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第二十一章 麓戸の追憶(麓戸視点) 

麓戸と池井 6

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 麓戸は物陰から池井を見張っていた。最近の池井の行動が心配で目が放せなかったからだ。特に神崎といる時は要注意だ。あんな卑猥なことを。

「先生、結婚するって本当ですか?」
池井が神崎に尋ねていた。
「ああ」
と神崎が答えた。
「どうして言ってくれなかったんですか?」
と池井は神崎に詰め寄った。
「君になかなか言い出せなかった」
神崎は言い訳のように言った。
「君がショックを受けると思って」
「ショックです」
池井は神崎を責めるように訴えた。
「でも前から私に婚約者がいるのは知ってただろう?」
神崎は池井の責めをいなすように言った。
「知りません僕」
池井の声は泣きそうに震えていた。
「言ったつもりだったんだが。そういうわけで、こういうことをするのはもうやめにしたい。いいね?」
さんざん生徒を弄んでおいて都合が悪くなったら捨てるなんて、とんでもない教師だ、と麓戸は怒りで拳を握りしめた。
「いやです」
池井は駄々っ子のように拒んだ。
「そんなこと言わないで」
神崎はなだめすかすように言った。
「僕のこと嫌いになったんですか?」
池井は訴えた。
「嫌いじゃないよ」
神崎は優しい口調で言った。池井は神崎の時折り見せる優しさに縋りついてしまうのだ。そしてあんな汚らわしい行為までさせられて。まるで好きでしているみたいに。池井はただ神崎に褒められたいだけなのだろう。優しくされたいだけなのだろう。それなのに池井は騙されて振り回されているのだと麓戸は陰で歯噛みした。
「じゃあ好き?」
池井が可愛らしく尋ねた。
「好きだよ」
と神崎が答えた。
「なのにどうしてもうダメなの?」
池井は泣きそうな声で聞いた。
「だから言っただろう。もともと私には婚約者がいたし、来月結婚するんだ」
神崎は少しいらだったように、はっきり告げた。
「来月!?」
池井が驚いたように声をあげた。
「そう。だから二人で会うのはこれがもう最後。いいね?」
神崎は辺りをはばかるように声をひそめて池井をなだめるように言った。だが池井は強く拒んだ。
「いやです」
「私なんかより、君は同世代の友達と仲良くした方がいい。君ならこれからきっと素敵な恋人もできるよ。君はとっても美少年だからね。君のことを好きな女の子もたくさんいると思うよ」
神崎は分別くさげに説いた。
「いやです」
池井は頑なに拒否した。

「誰だ。そこにいるのは」
神崎が、麓戸が隠れていた屋上の戸口の方を振り向いて呼んだ。
 麓戸は二人の前に姿を現した。
「麓戸さん」
池井が驚いたように言った。
「聞いていたのか?」
神崎が麓戸に詰問した。
「すみません。池井君を探していて」
麓戸は悪びれずに答えた。
「ほら、池井を探しに来てくれた先輩がいるよ。麓戸君とは仲がいいの?」
神崎は池井に聞いた。
「いいえ」
池井はかたくなな様子で首を横に振った。神崎の優しい言葉以外何も受け取るまいとする様子だった。
 池井に他人のように扱われて、麓戸の心は傷ついたが、それよりもっと池井は傷ついているのだと想像すると悲しかった。
「そうか。だったらこれから麓戸君と仲良くしたらいい。彼ならきっと君を守ってくれるし、優しくしてくれるよ。私の代わりに麓戸君に頼ったらいい」
神崎はなだめすかすように池井に言った。そして、
「なあ、そうだよな?」
と、麓戸を振り向いて同意を求めた。
「はい?」
都合よく使われているようで不愉快だった。だが、池井を神崎から引き離さなければいけないのは確かだ。それでも、一言言ってやらないではいられなかった。
「まあ。そうですね。僕は池井と親しいつもりだったんですけど。池井はそうじゃないんですかね」
そんな風に池井がかたくなになっているのは、みんな神崎のせいだった。依存させておいて捨てるなんて最悪だ。あんな風にいやらしい行為を重ねて。
「いや、彼はちょっと拗ねているんだ」
どこまでも白々しい神崎の様子に頭にきて麓戸は直截な言葉を吐いた。
「あなたとエッチができなくなるから?」
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