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序章・運命の世界
旅立ち
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めでたき日は、突き抜けるような青空だった。
「あーすごい出店の数!
とんでもない人の数!
人が黒だかりの山盛り!動けなくなりそう!
場所取りよろしく!父さん!」
「はいよ母さん」
「これお弁当よ、しっかりね、娘よ!」
「お母さん、遠足じゃないんだから……」
弁当まで持たされて私と父は、第三王子の出立式を終えるのを待ち構えていた。
浮かれているのは何もうちばかりではない、アネモネスの民すべてが浮き足立っている。
とんだお祭り騒ぎ。母も後から来るという。
家から出てすぐ道幅いっぱいに人だかりの山、山、山。恐ろしいほどの人出だ。
率先して前を進む父は、ふん、と気合をいれて黒山の人だかりを分け行く。
下見をするほどの気持ちの入れようだ、私もついていく。あまり、気が進まなかったけれど。
ちらつくのは、あの運命の人の真っ直ぐな顔立ち。
(最後、かもしれない)
そう思ったからついていった。
でも。
「どうした?」
「……ちょっとそこで、用事が」
「便所か?
まったく、事前に済ませてこいとあれほど」
なかなか良い場所取りをできたと思う。
屋根から見下ろせば、すでに行進が始まっている。たくさんの旗がたなびき、声援が渦を巻くようにして響く。
なんとも喜ばしい日だ、アネモネス国にとって。国民にとって。
ただ、私だけがおかしいのが別にして。
少しずつ時間が過ぎるにつれて、体が震えていくのだ。
風邪をひいているわけでもないのに、おかしなことだ。
遅れてやってきた母にも用事があると言付け、私はその場から立ち去った。足早に。
楽しんでいる人々の中を縫って進む。
はあ、はあ、はあ。
息が、苦しい。
景色が次第に静まりかえっていく。
ようやく走り抜けた先は、ただの教会だった。
愛と運命の女神の。
よくある街角の教会だ。
がらん、とした佇まいにどこかほっとして。
隙間が空いている。私は立ち入った。
アネモネス国民の憩いの場だから誰でも入って構わない。
扉をきっちり閉める。
「……ふう」
少し、疲れた。
私は背もたれのある木造りの長椅子に、そっと腰をおろした。
途端、わあ、と。
外から熱波のように跳ね上がる声がした。
声援のような、讃えるような、声。
(勝手なものだ)
私は心底、そう思った。
期待したかった。
でも。
私には、無理だった。だめだった。そういう運命だったのだ。
花火が外で鳴っている。
祝福の嵐だ。
私は、こうして冷んやりとした教会の中で、じっと薄暗い天井を見上げている。
何もない、ただの静寂な空気。ほこりが舞い、光を散らしている。
「ああ……」
私の運命が、遠くなっていく。
歓声が大きくなっていき、もっとも近くなった、と思ったら少しずつ遠くなっていった。
私の声は、なんとも潰れたような生き物の苦しい声であった。
「運命なんて……」
どうして、私だけがこんな寂しい思いをしなければならないのだろう。
現実を直視できない。
駄目だ、どう考えたってあの、勢いもあって軍事力が強まっている隣国の、それも女王の婚約者に私は太刀打ちできなかった。
かの華やかな列に飛び込めば、きっとあの王子様は私を見つけてくださることだろう。
そうして、甘やかな世界になる。
ただ、奇跡が起きたとしても。
私と彼の間には、何も残らず、下手したらこの周りすべてが焼け野原になってしまうのかもしれなかった。
それはある程度、年齢を重ねた成人であればわかりきった世界情勢だった。
記事にもしたためられている。
今回の婚姻により、我が国アネモネスと隣国は軍事協定を結ぶ、と。
私の目を通せばどこまでも輝いて見える王子様。
彼は、運命を見ることもなく、愛を囁くのだろう。
愛の女神は婚姻により、運命を見極める力を消すのだ。
私だけが知っている運命。愛おしい方。
一度も私を見てくれなかった、お方。見つけてくれなかった。
第三王子を、手放す愛を。失う愛を。
奇跡はきっと起こさない。いや、起こさせない。
「う……」
ぽろりと一雫が落ちると、もう片方の目からもつらつらと流れていく。
私は泣いた。
どこまでも、泣いた。
時間が許す限り、号泣した。
運命の相手の幸福を祈りたかった。
私は愛したかったし、愛されたかった。
「う、あ、ううぅ、
アンデリック、様ぁ……」
なんてみっともない顔なんだろう、華やかでもない、普通の顔だ。庶民の女だ。
鼻水たらして、情けない女。
声も枯れる。可愛くない豚声。
ああ、これじゃいつまでたっても水汲み女だ。
嗚呼、助けて。
これじゃ、このままじゃ……ああ……、いいのだ。これで。
これで、いい。
絵本のように、教本のように……。
運命と愛の女神の教えは、子供の頃、教会で学ぶ。
女神様は、こうしてにっこりと笑う。
キラキラとした目で、子供たちは運命の相手を尊ぶ。
ああ、でも。
噛み締める。
私は、もう、愛せない。
「あーすごい出店の数!
