36 / 162
第2部 大帝国のヤンデレ皇子に囚われたりなんてしない!
第21章 アリーシャは皇帝と皇子を救いたい
しおりを挟む
オリジナルのシナリオで、勇者レッドと皇子クリアの共闘により倒された皇帝は、死の間際、初めて息子の顔をまともに見つめる。
そして、今気づいたかのように言うのだ。
『クリスティアーノ……お前、こんなに大きくなっていたのか……?』
『はい。貴方は母上と骨董品にばかり夢中で、少しも私のことを見てくださらなかった。その間に、もうこんなに成長していたのです』
これまでの恨みをぶつけるように言うクリアに、皇帝は寂しげに微笑みかける。
『少し、フィオに似てきたのぅ……。そうか……もうこんなに育ったのか……』
苦しい呼吸の中、皇帝は息子に最期の言葉を伝えようとする。
『お前は、私のようにはなるまいな。お前は昔から、私とは比べものにならぬほどに出来の良い息子であった。周囲から何も望まれぬ "お飾りの皇帝" の私とは違う……』
そしてクリアは初めて、父の胸の中にあった劣等感と葛藤を知ることになる。
能力も容姿も平凡で、自分に自信を持てなかったばかりに、皇妃の愛を信じられず、誰にも奪われぬよう閉じ込めてしまったこと。"形だけの皇帝" としてしか求められなかったために、どんどん政務に対する意欲を失っていったこと……。
そして、自分とはまるで違う優秀な息子に、醜いコンプレックスを抱き、避けていたこと……。
『皇帝となるべく生を享けながら、結局私は何も得ることができなかった。何も為すことができなかった。クリスティアーノ、許せとは言わぬ。だが……お前は決して、私のようになるでないぞ』
最後の最後でほんの少しだけ父親らしい顔を見せた皇帝に、クリアは自分自身さえ気づいていなかった密かな願いに気づくのだ。
『私は……貴方に私を見て欲しかった。言葉をかけてもらいたかった。普通のありふれた父子のように何気ない会話を交わし、笑い合えたら、どんなに……』
それ以上は言葉にならず、クリアは事切れた父親を抱き泣き崩れる。
この父親の遺言が、クリアを改心させ、ジェラルディンちゃんを囚われの身から解き放つこととなるのだ。
「今、感情のままにお父さんを見放してしまったら、もしかしたら叶うかも知れない夢だって、永遠に失われちゃう!可能性がゼロかゼロじゃないかは、すごく大きな違いなんだよ!」
私は必死にクリアを説得する。
あんな哀しい父子の別れは一度プレイすれば充分だ。
「このままじゃ、ゼッタイ後悔する!恨みや憎しみに囚われないで、何を一番に望んでいるのか思い出して!あなた自身も見失ってる、本当の願いに気づいて!」
私の懇願を、クリアはただじっと聞いていた。やがて、しみじみと声を出す。
「……本当に不思議な方だ。なぜ私などのために、そんなに必死になるのです?私は貴女を幽閉し、無理矢理妻にしようとしたのに……」
……それはそうなんだけど、実際あまりちゃんと囚われてなかったし、クリアの悲劇は元はと言えば私と創君のせいだしなー……。
「アリーシャ姫は恨みや憎しみに囚われるより、もっと大切なものを知っているのだ。妾とてそれは同じ。恨みを晴らすことよりも、皆が幸福になれる最善の未来を、妾は望んでおる。それはあの男のためだけではなく、お前のためでもあるのだ、クリスティアーノ」
皇妃がクリアに歩み寄り、その肩を優しく叩き、抱き締める。
クリアは目を見開いた後、おそるおそる手を伸ばし、十数年ぶりの母との抱擁を交わす。
久しぶりのその感触を味わうようにじっと目を閉じていたクリアだったが、やがて決意を秘めた眼差しで顔を上げた。
「……分かりました。共に父上を呪いから解放しましょう、母上」
皇妃は慈愛に満ちた微笑みで頷くと、唇を開いた。
母の歌声にわずかに遅れて、クリスティアーノも歌い出す。
柔らかな皇妃の声と、深みのあるクリアの声が重なり、美しいハーモニーとなって闘技場を満たす。
「綺麗……。それに、神秘的……」
ボス戦の最中だと言うのに、思わずうっとりと聴き惚れてしまう。「心が洗われるようだ」とは、きっとこんな気持ちを言うのだろう。
「ヴゥヴヴゥ…………ッ?」
皇帝の動きが再び止まった。
その身を覆うどす黒い瘴気が、銀のラメをまぶしたかのようにチラチラと輝きだす。最初は控えめだったその輝きは、徐々に明るく大きくなっていった。
「剣に宿りし荒ぶる御霊よ、鎮まれ。眠りに就くのだ!」
歌の合間に皇妃が厳しく告げると、輝きは一層増し、皇帝の身体を光で包み込んだ。
断末魔のような "声" が、皇帝の口からではなく、その手に握った剣から響く。それは二人の歌に抵抗するようにしばらく続いたが、やがて力尽きたように止んでいった。
目が眩むほどにまぶしかった光も薄れ、皇帝の輪郭がハッキリ見えてくる。
さっきまであった中ボスらしい "強敵感" はすっかり消え去り、すっかり元の地味でヒョロリとしたベージュおじさんに戻っている。
