上 下
5 / 10

Act4 囁かれる甘い誘惑

しおりを挟む
「私なら貴女あなたの恋のお悩みを解決できると思いますが」
 数ヶ月後のとあるパーティー会場。久々に会ったハミントンに、自分一人の胸に秘めていたはずの悩みを言い当てられても、フィオレンジーヌは特に動じることもなかった。
 この男がそういう男だということは、これまでにわしてきた会話から嫌というほど学んでいる。
「……相変わらず、どこでどのように情報をつかんでいらっしゃるのですか。それに、仮に私が本当にそのことで悩んでいたとして、貴方の手を借りるとでも思ってらっしゃるのですか?」
「他に手を借りるアテがあるのですか?失礼ながら随分ずいぶんと行きまっておいでのご様子。無理もないでしょうね。いかに貴女がさとくていらしても、男心のことまでは想像がつきますまい」
 図星を指され、フィオレンジーヌは一瞬表情を取りつくろうこともできなかった。
 確かに、フィオレンジーヌにはベルージュリオの心が読めない。人の心の裏を読むすべ心得こころえていても、元々心に裏の無い人間の気持ちを知る術は持っていない。まして恋愛の機微きびや異性の思考回路はフィオレンジーヌには未知の領域だった。
 経験豊富そうなハミントンであれば、恋愛初心者のフィオレンジーヌなど思いもおよばない恋の手管てくだをいろいろと知っているかも知れない――そんな考えが頭をよぎってしまう。
「……クレッセントノヴァは私が妃となることを望んでいないのではありませんか?」
 聖王国は、大陸一の財力と軍事力を持つガルトブルグを常に警戒している。帝国の後継者であるベルージュリオが軍部で力を持つジリアーティ家と結びつくことをしとは思っていないはずだ。ハミントンが何かにつけてフィオレンジーヌにちょっかいをかけてくるのも、この縁組えんぐみ妨害ぼうがいするためとフィオレンジーヌは見ている。
「……そうですね。ですが、このお話はもうくつがえらないでしょう。ならば未来の皇妃様に恩を売り、強い結びつきを作っておくのも良いかと思いまして。……将来的にこの国を動かしていくのは、ベルージュリオ様ではなく貴女とジリアーティ家でしょうし」
 後半は声をひそめ、ハミントンはひそりとフィオレンジーヌの耳にささやきかける。
「……それはそれは、随分と高く評価していただいているようで恐縮きょうしゅくです」
 心の全くもらぬ言葉をきながら、フィオレンジーヌはハミントンの変わり身の早さに感心する。
 状況の変化を敏感にさとり、素早すばやく方針を転換する――狡猾こうかつとも言えるその身の処し方は、ベルージュリオと出会う前にフィオレンジーヌが想像していた "皇太子像" にどこか似ていた。
「私の見ましたところ、貴女と殿下の間には少々 "刺激" が足りませんね。貴女は殿下にとって、いずれは放っておいても妻となる女性。ここはひとつ、他の男性との親密さをにおわせ『ひょっとしたら誰かにられてしまうかも知れない』という危機感や嫉妬心しっとしんあおってみるのはいかがでしょう」
 フィオレンジーヌが手を借りるとも言わないうちから、ハミントンは勝手にアドバイスを始める。だが、その話があまりに興味深かったので、フィオレンジーヌはつい話を止めることもなく聞き入ってしまった。
「……なるほど。一理ありますね。しかし果たして、あの殿下が嫉妬しっとなどいだいてくださるのか……。そもそも私には殿下に危機感を抱かせるような親密な男性などおりません」
 フィオレンジーヌがそう言うと、ハミントンはくすりと笑って身を寄せてきた。
「おや……。私をお忘れですか?貴女が社交界にデビューしたての頃からずっと親しくさせて頂いていたはずですが?」
「……親しいと呼ぶには、いささか語弊ごへいのある間柄あいだがらかと存じますが」
 無遠慮ぶえんりょに距離をちぢめてくるハミントンを手で制して遠ざけ、フィオレンジーヌはしらけた顔でそのげんを否定する。
「しかし実際、それは危険なけでしょう。不貞ふていの疑いを持たれ、皇室の不興ふきょうを買いかねません」
 フィオレンジーヌはあくまで慎重しんちょうだった。
 たとえその申し出が魅力的でも、男の "親切" にもっともらしい理由があろうとも、簡単に気を許して良い相手ではない。
「おや、貴女らしくもありませんね。成果を得るのに多少のリスクはつきもの。そのリスクを出来得できうる限り低くし、上手くやるのがジリアーティ家の流儀りゅうぎなのではありませんか?このままですと貴女は "形だけの愛" しか得ることができませんよ。それでよろしいのですか?」
 普段なら決して耳を貸さないハミントンの言葉。しかし人生の大事を前に不安にれる乙女心は、その囁きを無視することができなかった。
「いつも温厚なあの皇太子殿下の、独占欲にぎらついた顔を見てみたくはありませんか?優しいばかりの顔ではなく、おすの本能をき出しにした顔を、向けてもらいたいとは思われませんか?」
 男の言葉に、普段は想像もできないベルージュリオのそんな顔を、ぼんやりと想像してみる。途端とたん、ぞくりと甘やかなふるえがフィオレンジーヌの背筋をけた。
「いえ……。いけません、そんな……あの方をためすような真似まねは……」
 フィオレンジーヌは首をり、頭に浮かんだ妄想を振り払おうとする。だが、一度囚われてしまった甘美な幻想にあらがいきれていない。ハミントンをこばむその声にも、いつものようなつよさは宿っていなかった。
 ハミントンはフィオレンジーヌの動揺を見てとり、たたみかけるように言葉をつらねる。
「大丈夫。何かあったとしても、貴女は全て私の所為せいにすれば良いのです。全ては私が勝手にやったこと。私一人のたくらみなのだと……。そうすれば貴女にとがは及びますまい」
 フィオレンジーヌはその誘惑を、退けることができなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】 元魔王な兄と勇者な妹 (多視点オムニバス短編)

