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少年少女期編

30 傷ついてなんかないんだから

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「姉上、綺麗です!」
「そうかな?」

 久しぶりに本格的に着飾るなぁ。
 まだ数年の時間があるが、将来のダイナマイトボディはすでにその片鱗を見せている。自分で言うのもなんだが、まだ未完成という危うさのある美少女。素でも十分に可愛いのだから、着飾ればそれはそれは可愛いだろうって思うんだ。

 鏡で見ると案の定天使かな? ってくらいに可愛かった。
 でも勿論、私は自分の美貌を鼻にかけたりはしないの。だから、ちょびっと謙遜しながらアーネストの頭を撫で……るのはだめだね。綺麗にセットしてあるし。

「アーネストもよく似合っているわ。今日はエスコートよろしくね」
「お任せください」

 朝からアーネストの輝く笑顔が見れて大満足だった。

ーーー


 王族同士の婚約式が内々に行われるはずもない。
 主役はあくまでアスパラガス姫とアーサーであるとは言え、同年代の人物の婚約に皆次は自分なのだとわかっている。少しでも良い家柄に嫁ぎたい、とまだ年若いというのに顔を塗りたくり、香水の匂いをさせる女性たち。教え込まれた通りに紳士を演じながら、時に冷静に、時に欲望に染まった眼差しで女性を見つめる男たち。

 いつかの誕生パーティーが懐かしい。
 あの頃は、純粋……とまでは言えなくても、微笑ましい腹芸くらいで済んでいたのに。

 醜悪な集団でないことは理解しているつもりだ。彼らは自らの義務をなすために手段を講じているのだから。ただ、どうしても……前世の常識を当てはめてしまうと、彼らが道化に見えて仕方ない。
 ……ここで一番の道化なのは、間違いなく私だろうけど。

 これがゲームと知りながら、彼らがゲームのキャラクターと知りながら、真面目に向き合おうとする姿勢の愚かさ。

 私たちの身分が身分なので、アーサーとアスパラガス姫への謁見はかなり早い段階で叶った。
 久々に見たアーサーは、以前よりも格段に大人びていて、能面のような笑顔を浮かべていた。

「……それに、傷ついているわけじゃないんだからっ!」
「……姉上?」

 私たちは友達だと思っていたのに。
 勿論、公式の場で馴れ馴れしくなどできるはずがない。
 でも、ちょっと私に視線を向けるとか。
 そのくらいの再会は期待してたよ!

 アーネストに愚痴を聞かせてしまったことを後悔する。

「……姉上、指し支えなければ、アーサー殿下とはどのような関係なのか伺っても?」

 アーネストの真面目な顔。
 
「姉上とアーサー殿下がお互い想いあっているというのなら……」

 声をひそめて告げられた内容に仰天する。

「違う! ……何でもないの」

 姉が婚約者のいる男に恋慕しているのではないかと勘ぐらせてしまったらしい。スパニッシュ家といえど、アスパラガス王家を敵に回せば恐ろしいことになる。スパニッシュ家長男として、アーネストが心配するのも無理のないことだった。

「……嘘はついていらっしゃらないようで、安心しました。食べ物を取ってきます。少しお待ちください」

 アーネストって、本当に私の感情や小さな変化に気を配ってくれる。
 私が一人になりたいって察してくれたんだろう。
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