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「学年一位を目指すんでしょう? ほら、見ていてあげるから頑張りなさい」
「そういうわけで呼んだんじゃないだろう」

 アッシュが呆れ顔でリリアを眺める。
 彼の、表情筋の乏しい顔を見ても、笑っているとか悲しんでいるとか、そういうことがわかるようになってきた。この男、意外と口の端と目は正直に色々物語っている。

「今から大切な話をするから、緊張をほぐす為に冗談を言ってあげたのよ。もう少し話に付き合ってくれてもいいでしょう」
「生憎、無駄な時間を過ごすくらいなら本を読むつもりなのでご心配なく」

 片手には相変わらず本を持っている。
 大したことのない話なら、そのまま本当に読み始めそうだ。さすがにそれはないと信じたいのだが。図書館の談話室、良い思い出も悪い思い出も詰まった場所である。
 初めはリリアを気遣い、アッシュは集合場所を別のところに移そうとしたのだが、リリアの方が気にしていない様子だったので、自身も割り切ることにしている。

 一生入りたくない部屋になってもおかしくないのに、リリアは「最近、思い出と場所を結び付けて考えるのはやめたの」とあっけらかんとしていた。

「アッシュが、自分は異能者だって教えてくれたこと、覚えてる?」
「ああ」
「それって、重大な秘密じゃない? アッシュが私に教えてくれたのだから、私も秘密を打ち明けておきたくて」
「必要ない。俺が明かした秘密は、ただリリア先輩に俺のことを知っていてほしかったから告げたものだ。リリア先輩からの対価を求めているわけではない」
「だ、だから、私も私の秘密を知っていてほしいのよ、アッシュに」

 エスターにも言っていない、リリアの秘密。

「……聞こう」

 本を置き、いざ聞く体制になられると緊張するのはリリアの方だった。深呼吸し、言葉を紡ぐ。

「私は、一度『リリア・エンダロイン』として生きて、二十二歳で死んだことがあるの。死んだ後、気づけば私は幼い頃の自分になっていたわ」
「先輩の言っていた、時間に関わる異能の話はこれが発端か」

 もっと嘘だ、だとか言われるのを覚悟していたので、あっさり受け入れられて驚愕する。

「信じてくれるの?」
「……なんだ、信じてほしくないのか」

 そんなわけがない。首を横に振り、話を続ける。

「私は今、二度目の人生を歩んでいる……という感覚よ。とは言っても、一度目の人生とは大きく違うわね。一度目の私だったら、アッシュとは知り合ってさえいないわ」
「だろうな。異能の授業を受けなければ、会うことはない」

 そこまで言った後、不快そうに眉根を寄せた。

「……ということは、一度目の人生で先輩は誰と舞踏会に行ったんだ?」
「……そ、それはどうでもいいんじゃない?」

 機嫌の悪さを隠そうともしない、負のオーラの発生源から目を逸らす。
 アッシュの態度の節々から、リリアを慕ってくれていることに気づいたのは最近だ。しかし、一度告白されるかも! と勘違いをした恥ずかしい経験がある故に、早とちりしないよう、リリアも慎重になる。
 その時はアッシュから告白されたら断ろうなんて思っていたが、正直今は断ることができる自信がない。自分の気持ちは、確かに可愛い後輩に向きかけていた。

 舞踏会のトラブルに一番に駆けつけてくれたこと。
 会場で寝てしまったリリアを抱き上げて寮まで送ってくれたこと。
 リリアに秘密を打ち明け、今も現在進行形で欲しい言葉をくれること。

 新しい恋。マリーナの声が耳奥で響いている気がする。

「とにかく、私が死ぬ時、誰かが異能を使ったのだと思うのよ」
「ふむ。リリア先輩の周りには誰が居たんだ?」

 ひょっとして、自分は墓穴をせっせと掘っているんじゃないだろうか。この話を続けてアッシュが機嫌をなおすビジョンが見えない。秘密を打ち明けるだけのつもりが、まるで事情聴取を受けている容疑者にでもなった気分である。

