上 下
49 / 71
竜王の系譜

竜王の系譜<孫とひ孫>

しおりを挟む
 その話を聞いていきり立ったのは、竜王の系譜たる竜であった。

 「なんと! あの可愛(かわゆ)い、可愛(かわゆ)いひ孫が!!」

 普段、微動だにしない岩のごとき御仁ではあるが、こと、ひ孫の話になると話は違う。ふしゅーと熱風のごとき鼻息が深淵の洞穴から地上へ、蒸気となってあちこちの穴ぼこから吹き上がる。近場で作業をしていたコボルトもどきたちが、うきゃー、と叫びながら逃げ惑った。

 「竜王様ぁ、少し抑えてくだせぇ」

 配下なる者たちが慌てて駆け寄り、頭部を覆っていたほっかむりをとる。
その露わになった顔立ちは皆整っていて、特に耳が長い。人間たちは彼ら黒い肌を持つ者たちをダークエルフ、と呼んだ。端正な顔立ちを持つ彼らを人間どもは奴隷として酷い目にあわせた過去があったものだが、もはや遠い出来事。凄惨な過去は過去とした現代の彼らは畑作に精を出し、やけに自発的な人間奴隷たちに負けてたまるか! などと日夜農業に勤しんでいた。黒耳長は森に引っ込む白い耳長どもと違うのだ!! というのがポリシーらしく、数が少なくなって悪戯し甲斐もなくなった人間なんて放っておいて黙々と草取りをし、ご隠居古竜に健康野菜の捧げものをしつつの健康的な日常を送っていた。

 そんな黒耳長たちが崇めている竜が潜む洞穴から異変を感じ、野良仕事をしている最中であったがばかりにクワや薪を抱えたまま黒耳たちは慌ててやって来たわけである。穴の奥へ。

 「むむむむ、何たることだ、おい、黒耳たちよ」
 「へえ」
 「我の、可愛(かわ)ゆすぎるひ孫が!」

 動揺してぶんぶんと尻尾を振って地面を揺らす古の竜に怯えもせず、ふんふんと肯く黒集団エルフたち。その顔はとても真剣だ。話の経緯を聞き取り、彼らは怒り出した。

 「なんたることだ!」
 「ふてぇ野郎だ!」
 「人間ってぇやつは、ったくよぉ!」

 黒耳の先祖はその妖艶で魅惑的な容姿で人間たちを魅了したが、現在のダークエルフたちは骨太筋肉隆々の勇ましい出で立ちである。とてもじゃないが繊細ではないガチムチマッチョだ。口も悪い。

 「わしらのクワで耕してやろう!」
 「簀巻きにしたろ!」

 うん、うん、と円陣組んで頷き合う黒耳長の人たち。
腕まくりをして意見がまとまったようである。
 古竜の渋い顔含め、黒耳長の人たちは一斉に使者を見つめた。
使者はぺこりと頭を下げる。

 「ということじゃ。
  王の使いよ――――メルキゼデクを取り戻すために力を貸してやろう」

 爛々と輝く竜王の瞳――――話がまとまったところで。 
 ぶふーと熱波を放ちながら、古竜は洞窟からのそのそと這い上がり。ずりずりと尻尾を引きずって轍を作る。意気揚々と黒耳長たちもぞろぞろと竜の後ろをついて地上へ。久しぶりに竜王様が動いた、天変地異じゃ! などと互いに喋くり合いながら。

 久方ぶりの太陽に目を細める古の竜。その体躯は立派だった。どの竜よりも大きく、年季の入った体だ。黒耳長たちも、王の全容を目の当たりにしておおー、と感心の声を上げる。
 光に照らされた竜王の体躯は、まさしく王位に相応しいものだった。
厚めの皮膚はキラキラとした鱗で覆われ。爪は鋭く、角は大きい。ぎろり、とした鋭い目もたまらない。
 竜は歓声を心地よく感じとりながら、耳を蠢かし。
空を飛ぼうと体躯よりも大きな翼を動かした――――颯爽と、動かそうとしたのだが。
 ずり、と。体がやや斜めに崩れた。

 「む……ぬおお!?」
 「りゅ、竜王様ぁあ!?」

 竜とは引きこもるもの。
普段運動しない、整備をしない翼の動きが異様だった。竜はしまった、という表情を浮かべ、わたわたと前足で宙を掻き、四肢を踏ん張らせようとしたが……時遅く。
 地すべりを起こすかのように竜の巨体が山から滑り落ちる。ずっと引きこもっていたツケが返ってきたのである。黒耳長たちは四方八方へ逃げ惑い、竜王様は――――どどん、とひとつ山を潰した。

