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第二十一章 麓戸の追憶(麓戸視点) 

麓戸と池井 1

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「池井は神崎でオナっていたんだ」
麓戸は口を開いた。

「池井って麓戸さんが好きだった人の名字ですか?」
小坂が聞いた。

「ああ、そうだ。高校時代、池井慶(けい)は俺の一学年下だった」
麓戸は、遠くを見つめるような目をして語り始めた。



「あぁっ、神崎先生っ……」
一年生と思われる少年が屋上で一人、下半身のものを握りしめて扱いていた。
 屋上の鍵をこっそりコピーして持っているのは自分だけだと思ったのに。
 おそらく少年も、誰も来ないと思っているのだろう。
 だが麓戸は、見てしまった。
 面倒なことになるなと思い、立ち去ろうとしたが、なぜ屋上に入れたのか問いただしておきたかった。
 鍵を持っているのが自分だけでないのなら、もう屋上には来れないと思ったからだ。せっかく一人になれる自分の居場所を下級生に取られて、黙っているわけにはいかなかった。

「あっ……ンッ」
小さくうめいて少年は屋上のコンクリートの床に精を放った。ポタポタと血のように垂れる精液を見届けて、少年は安堵したように大きく肩を上げ下げして息をついた。
 少年は液体に濡れた手を床になすりつけてぬぐった。おおかた拭えたところで、制服のズボンのポケットからティッシュを出すと丁寧に手の指を一本一本拭いた。そうして屋上の柵から身を乗り出すようにしてティッシュを放り投げた。
 ティッシュは、ひらひらと白い花弁のように、風に吹かれ舞いながら落ちていった。

ティッシュの行方を、見届けた少年は、ふいに横にいる麓戸に気づいてビクリと肩を震わせた。

「み、見てた?」
少年はおびえた顔で聴いた。そして、後ずさりしてから、クルリと向きを変えて逃げようとした。

「待てよ。逃げるなよ」
麓戸は少年の腕をつかんだ。

「誰にも言わないで」
池井は泣きそうな顔で懇願した。

「ああ君、ラグビー部の性奴隷の子だね」
麓戸は少年のきれいな顔に気づいて言った。
「名前は……池井?」

「あなたも僕に、何かするんですか」
池井は恐怖に目を見開いた。

「大丈夫。何もしない。俺もラグビー部の性奴隷だったし」
麓戸はおびえる池井をなだめた。

「『だった』って?」
池井が聞き返した。

「うん。今は違うけど」
麓戸は告げた。

「嘘だ……。一度、性奴隷になったら三年間ずっとそうだって。一生そうだって言われた」
池井は信じられないというように言った。

「酷いな。そんなわけないだろ。現に俺はもう違うし。生徒会長に立候補するつもりさ。あ、これはまだ内緒だぞ」
麓戸は相手を安心させるように優しく微笑んで言った。

「あなたが生徒会長に?」
池井の目が驚いていた。
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