遠水連天碧

桂葉

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十章

遭遇

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 異変の気配に導かれた二人がたどり着いたのは、またあの場所だった。以前清江と地上に降りた時と同様、吹きすさぶ風がこれでもかというほどに暴れており、その規模は先日よりも明らかに肥大していた。
 逆巻く突風が周囲のものを容赦なく吹き飛ばし、宙に舞わせ、放り出していた。轟音とともに、屋敷ひとつくらい平気で舞い上げてしまうような強い風が、辺りを右往左往している。ここまで不規則に吹く風というのも珍しく、二人は訝しみながら息をのんだ。このまま河に近づいていくと、河の水を氾濫させる恐れもありそうだ。
 しかし、懸念はそれだけではなかった。一人の仙人がまさにその渦中にいる。白い質素な道服に身を包んだ、細身で若い仙人だ。地にへたり込んでいるからなんとか飛ばされずにいるのだろうが、危険な状況ではある。
「あの者を助けましょう」
 すぐさま飛び込んでいく勢いで言った流文だったが、清江は腕を伸ばして流文を止める。らしくない行動に目を見張った流文を、清江が眉をきつくひそめて見つめ返した。
「この風はあの者が起こしているのではないか」
「え」
 よく見れば、風は彼を中心に周回を繰り返している。自分で起こした風に襲われているのか。なるほど、ここはもともと地形として竜巻などを起こしやすい。力加減を間違えて、自身で操れる以上の規模の竜巻に育ててしまったということだろうか。
「風神の誕生ではなく、この者の力の暴走だったんでしょうか」
 どこかで聞いたような話だ。皮肉なものだと流文は思った。
「……」
「どうしました」
「同じ匂いがする」
「え……?」
「あれは、彼か……!」
 流文が感じたことは、清江には確信を与えたようだ。
 目を見開き、清江は地上に身をすくませた道師を凝視する。まるで、「そうではない」要素を理由を懸命に探すようだ。
 清江は首を振った。信じられないことを認めたくないような、弱い抵抗のように見えた。
「転生、したのですか?」
「そうとしか……、思えぬ」
 清江の視線は道師に釘付けになったままだ。澄んだ目を見開き、流文を止めている彼のほうが今にも飛び出して行きそうに身を乗り出している。あまりにも思いがけない展開におののきながらも、心は惹かれてならないと、そんなところだろうか。身を持ち崩すほどに思い入れた相手を、この清江が見間違えるはずがない。
 そうか、と。流文は心で一つ、静かに呟いた。
 これはつまり、運命の再会なのだ。転生すればいったん前世の記憶はなくすので、道師に清江のことはわからないはずだが、清江さえ彼を認識できたならば、もう、動き出すのにじゅうぶんだ。現に、もう動いた。
 恋い焦がれ、慈しんでいた者の魂がまたここに現れたのも、きっと偶然ではないのだろう。玉風が清江を求める心がそうさせたに違いない。そして、かつて自分のせいで失われた愛しき者との再会を、清江が喜んでいないはずはない。
 そうか。そうだね。ぐっと、何かとても大きいものを、流文はなんとか飲み下した。
 ならば、流文がここでやるべきは一つしかない。まだ信じられないという様子で言葉さえ失っている清江に、流文は声を張り上げた。
「彼は私が助けます。あなたはこの風を抑えられますか」
「あ……ああ、そうだな」
「ええ。私にもう少し力があれば、役目を交代できたんですが。すみません。……行きます!」
 清江を振り返ることはしなかった。それくらいの勝手は許されていいだろう。
 暴れる風の隙間を縫うように飛んで、流文は道師のもとへと降り立った。彼は腰が抜けているのか尻もちをついたままで、頭を抱えてうずくまっている。幸い大きな怪我などはないようだ。
 清江の力が働き、風はふたりから少し離れた場所へゆっくりと移動した。それでようやく道師に近付き声をかけることができる。
「大事ないか」