津籠睦月
ファンタジー
<あらすじ> 世界を救った元勇者を父、元賢者を母として育った少年は、魔法のコントロールがド下手な「ちょっと残念な子」と見なされながらも、最愛の妹とともに平穏な日々を送っていた。 しかしある日、魔王の片腕を名乗るコウモリが現れ、真実を告げる。 勇者たちは魔王を倒してはおらず、禁断の魔法で赤ん坊に戻しただけなのだと。そして彼こそが、その魔王なのだと…。 <小説の仕様> ひとつのファンタジー世界を、1話ごとに、別々のキャラの視点で語る一人称オムニバスです(プロローグ(0.)のみ三人称)。 短編のため、大がかりな結末はありません。あるのは伏線回収のみ。 R15は、(直接表現や詳細な描写はありませんが)そういうシーンがあるため(←父母世代の話のみ)。 全体的に「ほのぼの(?)」ですが(ハードな展開はありません)、「誰の視点か」によりシリアス色が濃かったりコメディ色が濃かったり、雰囲気がだいぶ違います(父母世代は基本シリアス、子ども世代&猫はコメディ色強め)。 プロローグ含め全6話で完結です。 各話タイトルで誰の視点なのかを表しています。ラインナップは以下の通りです。 0.そして勇者は父になる(シリアス) 1.元魔王な兄(コメディ寄り) 2.元勇者な父(シリアス寄り) 3.元賢者な母(シリアス…?) 4.元魔王の片腕な飼い猫(コメディ寄り) 5.勇者な妹(兄への愛のみ)

囚われの姫は嫌なので、ちょっと暴走させてもらいます!~自作RPG転生~

津籠睦月
ファンタジー
※部(国)ごとに世界観が変わるため、タグは最新話に合わせています。 ※コメディ文体です(シリアス・コメディで文体は変えています)。 【概要】気がつけば、隣の家の幼馴染と2人で創ったデタラメRPGの「ヒロイン」に転生していた「私」。 自らの欲望のままに「世界一の美姫」に設定していたヒロインは、このままでは魔王や大国の皇子に囚われ、勇者に救われるまで監禁される運命…。 「私」は囚われフラグ回避のために動き出すが、ゲーム制作をほとんど幼馴染に丸投げしていたせいで、肝心のシナリオが「うろ覚え」…。 それでも、時にアイテムやスキルを「やりくり」し、時に暴走しつつ、「私」はフラグを回避していく。 【主な登場人物】 ✨アリーシャ・シェリーローズ…「私」の転生後の姿。中立国の王女。兄王子や両親から過保護に溺愛されている「籠の鳥」。 ✨レドウィンド・ノーマン…後の勇者。父のような英雄を目指して修業中。 ✨???…アリーシャ姫のお目付け役の少年。 ✨アシュブラッド・プルガトリオ…王位を継いだばかりの新米魔王。妃となる女性を探している。 ✨クリスティアーノ・アイントラハト…大帝国ガルトブルグの皇子。家庭環境からヤンデレに育ってしまった。 ✨ブラウルート・キングフィッシャー…機巧帝国メトロポラリス第一王子。メカいじりが得意なS級マイスター。 ✨グウェンドリーン・ルゥナリエナ…聖王国クレッセントノヴァの聖王女だが、実は…。 ・コメディ中心(ぐだぐだコメディー)です。 ・文章もコメディ仕様ですが、伏線回収も一部コメディ仕様です。 ・乙女ゲーム系というよりRPG系ですが、微妙に逆ハーレム風です(1部につき1人攻略のゆっくりペースです)。 ・一部視点(主人公)が変わる章があります。 ・第1部の伏線が第2部以降で回収されたりすることもありますので、読み飛ばしにご注意ください。 ・当方は創作活動にAIによる自動生成技術を一切使用しておりません。作品はもちろん、表紙絵も作者自身の手によるものです。そのため、お見苦しい部分もあるかと思いますが、ご容赦ください。 (背景装飾に利用している素材は、近況ボードに詳細を記載してあります。)

告白はミートパイが焼けてから

志波 連
恋愛
国王の気まぐれで身籠ってしまった平民の母を持つティナリアは、王宮の森に与えられた宮で暮らしていた この国の21番目の王女であるティナリアは、とにかく貧しかった。 食べるものにも事欠く日々に、同じ側妃であるお隣の宮で働こうと画策する。 しかしそこで出会ったのは、護衛騎士との恋に悩む腹違いの姉だった。 ティナリアの決断により、その人生は大きな転換を迎える。 様々な人たちに助けられながら、無事に自由とお金を手にしたティナリアは、名を変えて母親の実家である食堂を再建しようと奮闘する。 いろいろな事件に巻き込まれながらも、懸命に生きようとするティナリア。 そして彼女は人生初の恋をした。 王女でありながら平民として暮らすティナリアの恋は叶うのだろうか。 他のサイトでも掲載しています。 タグは変更するかもしれません。 保険的にR15を追加しました。 表紙は写真AC様から使用しています。 かなり以前に書いたものですが、少々手を入れています。 よろしくお願いします。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...