ忙しいんだ、少しはましなものを食わねばやっとれん」
 正面向いたままのルードヴィッヒに向かって、おずおずとした声が聞いて来る。
「お……お幾ら位でしょうか?」
「さあな、一々確認した事無いから判らん」
「えっと」
「とっとと喰え、俺は煙草を吸いたいんだ」
 声に苛立ちが篭ったのは、質問が多い事と同時に、幾つかの約束やら予定が吹っ飛んだ所為もある。
 バックミラー越しに睨まれて、フェルナンドは慌ててランチセットを膝に置いた。そこに、更に声が掛かる。
「残して帰ろうなんて、しみったれた事をするなよっ」
「! はっはいっ!」
 ――なんでばれたんだろう。
 そう思っているのが見て取れて、ルードヴィッヒは又溜め息を吐いた。
 因みに、ホテル・ハイデクラオトと言うのは、辺境に本店を持つ帝都でも三ツ星を誇る名店であり、同時に美食家を唸らせる事でも知られたレストランやカフェテリアで知られている。


 もそもそと時間が過ぎて、フェルナンドがランチボックスを閉じたのに向かって弁護士先生は声を掛けた。
「終ったか?」
「はい」
 返事を聞いてから、ルードヴィッヒは煙草に火を点けた。
 その様子を見て、フェルナンドは少し戸惑ったように問い掛けた。
「えっと、俺の食事中、何で煙草吸わないんですか?」
 少なくとも、彼の知っている喫煙者は、何処でも何時でも煙草を吸っていた。
 上司にしろ、……借金取りにしろ。
 だが、それに対して目の前の弁護士先生は呆れた様にこう言ったのだ。
「灰が散って、飯に混じったら胃に悪い。風味も飛ぶ。他に何だ?」
「えっと」
 少なくとも、借金取り達はわざわざ彼や妹の食事に、煙草の灰を落すような人間達だったが。
 慣れない扱いに、フェルナンドは思い切って質問をぶつけた。
「あの、誰にでも、そんなに親切なんですか?」
 返って来たのは、怒気混じりの一言だった。
「常識だっ!」
 返って来た一言に慌てふためき、フェルナンドは頬を赤らめて細い声で付け足した。
「せ……んせ、えっと、あ…貴方は、きっと、もてるんでしょうね」
「当たり前だ」
「す、すみません」
「全くだ」
 相手の言葉を短い言葉でぶった切り、ルードヴィッヒは眼鏡を押し上げた。
「それも常識のうちだ。ハンサムで性格が良くて、おまけに有能な俺がもてなくてどうする」
 それはどちらかと言えば自惚れた言葉だったが、フェルナンドは素直に同意した。と言うより、彼には本当に尤もな言葉に聴こえたのだ。
 バックミラー越しに後ろを窺ったルードヴィッヒは、そんなフェルナンドに向かってこう言った。
「少し眠れ」
「え?」
「疲れているんだろう。普段のお前じゃないぞ?」
「えっと」
 相手の言葉に、フェルナンドは戸惑いを隠せない。
 繰り返すが、フェルナンドにとって、今目の前にいるのは士官学校の後輩で同僚の『ルードヴィッヒ・オーウェン』ではなく、不意に目の前に現れたルードヴィッヒと言う名の『弁護士先生』なのだ。
「心配しなくても、寝込みを襲うほど不自由はしていない」
 つい出た軽いジョークだったが、フェルナンドは昨夜の妹達の言葉を思い出し、かっと頬を染めた。
 無論、ルードヴィッヒはその意味に気付かなかったが。


 車窓の硝子を叩くコンッと言う音で、フェルナンドは目覚めた。
 外に目を向けると、テイクアウトのドーナツが詰まった箱を手に下げたルードヴィッヒが立っていた。
「起きたか。よく眠っていたな」
 ぼおっと話しを聞く相手に、ルードヴィッヒは腕時計を見せた。
「もう三時だ」
 その一言で、フェルナンドはがばっと身体を起こした。
 先程食事を終えたときは確か一時前で、つまり丸々二時間寝こけていた事になる。
「す、すいません、夕べちょっと家族と話し込んでしまって」
「判っているから言い訳するな」
 ぴしゃりと言い訳を封じると、しゅんとなったフェルナンドにドーナツの箱を差し出した。
「胸焼けしないなら食っておけ。疲れが引く」
「あ、はい。戴きます」
 箱から生クリームの挟まったドーナツを取り出し、口の中に押し込んだ。
 もきゅもきゅと食べるフェルナンドの様子をちら見しながら、ルードヴィッヒはこの後の事を伝えた。
「お前が同席しなくても大丈夫なところを優先して回っておいた。だからこの後は働けよ」
「あ……すみません」
「全くだ。人に仕事させてぐーすか眠りやがって」
 容赦もへったくれも無い言葉だったが、フェルナンドは心からすみませんと返していた。