 傍にしゃがみ込んで顔を覗き込むと、彼は腕で隠していた頭をおずおずと上げ、流文を見上げた。信じられないものを見る目で、ぱちぱちと何度も瞬きをする。
「あなたは、神ですか」
 流文のどこがそう見えたのか、彼は気の抜けたような声でそう言った。
「いやいや、君と同じ仙人だ。ちょっと先輩だろうけど」
「はあ。……そうでしたか。あなたが助けてくださったんですね。感謝します」
「それもちょっと違うけど、まあ、とりあえず君が無事でよかった。気持ちを落ち着かせて、どうにかあの風を操れないか? 今は私の連れが止めているんだけど、いつまでもあのままでもいられないから」
「そ、そうですよね。これが初めてではないんですが、制御が利かなくなってしまって。自分でもよくわからず」
「今の君には過ぎた力なんだろうけれど。君が起こした風なら君が鎮められる。必ず。少し手を貸すからやってみなさい。方法は、わかるね」
「はい」
 道師はその場で座禅を組んだ。膝の上に手を乗せたまま瞑目し、ゆっくりと呼吸を繰り返す。通常これで精神は整い、力も安定する。しかし今は道師だけでは難しいと思われるので、流文は掌を彼の背にあて、そこから自身の仙気を分け与えてやった。
 風は徐々に勢いを失い、やがて最後にひと吹きした後でゆっくりと収まった。辺りに静けさが戻り、ふたりはほっと息をつく。
「身に余る力というのは、厄介だね。頑張って操れるようになってほしいもんだ」
 流文は肩の力を抜く。道師は力尽きたというように、へなりと背を丸めた。
「すみません。このところ急に仙気が強くなってしまったみたいで、ここにきて制御ができなくなりました。この場所も風が起こりやすいんでしょうね。起こそうと思ってしたことではなかったのですが……。今後は気を付けなければ」
「……そうだね。地にも特性があるから……。ただ、今の風を操れるようになってしまえば、大したものだと思うよ。自然のものを使える仙人はそうそういないからね」
「頑張ってみます。このままじゃ、人に迷惑をかけてしまうだけになりますしね。また山にでも籠ります」
「ああ。君にはできると思うよ。たんと修行するといい」
 そしてまた俗世に降りてきたらその時は、きっと。新しい道が開けるに違いない。その時に、この道師がどんな道をたどるのかは、今はわからないけれど。前世で叶えられなかったことは叶うはずだ。導かれるままに、進めばいい。
 胸に滲んだ痛みはそっと包み込むように隠して、流文は道師に笑顔を作って見せた。
「あなたは……?」
 どこからともなく表れた流文にやっと興味がわいたか、道師は訪ねてきた。
「ああ、私はただの通りすがり。ここで風が暴れることがあるって聞いてはいたから、様子を見に来ていただけだ。君の力になれたようでよかった」
 と、半分は嘘ではない。
「そうでしたか。ありがとうございました。助かりました。あの方は? お礼を言いたいのですが」
「ああ、……そうだね」
 道師が振り仰ぐ先に、清江の姿がある。清江も駆けつけてくるかと思っていたのに、まだ心に余裕がないのか、空から二人を見下ろしているだけだ。どうするかと思って流文も彼のほうを見たが、言葉はなく、そっと目を伏せられた。
「すまないね。人見知りなんだ、あのひと。感謝は私から伝えておくよ」
「あの方も仙ですか? あの風を止めていられるとは、すごいですね」
「……えっと。まあ、そんなとこ」
 どうにも説明がしにくくて、流文は適当にごまかすことを選んだ。ここで彼が出てこないのならば、流文から下手な説明はできない。
 こうして出会ったからには、今後彼がこの道師を天から見守ることはたやすい。ゆっくりと時期を見計らって、しかるべき時に再会をやり直したいのだろう。それだけ、心に長年潜ませた想いは複雑で、何も知らない道師にいきなりぶつけるのに重すぎるのは確かだ。
 ともあれ、いろいろと収拾に近づいているようだ。流文の身の振りにもこれで決心がついた。やはり、運命とはこうなると決まっている方向へと向かうものであるらしい。そのことが、この道師との邂逅でよくわかった。抗うことはするまい。
「じゃあ、私は行くよ。君の道中の安全を祈る」
 ぽんと道師の背を叩き、流文は立ち上がる。続いて道師も体を持ち上げた。
