DEEP NECROMANCY

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プロローグ

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黒々と広がる夜空の中で、月だけが白く冴え渡っていた。
人々は灯りを落とし、今日一日の営みを終えた事を告げる。
ここは目立って特徴の無い、ごくありふれた小さな農村。その中に在る住居の一室で、高齢の医者と一人の男の手による分娩が人目を忍んで行われていた。
人と人とが繋がり合い、育まれた新しい生命をこの世に下ろす。
何も珍しい事ではない。母体が死人であるという点を除いては。
「まさか、この様な事が本当に起こり得るとはのう…」
一度、彼女の死亡に立ち会った彼は、信じられないといった表情を浮かべていたが、医者として目の前で起きている事実を否定する事も出来なかった。
ベッドの上で施術を受けている母体は病に倒れ、子を身籠ったまま確かに死に至った筈だ。
しかし、それにも拘わらず、彼女の肉体はまるで生者の様に脈を打っているのだ。
「ここまでは想定通りだ。しかし、これから我々の成す事が神の目を欺けるかどうかは彼女に張り巡らせた術式に懸かっている」
施術に立ち会っている男がそう告げた後、彼は母体へと向けて自身の左手を翳した。
すると、彼女の肉体に刻まれていた術式が、赤い輝きを放ちながら起動する。
母体から魂が剥離してしまわぬように、その繋がりをより強固なものとする為に、術者である彼が魔力を走らせたのだ。
「では、後を頼みます」
彼がそう言って深く頭を下げると、医者はその言葉に応える様に小さく頷いて、切り開かれた腹部の更に奥にある子宮にメスを入れた。
開けたその中にゆっくりと右手を潜り込ませ、洋膜嚢ようまくのうを裂いて右足を引き上げる。
同じ要領でもう片方の足と両腕を体外へと逃がした後、頭部にそっと手を添えて、子宮から赤みがかった胎児を取り出した。
臍帯さいたいに繋がれたままの赤子の様子を視認するなり、男はある事に気が付いた。
「…呼吸をしていないようだが?」
術式に何か誤りがあったのだろうか。それとも、自分達のやろうとした事はやはり人の身には過ぎた行いだったのだろうかと、男は顔をしかめた。
「結論を急ぐでない。新生児がこの様な状態に陥るのは稀事ではなくてのう」
こういった場合、一定の刺激を与えるか、口や鼻に詰まった羊水を吸引してやれば、呼吸を促進する事が出来ると彼は言う。
医者は解決策を順に試そうと、その子の背中をさすったり軽く叩いたりした。
すると、肺臓が正常に開き始めたのか、胎児から声が上がった。
「産声は生きる為の機能が整ったという何よりの証明…成功じゃ。屍術師ジャック、この子は確かな生命を授かって生まれてきた」
「先生、ご協力感謝致します。貴方のおかげで私も屍術の新たな可能性を見出す事が出来た」
医者と屍術師とが短くも固い握手を交わし合い、互いに一通りの処置を済ませた後、父親に子供の顔を見せようと、ジャックはドアを開けた。
「先生?屍術師様…!出産は、無事に済んだのですか!?」
二人の顔を見るなり、この家の主、依頼人の男が駆け寄って来る。
「安心せい。とても元気な女の子じゃよ」
医者のその言葉を受けて視線を落とすと、産まれたばかりの赤子の姿が目に入った。
そして男は瞳を潤ませながらも、安堵の表情を浮かべた。
「良かった…先生、申し訳ありません。こんな後ろ暗い事に巻き込んでしまって…」
「そう気に病むでない。確かに手段は真っ当なモノでは無かったかもしれんが、一つでも多くの命を救えた事を儂は決して悪いとは思わん」
「それで、家内の方は…?」
「この安らかな死に顔を見給え。足掻く事をせずに自らの死を受け入れてみせた。とても立派な御夫人だ」
「…屍術師様、私の無理に長い間付き合って下さって、本当にありがとうございました」
「なに、私は貴方との間に出来た命をこの世に残したいという彼女の意思を尊重しただけの事」
彼の依頼内容は屍術師ジャックがこれまでに請け負った事の無いものであった。
それは、未成熟な胎児を身籠ったまま死亡してしまった彼女を蘇生し、出産出来る状態に至るまでその命を屍術で繋ぐというものだったのだ。
「そういえば、この子の名前は一体どうするつもりじゃ?」
医者がそう問いかけると、彼は迷いを感じさせない口調ではっきりと答えた。
「それは、以前から妻と二人で決めておりました。そう、その子の名前は―」
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