「え、エスターよ」
「ほう。先輩は、一度目の人生でエスター先輩と結婚したのか」

 目が怖い。その通りなのだが、一つの情報で全てを悟るのはやめてほしかった。

「では、異能者の第一候補はエスター先輩だな。臍を見せてもらいに行くか?」
「い、いや、そんなことはしなくていいわ。えーっと、怒らないで聞いてほしいのだけど、彼は異能者ではないわ」
「エスター先輩のへそを間近で見たことがあるかのような発言だな」

 本当に、その通りなのだけども!
 改めて言われると居た堪れない。
 困り果てているリリアを見て、アッシュは立ち上がりかけた腰を再び椅子に落ち着けた。

「まぁいい。前世夫婦であったというのなら不思議なことではない。それに、ただの後輩である俺がリリア先輩を責め立てるのもおかしいな」

 ふむ、と納得した表情のまま、アッシュはリリアに向き直る。

「好きだ。リリア先輩、恋人にならないか」
「ええええっ」

 この流れで。ロマンチックさの欠片もない告白を受け、今度はリリアが椅子を蹴り飛ばして立ち上がる番だった。正真正銘、人生で初めて受けた告白である。プロポーズはあっても告白は経験にない。

「ど、どれだけ私を責め立てたいのよ」
「もう少し我慢する予定だったのだが、我慢できなくなった。ただの後輩という肩書きだけでは満足できない」

 簡単に言ってくれる。
 素直さに任せた明け透けな言葉。
 真っすぐに向けられた好意に、リリアは赤面を隠すことができない。

「…返事は、した方がいいのかしら」
「できれば」
「……私も、貴方と…その、恋人になることに、抵抗はないわ…う、いや、違うわね。私は貴方が好きよ、アッシュ。恋人になりましょう」

 口ごもってしまったが、最後は自分の気持ちをきちんと言えていたと思う。
 改めてアッシュに向き直る。

「ああ」

 幸せそうな笑顔を正面から浴びる羽目になり、リリアの心臓が大きく跳ねた。アッシュは、心底自分のことが好きなのだ。言葉以上に、柔らかな空気、こそばゆくなる態度で示され、理解を促される。己の持つリリアへの感情はこれなのだと、叩きつけられる。

「時間逆行の異能者には、感謝をしなければいけないな。でなければ俺は、リリア先輩と恋人にはなれなかったのだから」
「そんな異能者、本当にいたのかしら」
「いたさ。これは憶測だが、リリア先輩が死んだとき、本当に周りにはエスター先輩しかいなかったのか? 二人が夫婦であったのなら、もう一つ、考えられる可能性がある。俺としてはそこまで具体的に想像したくはなかったが……」

 リリアが火事から逃げ遅れたのは、彼女が身重だったからである。
 つまり。

「……ああ…そういう、ことなのね」
「異能者が異能を使うのに年齢制限はない。胎児が使用した例も、遥か昔だが確認されているそうだ」

 両親の危機を悟ったのか、それとも偶然なのかはわからない。
 けれど、一つの可能性として。

「やっぱり、秘密を貴方に打ち明けて良かったわ」

 リリアは、心からそう言った。



 生徒の安全を考慮し、ステイロット学園ではかつて使われていた監督生制度を復活させた。監督生には、教師の目が届きにくい男子寮、女子寮での生徒らの監督、他生徒の手本となって治安を維持する役割が求められる。その対価として、広い個室が与えられるようだ。

 監督生に選ばれたのは、なんと男子寮、女子寮はそれぞれ最上級学年たる双子先輩であった。異能の授業ではお馴染みの先輩方は、連携を取るのが非常に上手く、それぞれ協力しながら監督しているようだ。リリア達の学年からも、レティシアが副監督生に選出されていた。
 正義感の強い彼女にはぴったりの役目だろう。

 レティシアと言えば、少しずつエスターと二人で出かけることにも慣れた様子だった。この感じだと学園にいる間に、新たなカップルが生まれそうである。

 二度目の人生。
 リリア達の人生は、一度目と違う道のりを歩んでいた。
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