言の葉の国(春隣編)

リリーブルー

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活字監視員

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 秒針が震え、ピーンと天を指した。
「今日の業務はお終いだ」
リリーは懐中時計の蓋を閉めポケットにしまった。
 弟のシミーも同じように金色の時計を懐中にしまった。
 リリーとシミーは、言の葉の国で活字監視員をしている。活字が逃げ出さないように監視する地味だが大切な仕事だ。
 
 外は寒く暗かった。
 外套の毛羽立ちに白いものがとまって震えた。
 天を仰ぐ。暗い穴のようだ。その黒い穴の底から、白い小さなものが、ちりのように、ちらちらと舞いながら湧いてくる。
 細雪(ささめゆき)だ。
「もうすぐ春だろうか」
 もう、ずっと春を待っている。物心ついた頃からずっと。いつか来る春を待っている。
 リリーの肩には「春隣」という痣があった。
 だがリリーは春を知らなかった。
 冬の後には春が来るのだ。古い書物には春のことが書かれていた。
 弟のシミーが持っていた古書を開いて読みあげる。
「『春になると花が咲く』そう書いてありますよ兄さん」
シミーの青灰色の瞳が瓦斯燈の灯りに輝いて揺れる。
 恋を、しているのだな。
 リリーは双子の弟を横目で盗み見る。
 シミーは『花に言葉を宿す人』と仲がいいらしい。シミーの足の甲に「春隣」という痣があるのを、相手はもう知っているのだろうか。
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