「ありがとうございます。また、どこかで」
「ああ。会えるといいな」
 好意だけで向けられた言葉が、少し耳に痛い。しかし自分も百年は生きた人だ。これしきの痛みに耐えられぬはずはない。
 そう、なるようになるだけ。それだけのことだ。
 流文は飛翔し、清江のもとへ戻った。
「よかったんですか、何も言わなくて」
「彼が無事なら、今はいい」
 そう言って清江が目を逸らしたから、流文はそれ以上彼をけしかけてはいけないと思った。


 ふたりは地上を去り、清江の邸に戻った。地上でのことがあまりに唐突で予想外のものであったため、ここを出る前に言い交したことを蒸し返すのは、少し気が引けるようだった。
 先程の一件で、胸に抱いていた決意さえも、まったく逆の方向へと行き先を変えてしまったのだ。おそらく、清江にもまた同じような心境の変化が訪れているはずで、しかしそれを自分から聞くのはまた少し胸が痛みそうで怖かった。
「ありがとう」
 幾許かの時が流れ、やっと心に整理がついたのか、あるいは言葉を選ぶことができたのか、清江が重く口を開いた。流文はほっとして、やっと動き出した二人の時間に乗ることにする。黙ったままはあまり好きではない。
「彼は力がかなり強いですね。制御さえできればきっとすぐに神格化して、天上しますよ。よかったですね」
 努めて明るく、言ってみた。これは清江にとってもまたあの道師にとってもめでたいことに違いないからだ。なかなか会話の始まらない時間のうちに、考えて用意していた台詞だった。
「流文?」
 否定はしないものの、肯定でもなく、清江は流文の言葉の真意を問う。
 問われたなら答えるしかない。どうせ、言わねばならないことだ。察してくれとかそういう逃げは甘えでしかないと思う。自分の言葉でこの口で、言わねばならない時がある。
 もう決めたことだ。決めるのにあまり時間がなくて、塗り替えられた結論を飲み込むことに苦しさがあった、それだけだ。
 でも、これでいいと思える。さっきまで清江がどう考えていたにしても、今は違うはず。そのことを受け入れずに見苦しい真似はしたくなかった。こちらから言い出すことで、清江に迷いが生じることを防ぐ必要がある。
「これまでありがとうございました。私、この後地上に降ります」
 これが、出した結論。道師の存在がなければこうはならなかった答えだった。
「流文!」
 明らかに咎める声色だった。まあ、その気持ちもわからなくはない。あれだけ天上したいという思いでここまで来たのに、危険でもそうしたいと言うはずだった思いはきっと清江にも伝わっていたはずなのに、全てを覆して諦めると言う流文に、あっさり頷くことはできないことだろう。
「あなたと出会う前に戻るだけですよ。危険を犯す必要がなくなりました。天帝にはそう伝えてください。あと、天鳴にも礼を……」
 言葉の途中で、流文の体が清江の腕の中に抱き寄せられた。彼にしては乱暴なほどの強さで腕をひかれ、抱き込まれたとたんにぎゅっと、苦しいくらいに締め付けられた。
「君は、それを望むのか」
 あまりに強く身を寄せているせいで、声が全身に響くようだ。吐き出すように苦し気に、しかし強く。
「清江……」
「私は君をここに留めたい。君が天界に残りたいという気持ちに掛けたいと思っていた。君が危険に晒されると知っていても、君が望むならそうしてほしいと思っていた。なのに君はここにきて。……それでいいのか。君が天界を出ると言うのを、引き止めるだけの理由は、私にはないんだ!」
「あの子ならばあなたと共に居られるはずです。あなただって嬉しいでしょう? 生まれ変わりに会えただなんて。今の彼が仙なら、何も憚ることはないのでしょう?」
 身代わりでも、後添えでもなくて、愛してきた魂のまま現れたのだから。もうどこにも、流文が担う役割はなくなってしまったはずだ。しかし。
「君がいいと言っているのがわからないか。ここにいろと、言わせてくれないのか!」
 清江の言葉の意味を咀嚼する暇もなく、目の前に彼の顔があった。ひどく辛そうで、寂寥の滲む表情だった。寂しさと悲しさとそして焦燥を浮かべながら、熱のこもった瞳に捉えられる。
