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北の国

10話

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 奴隷商人は他の大陸に少しだけ関わったことがあるらしい。
ずいぶんと興味深い話をしてみせる。

 「人間は繁殖しやすい生き物です。
  ……というと人でなしと怒られますが。
  否、実際の所、奴隷制という制度は実に人間を人として扱わぬ始末です。
  奴隷を補給するために、人が人を捕まえるのですからね」

 そして、他の大陸では人に近しい人たちが、人間の住む場所を席巻していた。

 「あちらでは、王様が獣の耳なんですよ。それでいて身体能力が高い。
  人と同等に繁殖能力を持つ種族でしてね、
  となると結末は火を見るよりも明らか。
  人間は奴らに顎で使われている」
 「逆転、してるんですね」
 「無事に帰国できてほっとしますよ、
  あちらでは人間は肩身が狭い」

 獣耳の奴隷は絶対に許さない、という姿勢であるらしいご立派な王様だが、その裏では王様にバレないようひっそりと獣耳の売買をしている獣耳な裏切り者の輩もいるという。高い金を手に入れられるが非常リスキー、けれどそれに関われば費用対効果のある儲けができる。この奴隷商人はそんな大金を手に入れたくて、命をかけたものらしい。

 幸いというべきか、否か。この奴隷商人、なんとか生き延びた。密輸という奴隷商売をバレずに済んだ。こっちもこっちでどうかと思う奴隷制だが、あっちはあっちで部族同士でもめることがあり、その負けた奴らを丸ごと他の大陸に売っぱらう。獣耳の王様に内緒で。

 (あっちはあっちでとんでもない)

 なんともげんなりとした話である。
私がその顛末をふんふんと飲み下したのを面白そうに、奴隷商人は顎をいじりながら対話を進める。

 「繁殖が難しい人に近い人だっていますよ……、ああ、たとえば、
  こちらの大陸では耳長の一族がいますが」
 「へぇ」
 「エルフ、といいます。
  エルフは頭も顔も良く、人間に対し冷たい。
  だが、美しい容貌は誰にでも好まれ、あらゆる場面で使われています。
  ……以前市場に出回ったときは、さて、驚くほどの高値でしたか。
  自分も当時は金がなく手習いの奴隷商でしたから。
  あの整った顔を見るためだけに、市場へと出かけて拝むだけ拝んだもんです」

 エルフからしてみたら、とんでもない見世物だ。

 「さて、鳥、でしたか。
  羽の生えた人、鳥人たちは幻も幻、珍獣ですよ。
  北の国の王族にも珍獣がいるそうですが、
  珍獣中の珍獣がそれこそ鳥です。
  その華奢で背中に羽を生やす人は、天から降りた神の使い、
  とされています。だからこそ神の鳥と呼ばれている。
  ……ただ、この神鳥は昔はそこかしこにいたのですが、
  突然いなくなったんですよ」
 「それは……何故?」
 「さて、何故でしょうねぇ」

 これ以上は口を割るつもりはないらしい。
指輪を懐に入れ込み、ぼそりと言う。

 「これ以上はご勘弁を。
  ……まぁ、この奴隷市で流通することはないでしょう」




 男爵の館に戻り、相部屋へ戻る。

 「あ、お帰りさん」

 ミランダが仕事を終えたばかりであるらしく、部屋着で寛いでいた。

 「で、何か良いことでもあったのかい?」
 「何も」

 扉を後ろ手で閉じながら、まったくの無駄骨ではなかったが果たして指輪分の情報が入手できたかといえば果たしてそうなのかどうなのか。分からない。ただ、無駄に消費してしまったような気がしないでもないが、私には物の価値が理解できない。

 質に入れようにも、質屋だってぼったくってくる。
とかく、私の見目はあまりにも人間から良い目でみられるものではなかった。
ちんちくりんで、弱弱しそうな黒目黒髪。それでいて、ちゃんと見やれば腰に魔術書が据え付けられている、怪しげな女。多分、あの奴隷商も、私がそれなりに生きてきた人間であることを見抜いたんだろう。でないと、指輪だけ奪って知らぬ存ぜぬを繰り返す。