だが、激しい戦闘の名残りで、衣服にはところどころ赤い染みが広がり、顔には血の気が無く、その目は固く閉じられている。
皇帝はそのまま糸の切れた操り人形のようにその場にくずおれた。
その手から、カランと音を立てて呪いの剣が零れ落ちた。
そして、今気づいたかのように言うのだ。
『クリスティアーノ……お前、こんなに大きくなっていたのか……?』
『はい。貴方は母上と骨董品にばかり夢中で、少しも私のことを見てくださらなかった。その間に、もうこんなに成長していたのです』
これまでの恨みをぶつけるように言うクリアに、皇帝は寂しげに微笑みかける。
『少し、フィオに似てきたのぅ……。そうか……もうこんなに育ったのか……』
苦しい呼吸の中、皇帝は息子に最期の言葉を伝えようとする。
『お前は、私のようにはなるまいな。お前は昔から、私とは比べものにならぬほどに出来の良い息子であった。周囲から何も望まれぬ "お飾りの皇帝" の私とは違う……』
そしてクリアは初めて、父の胸の中にあった劣等感と葛藤を知ることになる。
能力も容姿も平凡で、自分に自信を持てなかったばかりに、皇妃の愛を信じられず、誰にも奪われぬよう閉じ込めてしまったこと。"形だけの皇帝" としてしか求められなかったために、どんどん政務に対する意欲を失っていったこと……。
そして、自分とはまるで違う優秀な息子に、醜いコンプレックスを抱き、避けていたこと……。
『皇帝となるべく生を享けながら、結局私は何も得ることができなかった。何も為すことができなかった。クリスティアーノ、許せとは言わぬ。だが……お前は決して、私のようになるでないぞ』
最後の最後でほんの少しだけ父親らしい顔を見せた皇帝に、クリアは自分自身さえ気づいていなかった密かな願いに気づくのだ。
『私は……貴方に私を見て欲しかった。言葉をかけてもらいたかった。普通のありふれた父子のように何気ない会話を交わし、笑い合えたら、どんなに……』
それ以上は言葉にならず、クリアは事切れた父親を抱き泣き崩れる。
この父親の遺言が、クリアを改心させ、ジェラルディンちゃんを囚われの身から解き放つこととなるのだ。
「今、感情のままにお父さんを見放してしまったら、もしかしたら叶うかも知れない夢だって、永遠に失われちゃう!可能性がゼロかゼロじゃないかは、すごく大きな違いなんだよ!」
私は必死にクリアを説得する。
あんな哀しい父子の別れは一度プレイすれば充分だ。
「このままじゃ、ゼッタイ後悔する!恨みや憎しみに囚われないで、何を一番に望んでいるのか思い出して!あなた自身も見失ってる、本当の願いに気づいて!」
私の懇願を、クリアはただじっと聞いていた。やがて、しみじみと声を出す。
「……本当に不思議な方だ。なぜ私などのために、そんなに必死になるのです?私は貴女を幽閉し、無理矢理妻にしようとしたのに……」
……それはそうなんだけど、実際あまりちゃんと囚われてなかったし、クリアの悲劇は元はと言えば私と創君のせいだしなー……。
「アリーシャ姫は恨みや憎しみに囚われるより、もっと大切なものを知っているのだ。妾とてそれは同じ。恨みを晴らすことよりも、皆が幸福になれる最善の未来を、妾は望んでおる。それはあの男のためだけではなく、お前のためでもあるのだ、クリスティアーノ」
皇妃がクリアに歩み寄り、その肩を優しく叩き、抱き締める。
クリアは目を見開いた後、おそるおそる手を伸ばし、十数年ぶりの母との抱擁を交わす。
久しぶりのその感触を味わうようにじっと目を閉じていたクリアだったが、やがて決意を秘めた眼差しで顔を上げた。
「……分かりました。共に父上を呪いから解放しましょう、母上」
皇妃は慈愛に満ちた微笑みで頷くと、唇を開いた。
母の歌声にわずかに遅れて、クリスティアーノも歌い出す。
柔らかな皇妃の声と、深みのあるクリアの声が重なり、美しいハーモニーとなって闘技場を満たす。
「綺麗……。それに、神秘的……」
ボス戦の最中だと言うのに、思わずうっとりと聴き惚れてしまう。「心が洗われるようだ」とは、きっとこんな気持ちを言うのだろう。
「ヴゥヴヴゥ…………ッ?」
皇帝の動きが再び止まった。
その身を覆うどす黒い瘴気が、銀のラメをまぶしたかのようにチラチラと輝きだす。最初は控えめだったその輝きは、徐々に明るく大きくなっていった。
「剣に宿りし荒ぶる御霊よ、鎮まれ。眠りに就くのだ!」
歌の合間に皇妃が厳しく告げると、輝きは一層増し、皇帝の身体を光で包み込んだ。
断末魔のような "声" が、皇帝の口からではなく、その手に握った剣から響く。それは二人の歌に抵抗するようにしばらく続いたが、やがて力尽きたように止んでいった。
目が眩むほどにまぶしかった光も薄れ、皇帝の輪郭がハッキリ見えてくる。
さっきまであった中ボスらしい "強敵感" はすっかり消え去り、すっかり元の地味でヒョロリとしたベージュおじさんに戻っている。
だが、激しい戦闘の名残りで、衣服にはところどころ赤い染みが広がり、顔には血の気が無く、その目は固く閉じられている。