 清江の言葉が、「ここにいろ」と言った。それは本心なのか。疑わずにいられなくて、頭で何度も繰り返す。
「君が本当に望むならば、地上に返す。だが……」
「本当ですか。私がいいって」
 そう聞き取った我が耳を何度も疑う。それは流文の望みが生んだ幻聴ではないかと。
「叶うならば、ずっと…」
 ここにいてくれと、言う代わりに口づけられた。神気を送るときの、軽く触れるようなそれではないものだ。強く押し付け、想いを分からせるような、熱い触れ合いだった。
 そこで、心が、ほどける。
「私で、いいのですか?」
「君が欲しい」
 次に交わした長い口づけは、こみ上げた一筋の水に濡れた。二人の唇を伝って、涙の味がした。清江はそれごと流文の唇を舐めた。そして舌を差し込み、流文の舌をとらえて絡ませる。熱い口内の温度そのものを伝える舌は濡れて柔らかく、触れ合わせて抱き合わせていると全身までが熱く火照るようだった。
 息が上がり、苦しさに清江の体にしがみつく。それを支える腕は力強く、互いの体を隙間なく重ねた。両膝の間に膝を差し込まれ、下肢が密着した。息づき始めた情熱の証を互いに感じ、そのことにまた煽られる。
 ああ、今このひととこのまま交わりたい。この思いの丈で、燃えるような契りを結びたい。清江が、自分を求めてくれている。厚意とか庇護欲とかそういうものではない、恋情と情欲で流文をほしいと言ってくれる。なんたる歓喜だろう!
「口付け以上のことをしたら、私も壊れちゃうんでしょうか」
 口づけの合間に、流文は問いかけた。もう、互いに求めていることはこれ以上ないほどに明らかだ。恥じらう余裕さえない。
「それは…」
「望んではいけないことでしょうね。でも、私、あなたに抱かれたいです。どうすればいいですか……?」
 想いが溢れ出して胸に迫る。
 こんなにも、全身であなたが欲しくてならない!
「流文!」
 清江が、流文の手を引いて寝台に寝かせた。覆いかぶさるように身を寄せ、また口づけを施しながら、熱い手で体に触れてくる。背から腰、そして腿を撫で上げてから、もどかしげにまた背に戻る。
「今更罪は怖くない。しかし君の無事が…」
「触れ合うだけなら大丈夫ですか?」
「ああ」
「なら、触れてください。お願いです」
 それに、もう返事はなかった。清江が性急に流文の帯をほどき、襟を広げ、袴の紐を解いた。
 すでに猛り始めていた流文のものが外気に晒され、その少しの刺激にもまた興奮は増した。
 清江が、雄の目で流文の体を見下ろす。チラと見せた赤い舌先で唇を舐め、視線を流文の下肢に定めると、彼は前にかがみこみ、流文の魔羅を口に含んだ。
「あ……!」
 痺れるような刺激が全身を駆け抜けた。これまでに感じたことのない、とても生々しい快感だ。先端に彼の舌が触れただけで、飛び上がりそうになる。
 清江の手が根元を撫で擦り、先に近いところは舐め上げられ、たちまち敏感になったそこが、恥じらいもなく精を放ちたいと泣き始めた。
「ダメです、それは……!」
「ここは嫌がっていないようだが?」
 意地の悪い言い方が、よく知る清江からは随分と印象を変える。これが、ふだんは隠されている清江の、本性であるらしい。
 男の性を知り尽くしたような巧みな刺激は、瞬く間に流文を追い詰めた。初めて触れるくせに、流文の好みのやり方をことごとく探り当て、容赦のない悦びをこれでもかというほどに呼び起こしてくる。いっそ手酷いほど強い誘いに、流文は成すすべもなくただ流された。
 魔羅に舌を絡ませ、そうしながら空いた手は肌を撫でまわしてくる。感じる場所すべてに素直に喘ぐ流文をときたま満足そうに見て、また行為に戻ることを繰り返され、快楽と羞恥に頭がおかしくなりそうだ。
「もう無理です。お願い……」
 やめてとは言えなかった。しかし、果てさせてとも言えず、ただ懇願するしかできなかった。
「ああっ……!」
 先端を一際強く舐められたのが、限界だった。流文はいとも簡単に精を迸らせた。勢いよく放たれたそれを、清江は口で受け止め、吐き出すこともせずに飲み下した。
「そんなことをして、大丈夫なのですか?」
