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Act6 皇太子の葛藤
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フロア中の注目を集めながら異国の大使と踊るフィオレンジーヌを、ベルージュリオは複雑な思いで見つめていた。
背の高い異国の貴公子と赤毛の美姫は、端から見てもお似合いだった。
自分で送り出しておきながら、胸がチクリと痛む。
ベルージュリオ・アイントラハトはガルトブルグ皇帝のひとり息子として帝国の誰よりも恵まれた環境で育った。しかし、衣食住には恵まれても、才能や実力には恵まれなった。
大陸随一の財力と軍事力を誇る大国の次期皇帝としては、ベルージュリオはあまりにも平凡だった。そのことを当人も自覚し、引け目に感じていたが、周囲はそんな能力の平凡さなど見えていないかのように "次期皇帝" をもてはやす。
そのうちにベルージュリオは悟った。自分は、ただそこに居ることしか求められていないのだと……。
周囲が欲しいのは皇太子や皇帝の "存在" であって、優れた統治能力を期待しているわけではない。むしろ "お飾り" の方が好きに利益を貪ることができて都合が良いのだ。
年頃になってから次々と引き合わされた貴族令嬢たちも皆、ベルージュリオ自身など見てはいなかった。
彼女たちの目に映っていたのは、次期皇妃という輝かしい未来だけ。野心に燃えて強引なアプローチをかけてくる彼女たちにベルージュリオは恐れをなし、やがて "未来の花嫁探し" 自体に疲れ果てた。
すっかり無気力になった彼がやっとその気を取り戻したのは、相手がユウェンタスの巫女の血を引くジリアーティ家の姫と知ったからだった。
結婚の相手にと言うよりも、ベルージュリオはただフィオレンジーヌに会ってみたかった。
歴史書の中でしか知らない人物――まるで幻か空想小説の登場人物のようにさえ思えるその人物が、確かにこの世界に存在した証として、その "子孫" に会ってみたかったのだ。
同じ血を引く将軍には既に幾度も会ったことがあったが、屈強な武人と古の聖女とではイメージが違い過ぎて、あまり子孫という感じがしなかった。なのでベルージュリオは、フィオレンジーヌとの初対面を、まるで憧れの巫女本人と会えるかのような気持ちで迎えていた。
フィオレンジーヌという存在は、ベルージュリオの淡い期待を軽々と超えてきた。
祖国の滅亡と新王国の建国を導いた巫女の情熱と激しさを思わせるような、鮮やかな朱色の髪。神秘的な輝きを宿したスミレ色の瞳。皇太子であるベルージュリオにも臆することなく意見を言い、決して媚びへつらうような真似をしない毅さと潔癖さ。
フィオレンジーヌはベルージュリオがおぼろげに想像していた巫女と同じ……いや、それ以上の存在だった。ベルージュリオは一度会っただけですっかり彼女に魅せられていた。
だが……フィオレンジーヌに惹かれれば惹かれるほど、募っていく不安があった。
(私には……彼女に愛されるほどの魅力が無い……)
社交の場が苦手で、自分の好きな史学や美術にばかり打ち込んできた彼は、異性との接し方をロクに知らない。
会うたびにフィオレンジーヌを落胆させていることに気づいていたし、侍従やマナーの教師に言われて初めて知る "女性への気遣い" も沢山あった。
自分の至らなさに恥じ入るばかりの毎日だったが、それでもベルージュリオはフィオレンジーヌと会うことを望んだ。会わずにはいられなかった。
正式に求婚すれば、彼女は断らないだろう。だが、それは帝国に仕える将軍家の娘としての判断に過ぎないと、ベルージュリオは思っている。
愛ではなく帝国貴族としての義務だけで結婚されるのは空しい。だが、今さら彼女以外の相手など考えられない。
「リオ様」
