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終章・女神

墓守王子のススメ

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 木陰にひっそりと置かれていた馬車は、なるほど、外見は確かにお忍びっぽく普通だった。
良くいえば一般的な。もっと良く言えば中はふかふかで室温も快適に座り心地の良さを提供してくれる内部は、間違いなく王族仕様である。乗ろうとするときも、「お手をどうぞ」と言わんばかりに紳士的に誘導された。ああ、生前の私はここまで女性に親切に接しただろうか? 我ながら自信がない……。それぐらい、ヴィクリス様の対応は年頃の男性にしてはあまりにも完璧だった。

(修道院が……)

もう少し走れば、私がかつていた場所を通り過ぎるはず。
窓枠でじっとしていると、乗合馬車が通り過ぎていき、人が集まる人気観光地がお目見えした。
両隣には有名な商会界隈である。

(想像以上だ……)

かつては小川が流れ、良き野草採取の原っぱがすっかり建物に埋め尽くされていた。
わかってはいたことだが、なんとも感慨深い。
道路はきちんと整備され、私の墓までも丁寧に、おまけかもしれないが歩きやすく石畳にされていた。
夕暮れに沈む、修道院は改築されたのか一際大きくなっている。
それでも人の波は途切れず、並んでいる。

「ああ、修道院ですね。
 ここのベッドは硬くて眠るのが大変でした」
「え、宿泊されたことが?」
「はい。読書をするついでにね」

くすくすと笑うヴィクリス様に、まあ、そうですね、と私は頷いた。
私だって初めはベッドのあまりの固さに慣れるのに苦労したものだ。一応は宿屋の娘ではあったのだ、寝台にはうるさい。

(とはいっても、私は私で綿を詰めて、
 なんとかしたけど)

努力をし、修道女で居続けた。

「夜は王城よりも閑静としていて。
 ちょっとした物音もよく響きましたね……」

差し込む夕暮れの光は、つんとした鼻筋や滑らかな頬を浮き上がらせて影を作った。

「女神へ祈りを捧げる歌も拝聴しました。
 毎日、行われてるとか」
「ええ」

(そうだ、懐かしい)

私は覚えるのが大変だったっけ。
やけに長い口伝だったから。
朝早く行い、朝食。あとは各自、担当する作業に移るだけ。時々話し合いもするけど。
昔は教育を施す子供たちもいたから、食事ひとつするのに大変だった。また満足いくほどの食事量を得るために行なった当時の苦労は、なまじ商いの道を知っているからこそ、無から有を生み出すのにどれだけ大変か身に沁みる。駆け込み女の手助けだって切り詰めて施すのが当たり前だったし、修道院の存在意義でもあった。
たくさんの出会いもあった。
仲良く喋ったり、多少はあったイザコザ。
そういった人たちの顔が浮かんでは景色と共に過ぎ去っていく。

「しかし、本当によろしいのですか?
 今からひき返し、修道院へ向かってもいいのですよ。
 この時間帯なら、多少は楽に」
「いえ、おかまいなく」

もはやあの頃の素朴な、ただの石が積まれた、風が吹けば寒いあの石造りの修道院は名ばかりですっかり姿は変わり果ててしまっていたのだから。私が今更行ったところで、もう何も残ってはいまい。
そう、私の墓以外は。

「……そうですね。
 あの修道院には、王家が使っていた部屋しか目立つものはありませんから、
 特に面白味はないでしょう」
「面白味……」
「まさしく寝るための場所でしたからね」

ニコニコと、ヴィクリス様は語る。

「本当は研究施設だって開設したかったのですが、
 資料を集めて調べることで手一杯でしたから」
「え?」
「ニバリスさん。
 君は、第三王子がなぜ、あんなに本を積んでいたのか、
 ご存じですか?」
「いいえ」

首を横に振ると、さもありなん、と貴人らしい振る舞いで鷹揚に頷いた。

「……これは、王家に伝わる話なんですが」

ヒエッ、と思ったが口には出さずに待ち構える。
ヴィクリス様の唇の鮮明さがやけに意識がとらわれる。

「彼の方は、人生もすでに折り返し地点を過ぎていましたから。
 分かりきっていたことなので、
 どうにかしたかったのです」
「……どうにか?」
「はい、どうにか」

にこり、と微笑む王家により詳細が明かされた。

「どうにかして、変えたかったのです。
 もしかしたら、気持ちも変えたかったのかもしれません。
 けれど、どうしても焦がれてしまうから……、
 仕方のなかったことなんでしょう」

第三王子は、女神に関する話ならば、なんでもかき集めた。
それこそ金に糸目をつけず、なんでも。世界中から買い集めたのです。
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