 息も絶え絶えに問うと、清江は当然とばかりに答えた。
「君くらいの仙気ならば問題ない。美酒程度のものだ」
 余裕の笑みである。好色そうに細められたその目元の、とんでもない色気がたまらない。これがあの清江だとは、正直参った。
「なんだか勝ち誇られましたね」
「事実だろう?」
 こんな時は流文をわざと軽く扱うのもまた、意外性にやられる。もう、何をどうされても惹かれる理由にしかならない。流文のことなど軽く掌の上で転がしてしまえるのだと、思い知らされることもだ。悔しいようでいて、翻弄されたいと思わされるのが不思議だ。
「っ……!」
 射精後の脱力感を楽しんでいた矢先、臀部を撫で始めた清江の指が秘所に忍び込もうとして、つい声が漏れた。
「痛いか?」と伺う声は優しい。しかし手を引くつもりはないらしいところが、遠慮なしだ。
「えっと、……そこまでは、平気ですけれど……」
 それ以上はさすがに、何の経験もないままには無理だろうと思われた。交わるにあたってそこを使うことは明らかだが、相応の準備が必要であることくらいは流文でも知っている。
 かつての恋人との経験がある清江がそれを考えないはずもなく、どう返してよいかがわからなかった。
「そうだな。君は初めてか」
「当然です! と言っていいのかわかりませんけど」
「いや。嬉しく思う。君を抱く男は私が初めてとは」
 さっき流文が吐いた精がまだ肌に残るのを指にすくい、清江は後ろに指を這わせた。滑るに誘われ指先が入り口をなぞると、魔羅から得るのとはまた違う心地良さがあった。
「んっ……」
 指はそのまま、ゆっくりと浅い場所に忍んできた。そんな場所をそのようにされるのは初めてで戸惑いはあったが、指が浅い場所で内壁をなぞるのは存外に気持ちがよくて、のぼせた頭でうっかりと、先を促す艶言を吐きそうになる。
「これは、好きか?」
 響きの良い声が耳元で囁き、扇情を促す。しかし、この体が魂が彼の精を受け入れることはできないと知っているから、もどかしかった。
 流文は、清江の胸にぎゅっと体を縮め、ただ与えられる快楽を味わった。
「だが、ここまでだな。残念だが」
 秘所をまさぐっていた指を退け、清江はまた流文をきつく抱きしめた。その時に流文の体に熱い猛りが触れ、ぐいと硬さを増したことが感じられた。このままでは、おなじ男としてはあまりにも清江が気の毒だ。
 行為の淫らさに目をつむり、勇気をもって流文はそこに手で触れた。素直すぎるほどに、清江の魔羅は逞しい反応で喜びを伝えてくる。
「私にも、さっきの、させてくれますか?」
 言ったのは口淫のことだ。単純に彼を喜ばせたかったわけだが、それには待ったがかかった。
「私のは、口にしない方がいい」
「あ、そうか……」
 少し短慮だったようだ。彼と交われないということは、彼の精を口にすることもまた同じ理由でできないのだった。
 ふっと、頭の上で清江が笑った。流文は顔を上げ、なぜ笑われたのかをまなざしで問いかけた。
 そこには、少し照れたような、それでいて嬉しそうに眦を下げた清江の表情。
「気持ちは、いただいておこう」
 苦笑で言ってから、囁く声に変えて「次の時には、してくれるか」と。
 ぎゅっと流文の胸が切なさを覚えてそれを堪える。次。その意味は重くて、けれども次を願う思いもまた同じくらいの重さを持って互いの心にあるのだと感じると、泣きたいような衝動にかられた。
「君の、ここを借りよう」
 清江は流文を寝返らせ、背中から抱き込んだ。その時に、流文の両足の内腿で挟むように、清江の一物が差し込まれた。
「な……!」
「驚いたか? いろいろとやりようはあるのさ。今はこれでいい」
 だからしっかりと挟んでいてくれと、隠語にしかならないようなことを言って、清江はそのまま腰を使い始めた。すでに濡れそぼっていた彼のものは、流文の足に挟まれて滑りながら擦られる。屹立したそれは流文の内腿を激しく擦り、魔羅とは別の場所に刺激を与えた。そのせいで、流文の体は再び燃えた。前からも手を伸ばされまた扱かれ、先程弄られた場所さえも疼くようだった。
