潤閉ざされた楽園

リリーブルー

文字の大きさ

大中小

91 / 366

第十三章潤の記憶

言えない

しおりを挟む

　そんなこと瑤には、言えないな。潤は長い回想から帰ってきて思った。
　潤はレタスとシュリンプを、フォークでドレッシングに絡めた。
「潤？」
瑤が潤に声をかけてきた。
「あ、瑤、エビ好き？俺は酸っぱいのは苦手」
「うん。でも、そのドレッシング、酸っぱいよ？　大丈夫？」
瑤が、怪訝そうな顔を潤に向けて言った。
「あ、そう？」
潤は動揺した。
「大丈夫？」
瑤は、もう一度そう繰り返し、潤の顔を心配そうに、じっと見つめてきた。ああ、瑤になら、言っても平気かも。でも、譲がいるところでは、まずいな。さっきも阻止してきたし、と潤は思った。
「うん、大丈夫。なんでもない。ごめん、ぼーっとしてただけ」
潤は、誤魔化した。
「あ、潤も？　僕も、さっき、ぼーっとしちゃったんだよね。もうなおったけど。離人症とか、解離とかじゃない？」
「いや、そういうんじゃない。ほんと、なんでもない」
「なら、いいんだけど。潤、なったことある？」
「あ？　あるよ」
そんなことは、しょっちゅうだった。しかし今、そんな話をするのはよくないと思った。それで潤は、話を変えた。
「ねえ、瑤、今日、礼拝堂へ行く約束だったよね。午後、行こうね」
「ほんと？　嬉しい」
親友の瑶が屈託のない笑顔で答えた。
「なんか、昔のこと思い出しただけだから、ほんと、大丈夫」
潤が、言うと、瑤が、きょとんとした顔をした。あ、なんか、俺、変なこと言ったかな？　と潤は、口をつぐんだ。
「潤、ほんとに大丈夫？　潤って、なんか時々、話が飛ぶよね？」
瑤が潤を気づかうように言った。
「ん？　そう？　ごめん。俺、時々、変だから、気にしないで。よく、天然って言われる」
潤は、強いて笑顔を作って、自分を鼓舞して、言った。
「そっか、潤は、天然なんだ？」
瑤は、納得したような感じだった。潤は、ほっとした。

「潤を孕ませたい」
譲が、いきなり、瑶と潤の会話に割りこんできた。
「無理」
潤は素っ気なく答えた。
「ほんとむかつくこいつ」
譲が、からんできた。
「なぜ？」
潤は目を上げて尋ねた。
「潤の息子生まれたら、犯す」
兄さんは、さっきから、そのことで怒っているのか、と潤は思った。
「やめろよ。譲と同腹の弟だぜ？」
潤は、言ってやった。
「弟の父親が弟って最悪だな」
譲は、腹立たしげにオリーブをフォークの先で突き刺して言った。
「俺だって好きで、そうなったわけじゃないよ」
地鶏に櫛切りのライムをかけながら、潤は言った。
「なんか勝ち誇られてるよなあ？」
譲が潤のようすを見て言った。
「そんなことないよ。譲は、何か、勘違いしてるんだよ」
潤は、ライム汁のついた指先を舐めた。
「潤、すごい酸っぱそう」
瑤が、顔をしかめて言った。
「うん……」
潤は、あ、また、かけすぎた、と鶏肉を眺めた。
「潤、バカじゃねぇの？　それだから、十六で父親とかになってるんだよ。迂闊すぎる。ありえない」
「ライム汁を鶏肉にかけすぎることと、そのことと、なんの関係もないだろ？　そんな連想するなんて、やっぱり兄さんは卑猥のかたまりだな」
潤は、譲を嘲笑った。譲は、潤の行動をなじって言った。
「おい、ふざけんな。だいたいお前はな、節度とか限度とかを知ら……」
「俺は、あるから。節度とか、限度。バランス感覚あるから」
潤は、譲の言葉をさえぎって、微笑んで見せた。
「あっそう。じゃあ、高校生活と子育ての両立頑張れよ。俺は、知らねえからな。てめえの息子なんて」
「うらやましいくせに」
「はあ？　ほんとお前、バカだな。勝手に言ってれば？　俺は、お前みたいに頭いかれてないから。いっしょにしないで」
「聞いた？　瑤、頭いかれてない人間なんて、この家にいないのに。全員いかれてるよね？」
瑤は、二人に注目されて困ったような笑顔を見せた。
「いかれてるけど、魅力的だよ」
と瑤は、言った。
　譲は笑った。潤は、言った。
「譲は、妬きもちやいてるんだろ？」
「はあ？　どっちに？」
「どっちにもだよ」
「ばーか。残念ながら、俺は、お前みたいなマザコンじゃねえし」
「俺だって、マザコンじゃないし」
「へえー。あっ、そうなんだぁ？」
譲は、嫌味ったらしく言った。
「それからさぁ、俺は、お前の、その浮気っぽさをどうにかしろと言いたい」
譲は、言った。
「それが妬きもちだって」
「違う。兄として弟の身を案じているんだ」
「その兄さんが俺にとっては最大の危険人物だけどね」
「おい、潤、間違うなよ。最大の敵は俺じゃないだろ。親父だろ」
「そうなの？」
潤は、真顔で聞いた。
「そうだよ。お前の復讐相手は俺の親父さ。俺じゃないからな。間違って刺されるのは、ごめんだぜ。お前、最近凶暴化してるからな。変な知恵もついてきたし」
「凶暴なのは兄さんの方だろう？　筋肉バカの兄さんに俺が、かなうわけないじゃないか」
「赤点回避のために教師に身を売る高校生に、バカとか言われたくないね」
「そんなこと……」
「してるくせに。よくやるよ。あんなキモ教師相手に。俺だったら絶対嫌だね。そんなことするくらいなら問題集勉強した方が早いのに」
「だって、向こうから誘ってくるんだもん」
「向こうもそう言うだろうよ」
「誘ってないよ。これ、本当だよ？　ね、瑤も知ってるでしょ？　俺の性格」
「え？」
瑤は、いきなり、潤に話をふられて、驚いたように目を見張ってフォークを持った手を止めた。
「いや、いいよ。何でもない」
潤は、無邪気に食事に没頭する友人を見て、彼を巻きこむようなことは、やっぱり、したくない、と思った。

しおりを挟む