 「……竜王様ぁ、だからちったあ運動をしろと」
 「すまんな、黒耳の」
 「まったくだぁ」

 竜はしょんぼりとした。
しかし、この仕方ないなあ、という空気は好きだった。黒耳長たちとの付き合いも長い。かれこれ、千年は。そう、千年以上は、この地に居座っていた竜なのだ。
 娘が生まれたのは数百年前の出来事。
 その娘がお嫁さんになる、という夢を抱きながら夫たる小さい生き物を連れてきたときは度肝を抜かれたものだが。

 ふしゅー、と灼熱のため息を吐きながら、ぼうっと思い出を蘇らせる。
可愛い花の冠を頭にかけてくれた我が愛娘。耳のある男が良いと出て行った後姿。ほろりと胸にくるものがある。ピンク色の尻尾は愛らしかった。

 (我がこの地を離れた時は、そうそうない。神人にこき使われた以来……、
  ……ほんに久しいものよ)

 なんとも感慨深い、とほんのちょっとだけ涙が出そうになる。




 メルキゼデクは竜王にとって可愛い可愛いひ孫である。
ピンク鱗の娘は可愛い。その娘にとっての孫だからメルキゼデクはとっても可愛い。ルキゼの父であり、娘の子である猫耳王は生意気過ぎてあんま可愛くないが。メルキゼデクは竜の血を引くひ孫なのに、あまり竜という気配がない見目だがふわふわな金髪に滑らかな褐色肌、キラキラと竜らしい縦長の瞳孔は猫よりは竜に近い子だ。耳は猫耳だがいずれは王に相応しい貫禄を持つだろうし、顔立ちもまあまあ可愛い。いや、絶対に可愛いひ孫だ。整った顔立ちは顔だけは良い父に似た美丈夫間違いないもので、竜王は非常に満足しながら子孫であるひ孫を愛猫していた。たまに遊びに来たメルキゼデクを鍛えてやろうと、太ましい尻尾でおちょくったり、風を口から放って空に飛ばして遊ばせたり。自然大好きなひ孫。よく大地と遊ばせ、きゃっきゃきゃっきゃと喜ぶその小さいひ孫を猫可愛がりしていたのだが、王たる教育が始まって以来なかなか来る気配がなくて寂しい爺をしていた古の竜。

 それがまさか、そのようなとんでも事態に陥っていたとは。
 父親である現王の孫を叱りつけたいところなれども、力がなければ負けるのは掟。
別大陸でもやっていけねば王にはなれない、のは真理だと、飛び去った使者の言葉に頷くよりほかはない。子供とはいえ、まずは生き延びる術をつけてやりたいとはさすがは王であると王の祖父たる竜は唸った。竜王の系譜たる己に刃向ったこともある孫の猫耳王、只者ではない。

 (準備だけしておけ、ということだが)

 まあしておいてやろう。
ふしゅー。
 孫は無駄に戦闘狂い。祖父である竜王に戦いを挑むほどである――――決して憎たらしい、というほどでもない、が。




 朝日が昇る。
合図だ。
 古の竜はゆっくりとその大地に横たえておいた体を起き上がらせて。
立派な翼を大きくしならせた。大気を吸い、鋭い歯をあたりに見せつけて。腹の底からの声を、大陸中に響かせたものである。鮮血の如き大きな舌が蠢いた。

 ぎゃおおおおおおおおお!

 竜王の一喝。
 これに呼応するかのように、しばらくすると大気を震わす風が遥か遠くから聞こえてくる。初めは黒い粒だったが圧倒的体躯を持って、竜たちが大陸中から集まってきた。老いも若きも、皆一様に馳せ参じる。
 黒耳長たちも竜王に侍り。
彼らは頭を垂れた。我らが王に。
 古の竜王の直系。
その姿は王に相応しい、見事なものである。

 「竜王さまぁ、行くんですかい」
 「うむ……。
  猫耳の王にな」
 「茶でもしばきに?」
 「そうともいう。
  ほれ、黒耳長の。お前たちの中に剛の者が何人かいるだろう。
  そこの竜たちの後ろに乗ってこんか。人間相手に暴れることができようぞ」

 黒耳長たちも、幾人か暇つぶし……、
もとい、竜王のひ孫のために力を貸すことにしたものらしい、遅れてついてきた竜の背に何人か黒い肌を持つダークエルフが首から手を離さぬようひしっと抱き着いて落ちないようにしていた。

 「では、参るぞ!」

 ばさ、と天を覆い隠すほどに翼広げ。足に力を入れて大地を揺るがし、翼に風を纏って飛び上がり久方ぶりの空の旅を楽しんだ。鮮やかな朝焼けに、後方にいる黒耳たちは嬉しげに声を上げた。

 (どこもかしこも変わらぬ。
  あの時、我も神人を背に乗せてやったらあのようにして喜び……、
  …………泣きべそかいておったなあ)

 古の竜は、孫の思惑に乗ってやることにした。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...