皇帝はそのまま糸の切れた操り人形のようにその場にくずおれた。
その手から、カランと音を立てて呪いの剣が零れ落ちた。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
【完結】 元魔王な兄と勇者な妹 (多視点オムニバス短編)
津籠睦月
ファンタジー
<あらすじ>
世界を救った元勇者を父、元賢者を母として育った少年は、魔法のコントロールがド下手な「ちょっと残念な子」と見なされながらも、最愛の妹とともに平穏な日々を送っていた。
しかしある日、魔王の片腕を名乗るコウモリが現れ、真実を告げる。
勇者たちは魔王を倒してはおらず、禁断の魔法で赤ん坊に戻しただけなのだと。そして彼こそが、その魔王なのだと…。
<小説の仕様>
ひとつのファンタジー世界を、1話ごとに、別々のキャラの視点で語る一人称オムニバスです(プロローグ(0.)のみ三人称)。
短編のため、大がかりな結末はありません。あるのは伏線回収のみ。
R15は、(直接表現や詳細な描写はありませんが)そういうシーンがあるため(←父母世代の話のみ)。
全体的に「ほのぼの(?)」ですが(ハードな展開はありません)、「誰の視点か」によりシリアス色が濃かったりコメディ色が濃かったり、雰囲気がだいぶ違います(父母世代は基本シリアス、子ども世代&猫はコメディ色強め)。
プロローグ含め全6話で完結です。
各話タイトルで誰の視点なのかを表しています。ラインナップは以下の通りです。
0.そして勇者は父になる(シリアス)
1.元魔王な兄(コメディ寄り)
2.元勇者な父(シリアス寄り)
3.元賢者な母(シリアス…?)
4.元魔王の片腕な飼い猫(コメディ寄り)
5.勇者な妹(兄への愛のみ)
異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ドラゴンなのに飛べません!〜しかし他のドラゴンの500倍の強さ♪規格外ですが、愛されてます♪〜
藤*鳳
ファンタジー
人間としての寿命を終えて、生まれ変わった先が...。
なんと異世界で、しかもドラゴンの子供だった。
しかしドラゴンの中でも小柄で、翼も小さいため空を飛ぶことができない。
しかも断片的にだが、前世の記憶もあったのだ。
人としての人生を終えて、次はドラゴンの子供として生まれた主人公。
色んなハンデを持ちつつも、今度はどんな人生を送る事ができるのでしょうか?
異世界召喚された回復術士のおっさんは勇者パーティから追い出されたので子どもの姿で旅をするそうです
かものはし
ファンタジー
この力は危険だからあまり使わないようにしよう――。
そんな風に考えていたら役立たずのポンコツ扱いされて勇者パーティから追い出された保井武・32歳。
とりあえず腹が減ったので近くの町にいくことにしたがあの勇者パーティにいた自分の顔は割れてたりする?
パーティから追い出されたなんて噂されると恥ずかしいし……。そうだ別人になろう。
そんなこんなで始まるキュートな少年の姿をしたおっさんの冒険譚。
目指すは復讐? スローライフ? ……それは誰にも分かりません。
とにかく書きたいことを思いつきで進めるちょっとえっちな珍道中、はじめました。
【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する
ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。
きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。
私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。
この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない?
私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?!
映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。
設定はゆるいです
とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~
こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。
召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。
美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。
そして美少女を懐柔しようとするが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる