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北の国
9話
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いまいちな私の頭脳でもって読み解いた限りでは、羽の生えた麗しき一族、それが神の鳥であるらしい。
羽鳥やら、神鳥とも呼ばれ瑞鳥とも。
戴冠式に呼ばれる程度には神聖視されていたらしく定期的な交流はあったものらしいが、ある日忽然と北の国からいなくなった、と。そういうことらしい。
明らかに人間の欲深い何か、を感じさせる一文である。
(ある日忽然と、なんて……)
作為的である。
いや、人為的、か。
人間たちが作成した地図にも記載されない地にひっそりと暮らしていたらしい、神鳥。
この前に第五次戦争を行ったゆえに、国境が関所にズレた。本来の位置ではないが、前回の戦では北の国が勝利したのである。段々と南下したゆえに、彼らの村、が標的になってしまったとみゆる。
(といっても関所の位置からすぐ下。
ほぼ南の国の領地といっていいだろう)
ということは、だ。南の領地にあった、神鳥の村を……北の国が攻めたということになる。
(ま、さか……)
はっとし、身震いをした。
あの関所は国境でもあった。つまりは、両国の兵がいて睨み合っている。
他国の兵が、敵国の王を通すはずもない。
……戦争理由になりそうだ。
北の国と南の国。
この大陸では二つの国があり、互いに殺し合っていた。憎みあっているのだろう、なんたって第五次なんだもの。どんだけ嫌ってるのっていう。実際、現地民は互いをボロクソに言い合っていた。
その間にいる私のようなフーテン人間は、冗長に伸びた国境線上を勝手に飛び越えてのらりくらりと生きているのだが、北の国の王がやっちまったのは、他国の兵を殺してでも軍隊を引き連れて神鳥を奴隷として連れ去ったのでは、という点だ。
南の国に住まう鳥を。
(まずいよな)
全ての書物はまだ読み解いていないから分からないけれど、南の王も神鳥は大事に扱っていて式典には欠かせない存在、と大図書館の本には記録されていた。
そもそも、北と南は元はひとつの国だった。
それが分かれた理由こそ、王位継承に絡む。
(うわあ)
考えれば考えるほど、まずい状況なのではないかと唸る。
南の国の王は老人。
対し、北の国の王もまた壮年だがそろそろ王位継承がやってきてもおかしくはない。幻の珍獣王族が夜会に出るレベルだ、何らかの理由があるのでは、と男爵夫人も訝しんでいた。
「ふぅん……」
などと私が唸ったところで、現実は大した変化はない。
私は権力者じゃないし。どうにもならない、いくら真実っぽいところへたどり着きそうな限りでも。本当かどうかさえ、判別できない。
(それより、あいつ……、
すぐ泣く鳥だったけど)
私、心配してるんだろうか。まあ、そうだよね。
短い期間とはいえしばらく一緒にいた。毛布は奪われたままだが。
(……奴隷市、行ってみるかな?)
現在の私は雇われとはいえ、一応男爵夫人の護衛という立場にある。
職があるというのは、何事も相手に信用されやすい。
それがたとえ、奴隷市場の商人だろうとも。
私が貴族の館で働いているという事実は、私を保障する信用になる。
ただ、問題なのが私にお金がない、という現実である。
(奴隷商人がただで情報、教えてくれるはずもないしねぇ)
どうすればいいんだろう。ねえ?
宛がわれた相部屋の小部屋には大した荷物はない。そも、私は身軽を信条としているので手で持って歩ける程度のものしか持ち合わせがない。化粧道具さえ使わないのだ、なんたる筆無精。高値がつきそうな貰いものは情報料として通りすがりのおばちゃんにあげちまったし……、などと懐具合を確かめていたら。
ころり、と飛び出てきたものがあった。
「うわ」
びびった。
大袈裟なほどに。ちょっと半立ちになって、鳥肌がたつ。
「え……本当に呪いの指輪だったの?」
怖いのでハンカチでつまむ。しげしげと眺める。
キラキラとした表面には美しい何らかの絵が描かれているのは変わらずだが、私にはそれが何なのかは分からない。分かる気もないから、人に簡単にあげてしまうんだが。
「……都合が良いから、コレで取引するとしよう」
あのモテ男め、なんて爽やかなあいつを思い浮かべつつ、奴隷商売をするど根性な持ち主である奴隷市場へ向かうべく、支度を整えて。
寒空のした、たったかと足を滑るように進ませる。
かつ、かつ、かつ。足音が響く。
今日はことさらに底冷えが酷い。
おかげで、鼻の頭が赤い。触ると冷たい。
通り過ぎるガラスの窓辺にうつる、黒目黒髪の女。気付いてしまったちんちくりんな姿。
目尻の皺が……気になるけれど。ゆっくりとした速度になってしまったが、感慨深く感じ入る。
老いは少しずつだが、私の身を蝕んでいた。
ただ、それでも現在の年齢に比べると、この異世界における肉体年齢は若々しいものといえよう。
実際、私の年齢はもう、50歳は過ぎていてもおかしくはない。
30年、生きてきた。白髪は未だ生えずに変わらない。声も。肌の艶が微妙なだけで主だった変化はなかった。
目を離す。
北の国の街並みは、がっちりとしたレンガで組まれた、整然とした街並みである。
とても遠い地にいる感覚。私だけが一人であるという事実が歩き出す。
皆が皆、様々な色彩を持つ綺麗な銀髪。目の色は紫が多い。
私のような濃い色はとても目立つ。奴隷狩りに非常に合いやすい状況だが、このような街の中で奴隷狩りに遭う機会はわずかといっていいだろう。どちらかというと、街の外や人通りの少ないあたりでしてやられることが多いのだ。だから、貴族たちは我が身を守るために私的に護衛を増やす。あるいは、王城の騎士を引き抜く。不思議なことに彼らは奴隷制を廃止しなかった。
生活を脅かしてしまう、ということを理解しているんだろう。
は、と吐き出すと、白い息が私の唇から空へと舞いあがる。
奴隷市は、街の中央にある普通の市場の傍らにそびえていた。
今日も今日とて、人が並んでいる。気味の悪い光景であった。
「鳥?」
「そうです」
羽の生えた鳥。
人を扱う奴隷商人ならば、羽の生えた人について詳しいはず。
私は、見定めるようにみてくる商人の視線に耐えた。
「……ふぅん、お嬢さん。
いや、奥さま、か?
まあ、そんなこと、知らないほうがいいだろうさ」
(知らない、ということは知っている、ということか)
たまたま巡り合った奴隷商であったが、運が良かった。
小さな掘っ立て小屋に並んでいる子供や大人たち。彼ら、それなりに磨き上げられたままでいる。
大概は彼らに値札を持たせ、立ちっぱなしにさせる奴隷商もいるというに、彼はそういうことはせず。
ただ、奴隷の鮮度、というものに重視しているようだった。
実に、モノ、として考えている。
人間という生き物は、ここまで冷酷になれるものなんだろうか、それとも、物だからこそ丁寧に扱うのか。分からないが、この商人は少なくとも商品を無碍に扱うつもりはないらしい。
私はなんとも困った風を装って、商人の手に、指輪を握らせた。
「実は、ね。
良い情報があるの」
「ほお」
他の奴隷商人や、通りすがりのトーシローに話を聞かれぬよう私はわざと小声で呟く。
「この北の国へ向かうすがら、私は見たの。
羽の生えた人が逃げ回っていたのを。
……いわゆる人に近しい人たちは、好事家に高く売れるんでしょう?」
「まあ、そうですなあ。
……他の大陸には大層住んでいる、とは聞き及んでいます」
商人は、指輪の価値をそこそこ見積もったものらしい、それなりの対価を嘯くように喋り出した。
「この大陸は人間の大陸ですのでね。
他の大陸では人間はまさしく、奴隷のようなものです」
羽鳥やら、神鳥とも呼ばれ瑞鳥とも。
戴冠式に呼ばれる程度には神聖視されていたらしく定期的な交流はあったものらしいが、ある日忽然と北の国からいなくなった、と。そういうことらしい。
明らかに人間の欲深い何か、を感じさせる一文である。
(ある日忽然と、なんて……)
作為的である。
いや、人為的、か。
人間たちが作成した地図にも記載されない地にひっそりと暮らしていたらしい、神鳥。
この前に第五次戦争を行ったゆえに、国境が関所にズレた。本来の位置ではないが、前回の戦では北の国が勝利したのである。段々と南下したゆえに、彼らの村、が標的になってしまったとみゆる。
(といっても関所の位置からすぐ下。
ほぼ南の国の領地といっていいだろう)
ということは、だ。南の領地にあった、神鳥の村を……北の国が攻めたということになる。
(ま、さか……)
はっとし、身震いをした。
あの関所は国境でもあった。つまりは、両国の兵がいて睨み合っている。
他国の兵が、敵国の王を通すはずもない。
……戦争理由になりそうだ。
北の国と南の国。
この大陸では二つの国があり、互いに殺し合っていた。憎みあっているのだろう、なんたって第五次なんだもの。どんだけ嫌ってるのっていう。実際、現地民は互いをボロクソに言い合っていた。
その間にいる私のようなフーテン人間は、冗長に伸びた国境線上を勝手に飛び越えてのらりくらりと生きているのだが、北の国の王がやっちまったのは、他国の兵を殺してでも軍隊を引き連れて神鳥を奴隷として連れ去ったのでは、という点だ。
南の国に住まう鳥を。
(まずいよな)
全ての書物はまだ読み解いていないから分からないけれど、南の王も神鳥は大事に扱っていて式典には欠かせない存在、と大図書館の本には記録されていた。
そもそも、北と南は元はひとつの国だった。
それが分かれた理由こそ、王位継承に絡む。
(うわあ)
考えれば考えるほど、まずい状況なのではないかと唸る。
南の国の王は老人。
対し、北の国の王もまた壮年だがそろそろ王位継承がやってきてもおかしくはない。幻の珍獣王族が夜会に出るレベルだ、何らかの理由があるのでは、と男爵夫人も訝しんでいた。
「ふぅん……」
などと私が唸ったところで、現実は大した変化はない。
私は権力者じゃないし。どうにもならない、いくら真実っぽいところへたどり着きそうな限りでも。本当かどうかさえ、判別できない。
(それより、あいつ……、
すぐ泣く鳥だったけど)
私、心配してるんだろうか。まあ、そうだよね。
短い期間とはいえしばらく一緒にいた。毛布は奪われたままだが。
(……奴隷市、行ってみるかな?)
現在の私は雇われとはいえ、一応男爵夫人の護衛という立場にある。
職があるというのは、何事も相手に信用されやすい。
それがたとえ、奴隷市場の商人だろうとも。
私が貴族の館で働いているという事実は、私を保障する信用になる。
ただ、問題なのが私にお金がない、という現実である。
(奴隷商人がただで情報、教えてくれるはずもないしねぇ)
どうすればいいんだろう。ねえ?
宛がわれた相部屋の小部屋には大した荷物はない。そも、私は身軽を信条としているので手で持って歩ける程度のものしか持ち合わせがない。化粧道具さえ使わないのだ、なんたる筆無精。高値がつきそうな貰いものは情報料として通りすがりのおばちゃんにあげちまったし……、などと懐具合を確かめていたら。
ころり、と飛び出てきたものがあった。
「うわ」
びびった。
大袈裟なほどに。ちょっと半立ちになって、鳥肌がたつ。
「え……本当に呪いの指輪だったの?」
怖いのでハンカチでつまむ。しげしげと眺める。
キラキラとした表面には美しい何らかの絵が描かれているのは変わらずだが、私にはそれが何なのかは分からない。分かる気もないから、人に簡単にあげてしまうんだが。
「……都合が良いから、コレで取引するとしよう」
あのモテ男め、なんて爽やかなあいつを思い浮かべつつ、奴隷商売をするど根性な持ち主である奴隷市場へ向かうべく、支度を整えて。
寒空のした、たったかと足を滑るように進ませる。
かつ、かつ、かつ。足音が響く。
今日はことさらに底冷えが酷い。
おかげで、鼻の頭が赤い。触ると冷たい。
通り過ぎるガラスの窓辺にうつる、黒目黒髪の女。気付いてしまったちんちくりんな姿。
目尻の皺が……気になるけれど。ゆっくりとした速度になってしまったが、感慨深く感じ入る。
老いは少しずつだが、私の身を蝕んでいた。
ただ、それでも現在の年齢に比べると、この異世界における肉体年齢は若々しいものといえよう。
実際、私の年齢はもう、50歳は過ぎていてもおかしくはない。
30年、生きてきた。白髪は未だ生えずに変わらない。声も。肌の艶が微妙なだけで主だった変化はなかった。
目を離す。
北の国の街並みは、がっちりとしたレンガで組まれた、整然とした街並みである。
とても遠い地にいる感覚。私だけが一人であるという事実が歩き出す。
皆が皆、様々な色彩を持つ綺麗な銀髪。目の色は紫が多い。
私のような濃い色はとても目立つ。奴隷狩りに非常に合いやすい状況だが、このような街の中で奴隷狩りに遭う機会はわずかといっていいだろう。どちらかというと、街の外や人通りの少ないあたりでしてやられることが多いのだ。だから、貴族たちは我が身を守るために私的に護衛を増やす。あるいは、王城の騎士を引き抜く。不思議なことに彼らは奴隷制を廃止しなかった。
生活を脅かしてしまう、ということを理解しているんだろう。
は、と吐き出すと、白い息が私の唇から空へと舞いあがる。
奴隷市は、街の中央にある普通の市場の傍らにそびえていた。
今日も今日とて、人が並んでいる。気味の悪い光景であった。
「鳥?」
「そうです」
羽の生えた鳥。
人を扱う奴隷商人ならば、羽の生えた人について詳しいはず。
私は、見定めるようにみてくる商人の視線に耐えた。
「……ふぅん、お嬢さん。
いや、奥さま、か?
まあ、そんなこと、知らないほうがいいだろうさ」
(知らない、ということは知っている、ということか)
たまたま巡り合った奴隷商であったが、運が良かった。
小さな掘っ立て小屋に並んでいる子供や大人たち。彼ら、それなりに磨き上げられたままでいる。
大概は彼らに値札を持たせ、立ちっぱなしにさせる奴隷商もいるというに、彼はそういうことはせず。
ただ、奴隷の鮮度、というものに重視しているようだった。
実に、モノ、として考えている。
人間という生き物は、ここまで冷酷になれるものなんだろうか、それとも、物だからこそ丁寧に扱うのか。分からないが、この商人は少なくとも商品を無碍に扱うつもりはないらしい。
私はなんとも困った風を装って、商人の手に、指輪を握らせた。
「実は、ね。
良い情報があるの」
「ほお」
他の奴隷商人や、通りすがりのトーシローに話を聞かれぬよう私はわざと小声で呟く。
「この北の国へ向かうすがら、私は見たの。
羽の生えた人が逃げ回っていたのを。
……いわゆる人に近しい人たちは、好事家に高く売れるんでしょう?」
「まあ、そうですなあ。
……他の大陸には大層住んでいる、とは聞き及んでいます」
商人は、指輪の価値をそこそこ見積もったものらしい、それなりの対価を嘯くように喋り出した。
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