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04 恋人候補登場

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 エリーチェは豆バズーカをくらった鳩みたいに、呆気に取られていた。

 それはそうだろう。
 奇襲を仕掛けたと思ったら、返り討ちにあったのだから。

 わたしはここぞとばかりに叫んだ。

「あああ~~~~~っ!?
 フルスウィングさんの大切なお召し物が、エリーチェさんのお紅茶のせいで、ぐっちょんぐっちょんになってしまいましたわぁ~っ!!」

 すると、あっという間に人だかりができた。
 それで我に返ったエリーチェは、遅まきながらも反撃を始める。

 といっても、ワンパターンな例のアレだけど。

「え~んえ~ん!
 フルスウィング様のお召し物がぐちゃぐちゃになったのは、アクヤさんがぶつかってきたからなんですぅ!
 なのにそれを、エリーチェのせいにするだなんてぇ! え~んえ~ん!」

 ヤツのウソ泣きというのは、言うまでもなく周囲を味方につけるためのものである。
 そのため、後から来た人にも状況がわかるように、やたらと説明的な口上となる。

 このわざとらしさに気付いてくれる者がいることを、わたしは少し期待していた。
 でも、無駄だった。

「どうやら、アクヤさんがエリーチェさんにぶつかって、因縁を付けたらしいぞ。
 一日に二度もなんて、どんだけ執念深いんだよ!」

 ヤジ馬は午前の時と同じく、またしてもエリーチェの味方だった。
 今度はわたしも騒いでいたせいで、より多くのヤジ馬が集まってきている。

 しかも彼らは人数の多さにものをいわせて、逃げ道を塞ぐようにまわりを取り囲みはじめた。
 今度こそ、わたしを謝らせようとしているんだろう。

 アクヤ・クレイ嬢、絶体絶命のピンチ……!

 って、そんなわけはない。
 このくらいのことは計算済みだ。

 むしろそうなるように、わざとこれだけ大騒ぎしたんだ。

 本命●●が現れることを、狙って……!

「おいおい、これはいったい、なんの騒ぎだっ!?」

 よく通る声が、わたしの背中を突き抜けていく。
 その後、わたしの背後から現れたのは……。

 権天けんてん級の令息、フルスウィング様……!


--------------------神族の階級(♀:令嬢 ♂:令息)

御神ごしん
準神じゅんしん
熾天してん
智天ちてん
座天ざてん
主天しゅてん
力天りきてん
能天のうてん
権天けんてん
  New:♂フルスウィング

大天だいてん
小天しょうてん
 ♀アクヤ・クレイ
 ♀エリーチェ・ペコー

堕天だてん

-------------------- 

 フルスウィング様は、『ミリプリ』に数多あまたにいる令息で、ようは恋人候補のひとり。
 茶髪のソフトモヒカンで、ラフに着崩したサーコートの胸から、陽に焼けた肌をチラ見せしている。

 そういうとチャラい感じがするけど、フルスウィング様の場合は「だらしない」というほうが近い。
 おしゃれにあんまり興味はなく、それよりもスポーツに夢中な高校球児のような男の子だ。

 そして彼が現れた以上、この場の行く末はすべて彼にかかっているといっても過言ではない。
 だってヤジ馬のなかでは彼がいちばん階級が高く、それに彼が発注した衣服が紅茶まみれになっているのだから。

 ヤジ馬から、おおよその事の顛末を聞かされたフルスウィング様は、わたしたちに向かって怒鳴った。

「おいおいっ、ふたりとも、なんてことをしてくれたんだ!?
 俺はこれから『討伐』に行くつもりだったんだぞ!
 それなのに、その防具を紅茶でめちゃくちゃにして!
 今から新しいのを頼んでたんじゃあ、集合に間に合わないじゃないか!」

 エリーチェはさっそく、『自分は悪くない』アピールを始める。

「え~んえ~ん! フルスウィング様ぁ!
 アクヤさんが、お紅茶を運んでいたエリーチェにぶつかってきたんですぅ!
 エリーチェはお召し物を汚しちゃいけないと思って、なんとかこぼれないようにしたんですけどぉ、アクヤさんがそれでもぶつかってきて……。
 え~んえ~ん!」

「なんだと……!? それじゃあこっちのアクヤってヤツが、全面的に悪いじゃないか!」

 周囲からの口添えもあったので、エリーチェの申し立てはあっさりフルスウィング様に通ってしまう。
 エリーチェは顔を覆ったまま、まだエンエン言っていたが、指の隙間から見える顔はニヤニヤしっぱなし。

 きっとこの女は、「勝った……!」と思っているんだろう。
 そして次こそ、わたしを公衆の面前で土下座させられると思っているんだろう。

 アクヤ・クレイ嬢、絶体絶命のピンチ……!