 別れ際、書類を改めながらルードヴィッヒは明日進める案件を組み立てていた。
 取り敢えず、フェルナンドの家族に、彼の給金を使わせる訳には行かないと結論付けた。
 ここの女性陣は、妙に金があるとあらぬ事に散財して、更なる借金の呼び水にしそうだったからだ。
 まあ、家を出て働いているすぐ下の妹――驚いた事に、彼女がが勤めているのはホテル・ハイデクラオトだった――は大丈夫だと思われるが、その更に下の双子達は信用ならないと思われた。
 書類を繰るルードヴィッヒに向かって、フェルナンドはおずおずと昨日から気になっていた事を尋ねてみた。
「あの、どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」
「うっとおしいから」
 ぴしゃりと言い切られ、口篭ってしまう。
「同僚に、借金で尻に火がついた奴がいたら、安心して背中を任せられんだろう」
「ご、ご尤もです……」
 恐縮で身を縮めている彼は、実は一部耳に入っていない言葉もあるのだが……。
「あ、あの、何か返せる事が」
「だったら迎撃戦シミュレーション二百回やれッ! お前はいまいち、その辺が頼りない、粘りが無い!」
 きっぱり言い切られ、言葉も無いフェルナンドに、煙草に火を点けながらルードヴィッヒは言葉を重ねた。
「お前が死んだら、借金は返しきれんのだからな。そっち優先しろ、そっち。
 取り敢えず、俺は今、お前の家のこれからの生活費の予算組んでやっているんだ、ごちゃごちゃ小うるさい事を言うな」
 実はそれだけではなかったが、説明するのが面倒とルードヴィッヒは言葉を切ってしまった。
 だから、フェルナンドの中で、どんな思考が動いていたかなんて考えも付かなかったのである。


 その日の夕刻、ルードヴィッヒの実家の彼の部屋で事の次第を聞いたランドルフ・リヒターは、軽く頬を掻きながら言った。
「ちょっと言い過ぎじゃないか、それ。厳し過ぎるよ」
「あいつと事務所巡りすれば言いたくなるぞ?」
 余程疲れているのか、何時ものオネェ言葉を使わずルードヴィッヒは状況を語った。
 曰く、

 ・平謝り
 ・話聞かない
 ・印紙証紙の類は確かめもせずただ透かすのみ。

 それを聞いて、ランドルフは思わず口に含んだワインを吹き出しそうになった。
「あの……フェルナンド先輩が?!」
「そう、あのフェルナンド先輩が」
「あの潤沢な毒舌と、『忠誠と卑屈さの区別を知る』と言われた男が?」
 ランドルフの表現もナニだが、それに対するルードヴィッヒの答えも酷いものだった。
「顔を正面切って合わせない敵で殺せる相手と、借金取りは話が別らしい」
 絶句している幼馴染みの前で、ルードヴィッヒは持ち帰った書類を整理し直す事にした。
 手元を覗き込み、ランドルフが首を捻る。
「何してるんだ?」
「明日の準備。明後日には、あの物凄い母君の回収と説得があるしな」
「……そんなに凄いの?」
 好奇心で尋ねたランドルフに向かって、ルードヴィッヒは端的にこう言った。
「フェルナンドの三十倍はああだぞ?」
「そりゃすごい」
 さらりと言ったのが気に食わなかったか、ルードヴィッヒはフェルナンド夫人の言葉を引用した。
「母君曰く、『書いてある書面通りの金を払わずに住む理由が判らないから、怖いから払いたい』そうだ。
 優しく言っても仕方ないから、ごり押しする」
「大丈夫か、それ」
 聞いているだけでげんなりしているランドルフに、金銀妖瞳を細めながらルードヴィッヒは半ばやけくその態でこう答えた。
「責任を肩代わりしてくれる人間から、高圧的に命令されれば言いなりになるタイプだ」
「……フェルナンド先輩、大丈夫かな。そんな人ほっといて」
「やり様だろう?」
 そう言って手元のグラスを空けたルードヴィッヒに、ランドルフは慰安も込めて抱きしめてやった。
 何、子供の頃からの癖である。