 清江の扇動が激しくなり、背に感じる彼の体温が燃えるように熱くなる。重なる肌に汗が浮かび、それが触れ合いまた別の感覚が快楽となる。
 清江の息遣いが激しくなり、呻くような喘ぐような吐息が忙しく漏れるころ。清江のものが一度小さく痙攣し、その先から白いものが迸った。同じように、彼の手で高められていた流文のものもまた、再び精を吐いた。
 二人のそれは勢いよく飛散し、敷布の上にぱたぱたと零れた。
 背中で大きく呼吸をする清江が、流文の体を抱く腕を緩めた。
「清江……」
「うん」
 流文は身をよじり、清江と向き合って、今度は自分から彼を抱き寄せた。
 愛しさが溢れて、気が付けばそうしていた。体を繋げたわけではないが、それに準ずる行為を成せたことが嬉しくて。
「すまない」
「どうして謝るんです?」
「君をもっと楽しませてやる余裕が、なかった」
「何やらしいこと言ってるんです。じゅうぶんでした」
「そうか。だが、私はこれくらいでは足りない。そういうことを言っている」
「……」
 わあ。またずいぶんとあからさまな。
 さすがに多少熱が冷めて、冷静に涼しい顔でこういうことを言われるのは、聞くほうが恥ずかしい。
「呆れるな。惚れた相手にこうなるのは……、仕方がなかろう」
「惚れてくれたんですか?」
「でなければ、このようなことはせんさ」
「嬉しいです。本当に……」
 求められて満たされることの幸いがこのような味だとは、初めて知った。求めるものを返されることでしか感じられない想いが、確かにある。
「わかる気がします。玉風の気持ち」
「……」
「自分がどうなろうと構わないから、惚れた相手を繋ぎ止めていたい気持ちです」
「身勝手だとは思わないか。もちろん、そこまで思われるのは悪い気はしないが」
「恋なんて随分と身勝手なもののようです。私も初めて知りました。ただ、それだけではないはずが、彼は自分に素直過ぎたんでしょうね。」
「君は…」
 どうするつもりだと、言葉にされないまま心が伝わった。それが今後のことであるのも、言わずともわかる。
「明日、天帝のところへ行きます。天仙になります」
「そうか」
「あなたが私を必要としてくださるなら、是が非にでもならなければ」
 以前よりは前向きになれている自分に気が付く。
 天鳴の話を聞いた後は、ほんとうに辞世の詩でも残そうという湿っぽさだった。それでも不安の中で、決意を固めた。なのにあの道師の出現で諦めた。そして今、これまでで一番強く、自分も天にありたいと願う。
 このひとと居るために。
「うまくいったときは…」
「はい」
「私の手は必要か?」
 言って、清江もまた流文を抱く手に力を込めた。背に腰に、大きな手の感触が心地よい。
「無事玉風の力が抜けた後、今日成さなかったことをすれば、君は水神か天仙として生まれ変わる」
「あ、そうか!」
「それとも、真面目に徳を積んで上がってくるか?」
 少し冗談めかして、清江が問う。
 天上すると一言で言っても、すぐには叶うことがない。一度地仙に戻った時点で、当然まだすぐに天上する力はないわけで。玉風の神気の分を自力で得るための努力が必要になってしまう。それにどの程度かかるかは、まさに天のみぞ知るところだ。
 しかしそれが、清江と交わることで解消されるというのだ。彼の神気を身に受ければ、玉風以上の強さの、水神としての資質を簡単に得ることができてしまう。呪さえ解ければそれが可能になる。
「楽しても、いいですか」
 二呼吸ほどの後、流文はへらっと笑って言った。それを聞き、清江がくくくと笑い声を立てた。
「楽、か。それもいいだろう」
「冗談ですよ。絶対自力で天上してやるって言いたいですが、それよりも直ぐにあなたに抱かれたいです。あなたのものにしてくれますか」
「もちろんだ」
 清江が、流文の頭を抱え込むように抱きしめた。髪を撫で、頬を寄せてうずめる。
「君を慕わしく思う。……死ぬな。絶対にだ」
「はい!」
 清江に必要なのは、自分であると。そう確信できたから、もう怖いものはない。運命はこの手で動かしてやると、流文は思った。

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