上 下
6 / 10

Act5 掻き乱される乙女心

しおりを挟む
 ベルージュリオは社交界や人との交流に興味が無く、パーティーにもあまり参加したがらない。
 だが皇太子という立場上、どうしても出なければならないパーティーはある。そしてそんな規模きぼのパーティーであれば、当然のごとく他国の大使や "未来の皇太子妃" もまねかれる。役者をそろえるのは簡単なことだった。
 
「殿下、一曲おどりませんか?」
 断られるだろうとは思いながらも、フィオレンジーヌはさそいかけてみた。しかしやはりベルージュリオはほおを真っ赤にめて首を横にる。
「……すまない。貴女あなたの気持ちをにしたくはないのだが……私はダンスが得意ではなくて……貴女にはじをかかせてしまう」
「そうですか……」
 平静をよそおったフィオレンジーヌだったが、声や表情に落胆らくたんにじみ出ていたらしい。ベルージュリオはあわてたように言葉をぐ。
「せっかくの舞踏会ぶとうかいなのだから、貴女は私のことなど気にせず踊りを楽しんで欲しい。私は一人でも大丈夫だいじょうぶだから」
(……そういうことではないと言うに)
 フィオレンジーヌは舌打ちしたい気分だった。まだ仮とは言え "婚約者" に「他の男と踊っておいで」と送り出されて誰がうれしいものか。
「それではフィオレンジーヌ嬢を、しばし私がお借りしてもよろしいでしょうか?今までに数知れないご令嬢とダンスを共にして参りましたが、彼女ほど素晴らしい踊り手にはめぐりえませんでした。是非ぜひともまたお相手をお願いいたします」
 ハミントンが絶妙なタイミングで口をはさんでくる。ベルージュリオは何の疑念ぎねんも抱いていない様子でうなずき、フィオレンジーヌは躊躇ためらいながらもハミントンの手を取る。
「……いやはや、本当に箱入りでいらっしゃるのですね、貴国きこくの皇太子殿下は。乙女心もご存知ぞんじなければ、人をうたがうこともご存知でないらしい」
 ワルツのステップをみながら、ハミントンが苦笑じりにささやきかけてくる。フィオレンジーヌはむっとして反論した。
「あの方のことを悪く言うのはお止めください。純粋無垢じゅんすいむくなところは殿下の美点です」
「純粋無垢……。物は言いようですね。さすがの貴女も "未来の夫" "皇太子" という肩書かたがきを前にすると御目おめくもってしまわれるらしい」
 ハミントンはめ息をつき、フィオレンジーヌの背を抱くうでに力をめた。
 自然、抱き寄せられるような格好かっこうになり、男の顔が近くなる。
「帝国への忠誠を家訓かくんとして育った貴女には、皇太子殿下を裏切ることなど思いもよらないのでしょうが……彼は本当に、貴女が全てをささげるにる存在なのですか?」
 ひそやかに告げられたその声は、らしくもなく真剣で重々おもおもしいものだった。
「国家を支える将軍の娘として、名家の姫として、皇室にとつぎ支えなければならないという義務感にしばられてはいらっしゃいませんか?貴女が皇太子殿下に対していだいている感情……それは本当に "恋" なのですか?」
 フィオレンジーヌの胸を動揺が走る。
 ベルージュリオと出逢であうまで、フィオレンジーヌは誰かに恋をしたことがなかった。
 ベルージュリオと顔を合わせ、言葉をわすにつれ育っていく初めての感情を、フィオレンジーヌは "恋" と認識していた。だが、その真偽しんぎを確かめるすべが無い。初めてのものであるがゆえに、他と比べようもないのだから。
「人の心は意外と気の迷いを起こしやすいものなのですよ。不安定なり橋を男女で共に渡ると、その二人は危険に対する胸の動悸どうきを恋によるものと錯覚さっかくしてしまうのです。貴女のその想いが『将来の夫を愛するべきだ』という義務感からしょうじた幻でないと、言い切れますか?」
 上手い切り返しどころか強がりさえ出て来ず、フィオレンジーヌは言葉を失った。
 ハミントンはその顔を満足そうにながめると、うやうやしく手の甲にくちづけた。
「では、また後ほど。手筈てはずの通りに」
 そう言ってはなれていく男を、フィオレンジーヌはただ呆然ぼうぜんと見送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】 元魔王な兄と勇者な妹 (多視点オムニバス短編)