 三日目は、二日目同様事務所巡りに終始し、そして四日目。
 退院し、我が身に起きている事に右往左往しようとしたフェルナンドの母親の手を取り、ルードヴィッヒは正面から、その目をしかと見据えてこう言い聞かせた。
「責任は、私がすべて持ちます。今までの書類ではなく、私を――信じなさい」
 その言葉に、フェルナンドの母親は、一も二も無くはいと答えた。
 そして、ルードヴィッヒは彼女をフラットに送り届けると、母親が退院して安堵しているフェルナンドに向かってきっぱりと言った。
「さて、午後から忙しくなるぞ」
「え?」
 聞き返す暇も無く、フェルナンドは地上車に放り込まれた。
「ここまでした以上、架空請求etc、詐欺の可能性全部当って潰すからな」
「はい?」
 事態が飲み込めないらしい相手に向かって、ハンドルを握りながらルードヴィッヒは言葉を続けた。
「俺の両親は、主義こそ違うが同じ事を言っていた。『一度うまい事を言われるのに引っ掛かった人間は、癖になる』とな」
 先程の己の言葉に対する反応で、フェルナンド夫人が己を見失っている事に完全に気付いたルードヴィッヒは、煙草に火を点けながら言葉を接いだ。
「怪しいと思う気持ちと、上手い事言われて気持ちいいのとを秤に掛けて、気持ちいいのを取った人間は心理バランスが崩れる。何が正しいか、判断出来なくなるんだ。大金を払えば、払うほど尚更な」
 即ち、『前回払ったのより少ないから良い』と言うように心理が働くのだ。恐らくは認知症の一種であろう。
「ど、どうすればっ」
「だから潰す!!」
 バシッと言い切り、ルードヴィッヒは煙草に火を点けた。
「後、申し訳無いが、お母君には『成年被後見人』の届けを出す」
 あたふたと聞き返すフェルナンドに向かって、ルードヴィッヒは煙草をくゆらせながら答えてやる。
「彼女個人に金が無いと知れば、むしりに来る奴も激減する。お前の家の借金の大半は、他人の借財の肩代わりだからな」
「……はあ」
 下を向いたフェルナンドに、ルードヴィッヒの叱責が飛ぶ。
「顔を上げろ、これからが正念場だろう!」
「はいっ」
「戦場にいる時と同じくらい堂々としろ、お前は本来、出来る奴なんだからなっ!」
「は、はいっ!」
 跳ね上がった返事に、ルードヴィッヒはふと表情と声を緩めた。
「フェルナンド」
「あ、はいっ」
「これからは、もっと早く人を頼れ。お前は良くやって来た。だが、一人では無理な事は、自分でも判っていただろう?」
 返事は無かったが、ルードヴィッヒのあやすような言葉は続く。
「後ちょっとだ。これが終れば随分楽になる。……泣くな、泣きっ面を晒したら舐められるぞ?」
「はいっ」
 返事したものの、フェルナンドは泣き止む事が出来ず、結局ルードヴィッヒは、一休みとしてケーキを買いに行った。
「甘いもの大丈夫だろう、今更食えんなどと言うなよ」
 そう言って、車外で煙草を吹かすルードヴィッヒに、フェルナンドはおずおずと声を掛けた。
「あ、あの、貴方は」
「俺は、甘いものは食えんっ」
 そう言い切り、ルードヴィッヒは食べ終わりを待ち続けた。
 そう、ルードヴィッヒは気付いていなかった。自分が何をやっているか、に。
 突き詰めて言えばフェミニストで、どんな女性にも本当に本当にほんっとーに甘い彼は、今の自分の行動が何処から見ても、

『頼りになるステキなお兄様』

と、言うものである事に。

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