声を掛けられ顔を上げると、ダンスを終えたフィオレンジーヌが戻って来るところだった。
特別親しい間柄であれば愛称で呼び合うものだと言われ、少し前にフィオレンジーヌにその呼び名を許した。だがベルージュリオの方はまだ彼女のことを「フィオ」と愛称で呼べずにいる。
「もう良いのか?まだ一曲しか踊っていないであろう?」
「良いのです。何だか疲れてしまいまして……」
そう言うフィオレンジーヌの顔は、運動をした後だと言うのにどこか青ざめて見えた。
「大丈夫か?体調が悪いようなら控えの間で休んでいてはどうだ?」
「大丈夫で……」
言いかけ、フィオレンジーヌはハッとしたように口元を押さえた。
「……いえ、やはり休ませて頂きます。では、御前失礼致します」
フィオレンジーヌは優雅にドレスの裾をつまむと、一礼してホールを去っていく。
本当はついて行きたかったが、皇太子であるベルージュリオにはまだその場を離れることは許されなかった。
パーティーに出席している主な要人たちに一通り挨拶を終え、ホッと一息ついたその時、一人の侍女がベルージュリオに声を掛けてきた。
「皇太子殿下、控えの間にいらっしゃるフィオレンジーヌ・ジリアーティ嬢がお呼びです。至急おいで頂きたい、と」
「フィオレンジーヌが?」
もしや急に具合が悪くなったのではないか、とベルージュリオは焦って控えの間へ向かう。
皇太子の婚約者と目されているフィオレンジーヌには豪華な続き部屋が用意されていた。ベルージュリオは護衛や供の者を廊下に残し、一人で部屋に入る。
てっきりお付きの侍女か誰かがいて案内してくれるものと思っていたが、前室には誰一人いない。戸惑って立ち尽くしていると、奥の部屋から微かな物音と人の声が聞こえてきた。
「……ッ、離せ!」
押し殺した悲鳴のようなそれは、紛れもなくフィオレンジーヌの声だった。
「フィオ……レンジーヌ!?」
思考する間も無く奥の部屋に飛び込み、ベルージュリオは息を呑んだ。
そこには、異国の大使の腕の中に囚われたフィオレンジーヌの姿があった。
背の高い異国の貴公子と赤毛の美姫は、端から見てもお似合いだった。
自分で送り出しておきながら、胸がチクリと痛む。
ベルージュリオ・アイントラハトはガルトブルグ皇帝のひとり息子として帝国の誰よりも恵まれた環境で育った。しかし、衣食住には恵まれても、才能や実力には恵まれなった。
大陸随一の財力と軍事力を誇る大国の次期皇帝としては、ベルージュリオはあまりにも平凡だった。そのことを当人も自覚し、引け目に感じていたが、周囲はそんな能力の平凡さなど見えていないかのように "次期皇帝" をもてはやす。
そのうちにベルージュリオは悟った。自分は、ただそこに居ることしか求められていないのだと……。
周囲が欲しいのは皇太子や皇帝の "存在" であって、優れた統治能力を期待しているわけではない。むしろ "お飾り" の方が好きに利益を貪ることができて都合が良いのだ。
年頃になってから次々と引き合わされた貴族令嬢たちも皆、ベルージュリオ自身など見てはいなかった。
彼女たちの目に映っていたのは、次期皇妃という輝かしい未来だけ。野心に燃えて強引なアプローチをかけてくる彼女たちにベルージュリオは恐れをなし、やがて "未来の花嫁探し" 自体に疲れ果てた。
すっかり無気力になった彼がやっとその気を取り戻したのは、相手がユウェンタスの巫女の血を引くジリアーティ家の姫と知ったからだった。
結婚の相手にと言うよりも、ベルージュリオはただフィオレンジーヌに会ってみたかった。
歴史書の中でしか知らない人物――まるで幻か空想小説の登場人物のようにさえ思えるその人物が、確かにこの世界に存在した証として、その "子孫" に会ってみたかったのだ。
