田舎生まれの聖気士譚

尾山塩之進

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第十話 侵攻の影

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 ウェンドール帝国領内・国境警備軍の基地がある国境の町アーレス。
ここの基地司令であるアスタフは追い詰められていた。
配下の中隊長は任務失敗で死亡。
基地に配備されていたサイドアーマー3機喪失、ホバーバイク半数喪失。
このままでは本国に召喚されて軍事裁判に掛けられる可能性すらあるだろう。
ここまで築き上げてきた地位も何もかも失うのだ。
それにまだ、”本当の目的”も果たしていない。

「アスタフ司令官…随分と思い詰めている様ですねェ」

「誰だ?誰も部屋に入れるなと言った筈だ!」

「護衛の兵士さんを責めてはいけませんよ…何しろ”顔パス”の私が来たのですからねェ」

「おお、あなたは!マキュード殿ではないですか!」

 そこにはウェンドール帝国の軍服に身を包んだ男が立っていた。
長身に細身の身体をしていて声のそれは女の様に甲高い。見た目から感じる年齢は不詳、全てがアンバランスで不気味な雰囲気を醸し出している。

「マキュード殿が来られたということは、いよいよ…”決行の日”が近いということなのでしょうかな?」

「そういう事になりますね…という訳で我等が”ヴァルカリア”の絶対なる長である”陛下”からお預かりしたものを貴方に持って来ましたよ…外をご覧になってみて下さいねェ」

「おお…これは!」

 帝国国境警備軍の基地の飛行場に今迄見たことも無い巨大なサイドアーマーが着陸するのが見えた。
人が乗り込み操作する汎用人型機動兵器”サイドアーマー”、
人の側に寄りそう鎧の意で名付けられたこの兵器はこの惑星イザナミで人間族が使用する主流兵器。
通常のアーマーが高さ10メートルなのに対し、この巨大アーマーはその5倍以上はあるのでは無いだろうか?

「あのサイドアーマーは我等が”ヴァルカリア”の敬虔な信奉者であるベルチック社がロールアウトさせたばかりの戦略級大型サイドアーマー”形式番号B-DS-01、製品名デス・カイザー”ですよォ」

「ベルチック社と言えば、ウェルポン社、ブックエンジン社と並ぶこの星の三大軍事企業の一角、彼らも既に”ヴァルカリア”は取り込んでおられたのですな」

「そして同じくベルチック社がロールアウトさせたばかりの新型サイドアーマー”形式番号B-R-01、製品名ランドゥ”10機も輸送機で運んできてますよォ」

「おおお…これほどの戦力を頂けるとは…しかし”ヴァルカリア”はこれで私たちに何をさせようと言うのです?」

「なぁに、”決行の日”が始まる前の、ちょっとの間だけで良いので、世間の目をこちらに向けて欲しいだけなんですよ、全ては”ヴァルカリア”の為、そして偉大なる”陛下”の為…ですよォ」









 アロード国領内・国境の町アシリア。この町で唯一の冒険者ギルド・アースガルフ。
その事務所に豪胆な雰囲気の男たちの集団がどかどかと入ってきた。
歴戦の戦士と思わしき顔つき、しかし人情味を感じさせる明るい表情。
まるでオーガー族をも思わせる筋肉隆々の巨躯。
だが顔に刻まれたしわからその歳は老人の域に入っていると思われる5人の男達である。

「ガハハ!久しぶりだなあリフィル!元気にしてたかあ?」

 男達のリーダーと思われる豪胆な爺が、事務所の建物中に響くような大声で話しかける。

「ガイルお爺ちゃん!うん元気にしてたよ!久しぶりだねーお父さんのお葬式依以来じゃないのー!会いたかったよー!!」

 栗色の髪を二つに結い上げてその間に小さな帽子をちょこんと乗せたまだ幼さの残る可愛らしい少女、
冒険者ギルド・アースガルフのギルドマスター、リフィル=ア-スガルフはそう言うと屈強な巨漢の体格をした爺に抱き着いた。
爺はリフィルを腕に抱えると自身の左肩に彼女を乗せる。