 (はあ)
 タダで手に入れたものだし、別にいいが。

ただ、どうも気がかりなのが市場で出回らないという、羽鳥のこと。
 神の鳥は、一般流通では出ないということ。

 そもそも、あの村に住んでいた鳥人間をどこに仕舞い込んでいるんだろう。
いくら神鳥が、まあ全員が菜食主義かは分からないけれど、全員が全員、あんな細っこくって華奢なものならば、扱いも慎重にならざるを得ないはずである。

 が、果たしてあんな燃え盛る村で、そういったことをしているかどうかといえば。丁寧さはなさそうだった。人間の持つエグい部分が丸出しだったし。

 遠目の豆粒だった。
だから、どんなことが行われていたか。あまり良く見えなかったけれど。
 気分が悪くなる、のは散々、奴隷狩りで分かっている。

見目の良い珍獣がどう扱われるのか。

 ……あいつ、どうしてるかな。

 (もう少し、あの場所に留まっていたら……、
  いや、私だって二日ぐらい、あの地に居た。
  それでも……気配さえしなかった。
  勝手に逃げ出したか、奴隷狩りから逃れたか)

 食べ物は置いておいた。
あとは野生に帰ってもらうしかない。ただ、あのような泣き虫が、果たして野生で生き延びられるんだろうか。仲間は? ああ、仲間は……。やはり、もうしばらく居続けた方が。いや、翌日、人間の街からまた私はあの場所に行っても居なかったのだ、変わらずカバンの食糧は同じ位置にあって。無駄に金を払ってしまったと、がっかりしたばかりではないか。

 「リア、どうした、気分悪いんかい?
  夜会から帰ってきたときから、そうだったね」
 「え、あぁ、まあね……」

もし、一般で取り扱われないとしたならば。
奴隷市は一般扱い。

 なら、貴族や……王侯か。
特別な市場、か。
 もしいるとするならば、そう、そういった特殊なところ。
 私ごとき一般人では、太刀打ちできない場所だ……。

 眉毛が下がる。

 (そんなの……かないっこないや)

 不思議なことに、奴の。
青く透明な瞳から滴り落ちる水滴が、瞼の裏にこびりついて離れない。
馬鹿みたいに震えて。毛布を懸命に被っていた。儚く美しいのに、なんか馬鹿っぽい姿。
でも……、被害者だ。
 奴隷制なんて。駄目だろう。

 「……もっと駄目なのは、私か」

 力のない、ただの庶民。
辛うじて奴隷狩りから逃れられた、ちょっとだけ力のある魔法使い。
魔術書がなければただの女。それも若くない萎びかけた。

 現実は喜劇なり。奇劇なり。
ミランダは私がぼうっとしているのを、気にしたものらしい。

 「ほら」

 私の為に、温かなミルクを与えてくれた。

 「あ、どうも」

 おずおずと手を差し延ばせば、カップに入った入れ物さえも熱々で。外から帰ってきて心も身も冷え冷えとしていたからありがたい。にこりと笑むと、

 「おや珍しいものを見れた」

 す、と飲むと、じんわりと胃の腑を温める。
ミランダは太めになっちゃったけれど、心根が優しい、良い女だ。

 すべての人間が悪いわけじゃない。
ただ、この安寧とした暮らしを捨てないために、やってきた行為が。お話にならないと倫理が鼻で笑ってしまうほどには、凄まじいものだとは思う。

 けれど。
私のこの考えは、この世界に適していない。
 奴隷、という、誰もがやりたがらない仕事を強制的にさせることが可能な存在がいるからこそ、この貴族社会はなんとか保っている。

 別の大陸も、似たような生態系のようだ。
どこもかしこも同じようなもので、なんということかと気分が悪くなるばかりだ。 
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