同じ血を引く将軍には既に幾度も会ったことがあったが、屈強な武人と古の聖女とではイメージが違い過ぎて、あまり子孫という感じがしなかった。なのでベルージュリオは、フィオレンジーヌとの初対面を、まるで憧れの巫女本人と会えるかのような気持ちで迎えていた。
フィオレンジーヌという存在は、ベルージュリオの淡い期待を軽々と超えてきた。
祖国の滅亡と新王国の建国を導いた巫女の情熱と激しさを思わせるような、鮮やかな朱色の髪。神秘的な輝きを宿したスミレ色の瞳。皇太子であるベルージュリオにも臆することなく意見を言い、決して媚びへつらうような真似をしない毅さと潔癖さ。
フィオレンジーヌはベルージュリオがおぼろげに想像していた巫女と同じ……いや、それ以上の存在だった。ベルージュリオは一度会っただけですっかり彼女に魅せられていた。
だが……フィオレンジーヌに惹かれれば惹かれるほど、募っていく不安があった。
(私には……彼女に愛されるほどの魅力が無い……)
社交の場が苦手で、自分の好きな史学や美術にばかり打ち込んできた彼は、異性との接し方をロクに知らない。
会うたびにフィオレンジーヌを落胆させていることに気づいていたし、侍従やマナーの教師に言われて初めて知る "女性への気遣い" も沢山あった。
自分の至らなさに恥じ入るばかりの毎日だったが、それでもベルージュリオはフィオレンジーヌと会うことを望んだ。会わずにはいられなかった。
正式に求婚すれば、彼女は断らないだろう。だが、それは帝国に仕える将軍家の娘としての判断に過ぎないと、ベルージュリオは思っている。
愛ではなく帝国貴族としての義務だけで結婚されるのは空しい。だが、今さら彼女以外の相手など考えられない。
「リオ様」
声を掛けられ顔を上げると、ダンスを終えたフィオレンジーヌが戻って来るところだった。
特別親しい間柄であれば愛称で呼び合うものだと言われ、少し前にフィオレンジーヌにその呼び名を許した。だがベルージュリオの方はまだ彼女のことを「フィオ」と愛称で呼べずにいる。
「もう良いのか?まだ一曲しか踊っていないであろう?」
「良いのです。何だか疲れてしまいまして……」
そう言うフィオレンジーヌの顔は、運動をした後だと言うのにどこか青ざめて見えた。
「大丈夫か?体調が悪いようなら控えの間で休んでいてはどうだ?」
「大丈夫で……」
言いかけ、フィオレンジーヌはハッとしたように口元を押さえた。
「……いえ、やはり休ませて頂きます。では、御前失礼致します」
フィオレンジーヌは優雅にドレスの裾をつまむと、一礼してホールを去っていく。
本当はついて行きたかったが、皇太子であるベルージュリオにはまだその場を離れることは許されなかった。
パーティーに出席している主な要人たちに一通り挨拶を終え、ホッと一息ついたその時、一人の侍女がベルージュリオに声を掛けてきた。
「皇太子殿下、控えの間にいらっしゃるフィオレンジーヌ・ジリアーティ嬢がお呼びです。至急おいで頂きたい、と」
「フィオレンジーヌが?」
もしや急に具合が悪くなったのではないか、とベルージュリオは焦って控えの間へ向かう。
皇太子の婚約者と目されているフィオレンジーヌには豪華な続き部屋が用意されていた。ベルージュリオは護衛や供の者を廊下に残し、一人で部屋に入る。
てっきりお付きの侍女か誰かがいて案内してくれるものと思っていたが、前室には誰一人いない。戸惑って立ち尽くしていると、奥の部屋から微かな物音と人の声が聞こえてきた。
「……ッ、離せ!」
押し殺した悲鳴のようなそれは、紛れもなくフィオレンジーヌの声だった。
「フィオ……レンジーヌ!?」
思考する間も無く奥の部屋に飛び込み、ベルージュリオは息を呑んだ。
そこには、異国の大使の腕の中に囚われたフィオレンジーヌの姿があった。
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