潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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第七章 潤の部屋にて

潤のイコノロジー

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「どんなの?」
潤が僕に尋ねた。
「恥ずかしいよ……よくわからなかったし」
僕はごまかした。
「瑤は、チェリーのふりして耳年増だったのか」
「違うよ、僕、猥談とか、自分から参加しないし」
「家では、エッチなサイト見てるんだろう?」
「そういうの苦手で」
僕は、たじたじになって答えた。
「森や洗面所で、あんなに大胆だったのに?」
潤の、人に対する不信感や警戒感が出てきているように思えた。
「それは、潤を信頼してたからだよ。それに、僕にだって、エッチな気持ちはあるよ……」
「どんな?」
「そんなの、人に言えないけど」
「ふうん」
「でも僕は、潤が幸せになってほしいって思うんだ」
「なんだよ、俺が不幸みたいな言い方して」
潤は、失敬だというような口ぶりだった。僕は説明した。
「潤が、僕に言ってたのと同じような気持ちだと思うんだ。僕と付き合うことで、潤が、成長とは反対の方向というか、本来の潤らしさを発揮できない方向に行くんだったら、嫌だなって思うんだ」
潤は応えた。
「俺は、俺を悪くする人間関係が多すぎかもな。だから、人間不信だし、瑤が言ったように、いつも警戒していると思う。そういう周囲の人間を低レベルだって軽蔑もしてる。俺が陥っている状況に気づいて知っていても、見て見ぬふりで助けてくれないって。誰も助けてくれないっていう怒りとあきらめと。どうしてなんだろう? 俺を助ける能力がないのか、気づかないのか、悪意なのか」
「能力がないんだと思う。僕も、僕に何ができるんだろうって思う。だって、潤は優秀だもん。成績とかじゃなくて。誰でもそうだと思うけど、潤は、もっと可能性があると思う。それをはばんでいるものが多いだけで」
「俺の成績って惨憺たるものだよ? むらがあり過ぎるから、たぶん国立大に行くのは無理だな」
「私大にいけない家庭の事情とかなさそうだから、いいじゃない?」
「いや、そうでもない。今、兄貴二人とも私立だし。譲は三年だから、留年とか院に行くとかなければ卒業だけど。譲が社会人とか怖いよね」
「潤の従兄なんだから、賢いんじゃないの?」
「俺に似てたら要領悪いけど。譲は、性格が悪いけど要領いいんだよね」
「性格悪いとかそんな風に思ってるって、譲の前では、おくびにも出さないように見えるけど」
「当たり前だよ。そんなこと言ったら、何されるかわからないからな」
潤は苦笑した。兄弟も大変らしい。
「あの、潤の母上ってさ」
僕は気になっていたことを、すっきりさせたくて言いかけた。
「詮索するなって言っただろう?」
潤は、すぐにさえぎった。
「詮索するつもりはないけど、譲が変なこと言ってたんだ」
「譲の言うことなんて、でたらめだ。いちいち信じるなよ。筋トレと年下男の尻にしか興味ない変態なんだから」
潤は、いまいましそうに言った。
「譲さんのこと、そんな風に思ってたんだ?」
「あ? 俺が譲に恋してるとか思ってた
んだっけ?」
潤は、僕を小馬鹿にしたような口調で聞いた。
「それは、兄さんだって思わなかった時に、恋人だって思ったってだけで」
僕は弁解した。
「恋人っていうからには、そこに恋愛があるんだろう? 俺、恋愛って、寝ることだと思ってたからな。そういう意味では、間違いじゃないけどね」
「えっと、そうじゃなくて、もうちょっと、精神的な結びつきもあるのかと思った」
「あるよ。あるから面倒なんじゃないか。むしろ、ありすぎるから、他の関係がドライになるのかもね。うんざりしてるから」
「僕は、恋愛って、ロマンチックなことだと思ってた」
「俺、最近、恋愛とか、ますます全くわからなくなってきた。俺が今までしてきたことって、なんなんだろうって」
潤は、嘆息した。
「今まで潤が、してきたことっていうのが、まず、僕は、聞いてないことが多いと思う」
と僕は言った。
 考えてみれば、僕と潤は、友達になる前に、段階をすっ飛ばして、ただのクラスメイトから、いきなり性的な関係になっていたので、お互いのことは、ほとんど知らなかった。僕が、潤の後について、洋講堂書店に入る前までは、ただのクラスメイトとしても、言葉を交わしたことすらなかったのだ。なのに、いきなり、キスをして。
 潤は、経験のない僕を、性的な行為に誘いこんだ。僕は拒む余裕もなく流されてしまった。潤との行為は、めくるめくものだったから、僕は、すすんで潤の虜になった。すでにそれ以前から、校庭で、潤が振り返って笑顔を見せた時から、僕は、潤の虜になっていたといっても、過言ではなかったけれど。
 僕は身も心も全ての面で、すっかり潤の虜になりたかった。でも潤は躊躇しているのか、僕を信用していないのか、意外と用心深かった。それが潤の習い性なのか、潤との会話では、直接、性的でない話題にすら、いつも性的で淫靡な雰囲気が漂っていた。
「瑤に話すつもりはないよ」
僕は、また潤の拒絶に会い、寂しく思った。
 潤は、僕が黙ってしまったのを見て、言い直した。
「拒否してるわけじゃなくて、俺の話しはグロテスクだし、瑤の心を汚したくないと思ったんだ」
潤は僕に配慮するつもりで僕に遠慮していたんだとわかり、僕は心動かされた。
「潤、僕も潤といっしょに汚れたい」
僕は衝動的に、ベッドに腰掛けた潤を、優しく押し倒した。僕は、そのまま優しく潤と睦み合いたかった。けれど潤は僕の身体を押しやって起き上がって言った。
「だめだよ。瑤まで堕ちてしまったら俺のことを助けられないじゃないか。せっかく瑤を見つけたのに」
「僕を見つけた?」
僕は、半身を起こして聞き返した。
「そうだよ、俺は、いつも待っていたんだ。俺を救ってくれる人を」
僕は、潤が洋講堂喫茶室でキスマークを見せながら謎の呪文のように「待ちながら」鏡の前で裸で自慰をする、と言っていたのを思い出した。
「鏡の前で裸で自慰しながら救いを待つ少年、か」
僕は、つぶやいた。
「そんな待ち方だったら、よってくるのは、変態ばっかりだと思うけど」
僕は悲しくも滑稽にも思えて、僕の横に、ぱたんと身を横たえた潤を見て笑った。
「だって、そうでもしないと、誰にも気づいてもらえないんだもん」
潤は、子どものような表情で言った。
「それに一人で待っているのは寂しいからね」
「それで、鏡なんだ?」
鏡に映った自分と戯れる少年。
「待っているのはつらいから、自分で慰めるんだ」
「痛みを紛らわすんだね」
快楽の鎮痛剤。
「裸なのは、ありのままの僕を全部見てほしいから」
無防備に。不必要なまでの正直さ。犠牲。生贄。
「潤の持っているいい部分を全部与えちゃうんだね?」
僕は、潤のイコノロジーの解読を試みた。
「いい部分かなあ?」
「いい部分だよ。潤の裸なんて、みんな見たがるのに」
「今のところは、そうかもしれないけれど、肉体が醜くなったら、どうしたらいいんだろう、と絶望的な気持ちになるよ」
潤は肉体を与えることでしか、人に愛されないと思っているのかもしれない。
「裸っていうのは、精神的な意味合いもあるかな」
僕は、引き続き、潤のイコノロジー解釈を検討した。
「『裸』は、『ありのままの心』の象徴とか」
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