上 下
50 / 59
終章・女神

愛を選んだ。

しおりを挟む
 玄関から家族団欒の居間へ……入る前にひと呼吸。
意外にも緊張しているらしい自分自身に驚きながら、そっと扉を開く。軋む開閉音。
子供のときよりも、ガタついてきた。油を引いたら少しはマシになるだろうか。

「やあ、ニバリスさん」

 窓から差し込む光によって輝く明るい髪色と、特徴的な青い瞳。
今日もまた紳士の装いは素晴らしくオーダーメイド品。一級品の宝石が控えめに袖口や首元につけられ、椅子から立ち上がると香水の匂いがふわりと漂う。容貌の優れた顔立ちは優しく私に微笑み、なおのこと私の緊張を高めてくれた。

「ようこそ、ヴィクリス様」
「少し、早めに来てしまいましたが……」

 苦笑ぎみではあったが、まるで答えがわかっているかのような視線。
捉えどころのない彼が、ここまで私を追い詰めようとするとは、と……思ったし、高鳴る鼓動は間違いなく……。
両手を胸の前に重ね、確かめた。
(私は、希望している)
 この居間には私たち以外、誰もいない。
供されたらしいティーカップからの湯気がくねくねと、揺らいでいるぐらいで。

「どうかお返事を欲しいのです。
 あなたの口から」
「……ええ。そうですね……。
 誕生祭も近いですし……」

と、ここで私は目を伏せる。ここ最近、巷を賑わせている記事内容を思い出したのだ。
他国やだダフォーディル魔法立国国内から、求婚要請がある、と。
(三面記事の砂漠の国で発掘されたという秘宝も気になったけれど)
ただでさえヴィクリス様は目を引く美男子なのだ。
成果も上げられているし、私を望んだところで……、と考えると痛いのはどこなのか。
もう、分かっている。
気持ちを切り替え、両手を祈るようにして強く組み、私はヴィクリス様に挑んだ。
これだけお膳立てされてしまえば、もうどうしようもない。

「ヴィクリス様、愛しています。
 遥か昔から……、
 きっと一目見たときから。
 どんなに夜が明けようとも。
 私は、あなたのことを忘れることはできませんでした。
 あなたに想いを告げる勇気がなかったのは、
 ……致し方のない私の、矮小なる身ゆえなのです。
 私が、女神様のために毎朝、願ったのは何だったと思います?
 ……あなたの、健康と繁栄と。
 幸福を、願っていたのです。
 口伝の言葉に想いを乗せ、毎日修道院で。
 たとえ私という存在をご存知なくても……、
 他の誰かと家庭を築いていたとしても、
 私は……あなたを愛していた」
「ニバリス嬢……」

貴人ならではの言い回し。
貴族でもない私にお嬢様の嬢は不適切だと思う。
時折、権力者特有の使い方をなさるからこそ、稀に出てくる彼の低く、甘やかな声で私を呼ぶのは決して私の名前ではない。ひとえに、私が許していないからだ。
ヴィクリス様はゆっくりと私に近づき、片足をついて腰を落とし……懇願するかのように私に手を差し伸べた。

「どうか、俺に愛を。
 あなたに愛を。
 俺は後悔し続けた人生でした。
 絶望ばかりではいられないと、奮起して空回ったり……、
 無茶をして、砂漠を彷徨ったりして怒られたりしました。
 この人生は、俺にとって与えられた最後の機会なんです。
 どうか、どうか……、
 公爵邸の花々よりも女々しい俺の、
 この愛に応えて欲しい。
 一生……、愛が欲しい」

私は、彼の手をとった。
骨張った苦労してきた手を。
そして、彼の男の手の平を天井へと向け、せっせと時間をかけて完成した手巾を。

「受け取ってください」

恐々と、しかしそこそこの出来の家紋をご本人にお見せした。
ヴィクリス様の青いお目目がまん丸になる。
王侯貴族ではないので、指輪は渡せない。
国によって作法は異なるかもしれないが、未婚の女性が未婚の男性に物を贈るのはどの国にとっても男女間に感情があるからこそ。
 ふと気付けば、抱きしめられていた。

「ヴィクリス様……」

思いのほか厚みのある彼の胸板に顔面が強く押し込まれ、背筋に回る腕の力強さにもたついていると。
さらに私を羽交締めにし。しばし無言で、私の肩にヴィクリス様は頭を載せたものらしい。
彼の柔らかな髪が、私の頬を掠める。
おずおずと、私は彼のたくましくなった背に手を伸ばす。
(ああ……体中が、熱い……)
きっとそれはヴィクリス様に伝わっているだろうし、彼の体もまた、燃えるように熱かった。

「…………結婚、してくれる?」

耳朶に囁かれる。
少し、鼻声だったけれど。

「はい……」

私もまた、鼻声だった。
見上げると間近の彼もまた私と目が合い……ゆっくりと口づけを重ね合わせた。
それはあまりにも甘い、ファーストキスだった。

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄まで死んでいます。

豆狸
恋愛
婚約を解消したので生き返ってもいいのでしょうか?

ゲームのシナリオライターは悪役令嬢になりましたので、シナリオを書き換えようと思います

暖夢 由
恋愛
『婚約式、本編では語られないけどここから第1王子と公爵令嬢の話しが始まるのよね』 頭の中にそんな声が響いた。 そして、色とりどりの絵が頭の中を駆け巡っていった。 次に気が付いたのはベットの上だった。 私は日本でゲームのシナリオライターをしていた。 気付いたここは自分で書いたゲームの中で私は悪役令嬢!?? それならシナリオを書き換えさせていただきます

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

夜会の夜の赤い夢

豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの? 涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

処理中です...