津籠睦月
ファンタジー
<あらすじ> 世界を救った元勇者を父、元賢者を母として育った少年は、魔法のコントロールがド下手な「ちょっと残念な子」と見なされながらも、最愛の妹とともに平穏な日々を送っていた。 しかしある日、魔王の片腕を名乗るコウモリが現れ、真実を告げる。 勇者たちは魔王を倒してはおらず、禁断の魔法で赤ん坊に戻しただけなのだと。そして彼こそが、その魔王なのだと…。 <小説の仕様> ひとつのファンタジー世界を、1話ごとに、別々のキャラの視点で語る一人称オムニバスです(プロローグ(0.)のみ三人称)。 短編のため、大がかりな結末はありません。あるのは伏線回収のみ。 R15は、(直接表現や詳細な描写はありませんが)そういうシーンがあるため(←父母世代の話のみ)。 全体的に「ほのぼの(?)」ですが(ハードな展開はありません)、「誰の視点か」によりシリアス色が濃かったりコメディ色が濃かったり、雰囲気がだいぶ違います(父母世代は基本シリアス、子ども世代&猫はコメディ色強め)。 プロローグ含め全6話で完結です。 各話タイトルで誰の視点なのかを表しています。ラインナップは以下の通りです。 0.そして勇者は父になる(シリアス) 1.元魔王な兄(コメディ寄り) 2.元勇者な父(シリアス寄り) 3.元賢者な母(シリアス…?) 4.元魔王の片腕な飼い猫(コメディ寄り) 5.勇者な妹(兄への愛のみ)

囚われの姫は嫌なので、ちょっと暴走させてもらいます!~自作RPG転生~

津籠睦月
ファンタジー
※部(国)ごとに世界観が変わるため、タグは最新話に合わせています。 ※コメディ文体です(シリアス・コメディで文体は変えています)。 【概要】気がつけば、隣の家の幼馴染と2人で創ったデタラメRPGの「ヒロイン」に転生していた「私」。 自らの欲望のままに「世界一の美姫」に設定していたヒロインは、このままでは魔王や大国の皇子に囚われ、勇者に救われるまで監禁される運命…。 「私」は囚われフラグ回避のために動き出すが、ゲーム制作をほとんど幼馴染に丸投げしていたせいで、肝心のシナリオが「うろ覚え」…。 それでも、時にアイテムやスキルを「やりくり」し、時に暴走しつつ、「私」はフラグを回避していく。 【主な登場人物】 ✨アリーシャ・シェリーローズ…「私」の転生後の姿。中立国の王女。兄王子や両親から過保護に溺愛されている「籠の鳥」。 ✨レドウィンド・ノーマン…後の勇者。父のような英雄を目指して修業中。 ✨???…アリーシャ姫のお目付け役の少年。 ✨アシュブラッド・プルガトリオ…王位を継いだばかりの新米魔王。妃となる女性を探している。 ✨クリスティアーノ・アイントラハト…大帝国ガルトブルグの皇子。家庭環境からヤンデレに育ってしまった。 ✨ブラウルート・キングフィッシャー…機巧帝国メトロポラリス第一王子。メカいじりが得意なS級マイスター。 ✨グウェンドリーン・ルゥナリエナ…聖王国クレッセントノヴァの聖王女だが、実は…。 ・コメディ中心(ぐだぐだコメディー)です。 ・文章もコメディ仕様ですが、伏線回収も一部コメディ仕様です。 ・乙女ゲーム系というよりRPG系ですが、微妙に逆ハーレム風です(1部につき1人攻略のゆっくりペースです)。 ・一部視点(主人公)が変わる章があります。 ・第1部の伏線が第2部以降で回収されたりすることもありますので、読み飛ばしにご注意ください。 ・当方は創作活動にAIによる自動生成技術を一切使用しておりません。作品はもちろん、表紙絵も作者自身の手によるものです。そのため、お見苦しい部分もあるかと思いますが、ご容赦ください。 (背景装飾に利用している素材は、近況ボードに詳細を記載してあります。)

(完結)そんな理由で婚約破棄? 追放された侯爵令嬢は麗しの腹黒皇太子に溺愛される

青空一夏
恋愛
※路線を変更します。「ざまぁ」を適宜いれることにしました。あまり残酷すぎない全年齢向きの「ざまぁ」とR15程度のきつめの「ざまぁ」を追加します。イラストを投稿するためにエッセイを出す予定なのであわせてお読みください。 私はステファニー・ジュベール。ルコント王国のジュベール侯爵家の一人娘よ。レオナード王太子とは10歳の頃に婚約したの。そこからの王太子妃教育はかなりきつかったけれど、優しいレオナード王太子殿下の為に一生懸命努力を重ねたわ。 レオナード王太子殿下はブロンドで青い瞳に、とても整ったお顔立ちの方だった。私達は王立貴族学園に一緒に通い、お互いの気持ちは通じ合っていると信じていたのよ。ちなみにこの国では、13歳から16歳まで学園に通うことになっているわ。 初めは楽しかった学園生活。けれど最終学年になった頃よ。私のお父様が投資に失敗し、ジュベール侯爵家に大きな負債をもたらしたの。おまけに私の美しかったブロンドの髪がだんだんと色あせ・・・・・・明るく澄んだ青い瞳の色も次第に変わり始めると、学園内でレオナード王太子殿下は公然と私に心ない言葉を投げつけるようになったわ。 「ねぇ、今のステファニーの立場をわかっている? 今の君では到底王太子妃の地位に相応しくないと思わないかな? いっそ辞退してくれれば良いのにねぇ」  あれほど優しかったレオナード王太子殿下は、手のひらを返したようにそうおっしゃるようになったのよ。  私はそんな酷い言葉を投げつけられても悲しいだけで、レオナード王太子殿下のことを嫌いにはなれない。だって、以前はとても優しかったから、あの頃の彼を信じていたいのよ。  でも、そんな私の思いとは裏腹に、卒業を迎えた半年ほど前から、私は学園でバーバラ・ゲルレーリヒ男爵令嬢を虐めていると言いがかりをつけられるようになり・・・・・・  これは私が大好きだったレオナード王太子に裏切られ悲しい思いをしたけれど、それ以上に幸せになる物語よ。 ※全く史実には基づかない異世界恋愛ファンタジーです。現代的な表現や機器などでてくる場合があります。 ※表紙は作者作成AIイラストです。 ※本文は全年齢向きです。「ざまぁ」の一部はR15です。 ※冷たくされてもレオナード王太子殿下を嫌いになれない、つい期待してしまう乙女な性格の主人公です。(タグの削除や追加の可能性あり) ※カクヨム、ベリーズカフェにも投稿します。←こちらざまぁが穏やかです。 ※ペンネーム変えました。青空(サチマル)です。気がつかなかったという方が多くいらっしゃったので、しばらく注意書きを追記しておきます。

【完結】「推しカプを拝みたいだけ」で王子の婚約者選抜試験に参加したのに、気がつけば王子の子を妊娠してました

和泉杏咲
恋愛
HOTランキング(女性向け)入りありがとうございました……(涙) ヒーローのあだ名が「チンアナゴ」になった作品、2023/9/1に完結公開させていただきました。 小学生レベルの下ネタも、お色気な下ネタもあるR15ぎりぎりの作品になっております。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー そこそこの財産を持ち、そこそこの生活ができるけど、貴族社会では1番下のブラウニー男爵家の末娘、リーゼ・ブラウニーは、物心ついた頃から読み込んでしまった恋愛小説(ちょっぴりエッチ)の影響で、男女問わず「カップリング」を勝手に作っては妄想するようになってしまった。 もちろん、将来の夢は恋愛小説(ちょっぴりエッチ)を書く作家。 娘を溺愛する両親や兄達も、そこそこの財産があればスタンスなので、リーゼを無理に嫁がせる気はなし。 そんなリーゼが今最も推しているのは、眉目秀麗文武両道で評判のエドヴィン王子と、王子の婚約者候補ナンバー1と言われる公爵令嬢アレクサンドラのカップル。 「早く結婚すればいいのに。結婚式はぜひ遠目で眺めて、それを元に小説書いてデビューしたい」 そんな風にリーゼは胸をときめかせていた。 ところがある日、リーゼの元に何故か「王子の婚約者選抜試験」の知らせが届く。 自分の元に来る理由が分からず困惑したものの 「推しカプを間近で眺める絶好のチャンス!」 と、観光気分で選抜試験への参加を決意する。 ところが、気がついた時には全裸で知らない部屋のベッドに寝かされていた……!? しかも、その横にはあろうことかエドヴィン王子が全裸で寝ていて……。 「やっとお前を手に入れた」 と言ってくるエドヴィン王子だったが 「冗談じゃない!私とのカップリングなんて萌えない、断固拒否!」 と逃げ帰ったリーゼ。 その日からエドヴィン王子から怒涛のアプローチが始まるだけでなく、妊娠も発覚してしまい……? この話は「推しカプ至上主義!(自分以外)」のリーゼと、「リーゼと結婚するためなら手段を選ばない」エドヴィン王子の間で巻き起こる、ラブバトルコメディだったりする……。 <登場人物> リーゼ・ブラウニー  男爵令嬢 18歳 推しカプに人生を捧げる決意をした、恋愛小説家志望。 自分と他人のカップリングなんて見たくもないと、全力で全否定をする。推しに囲まれたいという思いだけで絵画、彫刻、工作、裁縫をマスターし、日々推しを持ち歩ける何かをせっせと作っている。 エドヴィン  王子 18歳 パーティーで知り合ったリーゼ(ただしリーゼ本人は全く覚えていない)に一目惚れしてから、どうすればリーゼと結婚できるか、しか頭になかった、残念すぎるイケメン王子。

告白はミートパイが焼けてから

志波 連
恋愛
国王の気まぐれで身籠ってしまった平民の母を持つティナリアは、王宮の森に与えられた宮で暮らしていた この国の21番目の王女であるティナリアは、とにかく貧しかった。 食べるものにも事欠く日々に、同じ側妃であるお隣の宮で働こうと画策する。 しかしそこで出会ったのは、護衛騎士との恋に悩む腹違いの姉だった。 ティナリアの決断により、その人生は大きな転換を迎える。 様々な人たちに助けられながら、無事に自由とお金を手にしたティナリアは、名を変えて母親の実家である食堂を再建しようと奮闘する。 いろいろな事件に巻き込まれながらも、懸命に生きようとするティナリア。 そして彼女は人生初の恋をした。 王女でありながら平民として暮らすティナリアの恋は叶うのだろうか。 他のサイトでも掲載しています。 タグは変更するかもしれません。 保険的にR15を追加しました。 表紙は写真AC様から使用しています。 かなり以前に書いたものですが、少々手を入れています。 よろしくお願いします。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

処理中です...