「おや?お前さんたちは見ない顔だな?どちらさんだい?」

「わたしはファージア=セントニアと言います。リフィルちゃんの所属する冒険者チームのいちおうリーダーを務めてます」

 長く綺麗な金髪に可憐な顔立ち。長い手足に全体的に引き締まりつつも女性として恵まれた身体の少女、
人が持つ潜在的な力”気”を自由自在に使いこなす存在、”気士(きし)”であり、
”聖なる気”を持つ聖気士(せいきし)である彼女はガイルにそう答えた。

「…私はユーリル=イブルクロス、同じ冒険者チームのメンバーだ」

 髪は綺麗な銀髪。端正な顔立ち。感情を見せない氷の様な表情。引き締まった長身の身体の青年、
”聖なる気”を持つ聖気士(せいきし)とは対極の位置にある、”魔なる気”を持つ魔気士(まきし)である彼は氷の表情を崩さぬままガイルに返答する。

「ワシの名はガイル=アースガルフ、リフィルの祖父だ。
リフィルが世話になってるみたいで感謝するぜ。こいつは子供の割にしっかりモンだけど結構寂しがりな所もあるからな…これからも仲良くしてやってくれやなあ」

「ちょちょっとお爺ちゃん!余計な事言わないでよー!」

「ガハハ!何ムキになってんだあ、本当の事だろう?」

「もおおぉーー!お爺ちゃああん!」

 リフィルちゃん、いつもよりも更に砕けた感じになって年相応な感じになっている気がする。
肉親との会話…良いなぁ。
お父さん…お母さん…村のみんな…元気にしてるかな?

 ファージアは故郷のヤマブキ村に想いを馳せた。


「それでガイルお爺ちゃんはどうしてここに来たの?」

「そりゃあお前?やっと遠征の大仕事が終わったんでなあ…息子の葬式の時も遠征中だったから仕事ほっぽく訳にもいかなくて、顔見せしか出来なかったが今はもう大丈夫だ。
リフィル、俺の率いる冒険者チーム・ガイル団、今日からアースガルフに復帰するぜ!」

「リフィルお嬢ちゃんー今日から団長共々世話になるぜー!」

「よろしくだぜえーリフィルお嬢ちゃんー!」

「お爺ちゃん達!有名なアーマー乗りのガイル団の皆がアースガルフに復帰してくれたら百人力だよー!」

「そういえばさっきから気になっていたんだが…アースガルフ、人が少ねぇみてぇなんだが一体どうしたんだ?」

「お爺ちゃん、それはね…」

 リフィルは今までのいきさつを話した。

「なるほどなあ…帝国軍がねえ…しかしあいつら何でアースガルフを潰そうとしたのかねえ?」

「うーん、あたしもそれは心当たりが無いんだよねー」

「そうだな…私が考えるに冒険者ギルドはフリーの集まりとは言え、冒険者の質によっては一軍にも匹敵する。
ウェンドール帝国の今後の展望上、アースガルフという戦力を排する必要があったのでは無いか?」

 帝国すなわち国としての利、それに対してアースガルフが何故、抗う力となるのかをシンプルに考え、導きだした意見を述べるユーリル。

「今後の展望ってことは、帝国はこのアシリアの町を狙っているってことかあ?だが帝国は長年、領土拡張にはあまり本腰入れてない感じだったがなあ」

「だが帝国本国での方針が変わったという事もある…注意はすべきだと思うが」


「あの…混み入っている所をすみません、こちらの冒険者ギルド・アースガルフのギルドマスターの方はいらっしゃいますでしょうか?」

 突然の見知らぬ声がユーリルたちの会話に水を挟んだ。見れば役人といった感じの風貌の男が立っている。

「アースガルフのギルドマスターはあたしですけど、何か御用ですかー?」

「えっ、こんな子供が?」」

「見た目で判断するとか失礼ですねー!見て見てこのギルドマスターの証のプレートの着いたこの帽子!これは国から配給されたモノだからごまかしの利かない品なんですよー!」

