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第4部 鬼姫の着せ替え人形なんて、まっぴら!

第28章 アリーシャ、中ボス戦に突入する

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「……何をしている、紫夏シナツ。姫様をはなせ!」
 
 明朱楽アシュラに馬鹿にされた時も、それどころか戦いをいどまれた時でさえ、丁寧ていねいな態度を崩さなかった桃幻――そんな彼が、敬語をかなぐり捨てて怒鳴どなる。
 
 
 鬼百合の花が咲き乱れる、館の庭。
 目の前には、見た目に幼い鬼姫を、がっちりと腕に抱き込んだ、仁王像のように恐ろしい姿の紫夏。
 
「桃幻……。ヤブ医者風情ふぜいが邪魔をするな!これは鬼族の未来にとって必要なこと!定められし運命なのだ!」
 
「桃幻、駄目だめじゃ。戦ってはならぬ。此奴こやつと戦えば、お主は……」
 
 鬼姫が紫夏の腕の中から、弱々しく訴える。
 
「そうだぜ。いくらあんたが素早すばやくても、あの鬼相手じゃ、ちとヤバそうだ」
「あの鬼は私たちが引き受けよう。桃幻殿にはスキを見て、鬼姫様を救出していただきたい」
 
 パープロイとジェラルドは、紫夏と戦う気満々だ。
 
「アリーシャ、ロイ。ひとまず例の連携技で行くぞ」
 
 ジェラルドの言葉に、私はハッとして水鏡を取り出す。
 
 そうか。ひとまず紫夏を失神させようという作戦なんだな。
 
 
「水鏡よ、水を湧かせよ!」
「プロミネンス・コウコウエイゴ!」
「スター……」
 
 連携プレーの仕上げに、ジェラルドが槍を突き出そうとする。だが……
 
窮奇旋風掌きゅうきせんぷうしょう!」
 
 ジェラルドの技が完成するより早く、紫夏が片腕を振り回し、叫ぶ。
 
 直後、紫夏の周りで突風が吹き荒れた。
 私たちの方には何のダメージも無かったが……後にはサウナのような熱気も何も無く、むしろ爽やかな風がそよいでいるくらいだ。
 
「……水蒸気を吹き飛ばされた。あの鬼、風属性か」
 
 ジェラルドが冷静に分析する。
 
「そうです。彼の攻撃は、手の届かぬ場所にいる相手をも、風の刃で切り裂きます。お気をつけて」
 
「……これは、傷つけずに無力化させられる相手ではなさそうだ」
 
 桃幻の説明に、ジェラルドが硬い表情で槍をかまえ直す。
 
 私の時間停止魔法でも、ちょっとした時間かせぎにしかならないだろうし……これはもう、バトルに挑む覚悟を決めるしかないのだろうか……。
 
「月黄泉様。危ないですから、後ろにお下がりください。ただし、逃げようなどとはお考えになりませぬよう。もしそうなれば、私は怒りのあまり、下働きの鬼女たちもろとも、この館を吹き飛ばしてしまうやも知れませぬ」
 
 鬼姫を腕から解放しながらも、紫夏はおどしをかけることを忘れない。
 
卑怯ひきょうな……。嫌がる姫君を無理矢理妻にしようとするのみならず、か弱き御婦人方を "人質" にしようとは……。男の風上にも置けんな」
 
 ジェラルドは本気でいきどおっているようだ。
 だが、紫夏は私たちになど見向きもせず、苛立いらだたしげに桃幻をにらみつけている。
 
「桃幻!貴様のことは前々から目障めざわりだったのだ!力も持たぬくせに、身のほどもわきまえず、月黄泉様の周りをウロチョロと……。よそ者を味方につけて私に刃向かおうという気だろうが、そうはいかぬぞ!」
 
 紫夏は自由になった両腕で、大きくくうく。桃幻がハッと顔色を変えた。
 
「来ます!皆さん、防御か回避を!」
 
窮奇風刃掌きゅうきふうじんしょう!」
 
 桃幻の警告と、紫夏のけ声は、ほぼ同時だった。
 
「アリーシャ!」
 
 風のうなる音が聞こえ、気づけば私はジェラルドに押し倒されていた。
 
「痛……っ!? な、何……っ?」
 
 わけも分からず、ただ、地に倒された衝撃に悲鳴を上げる。
 
「ジェリー!」
「ウォータードアー様!」
 
 パープロイと桃幻の切羽詰せっぱつまった叫び声が聞こえ、そこで私は事態を悟った。
 
「お兄様!私をかばって……!?」
 
 紫夏の攻撃を受けそうになった私を、ジェラルドがとっさに庇い、代わりに傷を負ったのだ。
 
「大した怪我けがではない。可愛いお前に、傷ひとつでもつけるわけにはいかないからな」
 
 ジェラルドは背中一面に細かな切り傷を負い、痛みをこらえながら微笑わらう。
 
 その瞬間、申しわけなさで胸がいっぱいになった。
 
 私、本物の妹ジェラルディンちゃんじゃないのに。"思っていたのとキャラが違う" ジェラルドを、うざがっていたくらいなのに……。
 
「お兄様……ごめんなさい」
 
「謝るな。お前のせいじゃない。お前にそんな顔をされると、こちらまで何だかすまない気持ちになってしまうだろう」
 
 その言葉に、ふいに記憶の中の声が重なった。
 
 
『謝んなよ。お前のせいじゃないだろ。お前にそんな顔されると、こっちまで何だかすまない気持ちになるんだよ』
 
 
 ……これは、いつかの夏の、創君の声だ。確か、私がまだ小学生の頃の……。
 
 創君と、二人で出掛けた夏祭り……私は途中で気分が悪くなってしまった。
 
 創君も楽しみにしていたはずなのに……充分じゅうぶんに見て回ることもできないまま、そのまま二人で家へ帰る羽目になってしまった。
 
 私の身体が弱いせいで、創君にはいつも迷惑ばかりかけている。
 
 申し訳なくて、帰り道、泣きそうになりながら謝ると、ぶっきらぼうな声で、そう言われたのだ。
 
 
 ――そうか。創君と私と二人で創ったキャラクターだから……
 
 ジェラルドの中には、創君がいるんだ。
 全然知らない人ってわけじゃ、ないんだ。
 
「ジェリー!アリーシャ!イイ雰囲気出してる場合じゃないぜ!戦いはまだ終わってないんだぜ!」
 
 パープロイの叫びに、私はハッと我に返る。
 
 そうだ。今はそれどころじゃなかった。
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