 って、そんなわけはない。
 このくらいのことは織り込み済みだ。

 わたしはすぅ、と息を吸い込むと、肺の空気を炎に変えるつもりで一気に吐き出した。

「おだまりなさいっ!!!!」

 爆弾が爆発したみたいな一喝が、あたりの空気をビリビリと震わせる。

 その場にいた者たちは水を打ったように静まりかえり、それどころか廊下の遙か向こうを歩いていた人まで立ち止まらせてしまい……。
 周囲から、音という音が消え失せる。

 わたし自身、内心ビックリしていた。

 現実リアルのわたしは、とっても声が小さい。
 どのくらい小さいかというと、店員を呼ぶベルがない店には行きたくないくらい。

 なので、がんばって大きな声を出してみたんだけど……。
 アクヤは地声がすごく大きいのを忘れていたので、とんでもない大声量になってしまった。

 まわりの人たちは、まるでドラゴンから吠えかかられたみたいに固まっちゃってる。
 でもここはチャンスだと思い、わたしは一気にたたみかけた。

「エリーチェさん!
 あなたという人は、何かあるたびに子供のように泣き喚いて、まわりの同情を引こうとする……!
 真っ先に保身に走る、最低の人間ですわっ!
 あなたのような、自分のことしか考えない人間がいるから、この世界は一向に良くならないのですっ!
 今すべきことは、そのようなくだらないことではないでしょう!!」

 「なっ……!?」と何か言いたくても、二の句が継げないエリーチェ。
 そんな彼女をよそに、わたしは手にしていたフルスウィング様の衣服を広げる。

 そして、バケツを持って突っ立っていたヤジ馬に向かって一言、

「そこのあなた! バケツに入っているのは汲んだばかりの綺麗な水ですの?
 ならばそれを、こちらにおよこしなさい!」

 有無を言わせず持ってこさせたバケツに、ポケットから取り出したハンカチを浸し、衣服のシミにあてる。

「お……おいおい、お前、いったいなにを……?」

 気後れしながらも尋ねてくるフルスウィング様。

 わたしは真剣さを装うために、彼の顔を見もせずに、濡れたハンカチで衣類を叩きながら答える。
 今度は声を抑えめにして、つとめて冷静に。

「シミ抜きをしているのですわ。
 お紅茶のシミの原因は、お紅茶に含まれているポリフェノールやカテキンが、水に含まれているミネラルと反応して変色したものですの。
 ポリフェノールもカテキンも水溶性。
 時間が経てば落ちにくくなりますが、こうやっていち早く適切な処置をすれば、シミはなくなるのですわ」

 わたしは聞かれてもいないのに続ける。

「この国を覆う戦争も、疫病も、貧困も同じですわ。
 自分は悪くない、悪いのは自分以外の誰かだと叫ぶヒマがあったら、事態を悪化させないために、まずはできる限りのことをするのが先決なのですわ。
 そのために、わたくしたち『神族』がいるのですから」

 すると、フルスウィング様が「おぉ……」と感嘆の溜息を漏らすのがわかった。

 そう、フルスウィング様は、『熱血直情タイプ』。
 エリーチェのような、感情に訴えるタイプの令嬢とは、すぐに仲良くなるけど……。

 しかし深い仲までは進まず、友達どまり。
 逆に、冷静で論理的なタイプの令嬢には、最初は反目するものの、交流を重ねるうちに強く惹かれるようになる。

 なぜならば、人間というのは……。
 いや、『ミリプリ』の令息というのは、大原則として、自分にはないものを持っている令嬢に弱いんだ……!

 わたしは豊富なプレイ経験を活かし、フルスウィング様のドストライクの令嬢を演じてみせた。
 論理的かつ手際のよいシミ抜きで、彼の心はもうすっかりわたしに傾いているであろう。

 あとは、彼の心のゴールに弾丸シュートをねじ込むだけだ。

 わたしはシミのすっかり落ちた衣服を、フルスウィング様に手渡す。
 ここで初めて、彼の顔を見つめながら、

「すっかり落ちましたわ。これで『討伐』には間に合いますわね。
 お気を付けていってらっしゃいませ、フルスウィングさん」

 それは、口元にわずかに浮かべた、穏やかな微笑みであった。
 でも、いまのフルスウィング様にとっては、

 光輝微笑ライトネス・スマイリング……!

 フルスウィング様は、ボッ! と発火するくらいの勢いで、みるみるうちに真っ赤になっていった。

 ちなみにではあるが、アクヤはシーツ以外の人間すべてを『さん』付けで呼ぶ。

 神族には、自分よりの上の階級の令嬢や令息に対しては『様』付けで呼ばなくてはならないという暗黙のルールがある。
 でもアクヤは自分こそが最高の令嬢だと思っているので、誰に対しても『様』は付けないんだ。

 さらに余談になるけど、現実リアルでのわたしも、誰に対しても『さん』付けで呼ぶ。
 そう考えると、アクヤとわたしは以外な所で共通点があると言えるかもしれない。

 といっても、わたしが『さん』付けで呼ぶのは、気弱さから来ているものだけど……。
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