「失礼しました…私はアシリアの町長の使いで参ったものです。アースガルフの方々にご依頼があって参りました、詳しくは町長が直接話しますので町長の家までご足労お願いできないでしょうか?」







 ここはアシリアの町の中心にある立派な館、アシリアの町長が住まう屋敷である。リフィル達アースガルフのメンバーは屋敷の来客用の部屋に通される。部屋には既に町長が待機していた。

「私はアシリアの町長、リーガルと申します。ギルド・アースガルフの方々、急にご足労頂いて申し訳ない。ただ急を要する事態なのでどうか無礼を許してほしい」

アースガルフからはギルドマスターのリフィルを始めとしてファージア、ユーリル、ガイルの4人が町長とテーブルを挟んで向き合った。

「前置きは無しです、率直にお願い申し上げる。どうか我々アシリアの町を助けて欲しいのです。今この町はウェンドール帝国の侵攻を受けようとしているのです。
先刻、ウェンドール帝国の国境警備軍のアスタフ司令からこの様な通告が来ました。

”国境沿いの治安は悪い。
どうやら我が帝国の隣国であるアロード国は治安の回復を図ろうとする意志が無い様に思える。
ならば我が帝国軍が自らの手で治安の回復を図ろう。
至っては諸君アシリアの町には我が帝国軍の新たな駐屯地になって頂きたい。
これは全て平和の為のものである。なお拒否は許されないものである。”…と。」

「何これえー!何なのこの勝手過ぎる物言い!大体国境沿いの治安を悪くしていたとは他らなぬ帝国軍でしょー!」

「しかしこれは強引すぎるというか、言い分がめちゃくちゃ過ぎるだろうよ。うちの国のアロード国に言えば軍を派遣してくれるんじゃねえのかい?」

「それが…アロード本国から軍の派遣にはしばし時間がかかると回答が来まして…そもそも町の近くに帝国軍の基地があるのにアロード国はこの周辺に軍を置かなかったのです。
元々この地域のことにはあまり関心が無かったみたいですから」

「うえー、領土も守れない様な国に未来は無いよー」

「そこで、この町で唯一の冒険者ギルドである、あなた達アースガルフの皆様にご依頼したいのです。どうか帝国軍の侵攻から町を守って欲しいのです!
アロード本国軍が到着するまでの時間稼ぎで良いのです、どうか引き受けて貰えないでしょうか?」

「…リフィルちゃん、わたしはこの依頼、引き受けたい!このままだとこのアシリアの町がおそろしい暴力や悪意に飲み込まれかねない…かつてのわたしの村の時みたいに。受けちゃ駄目…かな?」

「ファージアさん、何言ってるんですか!ここはあたし達の町なんですよ!町を守って欲しいという依頼を断る訳ないじゃないですか!」

「おうよ!ここにはワシたちの所属しているギルド・アースガルフもあるんだぜ!」

「ファージア=セントニア、我が剣は常に貴様と共に在る」

「みんな…ありがとう」


「町長さん!それはそうと!これは仕事なので…ご依頼料の方は”いかほど”になっているのでしょうかー?」

「…これぐらいで如何でしょうか?」

「ほほおーこれはなかなかの額…でもこの町を守るという事は帝国軍と事を構えようっていわば”凄いあらごと”ですからねー。
ギルドメンバーの保障とかも考えないといけないのですのでー、もうちょっと足してこれぐらいの額はいかがでしょうかー?」

「むむむっ…これはなかなか…しかし背に腹は変えられませんし、確かにあなた達の保証も考える必要はありますからね…良いでしょう!その額でご依頼しましょう」

「町長さん毎度ありー!冒険者ギルド・アースガルフのギルドマスター・ルフィル=アースガルフ、アシリアの町の防衛のご依頼、ここに謹んでお受けいたします!」


「リフィルちゃん…たくましい…」

「この状況下でも儲けを優先するか…ルフィル=アースガルフ、ギルドマスターとして、大した奴…だ」

「流石はワシの孫!末恐ろしい、もとい楽しみだなガハハッ!」



 冒険者ギルド・アースガルフ、10年後には大陸中に支店があるかも…しれない。
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