とんでもない人の数!
人が黒だかりの山盛り!動けなくなりそう!
場所取りよろしく!父さん!」
「はいよ母さん」
「これお弁当よ、しっかりね、娘よ!」
「お母さん、遠足じゃないんだから……」
弁当まで持たされて私と父は、第三王子の出立式を終えるのを待ち構えていた。
浮かれているのは何もうちばかりではない、アネモネスの民すべてが浮き足立っている。
とんだお祭り騒ぎ。母も後から来るという。
家から出てすぐ道幅いっぱいに人だかりの山、山、山。恐ろしいほどの人出だ。
率先して前を進む父は、ふん、と気合をいれて黒山の人だかりを分け行く。
下見をするほどの気持ちの入れようだ、私もついていく。あまり、気が進まなかったけれど。
ちらつくのは、あの運命の人の真っ直ぐな顔立ち。
(最後、かもしれない)
そう思ったからついていった。
でも。
「どうした?」
「……ちょっとそこで、用事が」
「便所か?
まったく、事前に済ませてこいとあれほど」
なかなか良い場所取りをできたと思う。
屋根から見下ろせば、すでに行進が始まっている。たくさんの旗がたなびき、声援が渦を巻くようにして響く。
なんとも喜ばしい日だ、アネモネス国にとって。国民にとって。
ただ、私だけがおかしいのが別にして。
少しずつ時間が過ぎるにつれて、体が震えていくのだ。
風邪をひいているわけでもないのに、おかしなことだ。
遅れてやってきた母にも用事があると言付け、私はその場から立ち去った。足早に。
楽しんでいる人々の中を縫って進む。
はあ、はあ、はあ。
息が、苦しい。
景色が次第に静まりかえっていく。
ようやく走り抜けた先は、ただの教会だった。
愛と運命の女神の。
よくある街角の教会だ。
がらん、とした佇まいにどこかほっとして。
隙間が空いている。私は立ち入った。
アネモネス国民の憩いの場だから誰でも入って構わない。
扉をきっちり閉める。
「……ふう」
少し、疲れた。
私は背もたれのある木造りの長椅子に、そっと腰をおろした。
途端、わあ、と。
外から熱波のように跳ね上がる声がした。
声援のような、讃えるような、声。
(勝手なものだ)
私は心底、そう思った。
期待したかった。
でも。
私には、無理だった。だめだった。そういう運命だったのだ。
花火が外で鳴っている。
祝福の嵐だ。
私は、こうして冷んやりとした教会の中で、じっと薄暗い天井を見上げている。
何もない、ただの静寂な空気。ほこりが舞い、光を散らしている。
「ああ……」
私の運命が、遠くなっていく。
歓声が大きくなっていき、もっとも近くなった、と思ったら少しずつ遠くなっていった。
私の声は、なんとも潰れたような生き物の苦しい声であった。
「運命なんて……」
どうして、私だけがこんな寂しい思いをしなければならないのだろう。
現実を直視できない。
駄目だ、どう考えたってあの、勢いもあって軍事力が強まっている隣国の、それも女王の婚約者に私は太刀打ちできなかった。
かの華やかな列に飛び込めば、きっとあの王子様は私を見つけてくださることだろう。
そうして、甘やかな世界になる。
ただ、奇跡が起きたとしても。
私と彼の間には、何も残らず、下手したらこの周りすべてが焼け野原になってしまうのかもしれなかった。
それはある程度、年齢を重ねた成人であればわかりきった世界情勢だった。
記事にもしたためられている。
今回の婚姻により、我が国アネモネスと隣国は軍事協定を結ぶ、と。
私の目を通せばどこまでも輝いて見える王子様。
彼は、運命を見ることもなく、愛を囁くのだろう。
愛の女神は婚姻により、運命を見極める力を消すのだ。
私だけが知っている運命。愛おしい方。
一度も私を見てくれなかった、お方。見つけてくれなかった。
第三王子を、手放す愛を。失う愛を。
奇跡はきっと起こさない。いや、起こさせない。
「う……」
ぽろりと一雫が落ちると、もう片方の目からもつらつらと流れていく。
私は泣いた。
どこまでも、泣いた。
時間が許す限り、号泣した。
運命の相手の幸福を祈りたかった。
私は愛したかったし、愛されたかった。
「う、あ、ううぅ、
アンデリック、様ぁ……」
なんてみっともない顔なんだろう、華やかでもない、普通の顔だ。庶民の女だ。
鼻水たらして、情けない女。
声も枯れる。可愛くない豚声。
ああ、これじゃいつまでたっても水汲み女だ。
嗚呼、助けて。
これじゃ、このままじゃ……ああ……、いいのだ。これで。
これで、いい。
絵本のように、教本のように……。
運命と愛の女神の教えは、子供の頃、教会で学ぶ。
女神様は、こうしてにっこりと笑う。
キラキラとした目で、子供たちは運命の相手を尊ぶ。
ああ、でも。
噛み締める。
私は、もう、愛せない。
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