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終章・女神
選択肢ってあるの?
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「い、いやいやいや」
とんでもない雲の上からの申し出に、私は全力で断った。
庶民のニバリス家が雁首揃えて王家の方のお手を煩わすわけにはいかない。
「せっかくのお誘いですが、
ヴィクリス様にご迷惑をおかけするわけには」
「大丈夫ですよ。
我が家は多少、昔の威光があるぐらいで、
一般的な家とさほど変わりありません」
王子様の控えめすぎる謙遜に、私は困惑しながらもニバリス家では太刀打ちでない家柄であることを再三にわたってご説明あそばし、なんとかことなきを得た。物理的に物申せば服や物の持ち合わせがない。いくら世帯年収が増えようとも、そういった場面への関係がないので、どちらにしても高貴な方へのお招きに対応しきれないのが実情である。
そうですか、などと、何故かとてつもなく残念そうな王子様。なんとかご理解いただけたようだ。
「ではまた次の機会に、ニバリス家の皆様をご招待いたします」
「はは……」
諦める気はないらしい。
妹は喜びそうだが、兄と両親は渋い顔をしてそうだ。主にお財布事情的な意味で。
「ただ、それだけでは俺の気持ちがおさまらないので、
ニバリスさん。貴方だけでも」
そう言って、渡されたものは……手紙?
いや、召喚状……な訳ないか。
いかにも高品質な白封筒の中身を確認すると、そこには、とある入場券が1枚入っていた。
題目は……、
「……悪役令嬢?」
「巷では流行っているらしいです。
まあ……アネモネス王家を揶揄してる部分はあるようですが」
視線を戻すと、苦笑気味のヴィクリス様がいる。
「昔から……、こういった出し物はありましたが、
最近は派手な演出で観客を飽きさせないのだとか」
「飽きさせ……?
まるでヴィクリス様は直接ご覧になっていないみたいな口振りですね」
「……以前はよく、話題のためにとか、
無理をして出かけていました。
……今となっては実に意味のない時間の消費でしかありませんでしたが、
とにかく流行りを追うことには熱心でしたので」
へえ、と頷いたが、私の頭の中では颯爽と登場する第三王子の腕に、お胸の大きな舞台女優が絡み……、いや絶世の美女の歌姫だったか。今も女だけど、過去生の女であった頃を思い起こしていると、ヴィクリス様は気まずそうに頬をかいている。
(ふぅーん……)
悪役令嬢のお話、ってことは婚約破棄か。
持ち直したが、かつてのアネモネス王家は間違いなくこの運命に導かれるかのように、経済破綻へと傾いていたからな。その遠因のひとつがこれ。
(確か……前世と変わりがなければ、
制服でも大丈夫だったはず)
学生の便利な点だ。
女王の国も教育に熱心だったが、この国もそういったところを学んでいて進歩している。
「……もし、ドレスなどでなく、学生服のままで
向かうことになりますが、それで良ければ」
「もちろん。
ドレスコードは学生なら学生のままでも可能です。
時間帯もそう遅くはならないし、
お迎えに行き、劇が終われば、
きちんとご自宅まで貴方をお送りすることを約束します。
ですから、」
言いながら、ヴィクリス様にまたもや片手を、今度は両手でガッチリとられて力説される。
「一緒に行きませんか?」
口が開閉するも、何を伝えてどれを答えれば良いのだろう……これ以上の断り文句は出てこないし。
のけぞりそうになりながらも、押しの強い王子様にはさすがに負けた。
両手から伝わる熱量が半端ない。
(さすが王族……)
これ以上は我儘言えないだろう。
押し通されてしまった。
「わかりました」
応えると、再びヴィクリス様は私の手の甲に口づけを施し。
「あ」
感触が残っている片手が宙ぶらりん。
私の動揺なんて、なんのその。
「良かった」
にっこり、とした笑みを私に向けた。
青い眼差しが、柔らかだ。
とんでもない雲の上からの申し出に、私は全力で断った。
庶民のニバリス家が雁首揃えて王家の方のお手を煩わすわけにはいかない。
「せっかくのお誘いですが、
ヴィクリス様にご迷惑をおかけするわけには」
「大丈夫ですよ。
我が家は多少、昔の威光があるぐらいで、
一般的な家とさほど変わりありません」
王子様の控えめすぎる謙遜に、私は困惑しながらもニバリス家では太刀打ちでない家柄であることを再三にわたってご説明あそばし、なんとかことなきを得た。物理的に物申せば服や物の持ち合わせがない。いくら世帯年収が増えようとも、そういった場面への関係がないので、どちらにしても高貴な方へのお招きに対応しきれないのが実情である。
そうですか、などと、何故かとてつもなく残念そうな王子様。なんとかご理解いただけたようだ。
「ではまた次の機会に、ニバリス家の皆様をご招待いたします」
「はは……」
諦める気はないらしい。
妹は喜びそうだが、兄と両親は渋い顔をしてそうだ。主にお財布事情的な意味で。
「ただ、それだけでは俺の気持ちがおさまらないので、
ニバリスさん。貴方だけでも」
そう言って、渡されたものは……手紙?
いや、召喚状……な訳ないか。
いかにも高品質な白封筒の中身を確認すると、そこには、とある入場券が1枚入っていた。
題目は……、
「……悪役令嬢?」
「巷では流行っているらしいです。
まあ……アネモネス王家を揶揄してる部分はあるようですが」
視線を戻すと、苦笑気味のヴィクリス様がいる。
「昔から……、こういった出し物はありましたが、
最近は派手な演出で観客を飽きさせないのだとか」
「飽きさせ……?
まるでヴィクリス様は直接ご覧になっていないみたいな口振りですね」
「……以前はよく、話題のためにとか、
無理をして出かけていました。
……今となっては実に意味のない時間の消費でしかありませんでしたが、
とにかく流行りを追うことには熱心でしたので」
へえ、と頷いたが、私の頭の中では颯爽と登場する第三王子の腕に、お胸の大きな舞台女優が絡み……、いや絶世の美女の歌姫だったか。今も女だけど、過去生の女であった頃を思い起こしていると、ヴィクリス様は気まずそうに頬をかいている。
(ふぅーん……)
悪役令嬢のお話、ってことは婚約破棄か。
持ち直したが、かつてのアネモネス王家は間違いなくこの運命に導かれるかのように、経済破綻へと傾いていたからな。その遠因のひとつがこれ。
(確か……前世と変わりがなければ、
制服でも大丈夫だったはず)
学生の便利な点だ。
女王の国も教育に熱心だったが、この国もそういったところを学んでいて進歩している。
「……もし、ドレスなどでなく、学生服のままで
向かうことになりますが、それで良ければ」
「もちろん。
ドレスコードは学生なら学生のままでも可能です。
時間帯もそう遅くはならないし、
お迎えに行き、劇が終われば、
きちんとご自宅まで貴方をお送りすることを約束します。
ですから、」
言いながら、ヴィクリス様にまたもや片手を、今度は両手でガッチリとられて力説される。
「一緒に行きませんか?」
口が開閉するも、何を伝えてどれを答えれば良いのだろう……これ以上の断り文句は出てこないし。
のけぞりそうになりながらも、押しの強い王子様にはさすがに負けた。
両手から伝わる熱量が半端ない。
(さすが王族……)
これ以上は我儘言えないだろう。
押し通されてしまった。
「わかりました」
応えると、再びヴィクリス様は私の手の甲に口づけを施し。
「あ」
感触が残っている片手が宙ぶらりん。
私の動揺なんて、なんのその。
「良かった」
にっこり、とした笑みを私に向けた。
青い眼差しが、柔らかだ。
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